第百九話 セルメティアからの増援部隊
ハイリスの町の東門前の広場、そこには大勢のエルギス教国の兵士、町の住民達が集まっており広場の中央を見ていた。そこにはいつもの漆黒の全身甲冑を身に付け、フルフェイスの兜を被ったダークの姿があり、彼は黒い肌に紫のたてがみを持ち、二本の翡翠色の角を生やしたバイコーンに乗っている。その後ろは少年の姿をしたノワールが乗ってダークにしがみ付いていた。
ダークとノワールの後ろには同じように黒いバイコーンに乗っているジェイクと馬に乗るレジーナの姿があり、二人ともダークから貰った鎧と得物である武器を装備している。そして二人の後ろには黒い刀剣ジャバウォックを肩に担いだマティーリアの姿があった。彼女だけはバイコーンに乗らず、自分の竜翼を使い空を飛んで来たようだ。ただ、アリシアの姿は何処にも無かった。
エルギス教国の兵士や町の住民達はダーク達が乗るバイコーンを見て驚きの表情を浮かべている。当然だ、ダーク達が乗っているのは普通の馬ではなくモンスターなのだから。
ダーク達が乗っているバイコーンはエルギス教国に向かう為の足としてダークが用意したモンスター。普通の馬を使ってもよかったのだが、できるだけ早くハイリスの町へ向えるようダークがサモンピースを使って足の速いモンスターを召喚したのだ。最初にバイコーンを見たレジーナ達は乗る事ができるのか、と不安に思っていたが、ダークが背中に乗せるよう命令するとバイコーン達は暴れる事なくジェイクを背中に乗せる。だが、レジーナが乗ろうとするとなぜかバイコーンは嫌がりレジーナを乗せようとしなかった。
調べてみるとバイコーンはユニコーンとは対になる存在である為、処女が乗ると嫌がるモンスターだと分かった。レジーナは処女であった為、バイコーンは彼女が乗ると嫌がり暴れ出したのだ。結局レジーナはバイコーンに乗れないので一番速く走れる馬に乗ってこの町までやって来たのだ。
バイコーンに乗りながらダーク達が広場を見回していると遠くからベイガード達が走って来るのが見えた。ダークとノワールはバイコーンから降り、走って来るベイガード達の方を向く。レジーナとジェイクも続いてバイコーンと馬から降り、ダークの斜め後ろまで移動した。マティーリアもレジーナとジェイクのいる所へ行き、三人は横一列に並ぶ。
ベイガード達はダーク達の前までやって来ると呼吸を乱しながらダーク達と向かい合う。此処まで全速力で走って来たのだろう。
「ダ、ダーク殿、よく来てくださった」
「すみません、もう少し早くこの町へ来るつもりだったのですが、色々と準備に手間取ってしまって……」
「いえいえ、我々はもうしばらく時間が掛かると思っていました。それなのに私達が予想していたよりも早くこの町へ来てくださいました。寧ろ感謝しております」
ベイガードは早く合流地点であるハイリスの町へ来てくれたダークを笑いながら見て握手の手を差し出す。すると、ダークが乗って来たバイコーンが鼻息を荒しながらベイガード達を睨みつけ、それを見たベイガードやバルディット達は驚く。ダークはバイコーンを軽く叩いて落ち着かせ、宥められたバイコーンは首を下げて大人しくなった。
バイコーンが大人しくなったのを見てベイガードはホッとする。バルディット達も安心して肩を落とすが、同時にこんな気性の荒いモンスターを大人しくさせる事のできるダークに驚いていた。
「ダーク殿、もしやダーク殿達はこのバイコーンに乗って此処まで来られたのですか?」
「ええ」
「へ、兵士からは馬に乗って来たと聞いているのですが……」
「私達にとってはコイツ等は馬と同じように扱っているのです。ですから兵士には馬に乗って来たと説明したのですが、驚かせてしまったのであれば謝ります。私の説明不足でした」
「い、いえ、危害を加えるような存在でなければ問題はありません。ですが、もしまたこのような事があれば、次からはちゃんと説明していただけるとありがたいです……」
「以後、気を付けます」
