第百六話 ゼゼルドの町
刀角狼の群れと遭遇してからダーク達は周囲への警戒を更に強くして先へ進む。
ダーク達は勿論、先頭の騎士達や馬車の中にいるヘルフォーツもモンスターが近くにいないかを確認しながらエルギス教国を目指す。幸い、刀角狼と遭遇してからは一度もモンスターと遭遇する事は無かった。途中で何度か短めの休憩を取りながら進み、ダーク達はセルメティア王国とエルギス教国の最終決戦が行われたラムスト大平原にやって来る。戦争からまだ殆ど時間が経っていない為か、平原の至る所にはまだ両国の兵士の死体が転がっていた。
平原の前で馬車を止めてその光景を見たマクルダム達や戦争に参加していなかった近衛隊は此処で激しい戦いがあったのだと知り、心の中で戦死した両軍の兵士達の冥福を祈る。戦争に参加していたダーク達も僅かに残っている兵士達の死体を黙って見つめながら決戦の時の事を思い出しながら祈った。同時にこれからこの平原で戦ったエルギス教国へ向かい、女王であるソラに会うのかと考えて僅かに複雑な気分になる。
祈りを捧げ終えるとダーク達はエルギス教国へ向かう為に平原の中に入った。平原の中にある細い街道を進んで行き、平原を抜けると真っ直ぐ南へと向かう。平原を抜けてから一時間後、ダーク達は国境を越え、遂に嘗て敵であったエルギス教国の領内へと入った。
エルギス教国に入ったダーク達は街道を進みながら周囲を見回す。目の前に広がる草原や遠くに見える山や森、セルメティア王国で見る風景と殆ど変わらないが、セルメティア王国とは違う雰囲気が感じられた。
「……ねぇ、あたし達ってもうエルギス教国に入ったの?」
「ああ、此処に来る途中に通った大きな河があっただろう? あの河を越えた時から私達はエルギス教国に入国している」
アリシアの話を聞いてレジーナは数十分前に大河に架かった橋を通過したのを思い出し、ああぁ、という反応を見せる。レジーナの前に座っているマティーリアもそれを聞いて少し驚いた顔をした。彼女もまだセルメティア王国の領内にいたと思っていたらしい。
左右を木に挟まれた街道を進んで行くと途中で近くの村に住んでいると思われるエルギス教国の民とすれ違う。住民達は騎士と冒険者に挟まれる馬車を見て不思議そうな顔をしていた。
彼等の反応から馬車に乗っているのがセルメティア王国の国王であるマクルダムだとは気付いていないらしい。もし嘗て戦争していた国の国王が乗っていると気付けば恨めしそうな目で馬車を睨んでいたかもしれない。その後、ゼゼルドの町へ向かう途中で何度もエルギス教国の民とすれ違い、マクルダムはエルギス教国の民とすれ違う度に彼等は自分を恨んでいるのか、と心の中で考えた。
エルギス教国の領内に入ってから二時間後、遂にダーク達の視界に会談が行われるゼゼルドの町が入った。高い城壁に囲まれ、正門の上にある見張り台には数人のエルギス教国の兵士が見張っている。町の大きさはバーネストの町ほどではないがそれなりに大きな町だ。戦争の時はこのゼゼルドの町がエルギス教国軍の防衛拠点だったのであろう。
「陛下、見えました。あれがゼゼルドの町です」
「遂に来たか……」
貴族に言われて停まっている馬車の中からマクルダムは外を覗き、約1km先にあるゼゼルドの町を見る。あの町でエルギス教国との会談が行われるのだとマクルダムは真剣な表情を浮かべた。
「陛下、町の中には我々をよく思わない者もいるはずです。お気を付けください」
「分かっておる。本当に心配性だな、お主は?」
心配するヘルフォーツにマクルダムは少し困った様な表情になる。バーネストの町を出たばかりの時も同じような話をし、女王であるソラが安全に会談を行えるようにしているはずだと話した。だがやはりヘルフォーツは安心できず、マクルダムに注意するよう忠告したのだ。
ダーク達も荷馬車に乗りながら遠くにあるゼゼルドの町を眺めている。これから始めてエルギス教国の町の入る為かアリシア、レジーナ、ジェイクの顔には少し緊張が見られた。ダークとノワール、マティーリアは緊張した様子などは見せず普通に遠くにある街を見ていた。
