第百五話 エルギス教国へ
コレットとマーディングが町を尋ねた日から一週間後の午前、予定通りマクルダムが乗った馬車と二十数人の護衛の騎士達がバーネストの町へやって来る。騒ぎになる事を警戒してダークは町の住民達にはマクルダムが来る事を知らせていない。マクルダムが知っているのはダーク達とバーネストの町に駐留している騎士団の人間だけだ。
町の中央にある町長の屋敷の前にはマクルダムが乗っていた馬車が停められ、その周りには数人の騎士が立っている。屋敷から少し離れた所では町の住民達が一週間前にも似たような馬車が町長の屋敷の前に停められていたのを思い出して不思議そうな顔で見ていた。
屋敷の中にある来客用のリビングではダークがマクルダムと向かい合っている姿があった。ダークの後ろにはアリシア達が並んで立っており、マクルダムの後ろには彼と共に会談に参加すると思われる貴族の男と近衛隊長のヘルフォーツ、三人の若い騎士が並んで控えている。
ダークとマクルダムが向かい合っている姿を見てレジーナとジェイクは緊張した様子を見せていた。マクルダムの目の前にいるダークとアリシア、ノワールは何度も国王であるマクルダムと会っている事でマクルダムと顔を合わせるのに慣れたのか緊張した様子は見せていない。マティーリアは人間の国王に会っても何も感じていないのか普通にマクルダムとその後ろにいる近衛隊を見ていた。
リビングの外ではモニカ達やアリシアの屋敷の使用人達が扉越しに中の様子を伺っていた。レジーナとジェイクの家族は首都にいた時と同じようにダークが住んでいる屋敷に一緒に住んでおり、アリシアとミリナ、屋敷の使用人達もダークの好意で町長の屋敷に住ませてもらっているのだ。
「ど、どうして陛下がこの町にいらっしゃってるんだ?」
「何でもお嬢様とダーク殿達は陛下の護衛をする事になったらしいぞ?」
「えっ、本当か?」
アリシアの屋敷の使用人達が小声でマクルダムが訪ねて来た理由を話している。貴族の家に仕えている彼等も国王には会った事が無く、扉の向こうにこの国の王がいると知り緊張しているようだ。使用人達の隣ではモニカとアイリが扉の近くでダーク達がどんな会話をしているのか気になり、静かに耳を傾けている。二人の後ろにはレジーナの弟と妹であるダンとレニーの姿もあった。
「陛下、ようこそいらっしゃいました」
「ウム、わざわざ出迎えご苦労だったな」
握手を交わしながらダークとマクルダムは挨拶をする。彼等は部屋の外でモニカ達が会話を聞いている事に気付いていないのか普通に会話を続けた。
「一週間前にコレットとマーディングから話は聞いていると思うが、お主達にはこれから私の護衛として共にエルギス教国の国境の町であるゼゼルドへ向かってもらう」
「ハイ、伺っております……ところで、後ろにいる近衛隊の方々も一緒にエルギス教国へ行かれるのですか?」
ダークはマクルダムの後ろに控えているヘルフォーツと近衛隊の騎士達を見て尋ねる。ヘルフォーツは目を閉じており、騎士達はどこか不愉快そうな顔でダークを見ていた。近衛隊である自分達がいるのに冒険者であるダーク達にマクルダムの護衛を依頼する事が少々気に入らないのかもしれない。
「ウム。だが流石に近衛隊全員を連れて行くのはマズいのでな、騎士隊長であるヘルフォーツとあと騎士を三人を同行させ、残りはこの町へ残していく。この町を出発し、エルギス教国の領内から戻るまでの間の主な護衛はお主達にやってもらう事になる」
「分かりました。お任せください」
「すまんな、シャトロームの一件が片付いたばかりだというのに……」
「いいえ、お気になさらないでください」
申し訳なさそうな顔をするマクルダムを見ながらダークは首をゆっくり横に振る。何も気にしていない様子のダークを見てマクルダムは小さく笑う。
「それで陛下、ゼゼルドの町へはいつ向かわれるのですか?」