苦笑いを浮かべるベイガードにダークは軽く頭を下げて謝る。後ろに立っているレジーナとマティーリアは驚くベイガード達の顔を見て楽しそうにクスクスと笑っていた。ジェイクはそんな二人の反応に呆れ顔になる。
バルディットはベイガードと会話するダークをジッと見つめている。モンスターを馬だと適当に説明する様ないい加減な黒騎士を信用してよいのかと僅かに不安を感じるようになっていた。他の騎士達も心配そうな顔でダークを見ている。
ダークと簡単に挨拶を済ませたベイガードはダーク達の後ろや広場を見回す。広場にダーク達以外にセルメティア王国の増援らしき兵士や騎士の姿は見当たらない。報告しに来た兵士の言葉は嘘ではなかったのかとベイガードは心の名で呟く。
「……ダーク殿、この町に来られたセルメティア王国の増援は貴方がただけなのですか?」
念の為にダーク本人の他に増援は来ていないのかベイガードは尋ねる。するとダークはチラッと後ろにいるノワール達を見た後に再びベイガードの方を向いて頷いた。
「ええ、現在この町にいるセルメティア王国からの増援は我々五人だけです」
「そうですか……」
ダークの答えを聞き、ベイガードは小さく俯き暗い声を出す。バルディット達はダーク達から目をそらして不機嫌そうな顔を見せる。
ベイガード達の反応にダークはやっぱりこういう反応をするか、と感じながら見ている。ダークも本当はもっと多くの増援を連れて来たかったのだが、ダーク達が五人だけできたのには理由があった。
「ご安心ください。他の増援はすぐにやって来ます。」
ダークが話しかけるとベイガードやバルディット達は一斉にダークの方を向いた。
「ほ、本当ですか?」
「ええ、約二千人の大部隊が」
セルメティア王国が二千の戦力を増援として送ってくれる事を聞いたベルガードやバルディット達は目を見開く。周りでダーク達の会話を聞いていたエルギス教国の兵士達は驚いてざわつき出す。自分達が予想していたよりも遥かに多くの戦力を増援として送ってくれる事にベイガード達は驚きを隠せずにいた。そして同時にそれだけの戦力を用意してくれたマクルダムに心の中で感謝する。
だが、同時にベイガード達はある事を心配していた。それはその二千の増援がいつやって来るのかという事だ。二千もの大部隊ともなればセルメティア王国の首都からこのハイリスの町まで移動するのにかなりの時間が掛かるだろうとベイガードは考えていた。亜人連合軍が本格的に攻撃を仕掛けてくる前にセルメティア王国軍が来てくれるのか、ベイガードはそれが心配だったのだ。
「……因みに、増援が到着するまで何日ほど掛かるのでしょう?」
ベイガードは緊張した様子でダークにセルメティア王国軍がどれぐらいで到着するのかを尋ねる。バルディット達も真剣な顔でダークの方を向き、彼が答えるのを待つ。するとダークは自分の後ろを親指で差しながら低い声を出した。
「何日も掛かりません。数秒で来ます」
「……え?」
一瞬ダークの言っている事が理解できずベイガードは声を漏らした。バルディット達も呆然としながらダークの顔を見ている。
「え? あのぉ……ダーク殿、それはどういう意味ですか?」
「言葉通りの意味です。セルメティア王国の部隊はすぐにこの町へ来ます」
「い、いやいや、セルメティア王国の首都からこの町まではかなりの距離があるのですよ? すぐに町へ来るなど不可能ではありませんか?」
「いいえ、可能です」
動揺を見せるベイガードの言葉はダークは否定する。その言葉を聞いたベイガードはもうダークが何を考えているの分からずにまばたきをする事しかできなかった。
ダークとベイガードの会話を聞いていたバルディット達はダークが自分達を馬鹿にしているか、ふざけているのかと考え、細い目でダークを見つめながらヒソヒソと小声で会話をしている。
バルディット達が小声で話している姿を見たダークは彼等が自分の言った事を信じておらず、自分がふざけているのだと思っている事にすぐに気づく。ダークはバルディットに信用してもらう為に自分がふざけていない事を証明しようと考えた。
