第百八話 軍議
月が昇り、星空がエルギス教国西部の上空に広がっている。森や山が多く、多種の動物が生息しているその場所は現在亜人連合軍との内戦が最も激しい所だ。すでに西部にある町や村で亜人連合軍に制圧された場所は十ヶ所近くあり、制圧された町や村に住む人間は亜人連合軍に捕らえられて奴隷となっている。亜人連合軍にとって敵の捕虜はエルギス教国との取引材料などにする価値も無い存在なのだろう。自分達が楽をする為の道具としか見ていなかった。
そんな制圧された町の一つである商業都市ベーテリンク。エルギス教国西部の町の中でも商業的機能が最も優れている町で多くの商人が出入りし、様々な家具や雑貨、武具が作られている町である。そして、現在亜人連合軍の本拠点となっている場所だ。
ベーテリンクの町は多くの武具や食料などを倉庫に保管しており、町の外へ出たり他の町と接触したりしなくても当分の間は不自由なく町の住民は生活する事ができる。だからこそ亜人連合軍はベーテリンクの町を内戦の本拠点にする為に最初に襲撃したのだ。
町の中では亜人連合軍の亜人達が住民であった人間達を奴隷にしながら騒いでいた。まるでベーテリンクの町が初めから自分達の町だったかのように楽しそうに笑っている。住民達は奴隷を表す隷属の首輪を付けられ、ボロボロの服を着させられながら黙って亜人達にこき使われていた。その光景は嘗て亜人を奴隷としていたエルギス教国の民そのものだった。
亜人連合軍には多種の亜人が参加しており、エルフやリザードマンの他に獅子の顔を持つ亜人や山羊の顔を持つ亜人、背中に鳥の翼を生やした人間の様な亜人などいろんな種族がいる。各種族はそれぞれ自分達の特技や生態を生かしてエルギス教国軍と戦い連勝して来た。勝利が続いている為か亜人達は浮かれた様子を見せている。
そんな多くの亜人達に支配されている町の一角に大きな建物がある。何かの集会所の様な場所でその中に会議室の様な広い部屋あった。丸い部屋で階段状の机が設置されており、部屋の中心には円卓が置かれてある部屋だ。
階段状の机には亜人連合軍に参加している大勢の亜人達がそれぞれ席に付いており、部屋の中央にある円卓の周りには他の亜人達とは雰囲気の違う四人の亜人の姿があった。
「……これで全員揃ったな」
円卓の席に座る一人の亜人が腕を組みながら周りにいる亜人達を見る。身長180cm程で山吹色の肌に強靭な肉体を持ち、茶色いたてがみを生やした獅子の顔を持つ亜人だ。体の至るところに傷跡があり、両肩には銀色のショルダーアーマー、こげ茶色の腰巻を付けていた。この獅子の顔を持つ亜人はレオーマンと呼ばれる種族で亜人の中でも誇り高く、肉弾戦を得意とする種族と言われている。中年男性の声をしており、人間で言えば四十代前半ぐらいの年齢だろう。
レオーマンから見て円卓の右側の席には褐色の肌に銀色の長髪をしたエルフ、ダークエルフの男が座っている。黒い長袖の服を着てその上に銀色の鎧を装備し、灰色の長ズボンを履き、両手のは銀色の腕輪をつけていた。ダークエルフはエルフの中で最も人間に敵意を持つ種族で闇属性の魔法を得意としている。身長はレオーマンよりも少し低く、三十代後半ぐらいの顔をしていた。ただし、エルフは人間よりも寿命が長いので三十代の外見で百年以上生きている事も考えられる。
ダークエルフの正面の席にはリザードマンが腕を組みながら椅子に座っていた。体は黒い鱗で覆われ、鋭い歯と爪を持っている。首には獣の牙や色のついた石などで作られた首飾りをつけ、鈍い光を放つ灰色のガントレットを両腕に装備しているレオーマンと同じくらいの身長をしたオスのリザードマンだ。黒い鱗を持つリザードマンは黒鱗族と呼ばれるリザードマンの中でも特に戦闘能力の高い一族だ。ただ、戦闘能力が高い分、魔力が他のリザードマンよりも劣っているので魔法を使える者が少ないと言われている。
そしてレオーマンの向かいの席には上半身が人間で下半身が馬の亜人、つまりケンタウロスの姿があった。ケンタウロスは他の三人の様に椅子に座る事ができないので四本の足を曲げて床に座っている。ケンタウロスは茶色い馬の下半身に日焼け色の肌でレオーマンの様にガッシリとした上半身をしており、藍色のボサボサの髪をした三十代半ばくらいの男の顔をしていた。目は吊り上がっており、まるで自分以外の存在を小馬鹿にする様な表情をしている。防具は両腕に銀色のガントレットを付けているだけで他には何も装備していなかった。