「バーネストの町からゼゼルドの町へは急いでも数時間は掛かるからな。あと一時間後に出発しようと思っておる。それまでにお主達も準備を済ませておいてほしい」
「分かりました」
出発の予定時間を聞きダークは頷きながら返事をし、彼の肩に乗っているノワールと後ろに控えているアリシアも真剣な表情を浮かべながら話を聞く。レジーナとジェイクは予想していたよりも早く出発する事を聞いて少し驚いた反応を見せる。マティーリアはいつ出発しても構わないのか興味の無さそうな顔をしていた。
その後、ダークはバーネストの町を出る準備に入り、アリシア達は自分達の家族にしばらく町を離れる事を伝えに行く。騎士としての任務、冒険者としての仕事で何度も長い間町を離れている事が多い為か家族達は不安に思う様な反応は見せずに了承した。
マクルダムは屋敷の外で待機している近衛隊に自分がエルギス教国から戻って来るまでの間、バーネストの町の調和騎士団と協力して町の警備や修繕作業に手を貸すよう指示を出して出発の準備をする。そして準備が終わるとダーク達と共に南の門から町を出てエルギス教国へ向けて出発した。
町を出た一行は草原の中にある街道を進んで行く。先頭を二人の騎士達が馬に乗りながら進み、その後ろをマクルダム達が乗る馬車が続き、最後にダーク達が乗る荷馬車がついて行くというマクルダムが乗る馬車を前後から挟んだ形で警護しながら一行はゼゼルドの町を目指した。
「陛下、このままペースで移動すれば会談予定日の三日前にはゼゼルドの町に到着してしまいますが、いかがいたしましょう?」
「早く到着したのであればソラ女王に早く会談を始めてもらえないか相談してみればよい。もし予定していた日に行いたいと仰るのであれば待つだけだ」
馬車の中でマクルダムは隣に座っている貴族から会談が行われる日にちよりも早くゼゼルドの町へ到着しそうな事を聞かされ、貴族の方を見た後に目を閉じながら静かに答える。向かいの席ではヘルフォーツと近衛隊の騎士が座ってマクルダムと貴族の会話を聞いていた。
これからエルギス教国へ向かうせいかヘルフォーツの顔には僅かに険しさが見られる。エルギス教国の民の中には敵だったセルメティア王国の国王であるマクルダムに恨みを持つ者も少なからずいるだろう。そんな連中がゼゼルドの町に入った瞬間に襲って来るのではとヘルフォーツは考え、護衛が僅か三人の騎士と冒険者であるダーク達だけで大丈夫なのかと不安を感じているのだ。
「……陛下、やはりもう少し近衛隊の者を同行させた方がよろしかったのではないでしょうか?」
護衛の数が少ない事に不安を感じるヘルフォーツは真剣な顔でマクルダムに声を掛ける。ヘルフォーツの言葉を聞いたマクルダムは目を開け、落ち着いた表情でヘルフォーツの方を向いた。
「私達はただ会談に行くだけで戦いに行くわけではない。あまり大勢の護衛を同行させてエルギス教国を信用していないなどと思われるわけにもいかんだろう」
「しかし、エルギス教国の民の中にはセルメティア王国に恨みを持つ者もいるはず。そんな者達の前に陛下をお連れしてもし襲われるような事があれば……」
「ヘルフォーツよ、お主は警戒しすぎだ。ソラ女王ならそういった感情を持つ者達もちゃんと説得して安全に会談が行えるような状態にしておられるはずだ」
「陛下……」
ヘルフォーツはマクルダムを見て心の中でエルギス教国を信用しすぎなのではと感じた。
「仮に襲われたとしても近衛隊長であるお主が私を守ってくれるのだろう?」
「ハイ、それは勿論。我々近衛隊が命を懸けて陛下をお守りします」
近衛隊を強く信頼してくれているマクルダムを見てヘルフォーツは自信に満ちた口調で答える。隣に座り騎士も真剣な顔でマクルダムを見ながら頷く。
「それに我が国を救った英雄達もおるしな」