「……では、今からセルメティア王国軍を此処へ呼び出しますので、少し広場の隅へ移動してください」
「え? ハ、ハイ……」
ベイガードはダークの指示を聞き、理解できないまま言われた通り広場の隅へ移動する。バルディット達も何をする気だ、とダークを不満そうな目で見ながらベイガードの後をついて行く。
レジーナ達は自分達が乗って来たバイコーンの手綱を引っ張ってベイガード達と同じように広場の隅へ移動する。そしてベイガード達の隣までやって来て彼等と一緒に広場の中央に残るダークとノワールを見つめた。
ダークはレジーナ達が広場の隅へ移動した事、自分と隣に立っているノワール以外に誰も広場の中央に近づいていない事を確認するとポーチから青い正方形の水晶、メッセージクリスタルを取り出した。
メッセージクリスタルを使用すると、ダークが持っている水晶が水色に光り出し、それを見たレジーナ達はダークがメッセージクリスタルを使った事を知って反応する。一方でベイガード達は突然ダークの手元が光り出したのを見て何が起きたんだと不思議そうな顔をしていた。
「聞こえるか、アリシア?」
「ダークか」
ダークはメッセージクリスタルに話しかけるとメッセージクリスタルからアリシアの声が聞こえてきた。どうやら一緒にいないアリシアに連絡を入れる為にメッセージクリスタルを使用したようだ。
「こっちの準備は整った。そっちの方はどうだ?」
「いつでも大丈夫だ。ただ、兵士達はずっと正門の前で待機しているからそろそろ騒ぎ出しそうだがな」
「フフフ、そうか。ならすぐに移動を開始すると伝えておいてくれ」
「分かった」
何かの確認をするとダークはアリシアとの連絡を終える。使い終わったメッセージクリスタルは高い音を立てて砕け散り、光の粒子となって消滅した。
メッセージクリスタルが消滅するとダークはノワールの方を向いて無言で頷き、何かを始めるよう指示する。それを見たノワールも無言で頷き、分かったとダークに伝えた。そして東門の方を向いて目の前の大きな広場に右手を向ける。すると、ノワールの右手の中に紫色の魔法陣が展開された。
「転移門!」
ノワールが叫ぶと手の中の魔法陣が光り出し、ダークとノワールが立つ位置から少し離れた場所に薄く、大きな深紫色の楕円形の靄が現れた。それを見たベイガード達や広場の周りにいるエルギス教国の兵士、町の住民達は驚愕の表情を浮かべる。レジーナ達も少し驚いた反応を見せていた。
広場にいる者達が驚いていると靄の中から何かが出てくる。白い馬に乗ったアリシアだった。突然靄の中から女騎士が出て来た事にベイガード達は驚く。だが、彼等の驚きはそれで終わらなかった。なんとアリシアに続いて多くのセルメティア王国直轄騎士団の兵士や馬に乗った騎士達が列を作って出て来たのだ。
彼等こそダークが話していた二千人のセルメティア王国の増援。アリシアはそのセルメティア王国の増援を連れて来る為にダーク達と別行動を取り、セルメティア王国の首都アルメニスで待機していたのだ。
靄の中から次々と出てくる大勢の兵士と騎士達にベイガード達は言葉が出なくなってしまった。靄から出て来たアリシアはダークとノワールの前で馬を止め、あとから出て来た兵士達もアリシアの後ろで列を乱す事なく止まる。しばらくの間、靄からは大勢の兵士や騎士達が出てきて東門前の広場はセルメティア王国の兵士達でいっぱいになった。そして最後の兵士が出てきた直後に靄は消滅し、広場にいたエルギス教国の兵士や町の住民達はそれを見てざわつき出す。
「セ、セルメティア王国の軍勢が突然……どうなっているのだ」
「そう言えば、先程あの少年が転移門と叫んだのを聞きましたが……まさかっ!?」
驚くバルディットの隣でベイガードは何かに気付いて目を見開きながらダークの隣に立つノワールに視線を向けた。
