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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十章~怨恨の亜人~
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第百十話  増援部隊出陣


 ダークの言葉を聞き、作戦会議室は沈黙に包まれる。

 ジバルドの町へ増援として連れて行く兵力の数にベイガード達は呆然としていた。アリシア達は表情を変えずに黙ってダークを見ている。


「あ、あの……ダーク殿、今何と?」

「ジバルドの町へ連れて行くセルメティア王国軍は三百人ほどでいいと言ったのですが?」


 確認の為にもう一度尋ねるベイガードにダークは同じ数字を口にする。それを聞いたベイガードは呆然とした表情から驚きの表情へと変わりダークを見つめている。

 ベイガードが驚くのは当然だった。なぜなら三百の戦力ではジバルドの町に攻撃を仕掛けてくる亜人連合軍の戦力八百を迎え撃つには少なすぎるからだ。


「ダ、ダーク殿、いくら何でもそれは少なすぎるのではないでしょうか? 二千もの戦力なのですから、もう少し多くても良いかと……」

「少ない? ……ジバルドの町に駐留しているエルギス教国軍の戦力はどれくらいなのですか?」

「この数日の間に何度か襲撃を受けてかなりの兵力を失ったと報告を受けています……確か一番新しい報告では二百人ほどだと聞いています」


 深刻そうな顔でベイガードはジバルドの町にいるエルギス教国軍の戦力を話す。ダークはジバルドの町の戦力がどれほどなのか聞くと、成る程と言いたそうに軽く頷く。

 

「それなら問題ありません。セルメティア王国の戦力三百とエルギス教国の戦力三百、合計六百の戦力と我々だけで充分です」

「ええぇ?」


 増援の数を変更しないというダークの答えにベイガードは耳を疑う。バルディット達はダークを見ながら何を考えているんだ、と言いたそうに目を細くしながら見つめている。

 亜人連合軍から襲撃を受ける前のジバルドの町には七百人の兵士や騎士が駐留していた。だが、何度も亜人連合軍の襲撃を受け、その度に兵士達は戦死して少しずつ数を減らしていき、今では僅か二百人になってしまったのだ。そんな状態でまた襲撃を受けてしまえばもう凌ぎ切るのは不可能である。だからジバルドの町のエルギス教国軍はハイリスの町に増援の要請したのだ。

 セルメティア王国から増援が到着し、これでジバルドの町を防衛できる戦力を送れると思ったのにダークの口から出た戦力の数は僅か三百、驚かない方がおかしいと言える。


「残った千七百の戦力の内、千をルギンの町の増援として回し、残りの七百をこの町の防衛として残す事にします」

「ちょ、ちょちょっと待ってください、ダーク殿!」


 勝手に話を進めるダークを見てベイガードは慌てて止めに入る。ダークや彼の話を聞いていたアリシア達はベイガードの方を向いた。


「あまりにも戦力に違いがあり過ぎるではありませんか。なぜ敵戦力の多いジバルドの町に送る戦力が僅か三百で少ないルギンの町へ送る戦力が千なのですか? 普通は逆でしょう?」

「私は戦力が平等になるように計算して戦力を分けたつもりなのですが……」

「いえいえ、明らかに差があり過ぎるではないですか! どうしてそんな振り分け方を?」


 ベイガードは当然の疑問をダークにぶつけ、彼の後ろにいるバルディット達も納得のいく答えを求めているのか真剣な顔でダークを見ていた。

 ダークは僅かに声に力を入れているベイガードを見ると自分の胸を親指で指しながら目を赤く光らせた。


「私達がいる三百の戦力が千の戦力とほぼ同じだからですよ」

「え?」

「いや、こちらの方が上かもしれませんね」

「それはどういう事です?」


 意味が分からずベイガードは目を細くして尋ねる。バルディット達はコイツは何を言っているんだ、と少しダークを小馬鹿にしたような顔でコソコソと話し合っていた。ノワールはそんなバルディット達の態度を見ていた少し不機嫌そうな顔になる。