マクルダムが口にした英雄達と言葉にヘルフォーツは反応した。マクルダムの言う英雄とは当然ダーク達の事を指している。未知のマジックアイテムを使い、侵攻して来たエルギス教国軍を蹴散らしてセルメティア王国を勝利へ導いた存在。ヘルフォーツもダーク達の活躍と実力は認めていた。
ただ、国に忠誠を誓った王国の騎士ではなく、報酬で依頼を引き受ける冒険者が英雄と呼ばれるのが少々不満に思っているようだ。そしてヘルフォーツは人間とは思えないダークの強さにも注目している。
ヘルフォーツは後ろを向き、目の前にある小さな小窓から外を見る。自分達が乗っている馬車の後をついて来る荷馬車に乗るダーク達をしばらく見つめ、ゆっくりとマクルダムの方を向いた。
「陛下、あの強大な力を持つ黒騎士は一体何者なのでしょう? 仲間として信じてよろしいのでしょうか?」
「私は信じてよいと思っておる。あの者は強大な力を持っていながら、おごる事も弱い者を見下す事もせず国の為に尽くしてくれたのだからな……ヘルフォーツよ、まさかお主もシャトロームと同じようにあの者が国に災いをもたらす異端者だと思っておるのか?」
「いえ、そのような事は……あの者が危険な存在ではない事は私にも分かります」
僅かに低い声を出したマクルダムを見てヘルフォーツは首を横に振った。
ヘルフォーツも最初はダークを忠誠心を失った黒騎士という理由から信用していなかったが、コレットを救い、国の為にエルギス教国軍を倒したダークを信用するようなった。だがそれでも人間では到底得られない強さを持っている為、僅かにダークを信じていいのかという不安を心に残しているのだ。
「なら、信じようではないか? 確かにあの者は人間とは思えない強大な力を持っておる。だが、重要なのは力が大きいか小さいかではない。その力をどのように使うかという心だ。例え国を滅ぼせる程の力を持っていても良き心を持っておれば危険は無い。私はそう思っておる」
「……分かりました。陛下がそう仰るのでしたら私もあの者を信じる事にします」
国王として人を見極める能力が優れているマクルダムが信じていいというのなら大丈夫だ、ヘルフォーツは心の中でそう思いながら頷く。貴族や騎士もマクルダムの言葉を聞いてダーク達を信じてみようと思うのだった。
馬車の中でマクルダム達がダーク達は信用できるかなど重要な話をしている時、ダーク達は荷馬車に乗って馬車の後をついて行く。御者席にはジェイクが座り、手綱を握って馬を操っており、その隣には子竜姿のノワールが座り前を見ている。レジーナとマティーリアは荷台に座りながら空を見上げており、ダークとアリシアも荷台に座りながら前や周辺をチラチラを見回してモンスターなどがいないか確認している。
「……モンスターなどの姿は無いな」
「まぁ、例え遭遇してもこの辺りのモンスターなら楽に倒せるだろうな」
アリシアは周囲を見てモンスターがいないのを確認する。ダークも同じように周囲を見回しながら自分達ならどんなモンスターが出て来ても問題ないと話し、それを聞いたレジーナとマティーリア、御者席のジェイクは笑った。確かに今のダーク達なら弱いモンスターなど簡単に倒す事ができるだろう。
エルギス教国との戦争でレジーナ達は更にレベルが上がり強くなった。レジーナはレベル53から人間が到達できる最大レベルの60にまでレベルアップし、最強の人間の一人となる。職業も盗賊から上級職のナイト・シーフへクラスチェンジし、盗賊の移動速度をそのままに騎士の様な強い攻撃力を得る事ができたのだ。今ではレジーナはセルメティア王国でもトップクラスの盗賊となっていた。
ジェイクもレベル55からレジーナと同じレベル60となり、職業もクラッシャーからヘビー・クラッシャーへクラスチェンジした。レジーナと違って移動速度は遅いままだが、その分攻撃力はレジーナよりも格段に強くなり上手く戦えば上級モンスターも一人で倒せる程に成長している。