「あれがゼゼルドの町か……」
「ああ、あの町にソラ女王陛下がいらっしゃる……」
低い声で町を見ながらダークは呟く。アリシアも町を見ながら鋭い表情で頷いた。
「そう言えば、エルギス教国の女王様、確かソラ様だったっけ? どんな人なのかしら?」
ソラの事をよく分からないレジーナは腕を組みながら考え込む。セルメティア王国の人間でソラに会った事があるのはマクルダムと一部の貴族のみで他の王族や貴族は勿論、ダーク達もその姿を見た事がない。セルメティア王国の民はソラがどんな性格でどんな姿をしているのか噂ぐらいでしか聞いていなかった。
「確かソラ陛下は前教皇の子供の中で一番若く、まだ十代半ばでコレット様と歳が近いって聞いてるぜ」
「十代半ば? 本当?」
ジェイクがソラの年齢を話し、それを聞いたレジーナは驚きの反応を見せる。マティーリアも御者席に座るジェイクの方を向いて少し驚いた表情を浮かべた。
「ああ、第一王子は何者かに殺され、第二王子もセルメティア王国の捕虜になっていただろう? 教皇と第一王子が死んで混乱している国を落ち着かせ、セルメティア王国と終戦の話し合いをする為に残った彼女が新しく女王になったんだ」
「ああぁ、そういえばそんな事件があったわね……」
レジーナはソラが女王になる事になった理由を思い出して納得の表情を浮かべる。
戦時、ラムスト大平原での決戦でエルギス教国軍がセルメティア王国軍に惨敗したのを聞かされ、前教皇であったジャングスと第一王子のギルゼウスは貴族達の話も聞かずに徹底抗戦を考えていた。しかし徹底抗戦の命令を出す前にジャングスとギルゼウスは突然現れた正体不明の人物に殺されて命を落とす。
戦争に勝つ事はできないと考える貴族達は戦争を終わらせる為に王族で唯一首都にいたソラを女王にし、セルメティア王国に降伏して戦争は終わった。その後、ソラは正式にエルギス教国の女王となり今に至る。
「……でもさぁ、戦争が終わってエルギス教国の捕虜も全員エルギス教国に返還されたんでしょう? という事は第二王子のエバルドも国に返還されたんだからソラ様は第二王子のエバルドに教皇の座を譲るべきなんじゃないの?」
「まぁ、第二王子が生きてんだから、国に帰ってくれば継承権が上のエバルドに教皇の座を譲るのが普通だな……だが既にソラ様が新しい教国の女王と発表しているから今更変更するなんてできなかったんだろう。その上、貴族達は横暴で自分勝手なエバルドが教皇になったら国は終わる、優しいソラ陛下の方がいいなどと言ってエバルドが教皇になる事に強く反対したって聞いている」
「確かに、あの性格じゃあ誰も教皇と認めたくないわよね……」
ジェイクの話を聞いてレジーナはエバルドの性格を思い出し納得する。
「結局、エバルドは追放に近い形で首都から出て今では小さな田舎の領地の管理を任されているって話だ」
「あらら、でもお似合いかもね」
レジーナはニヤニヤとしながらエバルドを笑う。ジェイクも表情にこそ出さないが心の中では横暴な性格のエバルドが惨めな人生を歩んでいる事を笑っていた。
「それにしても、十代半ばの小娘が女王とはのう。コレットみたいに生意気でなければよいが……」
「マティーリア、お前はまたそうやって王族を侮辱するような言い方を……」
相変わらず王族に対して失礼な発言をするマティーリアをアリシアはジロッと睨みながら低い声を出す。もしマティーリアがエルギス教国の女王であるソラに会い、彼女に対してコレットと会話をする時の様な態度を取れば両国の関係が悪くなる可能性がある。アリシアはマティーリアがエルギス教国の怒りを買う様な言動をするのではと心配した。
「マティーリア、先に言っておくがソラ陛下にお会いした時に彼女に無礼な態度を取ってマクルダム陛下を困らせるような事はするなよ?」