「わざわざご苦労だったな。ダークエルフ族長、ファストン。リザードマン黒鱗族族長、リードン。ケンタウロス族長、ダンジュス」
レオーマンは円卓についている三人の亜人達を見ながらそれぞれの名前を口にする。名を呼ばれた三人はレオーマンを真剣な表情で見つめた。
「挨拶はいいからさっさと軍議を始めてくれ、レオーマン族長、ガルガン」
ファストンと呼ばれたダークエルフはレオーマンをガルガンと呼び、会議を始めるよう伝える。急かすファストンを見たガルガンは小さく鼻で笑う。
円卓を囲んでいる四人の族長、彼は人間達に対して強い恨みを抱いたり、ソラが宣言した人間と亜人の共存に反対する亜人達をまとめて人間達を襲わせている存在。そう、この四人こそが人間達に宣戦布告をし、内戦を引き起こした亜人連合軍の中心人物なのだ。
階段状の机に座る多くの亜人達も族長達の話が始まるのを黙って待っている。亜人達もエルギス教国軍に勝つ為に中心人物である族長や亜人連合軍の中でも地位を持つ者達を本拠点のベーテリンクの町に集め、こうして軍議を行う事にしているのだ。ガルガンは目の前にいる三人の族長と部屋の中にいる亜人達を見た後に前を向いて口を動かした。
「今回お前達に集まってもらったのは我々亜人連合軍と人間軍との戦況と今後の作戦について話し合う為だ」
軍議を始められる状況になったのを確認したガルガンは腕を組みながら低い声で今後の戦いについて話し出す。すると座っていたリザードマン、リードンが立ち上がってガルガンの方を向く。
「奴隷制度が廃止されて多くの亜人達は人間達と共存する道を選んだ。しかしこの国にはそんな甘い考え方をせずに亜人達が国と人間を支配するべきだと考える者もいる。今こそ俺たち亜人が下等な人間達を支配し、この国をあるべき姿へと変える時。全ての人間達の拠点に総攻撃を仕掛け、人間達を叩きのめすんだ!」
人間と共存せず、亜人が人間を支配するべきだと考えるリードンは力の入った口調でエルギス教国に存在する全ての町や村への総攻撃を提案する。部屋の中にいる亜人、特にリザードマン達もリードンの意見に賛成なのかざわつき出した。
「少しは落ち着いたらどうだ、リードン?」
興奮するリードンを正面の席に座るファストンは落ち着いた様子で宥める。するとリードンはファストンの方を向き、彼を睨みつけながら円卓を両手で強く叩いた。
「そう言うお前はよく落ち着いていられるな! 俺達はナメられているって事が分からないのか!?」
リードンの怒鳴り声が部屋中に響き、騒いでいた亜人達は一斉に黙り込む。階段席の亜人達やファストンは黙ってリードンに注目する。
「エルギス教国が建国されてから今日まで亜人は人間達の奴隷として地獄のような日々を送って来た。その長い年月で溜まった人間達への怒りは計り知れない。あの新たに女王となった人間の小娘は謝罪と奴隷制度の廃止による同等の生活を我々亜人に提供した……たったそれだけの償いで亜人達の長年の恨みが消え、許されるとアイツは思っているのだぞ? これをナメていると言わずに何と言う!」
過去に人間達が亜人達にしてきた仕打ちを考えれば奴隷制度の廃止だけでは物足りない。全ての権利を亜人達に譲り、亜人達を苦しめた分だけ彼等に尽くすのが当然だとリードンは声を上げた。
リードンはエルギス教国の人間達が、そしてソラが亜人達を軽視していると思っているようだが、勿論ソラにはそんな気は全くない。ソラは本当に亜人達に申し訳ないと思い、今まで亜人達を傷つけて来た自分達と対等の立場にして少しでも償いをしようと考えていた。だが、亜人連合軍の亜人達はソラの気持ちに気付かず、ソラが亜人を軽視していると思い込んでいるのだ。
亜人連合軍に参加している亜人の殆どがリードンと同じような考え方をしており、自分達が受けた苦しみを人間達に味わわせる事で初めて人間に対する憎しみや恨みが消えるのだと考えているのだ。
「……リードン、お前の気持ちは分かる。だが、だからと言って何も考えずに全ての人間達の拠点を攻撃しても返り討ちに遭うだけだ。何よりも我々亜人が力で全てを壊そうとする野蛮な存在だと見られてしまう」
「グウウゥ……」
「我々は人間とは違うのだ。戦後、我々がこの国を導く存在に相応しいと人間達に思い知らせる為にも野蛮な戦い方はせず、しっかりと作戦を立てて人間軍と戦う事が大切じゃないのか?」