ダークはレジーナとジェイクが人間の最大レベルにまで達した事を祝福し、二人が今装備している鎧を祝儀として与えた。防具だけでなく、武器も新しいのを与えようとしていたのだが、今の武器でも十分戦えるとジェイクが言ったので武器の方は新しいのを渡さず終わった。その時のレジーナは武器も欲しかったのか、余計な事を言うなよと言いたそうな顔でジェイクを睨んでいたという。
セルメティア王国で最強クラスの力を得て今では国王の護衛をする程までになったレジーナ達。そもそもダークと出会わなければ二人はここまで強くはなる事はなく、ただの盗賊のままだった。英雄級の実力者となり、上級職にまでなる事ができたのはダークのおかげ。クラスチェンジをした時、レジーナとジェイクはダークと出会えてよかったと心の底から喜んだ。
「……ふあぁ~、それにしても退屈じゃのう。何か退屈しのぎになるような事はないか?」
空を見上げていたマティーリアは大きく欠伸をしながら退屈を紛らわす方法はないか周りにいるダーク達に尋ねる。町を出てからずっと荷車に揺られ、同じ景色ばかりを見ているのだ。退屈になるのも無理はない。
「そんなのは何もない。というよりも、今私達は陛下の護衛という仕事をしているのだぞ? 仕事中にそんな緊張感の無い様な態度を取るんじゃない」
「やれやれ、相変わらず真面目じゃな、アリシア?」
呆れ顔で注意をするアリシアを見てマティーリアはめんどくさそうな顔で頭を掻く。騎士団に入ってマティーリアも少しは真面目な性格になったかと思われていたが、出会った時と殆ど変わっていない。アリシアはマティーリアの態度を見て深く溜め息をついた。
「でもマティーリアの言っている事も一理あるわね。ずっと荷車に揺られっぱなしじゃ退屈になるし、愚痴も言いたくなるわよ」
「レジーナ、お前まで何を言うんだ」
マティーリアに続いてレジーナまで退屈そうな顔で言い出し、アリシアは呆れ顔のままレジーナの方を向く。マティーリアは普段口喧嘩しているレジーナと珍しく意見があった事に驚いたのか意外そうな顔でレジーナを見ていた。
「……やれやれ、マティーリアだけじゃなく、レジーナも全然変わってねぇな」
後ろから聞こえてくるアリシア達の会話を聞いたジェイクは手綱を握りながら呟く。隣に座っているノワールもジェイクを見上げながら苦笑いを浮かべていた。
「二人とも、兄貴と会ってもうかなり経つから少しは大人になったかと思ったが、昔と変わらずお転婆のままとはな……」
「ま、まぁ、その性格がレジーナさんとマティーリアさんのいいところでもある訳ですし、あのままでもいいんじゃないんですか?」
苦笑いを浮かべるノワールを見てジェイクは疲れた様に溜め息をついて肩を落とす。そんな会話をしながらダーク達が乗る荷馬車はマクルダム達の乗る馬車の後に続き、街道をゆっくりと進んでいた。
バーネストの町を出てから一時間が経ち、ダーク達は小さな川を見つけ、そこでしばらく休憩を取る事にした。馬や馬車に乗っている為、疲れは殆ど無いのだが長い時間同じ姿勢でいるのも辛いので気分転換を兼ねて休む事にしたのだ。
マクルダムは馬車の外に出て貴族とゼゼルドの町に着いてからどうするかを話し合い、その周りにはヘルフォーツと近衛隊の騎士達が立ち周囲を見張っている。ダーク達も荷車から降りて川で水を飲んだり、目の前に広がる草原を眺めたりなどしていた。
「バーネストの町を出て一時間経つが、まだ時間が掛かりそうだな」
草原を眺めていたアリシアはまだ先が長い事を隣に立つダークと彼の肩に乗るノワールに話す。それを聞いてダークとノワールは同時にアリシアに視線を向ける。
「ああ、まだラムスト大平原にも着いてないからな。此処から平原まではあと二時間は掛かる」