<転移門>は闇属性最上級魔法の一つで巨大な靄状の転移門を発生させる転移魔法の中でも最上位の魔法だ。その一番の利点は転移する物や数に制限が無いところだ。中級魔法のディメンジョンムーブは使用者のみしか転移できず、距離が短い。ノワールがよく使うテレポートは行った所なら何処へでも転移できるが、転移できる人数は最大で十人までで大きな物は転移できないという幾つかの条件が存在する。だがこのゲートは人数に制限が無く、大きな物でも転移門を潜る事ができれば転移できるのだ。ただ、発動に使用する魔力が多く、発動している間は使用者は他の行動を取る事ができない。その為、戦闘中で目の前に敵がいる時などに使うのは危険である。だがそれでもLMFでは多くのプレイヤーがこの魔法を習得して使っていた。
ベイガードはアリシアと会話をしているダークの隣で二人を見上げながら話を聞いているノワールを驚いた様子で見つめている。
「転移門、魔法の中でも最強と言われている最上級魔法の一つで人間では習得するのは不可能と言われている転移魔法です……」
「な、何だと!?」
ノワールを見つめながらベイガードは転移門と言う魔法について説明し、それを聞いたバルディットは思わず声を上げる。周りにいる他の騎士達も声は出さなかったが驚いてベイガードを見た。
「そ、そんな魔法を使う事ができるなんて、あの少年は何者なのでしょう? そして、彼と共にいるダーク殿も……」
ベイガード達は最上級魔法を使えるノワールと謎多きダークを目を丸くしながら見つめる。その隣ではレジーナとマティーリアがベイガード達を見てまたクスクスと笑っており、ジェイクはただ笑いを堪えている二人を黙って見ていた。
広場の隅でベイガード達は驚いている間、ダークは合流したアリシアと何かを話しており、話が終わるとダークはアリシアを連れてベイガード達の下へ移動する。
「皆さん、とりあえずマクルダム陛下が用意されたセルメティア王国の戦力は全て揃いました」
「そ、そうですか」
普通に話しかけてくるダークにベイガードは少し動揺を見せながら笑顔を作り返事をする。
「しかし、最上級魔法の転移門を使う事ができるとは、正直驚きました。その少年はダーク殿の冒険者仲間なのですか?」
「ええ、私の信頼する大魔導士です」
ダークはノワールの頭をポンポンと軽く叩きながらノワールの質問をする。ノワールは目を閉じ、どこか照れくさそうな顔をしていた。
「しかし、転移門が使えるのならなぜわざわざダーク殿達だけが先にこの町へ来られたのですか? 転移門を使って部隊を転移できる所まで移動し、そこから全員で移動すれば良いと思うのですが……」
ベイガードはずっと疑問に思っていた事をダークに尋ねた。
確かに転移門で大勢を一度に転移できるのならダーク達だけでなく、全員を転移させてハイリスの町まで移動すればいい。なぜわざわざダーク達だけが先にハイリスの町まで移動したのかベイガードは分からなかった。
「ああぁ、その事ですか……まぁ、色々ありまして」
ベイガードの質問にダークは曖昧な答えを出す。そんな答えを聞いたベイガードやバルディット達は小首を傾げながらダークを見ていた。
首都でセルメティア王国の部隊が編制されるとダークは一秒でも早くセルメティア王国の部隊をエルギス教国に送る為に転移魔法でエルギス教国へ移動しようと考えていた。だが、転移するには転移魔法を使うノワールが一度目的地へ行く必要がある。その為、まずダーク達はゼゼルドの町へ転移し、そこからエルギス教国軍が拠点として使っているハイリスの町へ移動する事にしたのだ。
しかし、そんな事をするくらいなら最初からセルメティア王国の部隊も一緒に転移させ、ゼゼルドの町から一緒にハイリスの町へ向かえばいいと普通は考える。ベイガード達も何故ダークがそうしなかったのか不思議に思っていた。ダークがセルメティア王国の部隊を転移させず、先に自分達がハイリスの町へ向かった理由、それは移動時間を短縮する為だ。