「分かっておる。妾だって他国の王族を挑発してセルメティアの立場を悪くするよう事はせん」
(信用できないな……)
アリシアはマティーリアの今までの態度からソラに失礼な事はしないという言葉が信じられず、心の中で本心を呟く。レジーナとジェイクもアリシアと同じ考えらしく、マティーリアの方を向き、ジト目で彼女を見つめていた。
マティーリアが問題を起こさないか心配するアリシア達をダークとノワールは黙って見ていた。二人もマティーリアがエルギス教国の王族や貴族に失礼な態度を取らないか少し心配していたが、それを口にしてマティーリアが気分を悪くするかもしれないと考え何も言わずにいる。そんな中、荷馬車の前に停まっていた馬車がゼゼルドの町に向かって動き出した。
「ジェイク、前が動いぞ?」
「ん? ああぁ、悪い」
ダークは前を見ずにマティーリアの方を向いていたジェイクに馬車が動き出した事を伝え、それを聞いたジェイクは慌てて手綱を引き馬を動かす。ゼゼルドの町はどんな所なのだろうかと考えながらダーク達は一本道を通りゼゼルドの町へ向かうのだった。
長い道を通りダーク達はゼゼルドの町の正門前までやって来た。正門は閉まっており、その前には数人のエルギス教国軍の兵士や騎士が警備している。兵士達は正門の前までやって来た馬車がセルメティア王国の物だと気づき、表情を鋭くして馬車を見つめた。
先頭にいる近衛隊の騎士達はエルギス教国の兵士の鋭い視線に緊張を走らせ、何か起きた時はすぐに騎士剣を抜ける体勢に入る。殿のダーク達も自分達を見ているエルギス教国の兵士を見て僅かに警戒した。すると、エルギス教国の騎士の一人が先頭の近衛隊に近づき何やら話をしている。しばらくするとエルギス教国の騎士が近衛隊から離れ、マクルダム達が乗る馬車へ近づいた。
馬車の真横にやって来たエルギス教国の騎士は馬車の扉を軽くノックする。すると扉に付いている小窓が開き、ヘルフォーツが顔を出す。騎士はヘルフォーツを見た後に馬車の奥に座っているマクルダムに視線を向けた。
「セルメティア王国国王マクルダム・ジ・ヴィズ陛下、ようこそいらっしゃいました。会談が行われる予定日よりもお早いご到着ですね?」
「来る途中に問題などが起こらず予定よりも早く到着しただけだ」
ヘルフォーツがマクルダムの代わりにエルギス教国の騎士の質問に低い声で答える。ヘルフォーツの答えを聞いた騎士はヘルフォーツを見て少し驚いた様子を見せた。
「そうですか、失礼いたしました。すぐに門を開かせますのでお待ちください」
騎士は門の方へ走って行き、近くにいる兵士に開門の指示を出す。指示を受けた兵士は近くにある扉を開けて城壁の中に入った。すると閉まっていた二枚扉の門が大きな音を当てて動き出す。どうやら城壁の中に門を開く仕掛けか何かがあったようだ。
ゆっくりと門は開き、完全に開き切るとさっきのエルギス教国の騎士が戻ってきて先頭の近衛隊に話しかけて町へと入って行く。近衛隊も馬を動かしてその騎士の後を追い、馬車を動かす御者もそれを見て馬車を動かして後を追う。馬車が動くとダーク達が乗る荷馬車も続いて町へと入った。
「いよいよゼゼルドの町に入るのね」
レジーナは少し緊張した様子で正門の向こうに見える町を見つめながら言う。だが緊張したように見えるその表情にはどこか町に入る事を楽しみにしている様にも見える。冒険者として初めて入る町がどんな場所なのか気になりワクワクしているようだ。
マティーリアもレジーナと同じ気持ちなのか町を見つめながらニッと笑っている。ジェイクは少しだけ興味がありそうな顔をしながら前を見て馬車を動かしていた。そして、ダークは何も言わずに黙っており、アリシアは真剣な顔で町を眺めている。ジェイクの隣に座っていたノワールは飛び上がってダークの方へ移動し、彼の肩に乗った。
正門を見張っていたエルギス教国の兵士や騎士達は町へ入って行く馬車や荷馬車を黙って見ている。兵士達は嘗て敵対していた国の王族が自分達の国に来た事に少し複雑な気持ちになっていた。