 ダークもバルディット達が小声で話をしているのに気づいていた。勿論、彼等はどんなことを話しているかも想像がついている。だがダークはそんなことを気にせずにベイガードの質問に答えた。


「お忘れですか? 私がエルギス教国の先遣隊をアリシアと二人で壊滅させた事を?」


 ベイガード達はダークの言葉を聞いてフッと反応する。ダークの隣に立っているアリシアはベイガード達を真剣な表情で見ていた。

 前の戦争でエルギス教国軍はセルメティア王国軍の防衛拠点であったジェーブルの町を攻撃する為に六百人近くの先遣隊を送り込んだ。しかしその先遣隊はジェーブルの町の手前にある平原に駐留している時にダーク達の襲撃を受けて壊滅した。しかも先遣隊と直接戦ったのはダークとアリシアの二人のみ。その報告はセルメティア王国内にいるエルギス教国軍にすぐに伝わり、それからダークとアリシアはセルメティアの黒い死神、白い魔女と言われ恐れられるようになったのだ。

 ダーク達が先遣隊を壊滅させた時の事を思い出したベイガードは真剣な顔で腕を組んだ。六百人の先遣隊を壊滅させたダークがいれば確かに千人の部隊と同じくらいの戦力になるかもしれないと考える。普通ならたった二人の騎士が六百人の先遣隊を壊滅させたなどという話を誰も信じたりはしないだろうが、現実にダークとアリシアに手によって壊滅させられた為、ベイガードや一部の者はその話を信じていた。

 一方、ベイガードの隣にいるバルディットや他の騎士達はダークとアリシアを目を細くしながら見つめていた。彼等はベイガードと違ってダークとアリシアが二人だけで先遣隊を壊滅させたいう話を信じていないようだ。


「私がいれば八百人の亜人連合軍の部隊とも互角以上に戦えると思いますよ?」

「た、確かに貴方が我が軍の先遣隊を壊滅させたという話は聞いています。ですが、今度の敵は人間ではなく亜人、しかも兵力は八百ですよ? 亜人達の戦闘能力などを考えると実際の力は千の部隊に匹敵すると思いますが……」

「人間だろうが亜人だろうが、そんな事は私には関係ありません。それにセルメティア王国軍や貴方がたエルギス教国軍も共に戦ってくれるのですから問題ないかと」


 自信に満ちたダークの言葉にベイガードはまた呆然とした。目の前にいる黒騎士は相手が亜人だろうと自分がいればエルギス教国軍は絶対に負けたりしないと考えている。ベイガードはダークの態度を見てその自信はどこから来ているのかと心の中で驚く。

 しかし、バルディット達は表情を変えず、目を細くしたままダークを見ていた。バルディット達はダークが自分よりも強い者はいないと傲慢な考え方をしていると感じていたのだ。そして同時にこんな傲慢な男を部隊にいれて戦いに支障が出ないかと不安を感じる。


「……バルディット殿、私はダーク殿が提案した戦力の振り分けでよろしいと思います」

「何っ?」


 さっきまで反対していたベイガードがジバルドの町へ送る戦力はダーク達と三百のセルメティア王国軍、そして三百のエルギス教国軍でいいという答えにバルディットは驚く。他の騎士達も目を見開いてベイガードを見た。


「確かに彼がいればルギンの町へ送る増援部隊と同等の戦力になるでしょう」

「……本気で言っているのか? 確かジバルドの町へ向かう増援部隊の指揮官は貴公のはずだが?」

「ハイ、その通りです」

「なら、なぜもっと多くの戦力をジバルドの町へ送ろうとしない?」

「セルメティア王国軍の戦力を振り分ける権利はダーク殿達にあり、我々にはありません。彼等がそうすると言うのなら、それに従います。それに先程も言いましたように、ダーク殿がいればルギンの町へ向かう増援部隊と同じくらいの戦力になると考えているからです」