最初にセルメティア王国の部隊をゼゼルドの町に転移させ、一緒に出発するとダーク達や馬に乗る騎士達は歩く兵士達に合わせてゆっくりと移動しないといけない。二千人の大部隊がゆっくりと移動すれば当然ハイリスの町へ着くまでに時間が掛かる。しかも兵士達の休息も取らないといけない為、ハイリスの町には早くても丸一日は掛かってしまう。だからダークは先に自分達だけゼゼルドの町へ転移し、バイコーンに乗ってハイリスの町へ向かったのだ。
ダークが召喚したバイコーンは普通の馬よりも走るスピードが速く、最高で60km、つまり自動車とほぼ同じ速度で走る事が可能だ。そのバイコーンに乗ってハイリスの町へ向かえば休憩を入れても数時間で到着できる。そして町に到着してからノワールにゲートを発動させ、首都アルメニスに転移門を作って待機していたアリシアとセルメティア王国の部隊をハイリスの町へ転移させたのだ。結果セルメティア王国軍は通常よりも早くハイリスの町へ到着する事ができた。
「……まあ、どんな事情があるにせよ、予定よりも早く合流してくださった事に感謝いたします」
どうしてダーク達だけが先に来たのかベイガードは気になっていたが、聞いたところで自分達には何の意味も無い。ベイガードは深く追求するような事はしなかった。
頭を下げて礼を言うベイガードの後ろでは他の騎士達も頭を下げてダーク達に感謝をする。するとベイガード達の後ろにいたバルディットがダークの前に出て来て真剣な表情を見せた。
「改めて、よく来てくださった。私はエルギス教国の将軍、バルディット・シャールンと申す。エルギス教国軍の総司令官を任されている」
「ダークです、よろしくお願いします」
ダークは自己紹介をするバルディットに挨拶を返し、二人は静かに握手を交わす。バルディットは握手を交わしながら目の前に立っている黒騎士を見て、心の中で信用しても大丈夫なのかと僅かに不安を感じていた。嘗てセルメティアの黒い死神と言われエルギス教国に甚大な被害を与えた男と共に戦って平気なのかと思っているのだ。
不安を感じているバルディットの隣ではベイガードがダークや隣にいるアリシア、ノワールに笑いながら挨拶をしていた。バルディットと違い、完全にダーク達を信用している目をしており、そんなベイガードの顔を見たバルディットは警戒心の無い奴だ、と呆れた顔をしていた。
「……それでダーク殿、そちらの部隊はどなたが指揮を執っているのだ? やはりそちらの聖騎士の女性が?」
ベイガードから視線をダークに変えたバルディットはセルメティア王国軍の指揮官がアリシアなのかダークに尋ねる。セルメティア王国の部隊を連れて転移門から出てきた時に彼女が先頭にいたのだから普通は誰もがアリシアが指揮官だと考えるだろう。
「いいえ、指揮官は私ではありません」
ダークの代わりに彼の隣に立つアリシアがバルディットの質問に答えた。バルディットは意外そうな顔でアリシアの方を向く。ベイガードや他の騎士達も同じような顔でアリシアの方を見ている。
指揮官が誰なのかダーク達が話をしていると待機しているセルメティア王国軍の方から一人の騎士が走って来た。青い短髪をし、銀色の鎧に青いマントを装備した二十代半ばくらいの男、嘗てエルギス教国との戦争でダーク達と共に戦った蒼月隊の隊長であるリダムス・ベルモットだ。
ダーク達と合流したリダムスはベイガード達の方を見ると軽く頭を下げて挨拶をする。ベイガード達もリダムスを見て頭を下げて挨拶を返した。
「こちらの方は?」
「ああぁ、ご紹介します。彼はリダムス・ベルモット殿、今回の増援部隊の指揮官を務める方です」
ベイガードがリダムスの事をダークとアリシアに尋ねるとアリシアがリダムスの紹介をする。ベイガード達はダークやアリシアではなく、目の前にいる青年の騎士がセルメティア王国軍の指揮官だと知り、意外そうな反応を見せた。
「何と、貴方がセルメティア王国軍の指揮官殿でしたか」
「え、ええ、よろしくお願いします」
驚くベイガードと少し照れるような素振りを見せるリダムスは握手を交わす。ベイガードとの握手が終わるとバルディットや他の騎士達とも握手をした。