ファストンは両肘を円卓に付けながら目の前で感情的になっているリードンを落ち着いた表情で見つめながら自分の考えを話す。リードンは冷静なファストンの意見を聞くと舌打ちをしながら自分の席に付く。ファストンの正論を聞き、とりあえず納得したようだ。
リードンが落ち着くのを確認したファストンは小さく息を吐き、チラッと黙って話を聞いていたガルガンの方を向いて軍議を再開する。
「まず、我が軍の進攻状況だが、既にエルギス教国西部の約四割を制圧した。この勢いで進攻すればあと二月ほどで西部全てを制圧できるだろう」
ファストンは手元にある羊皮紙を手に取り、書かれてある内容を確認しながら亜人連合軍が現在どこまで制圧できているのかをガルガンや他の二人の族長に詳しく説明する。ガルガン達も自分達の前に置かれてある同じ内容の羊皮紙を見ながらファストンの話を聞く。
「二月か、思った以上に時間が掛かるな?」
「ああ、人間達もこれ以上制圧させまいと必死に抵抗して来ているらしい。教国の軍隊以外にも冒険者、そして共存を望む亜人達の部隊も加わり、開戦時と比べると進攻のペースは落ちてきている」
「人間だけならまだしも、我らの同族が加われば進攻に苦労するのも仕方がないか」
亜人達が加わった事でエルギス教国軍の戦力が強化され、進攻が難しくなっている事にガルガンは羊皮紙を見ながら低い声を出す。ファストンとリードンも表情を険しくしながら羊皮紙を見ていた。
族長三人が羊皮紙の内容を黙読していると、ケンタウロスの族長であるダンジュスがつまらなそうな顔をしながら持っている羊皮紙を円卓の上に投げ捨てる。
「ケッ、亜人の誇りを捨てて人間の言うとおりに生きるとは、とんだクズ野郎だぜ。その亜人達はよぉ」
「ダンジュス、そういう言い方はよせ。確かに彼等は人間の味方をしているがクズではない」
「はあぁ? 人間の様な下等種族の味方をする奴等をクズと呼んで何が悪い? そもそも人間の言いなりになるような亜人の恥は生きてる価値なんかねぇ。戦場で出くわしたら容赦なく殺せばいい」
人間だけでなく同じ亜人すらもクズ呼ばわりするダンジュスをガルガンとファストンは鋭い目で見つめた。
「そうやって言う通りにしない亜人を殺そうという発想はやめろと何度も言っているだろう。その発想のせいで共存を望む亜人達が人間軍に加わり、我々は苦戦しているんだぞ?」
ファストンは羊皮紙を円卓に叩きつけるように置きながらダンジュスを睨み、力の入った声で言い放つ。ダンジュスは頬杖を突きながらつまらなそうな顔で興奮するファストンを見ていた。
亜人達がエルギス教国軍に参加するきっかけとなった理由は人間との共存を望む亜人達が亜人連合軍に殺害されたからだ。同じ亜人を手に掛けた事で共存を望む亜人達は亜人連合軍に怒りを覚え、人間達と共に戦う事を決意して内戦に参加した。だが、そもそも亜人連合軍は同じ亜人を殺害するつもりなど無かったのだ。
最初は亜人連合軍に参加しない亜人達は捕虜とし、内戦が終わるまで牢獄にでも閉じ込めておくつもりだった。ところが、族長の一人であるダンジュスが自分達に手を貸さず、人間の味方をする亜人など生かしておく必要は無いと考え、独断で亜人連合軍への参加を断った亜人達を処刑してしまったのだ。勝手に同族を殺害したダンジュスにガルガンとファストンは驚きダンジュスへ怒りを露わにする。リードンはダンジュスの考えには一理あると考えていたのか、その時ダンジュスを責める事はしなかった。
ダンジュスは独断で亜人を殺害した事を反省せず、人間に味方をする亜人も人間と同じように扱えばいいと亜人連合軍に参加する亜人達に言い放った。それを聞いた亜人連合軍の中の過激な種族達はダンジュスの意思に賛同し、人間に味方する亜人達を次々と殺害していったのだ。
そんな亜人連合軍の同族殺害の噂はエルギス教国中に広がって共存を望む亜人達は亜人連合軍に怒りを覚え、エルギス教国軍と亜人連合軍の戦いに参加した。その結果、亜人連合軍は西部制圧が上手く進まずペースが遅れるようになったのだ。
「お前が最初に亜人を殺さなければ我々は順調に進攻し、今頃は西部の全てを制圧できていたんだ」
「しかもお前の発想に賛同した者やお前の部隊の者達のせいで軍内でも亜人の捕虜を生かすか殺すかで揉め事が起きるようになってしまった。どう責任を取るつもりなんだ」