「……それは、貴公がダーク殿達の力を信じている、という事なのか?」


 低い声で尋ねるとベイガードは無言で頷く。バルディットは謎の多いダークの強さを信じているベイガードの考えが理解できず、心の中で呆れ果てる。他の騎士達も同じような気持ちでベイガードの事を見ていた。

 ベイガードの目にはダークと彼の仲間達を信じるという意思が見られる。ベイガードも直接ダークが戦う姿を見てはいないが、ダークの自信と彼の噂、そして東門前の広場で見たバイコーンを手懐ける技術と仲間であるノワールの魔法の腕、それを見てベイガードはダークが噂通りの実力を持っているのだと感じていた。だから彼を信じて提案に賛成しようと考えたのだ。

 バルディットはベイガードの真剣な表情を見て、これ以上何を言って無駄だと感じたのか溜め息をついた。そして自分達を会話を聞いているダークとアリシアを見た後に視線をベイガードに戻す。


「……いいだろう。好きにするといい」

「将軍、よろしいのですか?」


 近くにいた騎士がバルディットの言葉を聞き、驚いて訊き返した。他の騎士も意外そうな顔でバルディットの方を向いており、アリシア達もアッサリと了承したバルディットを見て少し驚きの反応を見せる。


「指揮官であるベイガードがその増援で構わないと言っているのだからそれでよかろう。別にジバルドの町の部隊から送る兵士の数などは指示されていないのだからな」

「し、しかし……」


 騎士は少し納得のできない反応を見せながら小さく俯く。しかし、いくら納得できなくても司令官であるバルディットが決めたのだから仕方がないと渋々納得する。

 黙る騎士達を見たバルディットはベイガードに近づき、彼の目の前まで来ると鎧の上からベイガードの胸に指を付けた。


「ベイガード、これだけは忘れるな? ダーク殿の提案に賛成し、僅か六百の戦力とダーク殿達をジバルドの町へ送ると言ったのは貴公だ。もしこれでジバルドの町が亜人どもに制圧されるような結果になれば貴公の責任だ。しかもセルメティア王国の部隊に被害が出てダーク殿達までも亜人達の捕虜になるような事になればセルメティア王国との関係は最悪な結果になるかもしれない。そのような事になったら……分かっているな?」

「……ええ、分かっております。その時は私が全ての責任を取ります」


 半分脅迫するような口調で話すバルディットを見てベイガードは頷く。返事を聞いたバルディットはそれならいい、という様な表情で頷きベイガードから離れる。

 会話を聞いていたダーク達はベイガードとバルディットを黙って見ている。先程の会話でダーク達はバルディットが司令官として部下の責任と取るような性格ではないと知り、そんなバルディットに従ってるベイガードが少し気の毒に思った。

 その後、ダーク達は増援を送る時間や町への道のりなどを簡単に確認する。そして遅れてやって来たリダムスにダーク達がジバルドの町へ行く事、リダムスには千の部隊と共にルギンの町へ向かってもらう事を話す。それを聞いたリダムスはダーク達と同行できない事を知り、少し残念そうな顔をしていた。

 作戦本部での会議が終わってから一時間後、町の西門前の広場にはジバルドの町へ向かうセルメティア王国軍の兵士達が三百人、エルギス教国軍の兵士達が三百人が集まっていた。セルメティア王国軍は人間だけだが、エルギス教国軍には人間だけでなく、彼等と共に戦う事を決意した亜人達も大勢いる。合計六百人の兵士達は出発の時を待っていた。

 ただ、両国の兵士達の中には嘗て戦争をした相手国の兵士が隣にいる事で不満そうな顔をしている者もいる。目の前に自分達の仲間を手に掛けた者達がいるのだからそれは無理もない。だが、今は亜人連合軍が彼等の共通の敵である為、兵士達は相手への不満などを心の中に抑え込み、亜人連合軍と戦う事だけを考える事にした。しかし、それを考えると今度はエルギス教国軍と共に戦う亜人達の立場が微妙になって来る。