「不思議なもんだよな? 以前戦争をしていた国の王族が会談の為に俺達の国に来るなんてよ?」
「ああ、普通なら戦争をした相手国に入ろうなんて思わないさ。それなのに我が国の会談を受けてくれるとは、セルメティア王はお優しいと言うか、お人好しと言うか……」
正門の上にある見張り台に立つ兵士達が町に入る馬車を見下ろしながら思った事を笑いながら口にする。エルギス教国の兵士の中には敵国だったセルメティア王国の人間が来ても今の様に笑う事ができる兵士もいるようだ。
二人の兵士が笑って話していると別の兵士が慌てた様子でやって来る。そんな兵士を見て笑っていた二人の兵士は不思議そうな表情を浮かべた。
「おい、聞いたか? セルメティア王の護衛に黒い死神がいるみたいだぞ?」
「何っ! 本当かよ?」
知らせを聞いた兵士達はさっきの笑顔から一転して驚きの表情を浮かべた。
黒い死神、それは戦争中にエルギス教国の兵士達が次々とエルギス教国軍を倒すダークに付けた二つ名だ。そして、ダークと共に戦ったアリシアにもセルメティアの白い魔女という二つ名が付いた。
「ああ、六百人近くの部隊を短い時間で壊滅させたセルメティアの黒い死神。セルメティア王が乗っている馬車の後ろをついて行く荷馬車に乗っていたらしいぜ?」」
「マジかよ……どうしてその黒い死神がセルメティア王の護衛をしてるんだ? 噂ではその黒い死神は冒険者をやっている黒騎士だって言うじゃないか」
「うちの騎士様がセルメティアの近衛隊から聞いた話じゃ、セルメティア王から強く信頼されていて、セルメティア王が護衛を頼んだらしいぞ?」
「おいおい、黒騎士の冒険者が国王の護衛だって? スゲェな……」
兵士達は驚きの表情を浮かべ、見張り台の上から町の方を向く。既にダーク達が乗っていた荷馬車やマクルダムの乗っていた馬車は見えなくなっていた。
「我が軍に甚大は被害を与えた死神がこの町に来ている……」
「……なぁ? 戦争中は絶対に会いたくねぇって思ってたが、戦争が終わった今はなぜかその死神に会ってみてぇって思っちまうんだ……俺って変か?」
敵であったダークに会ってみたいと話す兵士の言葉に隣に立つ兵士が目を見開きながら驚く。
「はあ? 当たり前だろう。俺達を負かした相手に会いたがるなんて……」
「俺はそうは思わないな……」
見張りの兵士達が話している横で報告に来た兵士が町の方を見ながら会話に参加してくる。見張りの兵士二人は同時に会話に参加して来た兵士の方を向く。
「おいおい、お前まで何を言い出すんだ?」
「確かに奴は俺達の仲間を大勢殺した。恨んでいる奴も少なくないだろう。だが中には戦士として自分達を負かすほどの力を持つ者に興味を持ち、会ってみたいって思う奴もいるはずだ」
戦士なら自分よりも強い者に心惹かれるのは当然、そう話す兵士を他の二人の兵士は黙って見つめた。確かに、エルギス教国軍の兵士の中にはセルメティアの黒い死神と白い魔女に恨みを持つ者もいる。だが、戦士としてあり得ない力を持つその二人に会ってみたいと思う者もいるのも確かだ。例え敵であったとしても、強者と会って自分が強くなる切っ掛けを得る事ができると思い、その者に会いたいと本能が戦士達をそうさせているのだろう。
「それに戦争はもう終わったんだ。過去をいつまでも引きずらずに前を向いてセルメティア王国と仲良く生きる事を考えた方がいいと思うぞ?」
「それはそうだが、全員がすぐに気持ちを切り替えられる訳でもないだろう? 亜人達の事だって……」
見張りの兵士が亜人の事を口にすると他の二人も反応し、表情が僅かに鋭くなった。
「……確かに亜人達の事は難しいだろうな。現に今もそれで問題が起きているわけだし……」
低い声で小さく俯きながら呟く兵士。他の二人の兵士も表情を変えずに黙って町を眺めていた。彼等が話している亜人の問題とは一体何なのか、ただ一つ分かるのは兵士達の態度からそれがとても大きな問題であるという事だけだ。