「その平原を通過してしばらく進めば国境を越えてエルギス教国の領内に入ります。そこからまたしばらく進んでようやく目的地のゼゼルドの町に着きます。どんなに急いでも陛下が仰ったように数時間は掛かりますね」
ダークとノワールが現在地からゼゼルドの町までの道のりと掛かる時間を説明し、それを聞いたアリシアは小さく息を吐き、心の中でやっぱりそれぐらい掛かるか、と考える。
転移魔法を使えば一瞬で目的地へ行けるのだが、転移魔法は行った事のある場所にしか転移できない。今いる者達の中でゼゼルドの町へ行った事のある者は一人もいないので町へは足で移動するしかなかった。
「転移魔法が使えれば陛下も安全にゼゼルドの町へお連れする事ができるのだがな……ダーク、行った事のない場所へ転移できる魔法とかはないのか?」
「そんな都合のいい魔法がある訳ないだろう。私がLMFにいた時だって仲間達と自分の足で行った事の無い場所を目指したのだからな」
「そうなのか……」
LMFの世界にも都合のいい魔法は存在しないと知ったアリシアはLMFが神の国ではなく、自分達の世界と同じような場所なのだなと感じる。
「それに行った事の無い場所へ自分の足で向かうのが冒険の楽しさの一つでも……ん?」
喋っていたダークが何かに気付き小さく声を出した。その声を聞いたアリシアとノワールもふと反応する。
「どうした、ダーク?」
「……何か近づいて来る」
「え?」
「何かって、何ですか?」
驚くアリシアと何が近づいてくるのか尋ねるノワール。ダークは草原の方を向いて意識を集中させて近づいてくるものが何かを調べ始めた。
ダークは以前使ったモンスターの位置と数を感知するモンスター感知の技術とモンスター以外の存在、LMFプレイヤーやNPC、こっちの世界では人間と亜人を感知できる<プレイヤー感知>の技術を発動させて意識を集中させる。集中力次第で近づいてくるものの種族や数、距離などが詳しく分かるのだ。
黙り込んで調べているダークをアリシアとノワールはジッと見ている。そこへ川で水を飲んだり顔を洗ったりなどしていたレジーナ達がやって来た。ダークは何をしているのか、レジーナ達はそう思いながら不思議そうな表情を浮かべている。すると、黙っていたダークがゆっくりとアリシア達の方を向く。
「モンスターの群れが近づいて来ている。数は九、移動速度も速いな」
「何、本当か?」
「ああ、真っ直ぐこっちに向かっているから戦闘が起こる可能性は十分ある。アリシア、陛下達にモンスターの一団が近づいて来ている事を知らせて来てくれ」
「分かった」
戦闘が始まるかもしれない、それを聞いたアリシアは急いでマクルダム達の下へ向かう。アリシアが移動したのを見たダークは残っているレジーナ達の方を向く。
「お前達もすぐに戦闘の準備に入れ。私の予想ではあと数十秒後に姿を見せるはずだ」
「了解!」
「任せろ」
「フム、少しは退屈しのぎができそうじゃな」
レジーナ達はそれぞれ思った事を口にしながら自分の達の武器を取りに荷馬車へ向かう。ダークは草原の方を向き、腕を組みながら近づいてくるモンスター達を警戒する。ノワールも肩に乗りながらダークと一緒に草原を見つめた。
アリシアから戦闘が始まるかもしれないと聞いたマクルダム達は驚きの表情を浮かべる。急いでマクルダムと貴族は馬車の中へ避難し、ヘルフォーツは得物の槍を握り、騎士達も自分達の騎士剣を手に取って馬車の警護に就く。
ヘルフォーツと貴族、そして騎士達はアリシアから戦闘が始まると聞かされた時、本当なのかと心の中で疑っていた。周りにはモンスターの姿も見えず、気配なども無いのでアリシア達の気のせいではないかと考えていたのだ。だがマクルダムだけはアリシアの言葉を信じ、ヘルフォーツ達に戦闘態勢に入るよう命じる。命令を受けたヘルフォーツ達は仕方なく言われた通り戦闘態勢に入った。
マクルダムと貴族は馬車の中から外の様子を伺っている。馬車の前で構えているヘルフォーツ達と離れた所で武器を取るダーク達をジッと見つめていた。