 戦いに参加している亜人達の中に敵側に寝返る者が出てくるのではと不信感を持つ兵士も大勢いる。だが、共に戦う亜人達は全員が仲間を殺した亜人連合軍に対して怒りを持っている為、裏切るような事は無いと言う兵士もいた。不信感を持つ兵士達もそんな仲間達の言葉を信じ、一応共に戦う亜人達は信じる事にしているようだ。

 広場の隅ではダーク達が集まっている大勢の兵士達を見ている姿があり、その近くにはダーク達が乗るバイコーンと馬が大人しくしていた。少し前まで戦争をしていた二つの国の軍が一つの町に集まっている光景にダーク達や広場に集まっている町の住民達は不思議な気分になる。


「まさか敵だった二つの国の軍が共闘する事になるとはな……」


 ジェイクが腕を組みながら集まっている兵士達を見て呟く。彼の両隣にいるレジーナとマティーリアも兵士達を見ながら意外そうな顔をしていた。


「セルメティアとエルギスが一緒に戦う、なんだかこっちも連合軍になってるみたいね?」

「フッ、見方によっては確かにそうじゃな」

「喧嘩する事なく仲良く戦ってくれるといいんだけど」


 レジーナは二つの国の兵士達を見て揉め事を起こすのではと心配しながら見ている。マティーリアはそんなレジーナを見て大丈夫だろう、と言いたそうな表情を浮かべていた。

 レジーナ達が両国の兵士達の関係について話している時、ダークとアリシアは兵士達を見ながらジバルドの町に着いた後の事を話していた。町に着いてからどうするか、八百の敵部隊に勝利した後に何をするかなど勝利した後の事も考えている。ノワールも二人の会話に参加して自分の考えを二人に話したりなどしていた。


「おい、アンタ達!」

「ん?」


 ダーク達が話をしていると何処からか低い男の声が聞こえ、ダーク達は声のした方を向いた。そこには濃緑色の鱗を持つ二人の雄のリザードマンが歩いて来る姿があり、二人とも薄茶色の腰巻に灰色のショルダーアーマーを装備している。そして腰の右側には両刃の剣が収められていた。

 笑いながら歩いて来るその二人のリザードマンをダーク達は不思議に思いながら見ている。彼等の態度からまるで自分達の事を知っているようだからだ。しかし、ダーク達にはリザードマンの知り合いなどおらず、誰なのか分からなかった。


「よう、また会えたな。ダークの旦那?」


 ダークの前までやって来た二人のリザードマンの内、一人がダークを見ながら挨拶をする。やはり目の前のリザードマンはダークの事を知っているようだ。だが、やはりダークには覚えが無かった。


「お前は……」

「何だよ、忘れちまったのか? 俺だよ、エルギス教国との戦争の時にジェーブルの町を攻撃しようとした先遣隊にいた」

「先遣隊?」


 リザードマンの話を聞いてダークはエルギス教国との戦争の事を思い出す。アリシア達もダークと一緒に戦争の時を思い出そうと難しい顔をする。

 しばらくするとダークはふと顔を上げた。ジェーブルの町に攻め込もうとしていたエルギス教国の六百の先遣隊を見つけ、ダーク達は奇襲を仕掛けた時の事を思い出す。その時にエルギス教国軍の奴隷兵として檻に閉じ込められていた亜人達を見つけてダーク達は彼等を解放したのだ。その亜人達の中に目の前にいる二人のリザードマンがいた事にダークは気付いた。

 

「お前達、あの時のリザードマンか?」


 ダークは目の前にいるリザードマンがあの時の奴隷兵のリザードマンだという事に驚きの反応を見せる。アリシア達もリザードマンの正体に気付いて驚きの表情を浮かべた。


「思い出してくれたか?」

「ああ、まさかこんな所で再会するとは思わなかったぞ」

「それは俺達も同じさ」


 自分を思い出してくれたダークを見てリザードマンは笑みを浮かべながらダークと握手を交わす。ダークの後ろにいるアリシア達も助けたリザードマンが無事だった事を知って小さく笑いながらリザードマン達を見ている。