その頃、正門を通過したダーク達はエルギス教国の騎士に案内されて町の奥にある大きな宿屋にやって来た。そこはゼゼルドの町の宿屋の中でも最高級の宿屋と言われている場所だ。宿屋の前で馬車が停まるとマクルダム達は馬車を降り、後をついて来たダーク達も荷馬車から降りた。
目の前に建つ大きな宿屋をマクルダムやヘルフォーツ達、ダークとアリシアは何も言わずに見上げている。レジーナとジェイク、マティーリアは今まで泊まった事のない高級な宿屋を目にして驚きの表情を浮かべていた。騎士の話ではダーク達がゼゼルドの町に滞在する間はこの宿屋で生活してもらう事になっているらしい。自分達も目の前の宿屋に泊まるのだと聞き、レジーナ達は更に驚きの反応を見せた。
「マクルダム陛下、そして護衛の皆様、どうぞ中へお入りください」
ここまで案内してくれたエルギス教国の騎士がマクルダムに声をかけ、マクルダムやダーク達は視線を話しかけてきた騎士に向ける。騎士は扉を開けて宿屋へ入り、ダーク達もその後に続いた。
宿屋の中に入ると受付のある広いフロアがダーク達を出迎えた。床には赤いカーペットが敷かれ、シャンデリアが天井から吊るされており、明らかに冒険者などが泊まる宿屋とは違う雰囲気を出している。右の方には来客が休む為の小さな席がいくつも並べられ、その奥に宿屋の奥へ行く為の通路があった。そして左側には二階へ上がる為の階段があり、レジーナ、ジェイク、マティーリアは歩きながら珍しそうな顔でフロアを見回す。
騎士に連れられて受付の前まで来ると、受付を担当している従業員は騎士と一緒にやって来たマクルダムの顔を見て驚きの表情を浮かべながら頭を下げて挨拶をする。いきなりセルメティア王国の国王が宿屋に来て驚いたらしい。受付の前まで来ると騎士は立ち止まり、振り返ってマクルダム達の方を向いた。
「長旅でお疲れのところを申し訳ありませんが、お部屋にご案内する前に皆様には我が国の女王であるソラ陛下にお会いになっていただきます」
「何、ソラ陛下もこちらに泊まっておられるのか?」
エルギス教国の女王であり、会談をする相手でもあるソラが自分達が泊まる宿屋と同じ所に泊まっていると聞き、マクルダムは意外そうな顔をする。ダーク達もそれには驚いたのか一斉に反応した。
「あ、ハイ。この宿がこの町で最高の宿ですのでソラ陛下もお泊りになられているのです」
「そうなのか……」
「あと、皆様は会談が行われる日よりも早くお越しになられたので陛下に早く町に来られた事をお伝えしてもらいたいのです。既に陛下には皆様がいらっしゃった事をお伝えしてあります」
予定よりも早くゼゼルドの町に来た為、会談を行う前に一度ソラに会ってほしいという話をマクルダムは真面目な顔で聞く。
エルギス教国はマクルダム達は会談の前日に来るだろうと考えていた為、三日も前に来たマクルダム達に最初は驚いた。予想していたよりも早く来たのなら、会談を開く日などいろいろと変更する事になるかもしれないので一度ソラと会い、予定を変更するかしないかなどを簡単に話し合いをしてもらいたいと考え、マクルダム達にソラと会ってもらうよう話したのだ。
「……確かに、会談が開かれる日よりも早く来たのだから先に来られているソラ陛下にお会いするのは当然だな」
「ありがとうございます。早速ですが、ソラ陛下は奥の来客室でお待ちになられておりますので、ご案内します」
そう言って騎士は右側にある奥へ続く通路の方へ歩き出しマクルダム達を案内する。マクルダム達も騎士の後について行きソラがいる場所へ向かった。
長い通路をしばらく進むとダーク達は一つの部屋の前までやって来た。先頭を歩いていた騎士が扉の前で止まり、扉を軽くノックする。すると扉が静かに開き、中から別のエルギス教国の騎士が顔を出す。