亜人連合軍の秩序が乱れてしまい、ファストンとガルガンはその原因を作ったダンジュスを睨む。階段席の亜人達も族長達が口論する姿を見て緊張を走らせながら族長達を見ている。
真剣な顔をするガルガンとファストンに対し、ダンジュスは腕を組んでくだらなそうな顔をする。二人はそんなダンジュスの顔を見て、ちゃんと聞いているのかと言いたそうに僅かに顔を険しくした。
「揉めたい奴等は好きにさせておけばいいじゃねぇか。それにもし俺が殺さなくてもいずれは軍の中から勝手に奴等を殺す奴等が出て来ていたはずだ。俺はそのきっかけを作っただけにすぎねぇよ」
「お前……」
全く反省していないダンジュスにガルガンは鋭い牙を噛みしめながら小さく唸り声を上げる。そんな唸り声を上げるガルガンをダンジュスは睨み返した。
「文句があるのか? 俺の部隊には俺の部隊のやり方ってモンがあるんだ。いくらお前等でも俺のやり方にケチをつける資格はねぇぞ」
「何だと?」
ダンジュスの言葉のガルガンは目元をピクリと動かして訊き返す。ダンジュスはガルガン達三人の族長を見ながら彼等の顔に向けて指を差した。
「俺達は人間どもを許す事ができず、この国は亜人達は統治するべきだという共通の意見から同盟を結び、このエルギス亜人連合軍を結成したんだ。俺達は仲間ではあるが上司や部下のような関係じゃねぇ。だからどんなやり方にしようが文句を言われる筋合いはねぇ。そこんとこは誤解すんじゃねぇぞ」
「確かにその点はダンジュスの言うとおりだな。俺等は人間どもを倒してこの国を手に入れる事を目的とした同志だ。戦い方や自分の部隊の統率方法まで強制する資格は他の族長にも無い」
話を聞いたリードンが腕を組みながらダンジュスの考えに賛成する。ガルガンとファストンはダンジュスをフォローするリードンに視線を向けた。
確かに亜人連合軍は人間達からエルギス教国を手に入れて亜人の国を作る事、人間達を支配下に置く事を目的としており、その考えに賛同する亜人達を集めて作られた組織だ。しかし彼等は同志であって国の軍隊の様な組織ではない。族長が兵士である亜人達に命令する事はできても、一人の族長が別の族長に命令する資格は無く、他の族長も命令を聞く必要も無かった。それが亜人連合軍を結成する時に決めた彼等のルールだ。
亜人連合軍を結成させた時に作ったルールを言われ、ガルガンは何も言い返せずにダンジュスを睨みつける。ダンジュスは黙り込んだガルガンを見て気分が良くなったのか、ニヤリと笑いながらガルガンを見つめていた。
「……確かに、我々の共通の目的は人間軍を倒し、首都を落としてこの国を手に入れる事だ。それが果たされるのであればどんな手段を取ろうと構わない」
ダンジュスとリードンの話を聞いたファストンは口論を終わらせる為なのか、それとも止まってしまっている会議を進ませる為なのか、二人の意見に納得して話を終わらせようとする。ガルガンはファストンの方を向き、小さく舌打ちをした。
戦い方や統率方法には口を出さない事には納得したが、同じ亜人を簡単に殺す事には納得していない。それだけでもなんとかしようとファストンは落ち着いた様子でダンジュスの方を向いた。
「ダンジュス、人間軍とどう戦うか、捕らえた人間をどうするかについては口出ししないとして、人間側に付いた亜人を無慈悲に処刑するのは流石に見過ごす訳にはいかない。これからは亜人達を処刑するのはやめるようにしろ」
「ケッ! うるせぇな……わぁったよ。だが、殺さない代わりに奴隷として俺達の部隊でこき使わせてもらう。いいな?」
「好きにしろ。だがあくまでもお前の部隊が捕らえた捕虜のみだからな」
ファストンの忠告にダンジュスは分かった分かったと言いたそうな顔をする。騒ぎになる事無く話が終わり、ガルガンは疲れた様子で溜め息をつく。階段席の亜人達も騒ぎにならずに済んだ為、安心した様子を見せていた。
「……では、話を元に戻すぞ?」
戦況の話から途中で内容が変わってしまった為、ファストンはガルガン達に話を戻す事を伝える。ガルガンは何も言わずにファストンを見て頷く。ファストンはガルガンの反応を見た後に再び羊皮紙を手に取った。
「さっきも話したように我々はあと二月ほどで西部全てを制圧できる。西部を完全に制圧した後は戦力を三つに分けて首都エルステームのある東部、北部、南部の制圧に入る。無論、首都のある東部に送る兵の数は他の二つよりも多くするつもりだ」