「……陛下、本当にモンスターの群れは現れるのでしょうか?」
「ダークが言うのだから可能性は高いだろうな」
「いくらあの者が強大な力を持っていると言っても近づいてくるモンスターの気配が分かるとは思えませんが……」
ダークでも見えない敵が近づいてくるかなど分かるはずがないと貴族は外を見ながら呟く。マクルダムはそんな貴族の言葉に耳を傾ける事なく窓から外を見ていた。
馬車の外にいるヘルフォーツ達は険しい顔で草原の方を向いてモンスターが現れるのを待っている。そしてチラチラと離れた所で戦闘態勢を取っているダーク達に視線を向けた。
「……隊長、本当にモンスターは現れるのでしょうか?」
騎士の一人が貴族がマクルダムに尋ねたようにヘルフォーツにモンスターが現れるのか尋ねる。他の二人の騎士もそれを聞いてヘルフォーツの方を向いた。彼等も貴族と同じでダーク達が見えないモンスターの気配を感じ取り、近づいて来るのが分かるという事が信じられないようだ。
ダーク達を見ていたヘルフォーツは騎士の質問を聞くと視線を平原に向けて真剣な表情を浮かべながら持っている槍を強く握る。
「分からん。ただ、陛下に危険が及ぶ可能性があるのであれば陛下をお守りする。それが我ら近衛隊の使命だ」
近衛隊として自分達のやるべき事をやるというヘルフォーツの言葉を来た騎士達はしばらくヘルフォーツを見つめてから騎士剣を強く握って平原の方を見た。
モンスターが現れるか現れないかなど関係ない、少しでも王族に危険が及ぶ可能性があるのであれば王族を守るのが近衛隊の役目である。ヘルフォーツの言いたい事を理解した騎士達はダークの事など考えずにマクルダムを守る事だけを考える事にした。
ヘルフォーツ達は平原を見ながら構えている間、ダーク達も自分達の得物を手にして平原をジッと見つめていた。すると、300mほど離れた所にある丘の上に三体のモンスターが現れる。三体の内、二体は額に刃物の様に鋭く光る枝角を生やし、勝色の体毛を持った狼の様なモンスターだ。そしてもう一体は同じ姿をしているが大きさは他の二体の倍近くある。どうやら二体のボスのようだ。
ダーク達が丘の上に現れた三体の狼の様なモンスターに気付いて足位置を変えると更に六体の同じモンスターが現れる。ダークが感じ取った数と同じ九体のモンスターがダーク達の視界に入った。
「あれは刀角狼か!」
アリシアは現れたモンスター達の名前を口にしながらエクスキャリバーを構え直す。するとモンスターの名前を聞いたジェイクは遠くにいる刀角狼の動きを警戒しながらアリシアに声を掛けた。
「刀角狼って確か額の角が剣の様になっている中級のモンスターだったか?」
「ああ、その角で相手の体を切り裂いたり、突き刺して攻撃して来る。あと群れで連携を取りながら狩りをする事もできる面倒なモンスターだ」
詳しい生態をアリシアから聞いたジェイクはスレッジロックを両手で握りながら舌打ちをする。レジーナもエメラルドダガーを構えながら刀角狼を睨んでいた。
馬車を警護しているヘルフォーツ達も刀角狼を見て厄介そうな表情を浮かべている。いくら近衛隊でも僅か四人で刀角狼の群れを相手にするのは難しいと思っているようだ。
「どうする、兄貴? 刀角狼は獣族モンスターの中でも厄介なモンスターだって聞くが……」
「……連携を取って戦うモンスターを相手に有利に戦う方法は二つある。一つは連携を取られる前に魔法などで素早く一掃する事……」
ダークは作戦を説明しながら姿勢を低くし、足元に落ちている小石を一つ拾う。右手に大剣を持ち、左手の指で小石を動かしながら丘の上の刀角狼を見つめる。
「もう一つは……」
喋りながらゆっくりと小石を投げる体勢に入るダーク。そして一匹の刀角狼に向かって小石を投げた。