「無事にエルギス教国に戻れて何よりだ……そう言えば、まだお前達の名を聞いていなかったな」


 ダークが初めて会った時にリザードマン達の名前を聞いていなかった事を思い出す。リザードマン達も自己紹介していなかった事を思い出して目を見開いた。


「ああぁ、そうだったな……あの時は旦那達に助けてもらって感謝で頭がいっぱいだったから名乗るのを忘れていた……」

「あの時は色々と問題がありましたし、仕方がありませんよ」


 申し訳なさそうな顔をするリザードマンにダークの隣に立っているノワールが苦笑いを浮かべながら言う。リザードマン達はノワールに話しかけられ、少し緊張した様な素振りを見せる。

 リザードマン達にとってドラゴンやマティーリアのような竜人は崇めるよう大きな存在だ。彼等は前の戦争でエルギス教国軍から解放された時にマティーリアからノワールの事を色々と聞かされていた。だから人間の姿をしているノワールがダークの使い魔であるドラゴンだと知っており、話しかけられて驚いたのだろう。

 緊張するリザードマン達の姿にアリシアやレジーナ、ジェイクは小首を傾げて不思議そうな顔をする。一方でマティーリアはリザードマン達を見てやれやれと言いたそうな顔をしていた。

 ノワールに話しかけられて緊張するリザードマン達だったが、ダークが黙って自分達を見ている事に気付き、一度咳き込んで気持ちを切り替えてダークの方を向いた。


「あの時名乗る事ができなかった為、改めて名乗らせてもらう……俺はリザードマン緑鱗りょくりん族のドルジャス・シールーだ。こっちは俺のダチで同じ緑鱗族のジャーベル・ラマーだ」

「……よろしく」


 自己紹介をしてから隣にいるもう一人のリザードマンの紹介の事もするドルジャス。紹介されたジャーベルというリザードマンも低い声でダーク達に挨拶をした。

 リザードマン達の名前を聞いてダークは分かった、と無言で頷く。名前を聞き終わるとダークは遠くにいるエルギス教国軍の兵士達の方を向く。そしてその中にいる大勢の亜人達の姿を見つめた。


「お前達が此処にいるという事は、やはりお前達もエルギス教国軍に参加を?」

「ああ……」


 ダークの質問にドルジャスは小さく俯きながら返事をする。さっきまでは楽しそうに自己紹介をしていたが、突然深刻そうな表情となったドルジャスをダークやアリシア達は黙って見つめた。


「亜人連合軍は自分達の仲間になる事を断った亜人達を殺した。その殺された亜人の中には俺達と同じ緑鱗族もいたんだ。仲間になる事を断っただけで同じ亜人を殺した奴等を俺達は許せねぇ、だからエルギス教国軍に参加して奴等と戦い、殺された連中の仇を取るって決めたんだ」

「仇を取る……それは亜人連合軍の奴等を全員殺すという事か?」


 険しい顔をしながら話すドルジャスにダークは腕を組みながら低い声で尋ねる。ドルジャスはダークの方を向くと首を横に振った。


「まさか、そんな事をしたら俺達も亜人連合軍の連中と同じだ。この内戦で亜人連合軍に勝利し、殺された者達の無念を晴らすって意味だよ」

「……フッ、そうか」


 ドルジャスの答えを聞いたダークは小さく笑う。その笑い方は何処か嬉しそうな笑い方に聞こえ、ドルジャスと隣にいるジャーベルは不思議そうにダークを見つめた。

 いくら仲間を殺されたとはいえ、ただ命を奪て敵を討つだけではドルジャスの言う通り、亜人連合軍の亜人達と同じだ。しかしドルジャスは怒りに呑まれて亜人連合軍を壊滅させようなどと考えず、戦いに勝利して亜人連合軍に敗北を味わわせてやるという方法を選び、間接的に殺された者達の仇を取ろうとしていた。