「おいおい、戦力を分けちまうのか?」
ファストンの話を聞いたリードンが持っている羊皮紙をヒラヒラと揺らしながらファストンに尋ねた。
「わざわざ三つに分けて攻めるよりも全ての戦力を東部へ向けて一気に首都を陥落させてから北部と南部に攻め込んだ方がいいと思うぞ?」
「それでは東部に攻め込んだ途端に北部と南部の敵に背後を取られて挟撃されてしまう。そうなったら逃げ道を失い我々はお終いだ」
「ああ、例え戦力を分けて制圧に時間が掛かるとしても、安全に制圧できる方法があるのなら、そっちを選んだほうがいい」
西部制圧後に戦力を分ける理由をファストンとガルガンは話し、リードンは二人の話を黙って聞く。ダンジュスは時間を掛けながら制圧するという作戦が気に入らないのか頬杖を突きながら小さく舌打ちをした。
「……挟撃を避ける為に戦力を三つに分けるのは良しとしても、戦力を分けた状態で攻め込んで返り討ちに遭ったらどうするんだ?」
リードンはもう一つ気になる事があり、ガルガンとファストンに問いかける。リードンの質問を聞いて階段席の亜人達はざわつき出す。
亜人連合軍は多くの種族で構成されているがその兵力は全部で五千ほど、町などを陥落させるには十分な数だが、エルギス教国軍と戦うには兵の数が少なすぎる。西部を制圧した後に戦力を三つに分ければ更に戦力が小さくなり、攻め込んだ時にエルギス教国軍に押し戻されてしまうのでは、とリードンはそれを心配していた。だが、ファストンはリードンを見ながら余裕の態度を取っている。
「忘れたのか? 我々エルフの中にはビーストテイマーを職業にしている者も多くいるんだぞ? それに西部にいるゴブリンやオークの様な知性の低いモンスター達も亜人連合軍に引き入れている。戦力を分ける時にはソイツ等もちゃんと分けて部隊を編成するから問題は無い」
「おお、そう言えばそんな奴等もいたな……」
「それに、我々は亜人だぞ? 人間達とは力が違う」
ファストンの言葉にリードン、ガルガン、ダンジュスは反応してファストンに注目した。ざわついていた階段席の亜人達もファストンの話を聞いて静かになる。
確かに兵力だけならエルギス教国軍に負けているかもしれない。だが亜人は人間よりも力や魔力が高く、一部の種族は特殊な能力を持っている為、兵力に差があってもその能力で補えば問題は無い。しかも現在のエルギス教国軍はセルメティア王国との戦争で兵力を失っている状態だ。それらを考えて計算すれば一万以下の兵力でもエルギス教国軍と互角以上に戦える。ファストンはそれを理解して戦力を三つに分ける事を考えたのだ。
人間達よりも優れている基本的な力と手懐けたモンスターやゴブリン達、亜人連合軍はエルギス教国軍と互角に戦えるだけの戦力と能力がある。部屋にいる亜人達はそれを改めて理解し、内戦は自分達が勝つと自信に満ちた表情を浮かべた。
「人間が持っていない力や能力を使えば例え戦力に差があっても我々亜人が勝つ事はできる。そして人間達に勝利し、この国を亜人達の国として人間達の奴隷だったという過去から完全に決別するのだ」
「フッ、当たり前だ。俺達は絶対に勝つ!」
「下等な人間どもに教えてやるさ。俺達亜人を奴隷としてきた事がどれだけ罪深く、愚かな行為だったのかをな」
ファストンが戦いに勝利する事を宣言し、リードンとダンジュスもそれの続いて力の入った声を出す。
階段席の亜人達も大勢が立ち上がり、声を上げて士気を高めた。部屋にいる全ての亜人達はこの内戦は絶対に負けないという確信しているようだ。
興奮する亜人達の中でガルガンだけは小さく俯きながら黙り込んでいた。それに気付いたリードンはガルガンの方を向いて小首を傾げる。
「おい、どうしたんだ、ガルガン?」
「ウム……気になる噂を聞いたのを思い出してな」
「気になる噂?」
ガルガンの口から出た言葉にリードンやファストン、ダンジュスの二人も反応してガルガンに視線を向ける。
階段席の亜人達はまだ騒いでおり、ファストンは亜人達の方を見て静かにするよう指示を出す。ファストンを見た亜人達は一斉に黙り、自分の席に付いて中央に円卓に注目する。
亜人達が黙るのを確認したファストンはガルガンの方を見て話を続けるよう目で伝える。ガルガンは全員が黙る中、ゆっくりと口を動かし始めた。