ダークの投げた小石は勢いよく300m先の丘の上にいる刀角狼の群れに向かって飛んで行き、そのまま刀角狼の額に命中する。小石が命中した事で刀角狼の角は根元から折れ、刀角狼は突き飛ばされたかのように大きく後ろへ倒れて動かなくなった。
刀角狼のボスや他の刀角狼は仲間が倒れたのを見て驚きの反応を見せる。だがすぐに唸り声を上げながらダーク達を睨みつけ、一斉に丘を下りダーク達に向かって走り出す。
「敵を挑発して冷静さを奪い、連携を取れなくさせる事だ」
走って来る刀角狼を見ながらダークは大剣を構え直し、アリシア達も武器を構えて刀角狼達を見つめて自分達が有利に戦える場所まで近づいて来るのを待った。
馬車を警護していたヘルフォーツ達は刀角狼達がダーク達に向かって走り出すのを見て驚く。彼等に加勢した方がいいと考えたが、マクルダムが隠れている馬車をそのままにしてはいけない。ヘルフォーツ達は近衛隊として王族を守る為、ダーク達の加勢には向かわずその場に留まった。ダーク達を心配そうに見るヘルフォーツ達。しかし次の瞬間、ヘルフォーツ達はダーク達の力を見誤っていた事に気付く事となる。
丘を駆け下りる八体の刀角狼は固まってダーク達に向かっていく。ダーク達は動かずに迫って来る刀角狼達をジッと見つめていた。やがて刀角狼達はダーク達の数m前まで近づき、勢いよくジャンプをしてダーク達に飛び掛かる。するとダーク達は素早く散開して刀角狼達の飛び掛かりを回避した。ダークは飛び掛かって来た刀角狼達の真下を通過して刀角狼達の後ろへ移動し、アリシアとレジーナは右から、ジェイクとマティーリアは左からそれぞれ刀角狼達の側面へ回り込む。
後ろへ移動したダークは振り返りながら一番近くにいる刀角狼を大剣で攻撃する。刀角狼は胴体から真っ二つに切られ、抵抗する間もなく命を落とした。アリシアもエクスキャリバーを素早く振って目の前にいる二体の刀角狼を倒す。戦いが始まってから僅か十秒ほどで三体の刀角狼が倒された。
「流石は兄貴と姉貴だな」
「あたし達も負けてられないわね!」
ダークとアリシアの活躍を見たジェイクとレジーナも負けてられないと攻撃を開始する。レジーナはメラルドダガーを逆手に持って構えながら目の前にいる刀角狼を睨む。刀角狼も唸り声を上げながらレジーナを睨んでいた。
しばらく睨み合っていると刀角狼が先に動き出した。刃物の様に光る枝角の先をレジーナに向けて勢いよく突進してくる。レジーナは枝角の先に意識を集中させ、ギリギリまで近づけてから右へ移動して突きを避ける。その直後にエメラルドダガーで刀角狼の首を素早く切って反撃する。首を切られた刀角狼は糸の切れた人形の様に地面に倒れ込み動かなくなった。
レジーナが刀角狼を倒した頃、ジェイクはスレッジロックを両手で構えながら二体の刀角狼と向かい合っていた。ジェイクは目の前で唸り声を上げる二体の刀角狼がどう動くか落ち着いて分析している。すると右側にいる刀角狼が動き出し、枝角を剣の様に斜めに振って攻撃して来た。それを見たジェイクはスレッジロックを外側へ振って刀角狼の攻撃を止めようとする。すると、スレッジロックの刃と刀角狼の枝角がぶつかった瞬間、枝角はスレッジロックの刃がぶつかった箇所から高い音を立てて折れて宙を舞う。
枝角が簡単に折れたのを見てジェイクは一瞬驚いたが、すぐに気持ちを切り替えて枝角が折れた刀角狼にもう一度スレッジロックで攻撃し、刀角狼の腹部を切り裂いて倒した。もう一体の刀角狼は仲間が倒された光景を見て驚きの反応を見せるもすぐにジェイクを睨みながら飛び掛かり噛み付こうとする。だがジェイクは右手首に付けているブレスレット、ヘルメスの光輪を発動させ、刀角狼の前から消えて背後に回り込み、背後からスレッジロックで攻撃して二体目の刀角狼も難なく倒した。
「刀角狼をこんな簡単に倒しちまうなんて、これもレベル60の力か……」