 ダークは自分が助けた亜人が怒りで憎い者を殺そうとしない事を知って嬉しく感じていたのだ。


「ドルジャス、その気持ちを忘れるな? 怒りに呑まれて憎い者を全員殺そうなどと考える者はいい生き方も死に方もできなくなる」

「え? あ、ああ、分かったぜ」


 ドルジャスはダークの忠告を聞き、まばたきをしながら頷いた。

 アリシアはダークとドルジャスの会話を聞き、ゆっくりと目を閉じる。嘗て自分も尊敬していた神官騎士リーザを鮮血蝙蝠団のルーに殺され、怒りに支配されてルーを甚振りながら殺そうとした。

 だが、ダークに止められて怒りで憎い者全てを殺す外道に堕ちずに済んだ。あの日からアリシアはもう二度と聖騎士としての心や優しさを見失わないようにしようと誓い、聖騎士として自分の信じる道を歩み続けている。

 アリシアはドルジャスや他の亜人達に怒りに支配されて他人の命を奪う様な存在にはなってほしくないと心の中で願う。


「そうだ、再会の記念にお前達にこれをプレゼントしよう」

「は?」


 ダークの言葉にドルジャズとジャーベルは目を丸くした。そんな二人を気にせず、ダークは腰のポーチに手を入れて何かを取り出す。すると、ポーチの中から黄色と黒色の鞘に収められた剣が姿を見せた。

 ドルジャスとジャーベルはポーチには絶対に入らない大きさの剣が出て来たのを見て驚きの表情を浮かべる。二人が驚く中、ダークはまたポーチから何かを取り出した。今度は青い半月状の刃を水色の長い柄に一つ付けた斧が出て来る。

 剣に続いて斧までポーチから出てきた光景を目にし、二人のリザードマンは言葉を失う。ダークは驚く二人に取り出した武器を差し出す。


「旦那、これは?」

「サンダーブレードとアイスタバール。どちらも私が昔使っていた武器だが、今は殆ど使っていない物だ」

「これを俺達にくれるって言うのか?」

「ああ」


 頷くダークを見てドルジャスとジャーベルは驚きの表情のままお互いの顔を見合う。そしてドルジャスはサンダーブレードを、ジャーベルはアイスタバールを受け取り、改めて貰った武器を確認した。

 ドルジャスはサンダーブレードを鞘から抜くと両刃の刀身が姿を見せる。その美しい刀身にドルジャスは思わず見惚れてしまう。すると、サンダーブレードの刀身からバチバチと青白い電気が発生し、ドルジャスは目を見開いて驚く。

 ジャーベルもアイスタバールの刃を見つめながら指で刀身を触ってみた。刃はひんやりと冷たく、まるで氷を触っているような感じがする。ジャーベルもドルジャスと同じように受け取った武器を見て目を丸くした。


「だ、旦那? 旦那から貰った武器から電気や冷気が出てるんだが、これってもしかして……」

「雷と氷の力を宿した武器、つまり魔法武器だ」

「ま、魔法武器!? 作る事が非常に困難で並の鍛冶師では作る事はできないと言われているあの魔法武器かよ?」


 ドルジャスはダークがプレゼントした武器がこの世界では非常に貴重な物と言われている魔法武器だと知って思わず声を上げる。離れた所に集まっているセルメティア王国とエルギス教国の兵士達は遠くから聞こえるドルジャスの声を聞き、不思議そうに彼を見ていた。

 ダークが渡した<サンダーブレード>と<アイスタバール>はLMFプレイヤーがLMFを始めた頃にNPCの武器屋で買う事ができる武器だ。属性を宿した武器の中では弱い方でこの二つの武器もダークがLMFをやり始めて間もない頃に手に入れた物である。LMFでは弱い武器でもこの世界では非常に貴重で強力な武器とされており、上手く使えばレベルの低い戦士でも弱い中級モンスターとなら互角に戦う事が可能だ。