「……なんでも人間軍が俺達と戦う為にセルメティア王国に援軍を要請したって話だ」
「セルメティア? 前の戦争で人間どもが戦った国か?」
「ああ。しかもセルメティア王国はその要請を受けて戦力を貸し与える事になったらしい」
「本当かよ……しかし、どうして奴等は敵国だったセルメティアに援軍を要請したんだ?」
「奴等は我が軍に負け続けだからな。勝つ為に敵だった連中に頼んで力を貸してもらったんだろう」
リードンの質問にガルガンは腕を組み名がら静かに答える。それを聞いた他の族長達の表情が鋭くなった。
エルギス教国軍が敵だったセルメティア王国に救援を求めたと聞かされた階段席の亜人達は驚きの反応を見せる。その驚きはエルギス教国軍だけでなくセルメティア王国軍も相手にしないといけないという事とセルメティア王国が敵であったエルギス教国に力を貸すという事に対しての驚きだった。
「そのセルメティア王国はどれほどの戦力をエルギス教国に貸し与えるのだ?」
ファストンが詳しい戦力の情報をガルガンに尋ねる。しかし、ガルガンもそこまでは知らない為、俯いたまま首を横に振った。
「分からん、そこまでは俺も聞いていない」
「因みにお前はその情報を何処で手に入れたんだ?」
「敵の拠点を偵察に行った斥候からだ。詳しい情報を得る為に拠点へ近づいた時に入口前にいた見張りの兵士達の会話を聞いたらしい」
「チッ、厄介だな。詳しい戦力が分からない以上、こちらも対策の立てようがない」
「……これからは今までのように勢いよく進攻はできない。しばらくはセルメティアの情報を集めながら用心して進攻するしかないさそうだな」
「ああ、そうだな……」
セルメティア王国の戦力が分かるまでは警戒して西部を制圧して行かないといけなくなった事でガルガンとファストンは僅かに鋭い表情を浮かべる。
今まで順調に進攻して来たのに大きな壁が目の前に出て来たのだから無理もない。リードンもガルガンとファストンを見て僅かに表情を鋭くした。
「しっかし、エルギス教国の人間にはプライドってモンが無いのかねぇ? 自分達を負かした敵にお願いして戦力を貸してもらおうなんて。俺だったら絶対にしねぇのによっ!」
三人の族長が鋭い表情をしている中、ダンジュスだけは呆れ顔をしながらセルメティア王国に救援を求めたエルギス教国を小馬鹿にする様な発言をする。自分達に勝てないから誇りを捨てて他国に助力を求めているとダンジュスは考えているようだ。
「戦争をした相手の力を借りてまで俺等に勝ちたいと考えるとは、やっぱりエルギス教国の人間は力も知恵も誇りも無い下等な存在って事だな。そして、敵だったエルギス教国に力を貸すセルメティア王国も考えの甘い馬鹿な連中だよ」
「フッ、言うじゃねぇか。ダンジュス」
ダンジュスの発言を聞いたリードンは小さく笑いながらダンジュスの方を向く。どうやらリードンもダンジュスと同じようにセルメティア王国を見下しているようだ。
周りにいる亜人達もエルギス教国の行動に呆れて笑い出す者が出てくる。亜人連合軍の亜人達は完全に人間達を愚かな一族と見下していた。
人間を嘲笑う仲間達の姿をガルガンとファストンは黙って見ている。自分達も人間を恨んでいるが、人間達の考え方を馬鹿にしたり軽く見るような態度を取る仲間達が次第に自分達が恨んでいる人間と同じように見えて来たのだ。二人をそんな仲間達の姿に呆れているのか溜め息をつく。亜人達はそれからしばらく笑いながら隣にいる者と話を続けた。
「そこまでにしろ、お前達」
また軍議が止まってしまった事にガルガンは気分が悪くなったのか仲間達に少し力の入った声で呼びかける。それを聞いたリードンとダンジュス、階段席の亜人達は黙り込んだ。
「まだ軍議は終わっていない。騒ぐのは全て終わってからにしろ」
亜人達が黙ったのを確認したガルガンは目の前の羊皮紙を取る。ファストンも黙り込んだ仲間達を見てやれやれと言いたそうに溜め息をつく。騒いでいた亜人達も反省した様子を見せて軍議に集中した。
それから亜人達は今後の活動内容や方針などを確認する。途中で何度か意見がぶつかり合い揉める事もあったが、最後には全員が納得する結果となり亜人達の軍議は無事に終了した。
――――――
エルギス教国西部にある町、ハイリス。町全体を城壁に囲まれ、更に川が町を囲む様に流れている町だ。川と城壁の二つに囲まれたこの町はエルギス教国の町の中でも陥落するのが難しいと言われている町の一つである。現在は亜人連合軍を迎え撃つ為のエルギス教国軍の拠点となっていた。