自分の想像以上に強くなっていた事にジェイクは小さく笑いながら驚く。人間で最強の強さを得たジェイクやレジーナにとって中級のモンスターなど脅威になどならなかった。
マティーリアは隠していた竜翼と竜尾を出し、ジャバウォックを頭上で回しながら目の前にいる二体の刀角狼を睨んでいる。刀角狼達は大きな刀剣を片手で軽々と回すマティーリアに驚いているのか攻撃しようとしなかった。いや、ジャバウォックを振り回している事に驚いているのではなく、モンスターとしての本能がグランドドラゴンの竜人であるマティーリアの恐ろしさを感じ取り、恐怖で動けなくなっているのかもしれない。
「どうした、犬ども? そっちは二匹なのに何を恐れておる?」
攻撃してこない刀角狼を睨みながらマティーリアは挑発するように話しかけた。刀角狼達はマティーリアを睨みながら唸り声は上げているがゆっくりと後退している。既に恐怖に呑まれて逃げの態勢に入っていた。
マティーリアは刀角狼達が後退している事に気付くとつまらなそうな溜め息をつく。そして回していたジャバウォックを止め、刀身に黒い靄を纏わせる。
「二匹おるのに一匹も妾と正面から戦おうという度胸が無いとは……ガッカリじゃ」
そう言い放ち、マティーリアはジャバウォックを大きく横に振る。ジャバウォックが振られるのと同時に刀身に纏われていた黒い靄が放たれて二体の刀角狼を呑み込んだ。黒い靄を受けた刀角狼達は鳴き声を上げながらもがき苦しみ、やがて二体はその場に倒れて動かなくなる。刀角狼を全て倒すしたマティーリアはジャバウォックを見てニヤリと笑う。
「やっぱり凄いのう、このジャバウォックは。普通に切って攻撃するだけでなく、相手を呪い状態にし、更に黒い靄を飛ばす闇属性の魔法攻撃までできるのじゃからな」
ダークから貰った特製の魔法武器であるジャバウォックを見ながら嬉しそうにするマティーリア。その姿は新しい玩具を買ってもらい、それで遊ぶ幼い少女の様で長い年月を生きて来たグランドドラゴンとは思えなかった。
刀角狼の殆どが倒され、残るは群れのボスである大型の刀角狼のみ。刀角狼は倒された自分の仲間を見て流石に危険だと感じ逃げ出そうとする。すると、大剣を地面に刺して腕を組みながら仲間の死体を見下ろしているダークに気づく。目の前にいる黒騎士は今油断している、そう考えた刀角狼はダークに向かって走り出す。
走って来る刀角狼のボスに気付いたダークは腕を組むのをやめてゆっくりと刀角狼の方を向く。だが大剣は地面に刺したままでその場から移動しようともしない。ただジッと向かってくる刀角狼を見つめていた。
刀角狼は飛び上がり、大きく口を上げてダークに噛み付こうとする。ダークはそんな飛び掛かって来た刀角狼の頭部に向かって右ストレートを撃ち込む。するとダークの拳が頭部に触れた瞬間、刀角狼の頭部は風船が割れたかのように消し飛んで赤い血が周囲に飛び散る。頭部を失った体は地面に落ち、ピクリとも動かなくなった。
戦いが始まってから僅か数分で襲ってきた刀角狼の群れは全滅する。しかもダーク達は全員無傷だった。ヘルフォーツと近衛隊の騎士達はあっという間に戦いを終わらせてしまったダーク達を見て呆然とする。
「な、何なのだ、今のは?」
「中級のモンスターを短時間で全滅させるなんて……」
「これが、英雄と呼ばれる黒騎士とその仲間に力なのか?」
自分達が思っていた以上に強かったダーク達を見てヘルフォーツ達は驚きを隠せずにいる。馬車の中で外の様子を伺っていたマクルダムと貴族も驚いてダーク達を見ていた。貴族が目を丸くして驚いている隣ではマクルダムがダークは本当に強いのだと改めて理解する。同時にダーク達がいればどんな敵がセルメティア王国を襲っても守ってくれると確信した。
それからダーク達は簡単に刀角狼の死体を片付け、マクルダム達の安否を確信してから再びゼゼルドの町へ向けて出発した。