増援の部隊を編成する時にマクルダムや貴族達は部隊の指揮官を誰にするか悩んだ。ダークとアリシアには最前線で亜人連合軍の兵士達と戦ってもらう事になっている為、二人に指揮官を頼む事はできない。誰を指揮官を頼むか考えていると、蒼月隊の隊長であるリダムスが名乗り出た。
リダムスは前の戦争でダーク達と戦った事がある為、部隊の指揮を執りながらダーク達と上手く戦えるという自信があったのだ。マクルダム達は自分から名乗り出たリダムスの勇気と前の戦争での彼の活躍からリダムスに指揮官を任せる事にした。
だが、リダムスが指揮官を引き受けると言い出した理由は他にもあったのだ。リダムスは前の戦争でダークの活躍を目にしてからダークを強く尊敬するようになった。だからダークやアリシア達がエルギス教国の救援として亜人連合軍と戦うと聞いた時、もう一度ダークと共に戦いたいと名乗り出たのだ。
そんなリダムスの考えを知らず、ダーク達は指揮官となったリダムスと再会し、亜人連合軍との戦いに勝利する事を誓った。
「……早速ですがベイガード殿、現在の亜人連合軍との戦況をお聞かせいただけますか?」
一通り挨拶が済むとダークはベイガードに現在の戦況について尋ねる。それを聞いたベイガードはフッと反応し、ダークの方を向いて真剣な表情を浮かべた。アリシア達も戦況の話になると気持ちを切り替えてベイガード達の方を向く。
「分かりました。詳しい事は私どもが作戦本部として使っている屋敷でお話しします。バルディット殿、よろしいですね?」
「ああ、構わない」
「では、皆さんこちらへ……」
ベイガードはダーク達を屋敷へ案内する為に歩き出し、ダーク達もその後に続く。リダムスは広場に待機しているセルメティア王国の部隊を移動させる為にダーク達と一旦別れた。嘗て敵であったセルメティア王国の兵士と騎士達をエルギス教国の兵士や町の住民達は複雑そうな表情で見ている。
作戦本部の屋敷にやって来るとベイガード達はダーク達に詳しい戦況を説明する。ダークとアリシアは机の上に広げられているエルギス教国西部の地図を見下ろしながらベイガード達の話を聞き、ノワール、レジーナ、ジェイク、マティーリアの四人は部屋の隅で控えていた。
「……エルギス教国は亜人連合軍に押されてるって聞いたけど、どれぐらい苦戦してるのかしら?」
レジーナはダーク達を見ながら小声で隣に立っているジェイクに尋ねる。部屋にはベイガードやバルディット以外にもエルギス教国の騎士が何人かおり、エルギス教国が苦戦しているなんて事を彼等に聞かれるのはマズいと考えて小声でジェイクに尋ねたのだろう。
前を向いていたジェイクはチラッとレジーナを見ると再び前を見て口を開く。
「さぁな? ただ、セルメティア王国に救援を要請するくらいなんだ。エルギス教国軍だけでは押し返せないくらいの勢いで亜人連合軍が攻めてきているのは間違いないだろう」
「うへぇ~、これは大変な戦いになりそうね」
「ああ、しかも今回の敵は人間じゃなくて亜人だ。油断してるとすぐに命を落とす事になる。気を抜くなよ?」
「分かってるわよ」
ジェイクの忠告にレジーナは目を閉じながら分かったと手を振りながら答える。そんなレジーナの態度を見たジェイクは呆れた様な表情を浮かべた。
「……それにしても、内戦に参加する事をよく許してくれたのう、お主等の家族達は?」
会話を聞いていたマティーリアがチラッと視線だけを動かしてレジーナとジェイクに話しかけてくる。マティーリアの声を聞いた二人は同時にマティーリアの方を見た。
会談が終わり、ダーク達はマクルダム達を連れてバーネストの町に戻った。町へ着くとアリシア、レジーナ、ジェイクはエルギス教国の内戦に援軍として参加する事を家族へ伝える為にダークと別れて屋敷へと戻る。そして帰宅するとすぐに内戦の事はミリナ達に伝えた。
話を聞いたミリナ達は再び自分の家族が戦いに参加すると聞いて驚きの反応を見せた。アリシア達はエルギス教国を亜人達から救う為に参加すると家族達を説得する。