顔を出した騎士はマクルダム達の姿を確認すると半開きの扉を開けてマクルダム達を中へ招き入れる。扉が開いたのを見たマクルダムは案内してくれた騎士の方を向き、入っていいのかと目で尋ねた。すると騎士は真剣な表情で頷き、それを見たマクルダムは部屋に入る。マクルダムの後ろにいたヘルフォーツと近衛隊、そしてダーク達もその後に続いて部屋へと入り、全員が入ると最後に案内をした騎士が入ってゆっくりと扉を閉めた。
部屋の奥へ進むと、広く豪華な雰囲気の部屋が視界に入り、マクルダム達は足を止める。しばらく部屋を見回した後に奥を見ると大きなテーブルの前に黒いおかっぱ頭で銀の髪飾りをつけた十代半ばくらいの背の低い少女が立っていた。神官が着る様な服を着て、白いマントを羽織っている高貴な雰囲気を出した少女、彼女こそがエルギス教国の女王であるソラ・レーニン・イスファンドルだ。
ソラの両脇には銀色の鎧を装備し、赤いマントをつけた二人の騎士が立っている。右隣りには背の高い黒い短髪にガッシリとした肉体を持つ三十代後半ぐらいの騎士が立っており、左隣には黒髪の騎士よりも背が少し低く、ピンク色のくせ毛風の長髪をした二十代前半ぐらいの女騎士だ。エルギス教国最強の言われていた六星騎士のメンバーで黒髪の騎士がベルガード・ドーバ、ピンクの髪の女騎士がソフィアナ・グロンディーである。
六星騎士は前の戦争で四人が死亡して現在はベイガードとソフィアナの二人だけとなっていた。その為、今の二人は女王になったばかりのソラを手助けする為に彼女の補佐と護衛を務めている。
マクルダムは部屋の奥にいるソラとベイガード、ソフィアナ、そしてその更に奥に控えている数人のエルギス教国の騎士の姿を見ると軽く頭を下げて挨拶をする。ソラもマクルダムに向かって頭を下げて挨拶を返し、それを見たマクルダムはゆっくりとソラの下へ向かい、ダーク達もそれに続く。
「お久しぶりです、ソラ陛下」
「よくいらっしゃいました、マクルダム陛下。わざわざ我が国へお越しいただき、感謝いたします」
前回の会談以来の再会に二人は握手を交わす。二人の王が挨拶をする姿を両国の騎士達は黙って見守っていた。
握手を終えるとソラはマクルダムの後ろに控えているダーク達の姿を確認し不思議そうな顔をする。ヘルフォーツや近衛隊の騎士達は格好から王国に仕えている騎士である事は分かるが、漆黒の全身甲冑を装備した背の高い騎士やその隣に建つ白い鎧を着た女騎士、そして二人の後ろに立っている盗賊風の少女、立派な鎧を装備した巨漢、眼帯をつけた少女と王国に仕えているとは思えない人物が数人いるのが気になるようだ。
「……マクルダム陛下、後ろにいらっしゃる黒い鎧を着た騎士の方々も護衛の方ですか?」
ソラがダーク達の事を尋ねるとマクルダムは振り返り、ダーク達を見ながら頷く。
「ええ、紹介しましょう。黒い全身甲冑を装備している者がダーク。我が国の七つ星冒険者です」
「ダーク? どこかで聞いた事がありますね……」
ダークの名前に聞き覚えがありソラは難しい顔で考え込む。後ろに控えているベイガードとソフィアナもソラと同じように聞き覚えのある名前について思い出そうとしていた。するとベイガードがフッと顔を上げてソラに声を掛ける。
「陛下、前の戦争でセルメティア王国に侵攻していた我が軍の部隊を壊滅させた黒騎士の名前も確かダークだったはずです」
「え? それじゃあ、彼が……」
「ええ、間違いないでしょう。セルメティア王国の黒い死神と言われた、暗黒騎士ダークです」
ベイガードが真剣な顔でダークを見つめながら話し、それを聞いたソラやソフィアナ、他の護衛の騎士達も驚いてダークを見つめる。セルメティア王国に侵攻していた六百近くに大部隊を壊滅させ、ラムスト大平原の決戦では仲間と共に六星騎士を倒した存在、その黒い死神が目の前にいるのだから驚くのは無理もない。
ソラは驚きの表情でダークを見つめており、ダークもそんなソラを黙って見ている。アリシアやレジーナ達はダークの話になった途端、部屋に緊迫した空気が漂い始めた事に気付く。無理もない、エルギス教国にとってダークはある意味で兵士達の仇のような存在なのだから。このまま騒ぎになり、会談どころではなくなるのではとアリシア達は心配する。