ハイリスの町に入る為の門は南、東、西に三つ存在し、その三つの門の上にある見張り台には弓矢を持った兵士が数人、外側には十数人のエルギス教国の兵士が門の前にそれぞれ配置されていた。北側には大きな湖があり、町へ入る為の門は無かった。
太陽に照らされ、僅かに暑さを感じる中、兵士達は亜人連合軍が攻めて来るのではと表情を険しくしながら町の周辺や遠くを見て警備していた。町の中でも多くのエルギス教国の兵士や騎士、魔法使い、そしてエルギス教国軍に協力する亜人達の姿が見られ、部隊編成や亜人連合軍の動きなどを確認する為に騒いでいる。
作戦本部として扱われている屋敷の中ではエルギス教国軍の部隊長と思われる数人の騎士が一つの部屋に集まり軍議を行っている姿があり、その中には六星騎士の一人であるベイガードの姿もあった。全員が真剣な顔で大きな机を囲み、広げられている地図を見ながら今後の行動について話し合っている。
そんなベイガード達の中に一人、中年の騎士が立っていた。年齢は五十代前半ぐらいで茶色い髪に口髭を生やした男で銀色の全身甲冑を装備し、紺色のマントを羽織っている。そして腰には騎士剣が収められていた。
彼の名はバルディット・シャールン、エルギス教国の将軍で今回の内戦のエルギス教国軍の総司令官を務めている男だ。長年エルギス教国に仕えており、その地位は六星騎士よりも高く、セルメティア王国との戦争にも参加していた。ただ、その時は防衛部隊の司令官に就いていた為、六星騎士達の様に最前線には出ていなかったようだ。
「一体いつになったら増援が到着するんだ?」
「分かりません。編成が整い次第、こちらに向かわせると首都から報告は受けているのですが……」
「こうしている間にも亜人どもは町や村を襲いながらこちらに向かって侵攻して来ているのだぞ!」
「バルディット将軍、落ち着いてください」
机を叩きながら興奮するバルディットをベイガードは落ち着いた様子で宥める。周りの騎士達は険しい顔をするバルディットと目を合わさないようにしていた。
「増援を要請してから既に五日も経っている。いくら何でも時間が掛かりすぎだ!」
「そ、それはそうですが……」
「それにセルメティア王国の増援はどうした? 彼等も援軍を送ってくれるはずはなかったのか!?」
セルメティア王国の戦力が来ていない事にバルディットは更に表情を険しくし、ベイガードに当たる様な口調で尋ねる。ベイガードや周りの騎士達は何も言わずに黙っていた。
ゼゼルドの町の会談から今日で一週間が経過しており、バルディットはなかなか来ないセルメティア王国軍に腹を立て奥歯を噛みしめる。マクルダムは会談の時にソラに戦力が揃い次第、エルギス教国へ送ると話した。その時に時間が掛かるかもしれないが必ず送ると約束して会談は終わったのだ。
バルディットはベイガードからその事を聞かされて最初は我慢して待っていたがあまりにも時間が掛かり、バルディットも次第にイライラするようになった。
「マクルダム陛下は会談の時に部隊の編成や兵士達の説得に時間が掛かるとソラ陛下にお話しされていました。今もマクルダム陛下は部隊の編成をしておられるのでしょう……それに部隊の編成ができたとしても、セルメティア王国からこのハイリスの町までは早くても一週間は掛かります。もう少しお待ちください」
「クウゥ!」
ベイガードの説得を聞き、バルディットは納得できない様子で声を漏らした。バルディットもセルメティア王国に事情がある事は分かっている。だが、戦況を考えるとすぐにでも増援を送ってほしいと心の中では思っていた。だからこそ、ベイガードの話を聞いても納得できなかったのだ。
部屋の中に重い空気が漂っていると一人の兵士が入室して来た。ベイガード達は一斉に入って来た兵士の方を向く。
「失礼します。先程、セルメティア王国からの増援が到着しました」
「何だって!?」
兵士の報告を聞いてベイガードは驚きの声を上げる。バルディット達も目を見開いて兵士を見つめた。
彼等が驚くのも無理は無かった。セルメティア王国の増援がハイリスの町へ到着するにはまだ数日掛かるのはずなのにもう増援が来たのだから。
「一体どうやってこんなにも早く到着したのだ?」
「わ、分かりません。ただ、代表と思われる人物は途中まで転移魔法を使って移動し、そこからは馬で来たと言っておりました」