 貴重な魔法武器を貰ったドルジャスとジャーベルは興奮のあまり武器を持つ手を僅かに震わせている。そんな二人の姿をダーク、ジェイク、マティーリアは黙って見ており、アリシアとノワールは興奮しているドルジャスとジャーベルがおかしいのかクスクスと笑いながら二人を見ていた。

 レジーナはダークから魔法武器を貰ったドルジャスとジャーベルを羨ましそうに見ていた。ダークと長い付き合いである自分だってエメラルドダガーを貰っただけで魔法武器は一度も貰っていないのに出会ったばかりのリザードマン達が強力な魔法武器を貰って事が少し納得できないようだ。


「なぁ、本当に貰ってもいいんだな?」

「ああ」

「後になって返してくれ、とか言わないでくれよ?」

「くどいぞ?」


 しつこく確認して来るドルジャスにダークはめんどくさそうな声を出す。ダークの返事を聞いたドルジャスは笑いながらサンダーブレードを鞘に戻して腰の左側に収める。ジャーベルもアイスタバールを肩に担ぎ、美しく光る刃を見上げた。

 ドルジャスとジャーベルが貰った武器を見ていると西門の方から男の声が聞こえ、広場に集まっているダーク達は一斉に西門の方を向く。そこにはジバルドの町へ向かう部隊の指揮官であるベイガードが台の上に乗ってダーク達の方を向いている姿がある。出発する前に集まっている兵士達に何かを話そうとしていた。


「皆、聞いてくれ! これより我々は内戦の最前線であり、我が軍の防衛線となっているジバルドの町へと向かう。その町は既に何度も亜人連合軍の襲撃を受け、多くの兵士達が命を落とした。ジバルドの町の防衛力は限界となっており、そんな状態のジバルドの町に亜人連合軍は八百の大部隊で攻撃を仕掛けようとしているという情報が入った。もしこのまま攻撃を受ければジバルドの町は確実に落とされてしまう。そうなる前に我々はジバルドの町へ向かい、町の防衛部隊と合流し亜人連合軍を迎え撃つ!」


 力の入った声で集まっている兵士達に現状の説明と今後の自分達の行動について説明する。集まっている兵士達はそれを黙って聞いていた。


「今回、我がエルギス教国軍の他にセルメティア王国より送られた増援部隊も共闘する……前の戦争で皆も色んな不安や不満を抱えているかもしれない。だが、今の我々がやるべき事は過去の戦いを蒸し返しいがみ合う事ではない。人間達を支配しようとする亜人連合軍という共通の敵と戦う事だ。今だけは過去を忘れて手を取り合って戦ってほしい」


 嘗て戦った相手国の兵士達を見つめるセルメティア王国とエルギス教国の兵士達。ベイガードの予想通り、不安や不満を持つ兵士もおり、敵であった相手国に兵士を鋭い目で見つめている兵士もいた。だが、今は亜人連合軍と戦う事の方が大切だというベイガードの言葉を聞いて兵士達は亜人連合軍と戦う事だけを考える。

 一通り話が終わるとベイガードはもう一度集まっている兵士達を見回し、目を閉じて深く深呼吸をする。そして再び目を開くと真剣な表情を浮かべた。


「では、ジバルドの町へ向けて出発する……開門!」


 ベイガードは振り返って西門を見上げながら叫ぶ。すると西門がゆっくりと動き出し開いていく。ベイガードは門が動くのを確認すると自分の馬に乗る。ダーク達もバイコーンと馬に乗って移動の準備をした。

 会議が終わった後、ベイガード達はダーク達にある提案をした。それはダーク達がハイリスの町にセルメティア王国軍を転移させた時の様に先にダーク達にジバルドの町へ向かってもらい、到着してからゲートを発動させて増援部隊をジバルドの町へ転移させるというものだ。そうすれば移動時間が短縮され、余裕を持って亜人連合軍を迎撃する準備をする事ができるからである。