ミリナは娘であるアリシアがまた戦場へ向かうと聞いて最初は反対だったのか悲しそうな顔を見せた。だが、前のエルギス教国との戦争でアリシアを信じて戦場へ行かせた事を思い出し、目の前で真剣な顔をするアリシアを見て自分にはアリシアを止める事はできないと感じ、アリシアが内戦に参加する事を許可したのだ。アリシアは許可してくれたミリナを見て絶対に死なない、今度も必ず無事に帰ってくると約束した。
一方でレジーナの弟と妹、ジェイクの娘は二人がまた戦場へ行く事に対して不満そうな顔を見せた。幼い子供たちにとって家族が再び危険な戦場へ行く事はやはり納得できないようだ。モニカはミリナと同じように一度ジェイク達を戦場へ行く事を許可してしまった為か強く反対する事は無かった。だがそれでも少し不満な顔を見せている。
レジーナとジェイクは絶対に生きて帰るとモニカ達を説得するがやはり簡単には納得しなかった。二人はある程度亜人連合軍を押し戻し、エルギス教国軍が優勢な状態になったら帰るという条件を出す。それを聞いたモニカはとうとう折れてジェイクの内戦参加を許可した。反対していた娘のアイリはモニカに説得されて渋々納得し、ジェイクはそんなアイリに無事に帰って来る、帰って来たらまた我儘を言ってもいいと優しく声を掛ける。アイリは半泣き状態になりながらジェイクに抱きついた。
ジェイクが家族から許可を得た時にレジーナも弟ダンと妹レニーを説得していた。レジーナは二人を残して絶対に死なない、前の戦争の時の様に帰って来たらしばらく一緒にいると約束する。それを聞いたダンとレニーは涙目でレジーナが戦場へ行く事を許した。レジーナはそんな二人を抱きしめ優しく笑いながら頭を撫でる。
家族の説得が終わった頃にダークも屋敷へ帰宅した。ミリナ達は帰って来たダークにアリシア達を内戦に参加させる事を許可したと伝え、ダークにアリシア達の事を頼む。ダークもミリナ達にアリシア達を全力で守る事を約束する。その光景は前のエルギス教国との戦争に行く前のダーク達と同じに見えた。
バーネストの町で家族を説得した時の事を思い出したレジーナとジェイクは少し複雑そうな顔をする。許可してくれたとは言え、家族を心配させている事に罪悪感を感じているようだ。
「……あれだけの事を言ったのじゃ。お主等、くれぐれも無理はするでないぞ?」
「分かってるわよ……て言うか、アンタがあたし達の事を心配してくれるなんて、どういう風の吹き回し?」
普段小馬鹿にする様な態度を取っているマティーリアが珍しくレジーナとジェイクを心配している。レジーナはまばたきをしながらマティーリアを見ており、ジェイクも少し驚いた様子でマティーリアを見ていた。
「ち、違うわ、戯け! 妾はお主等の家族の事を思って言ったのじゃ! 既に英雄級の実力者となったお主等を心配する必要など無かろう?」
少し照れくさそうな反応を見せてマティーリアは言い返す。そんなマティーリアの反応を見てレジーナとジェイクは一度お互いに顔を見合い、二ッと意味深な笑みを浮かべる。マティーリアはそんな笑みを浮かべるレジーナとジェイクを見て頬を赤くしながら舌打ちをした。ずっと黙っていたノワールは楽しそうに会話をする三人の姿を小さく笑いながら見守っている。
レジーナ達が小声で会話をしているとダーク達の方で一通りの説明が終わる。ノワールやレジーナ達はダーク達が戦況の確認を終えた事を知ると会話をやめてダーク達の方を向く。
「……以上が現在の我が軍と亜人連合軍との戦況です」
「成る程……」
ベイガードの話を聞いてダークは机の上に置いてあるエルギス教国西部の地図を見下ろす。地図の上には凸型の駒が幾つも置いてあり、その殆どが地図に描かれた町の上に置かれてある。
「現在、エルギス教国軍はこのハイリスの町を本拠点としており、此処から西にあるジバルドの町と南西にあるルギンの町に防衛線を張っている。一方で亜人連合軍はジバルド、ルギンから更に西へ行った所にある商業都市ベーテリンクを本拠点としてハイリスの町に向かって侵攻。途中にある町や村を次々に制圧しているという訳ですね?」