「……ソラ女王陛下、彼は確かにエルギス教国の兵士達を大勢殺めました。ですが彼は……」
空気が変わった事に気付き、ソラ達を落ち着かせようとマクルダムはソラに話しかける。するとソラは視線をダークからマクルダムに変えて落ち着いた表情で口を動かす。
「お気になさらないでください? マクルダム陛下」
「ソラ陛下?」
「確かに彼は我が国の兵士達の命を奪いました。ですが、それは戦争であった為に仕方のない事です。私達はお互いに自分達の国を守る為に敵と戦ったのですから……そもそもあの戦争は私の父である先代の教皇が起こしたもの、兵士達の死で私達が恨まれるのは仕方のない事ですが、私達にセルメティア王国を恨む資格はありません……」
目を閉じ、低い声でソラは戦争の事を話す。お互いの国を守る為に敵と戦い相手の命を奪う。それは戦争だから仕方のない事、誰にも兵士達を殺した者を恨む事はできない。その話の内容はとても十代半ばの少女が話す内容とは思えなかった。そんな話をするソラをマクルダムや護衛のベイガード達は真剣な顔で見つめている。
(こんな小さいのに戦争の事をこんな風に話せるなんてスゲェなぁ……しかも今の言葉でこの部屋にいるかもしれない俺に恨みや怒りを持つ護衛の騎士達に俺を恨む資格は無いって事をさり気なく伝えた。騒動を起こして会談が中止にならないよう先の事まで考えている。大したもんだよ、この子は……)
ダークはソラの話を聞いて目の前にいる幼い少女には女王としての器があると感じ、心の中で感服した。アリシアやノワールもダークと同じ気持ちなのかソラを見て目を見開きながら驚きの表情を浮かべている。
話を聞いてマクルダムはソラが戦争での犠牲については何も気にしていないという事を理解しホッとする。これで問題なく会談の話をする事ができるとマクルダムは小さく笑みを浮かべた。
「お心遣い感謝しますぞ、ソラ陛下」
「いえ……」
「では、会談の事についていくつかお話ししたいのだが……」
前の戦争の話が終わり、マクルダムは早速会談の事について話を始める。ゼゼルドの町に到着する前にマクルダムは早く町に着いた時、会談を早く始める事はできないかソラに相談しようと考えていた。その事についてマクルダムはソラに尋ねる。
マクルダムとソラが会談の事について話し合いを始めるとソラの後ろで控えているベイガードとソフィアナはマクルダムの護衛を務めているダーク達に注目していた。ベイガードは黒い死神と言われているダークを興味がありそうな表情で見ている。しかし、隣にいるソフィアナはダークが気に入らないのかジッと彼を睨んでいた。
「黒い死神、あの男がグレイ殿やメア達を……」
同僚であるグレイ達を殺めた黒い死神が目の前にいる、ソフィアナは周りに聞こえないくらい小さな声でブツブツと独り言を言う。どうやらソフィアナはセルメティア王国に恨みを持つ者の一人でダークを少なからず恨んでいるようだ。
ソフィアナの隣でダークを見ていたベイガードはチラッとソフィアナの方を向き、彼女の表情と動いている口を見て僅かに表情を鋭くする。そして、さり気なくソフィアナに近づき耳元で声を掛けた。
「ソフィアナ、分かっていると思うが妙な気を起こすなよ?」
「ベイガード殿……」
小声で話しかけて来たベイガードの方を向いてソフィアナも小声で答える。ソフィアナの口調から彼女はベイガードが自分に話しかけて来た理由に気付いているようだ。
「戦争はもう終わったんだ。それにさっきソラ様が仰ったように宣戦布告をしたのは我々だ、セルメティア王国を恨む資格は私達には無い」
「ですが、それでは死んでいった者達があまりにも気の毒です。そもそも仲間を殺した国の者達が目の前にいるのに恨む事を許されないなんて、酷すぎます」