 だがダークはその提案を断った。ダーク達が先に向かっても防衛線が張られてる町にエルギス教国軍の人間でないダーク達が簡単に入れるとは思えないからだ。エルギス教国に力を貸すセルメティア王国の冒険者だと話しても確認をする為に時間を取られてしまう可能性がある。そうなったら余計に増援がジバルドの町に到着するのに時間が掛かってしまう。だからダークは提案を拒否し、増援部隊と共にジバルドの町に向かう事にしたのだ。

 他にもノワールにゲートを使わせたくなかったという理由があった。この世界で最強と言われる最上級魔法を幼い少年の姿をしたノワールが使っただけでも注目を集めているのにそれを連続で使ったりすればノワールの正体や強さがバレてしまう可能性があるからだ。

 西門が完全に開くと先頭のベイガードは馬を走らせて西門から町の外に出て街道を進み、エルギス教国軍の兵士達三百人がベイガードの続いて外に出る。その後にエルギス教国軍に参加したリザードマンやエルフ、ドワーフなどの亜人達の部隊が続く。ドルジャスとジャーベルも隊列を組みながらエルギス教国軍の兵士達の後をついて行った。

 エルギス教国軍が町を出ると残ったダーク達とセルメティア王国軍の兵士三百人も西門を潜り町の外へ出た。アリシアが乗る馬を先頭にダーク達が乗るバイコーンがそのすぐ後ろをついて行き、マティーリアはダーク達の真上を飛んで移動する。そして彼等の後ろをセルメティア王国の兵士達が続いた。


「いよいよ最前線か。どんな戦いになるんだろうな……」


 バイコーンを歩かせながらジェイクはジバルドの町でどんな戦いが起こるのか考える。すると真上を飛んでいるマティーリアが前を向きながら口を開いた。


「さあのぉ? 少なくとも、以前のエルギス教国との戦争よりは苦労するはずじゃ。今度の相手は人間ではなく亜人なのじゃからな」


 マティーリアの言葉を聞き、ジェイクは表情を鋭くし、その隣にいるレジーナはうわあぁ、という様な顔でマティーリアを見上げていた。

 いくらレジーナ達が英雄級の実力を手に入れたとしても、人間以上のレベルを得る事のできる亜人と戦う上に亜人との戦闘経験も始めてな為、少し緊張しているようだ。だがそれでも、ダークとアリシア、ノワールがいるから自分達が敗北するという事は一切考えてはいなかった。


「……ダーク、この戦いで私達、つまり人間が勝ったら亜人連合軍はどうすると思う? 潔く投降して他の亜人達と同じように共存を受け入れると思うか?」


 レジーナ達の前にいるアリシアが隣にいるダークに戦いが終わった後の事について尋ねる。問いかけられたダークはチラッとアリシアの方を向く。


「……難しいだろうな。恐らく彼等は長い間続いた奴隷制度から生まれた人間達への恨みや憎しみから今回の内戦を引き起こしたのだろう。敗北したからと言って憎んでいる人間の言う事を素直に聞くとは思えない」

「ではどうするのだ? まさか亜人連合軍の亜人を全員処刑するなんて事は……」


 アリシアは最悪の結末を予想し、俯きながら深刻な表情を浮かべる。そんなアリシアを見たダークは再び前を向いた。


「……終戦後に亜人達をどうするかはソラ陛下達が決める事だ。私達はエルギス教国軍と共に侵攻して来る亜人連合軍と戦うだけ、あまり深く考えるな?」

「……ああ、そうだな……すまない」


 自分のやるべき事をやるのが大切だ、アリシアはそう自分に言い聞かせて鋭い表情で前を見て馬の歩く速度を少しだけ上げた。ダークもそんなアリシアを見てバイコーンの歩く速度を上げる。

 それぞれ亜人連合軍との戦いがどうなるのか考えながらダーク達はセルメティア王国とエルギス教国の連合部隊と共にジバルドの町へと向かって街道を進んで行く。


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