少し興奮した様子のベイガードに兵士は驚きながら答える。ベイガード達は兵士の話を聞き、転移魔法を使ったのであれば早いのも当然かと納得した。そして同時にセルメティア王国の増援に転移魔法を使えるほどの魔法使いがいるのかと心の中で驚いている。
転移魔法は習得が難しい上に数は少なく、使える魔法使いは数えるほどしか存在しない。一流の魔法使いでも一番下の転移魔法を習得するのがやっとと言うくらいだ。エルギス教国でも転移魔法を使える魔法使いは僅か数人しかおらず、一番下の魔法しか使う事しかできない。
因みに一番下の転移魔法は闇属性中級魔法の<ディメンジョンムーブ>、ノワールが使っているテレポートと違い魔法を使った本人しか転移する事ができない。しかも転移できる距離は僅か数百mと短く、行った事がある場所なら何処へでも転移できるという訳ではないのだ。
(我が国にも転移魔法を使える者が何人かいるが、その全員が自身しか転移できないディメンジョンムーブしか使えない。セルメティア王国はどうやって増援を教国領内へ転移させたのだ? まさか、数人を転移できるテレポートを使える魔法使いがセルメティア王国にいるのか?)
ベイガードはどうやってセルメティア王国の増援がエルギス教国にやって来たのか頭の中で考える。しかし、ベイガードの知識と転移魔法の習得の難しさ、習得できる転移魔法の種類を考えるとどうやっても納得のいく答えが出なかった。
難しい顔で考え込むベイガードを兵士はまばたきをしながら見ている。増援の報告をしにきたが、この後どうするか指示を受けていないので何もできずにその場に突っ立っていた。
考えていたベイガードは目の前に立っている兵士を見て、彼をほったらかしにしている事に気付きハッと顔を上げる。そして一度咳き込んで気持ちを切り替えてから兵士の方を向く。
「そ、それで、そのセルメティア王国から来た増援とはどれほどの戦力なのだ?」
「え? ハ、ハイ。それが……」
「ん? どうした?」
突然俯き複雑そうな表情を浮かべる兵士を見てベイガードは尋ねる。バルディット達も不思議そうに兵士を見ていた。
「……到着したセルメティア王国の増援は……僅か五人です」
「ご、五人だと!?」
あまりにも少ない人数に司令官のバルディットは声を上げる。他の騎士達も冗談だろう、と言いたそうな顔で兵士を見ている。ベイガードも目を見開いて驚いていた。
エルギス教国を助ける為に増援を送ると言って一週間も待たせておきながら送られてきた増援はたったの五人、バルディットはセルメティア王国がふざけている、もしくはエルギス教国を裏切ったのかと感じて怒りを露わにする。他の騎士達も一斉に不満そうな表情を浮かべた。
バルディット達が腹を立てている中、ベイガードだけは怒る事無く真剣な表情を浮かべている。そしてバルディット達を見て驚いている兵士にそっと声を掛けた。
「そのやって来た増援の代表はどんな人物だ?」
「ハ、ハイ……確か、暗黒騎士ダークと名乗っておりました」
「何、ダーク殿が?」
兵士の口から出た名前を聞いたベイガードは再び声を上げる。険しい顔をしていたバルディット達もダークの名を聞いた途端に表情を変えて驚きの反応を見せた。
ベイガードだけでなく、部屋にいるバルディット達もダークの事は知っている。六百人の先遣隊を仲間と二人だけで壊滅させたセルメティアの黒い死神、バルディット達もソラからセルメティア王国の増援にダークとその仲間が加わると聞いており、いつその黒い死神が来るのか気にはなっていた。だが、いきなりダーク達が来るとは思っていなかったのだろう。
ダークがハイリスの町に来ていると聞いたバルディット達はざわつき出す。ベイガードもわずか五人の援軍の中にダークが入っているのであれば、セルメティア王国もふざけたり、裏切った訳ではないのだろう考えて難しい表情を浮かべた。
「……いかがいたしましょうか?」
兵士がダーク達をどうするが尋ねるとベイガードは顔を上げ、ざわついているバルディット達の方を向く。
「皆さん、とりあえずダーク殿達を出迎えましょう。その後に彼からセルメティア王国の援軍がいつ到着するかなどを訊けばいい」
ベイガードの言葉にバルディット達は確かにそうだ、と言う様に顔を見合う。そしてベイガード達はダーク達に会いに行く為に部屋を後にした。