「それは誰だって同じだ、我々だけではない。セルメティア王国の民の中には我々エルギス教国を恨む者も大勢いるはずだ。だが、戦争が終わった後でお互いを恨み続けても何も変わらん。それなら全てを水に流し、また一からやり直そうと両陛下はお考えになられたのだろう。同じ過ちを繰り返さないようにお互いに手を取り合い、助け合って生きていく事が今の我々がやるべき事なのだ」
ソラが自分達にセルメティア王国を恨む資格が無いと言ったのは自分達が宣戦布告をしたからだけではなく、これ以上恨み合ってもお互いに苦しむだけだから、もう誰も苦しまないようにする為だとベイガードは話す。それを聞いたソフィアナはソラが両国の今後の関係の事を考えて言ったのだと改めて理解する。だがその表情にはまだ僅かに不満が見られた。
そんな周りに聞こえないように注意しながら小声で話すベイガードとソフィアナの姿をマクルダムの後ろで控えているダークは黙って見ていた。
(へえ、あのベイガードとか言うおっさんはソラ陛下が何を考えてああいう事を言ったのかちゃんと理解していたみたいだな。てっきり六星騎士は全員が俺やセルメティアを恨んでいるのかと思っていたが、感情に流されたりしないまともな奴もいたって事か……)
ダークはベイガードを見つめながら心の中で呟く。実はダークにはベイガードとソフィアナの会話が全て聞こえており、ベイガードがソフィアナに言った言葉を聞いて彼がソラの意思を理解している事を知ったのだ。
しかし、ベイガードの近くにいるソラすら聞こえない彼の言葉をダークがなぜ聞き取る事ができたのか、それはダークが持つ技術の一つである<会話盗聴>のおかげだった。この技術は盗賊、レンジャー系の職業を持つLMFプレイヤーが習得できる技術で半径10m以内のいる者の声は聞き取る事ができる技術だ。効果範囲は技術を装備する者の集中力によって変化し、集中力が乱れればその範囲は1mまで狭くなる。ダークもサブ職業に選んでいたハイ・レンジャーの技術を習得して装備していたのだ。
ソラやベイガードのような考え方をする者がいればこの先セルメティア王国とエルギス教国の関係が昔の様に戻り、いつかは恨みや憎しみも消えるだろうとダークは感じながらベイガードを見ていた。そんな中、マクルダムとソラの会話が終わり、ダーク達は二人に視線を向ける。
「それでは、会談を行う日は三日後から明日に変更という事でよろしいですか?」
「ええ、流石に会談まで王が数日間何もせずに待ち続けるという訳にもいきませんので」
話し合いで会談を行う日を明日へ変更してもらい、マクルダムは自分の申し出を聞いてくれたソラに心の中で感謝する。
「では、今日中に会談の準備をさせますので、それまでこの宿屋でお休みになってください」
「ええ、そうさせてもらいます」
「もし町へ行かれる方がいらっしゃるのであれば騎士の者達に案内させますが、いかがいたしますか?」
宿屋から出て町を見に行く者がいないか、ソラはマクルダムの後ろにいるダーク達を見て案内が必要か尋ねる。ダークはアリシア達の方を向いて、どうすると目で確認した。するとレジーナが町へ行きたい、と言っているのか笑って頷き、マティーリアもそれに続いてうんうんと頷く。
アリシアはレジーナとマティーリアを見て少し呆れた様な反応をしてからダークの方を向いて頷く。ダークはアリシアを見た後にゆっくりとソラの方を向いた。
「……では、お願いします」
「分かりました。ベイガード、ダーク殿達に町を案内して差し上げてください」
「かしこまりました」
ソラの命令を聞いてベイガードは一礼し返事をする。それからベイガードはダークの下へ移動し、簡単な挨拶をしてから握手を交わす。ダークはソラのようにセルメティア王国とエルギス教国の未来を考えているベイガードが気に入ったのか兜の下で笑みを浮かべていた。
それから話し合いが終わるとマクルダム達は騎士に案内されて自分達の部屋へ移動する。ダーク達は町を見て回る為にベイガードと共に宿屋を出て町へ向かう。ダーク達が移動した後にソラはソフィアナや他の騎士と明日の会談の準備を進めた。