「その通りです。亜人連合軍は現在、ジバルドの町とルギンの町に攻撃を仕掛けるべく、ジバルドの町から西へ10km先にあるグーボルズの町とルギンの町から8km南へ行った所にあるリバーンの町に戦力を集結させているという情報が入っています」
「ほお?」
亜人連合軍が防衛線を張っている二つの町に攻撃を仕掛けようとしていると聞いたダークは低い声を出す。アリシアも真剣な顔でベイガードの話を聞いていた。
現在防衛線が張られているジルバドの町とルギンの町は何度も亜人連合軍の攻撃を受けている。だがエルギス教国軍と彼等に協力する亜人達のおかげで今まで陥落されずに迎撃に成功していた。しかし、今度の襲撃で亜人連合軍は更に多くの戦力をぶつけて来る可能性が高く、次の襲撃で二つの町は落とされるかもしれないとエルギス教国軍は不安になっているのだ。
「二つの町からは次の敵襲に備えて増援を送ってほしいという要請が来ています。我々は今日、この町から二つの町に増援の戦力を送るつもりです。ダーク殿達にもその増援に加わり、二つの町の防衛に就いていただきたいのです」
ベイガードはダーク達とセルメティア王国軍にジバルドの町とルギンの町へ増援として向かってもらう事を頼んだ。バルディット達はダーク達がどう返事をするのかジッとダークとアリシアを見ていた。
「ベイガード殿、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「何でしょう?」
アリシアがベイガードに問いかけ、ベイガードはアリシアの方を向いて訊き返す。アリシアは地図を見て亜人連合軍が占拠しているグーボルズの町とリバーンの町を指差した。
「占拠されている二つの町の敵なのですが、どれほどの戦力があるですか?」
「敵戦力ですか? ……情報ではグーボルズの町には約八百、リバーンの町には約五百五十の戦力があると聞いています。しかもその中には亜人達が手懐けたモンスターも含まれており、かなり手強いとの事です。恐らくどちらの町の敵もほぼ全ての戦力をジバルドとルギンに送り込んでくるでしょう」
「成る程……」
敵戦力を把握したアリシアは腕を組んで難しい顔をする。今まで亜人連合軍は多種の亜人だけで構成されていると聞いていたので、敵戦力にモンスターが含まれていると聞いてアリシアは少し驚いたようだ。しかし、その表情からは驚きは殆ど感じられなかった。
「……ダーク、どうする?」
アリシアは隣に立っているダークの意見を聞く為に彼に問いかける。ダークはアリシアの様に地図を見下ろしながらどうするか考える。
地図を見ながら黙って考え込むダークをベイガード達は黙って見ていた。やがてダークは顔を上げてベイガード達の方を見る。
「……では多くの敵が攻めて来ると思われるジバルドの町の防衛に私とアリシア、そしてノワール達が向かいます」
「分かりました。ジバルドの町へ送る戦力はセルメティア王国軍とこの町に駐留している我が軍の三百の兵を向かわせます。本当なら我が国の首都から送られる戦力が合流してから送ろうと思っていたのですが、その増援がいつ到着するか分かりませんので、とりあえず今この町にいる戦力だけを向かわせるという事になりますが、それでよろしいですか?」
「私どもは一向に構いません」
「ありがとうございます。それで、セルメティア王国軍からはどれほどの戦力をジバルドの町へ送るおつもりで?」
「そうですね……」
ダークはハイリスの町にいる二千のセルメティア王国軍からどれほどの戦力を送るか考える。アリシアやノワール達、ベイガード達はダークがどのくらいの戦力を連れて行くのか気になりジッとダークを見つめる。
「……とりあえずこちらも三百の戦力を連れて行きます」
「え?」
ベイガードはダークの口から出て戦力の数を聞き、思わず声を出す。バルディットや他のエルギス教国の騎士達も目を丸くしてダークを見ている。