第百二話 首謀者の失脚
異端審問官との戦いに勝利したダーク達は倒れている死体を一ヵ所に集める。そして彼等の持ち物を調べ、教会が異端審問官にダークとアリシアの討伐を命じた証拠を探し始めた。彼等が教会を管理するシャトロームに命じられてダークとアリシアを狙ったという証拠が見つかればシャトロームを捕まえる事ができるからだ。
ダークはディバンとレオパルドの死体を調べて二人が持っていたアイテムなどを床に並べる。出てきたのは投げナイフや地図、そして毒消し薬などの冒険者が持っている様なアイテムばかりだった。
「……普通のアイテムだけか」
「異端審問官のくせに安物ばかり持っておるのう」
片膝をつきながら並べてあるアイテムを見ているダークの後ろでマティーリアがジャバウォックを肩に担ぎながらつまらなそうな顔でアイテムを見ている。教会に所属している異端審問官だからもっと高価なアイテムなどを持っていると思っていたのだろう。
ダークは毒消し薬や地図の様な使えるアイテムを自分のポーチにしまい、残った投げナイフなどの安い武器などは回収せずにそのままにした。
「アリシア、そっちはどうだ?」
目当ての物を見つけられなかったダークはアーシュラとテルフィスの死体を調べているアリシアに声を掛けた。死体とは言え、流石に女性の体を調べるのには抵抗があったダークはアリシアに二人の持ち物を調べてもらったのだ。
アリシアは黙って死体を調べ、見つけたアイテムを床に並べていく。彼女達の死体から出て来たアイテムもディバンとレオパルドが持っていたアイテムと同じ物ばかりだった。アリシアは他に何かないか調べ続ける。
アーシュラの死体を調べ終えてテルフィスの死体を調べていると、テルフィスの持っているポーチの底に隠しポケットがあるのを見つける。アリシアは隠しポケットを開けて中を調べてみると、中から一枚の折り畳んである羊皮紙が出てきた。
「ダーク、見てくれ!」
羊皮紙を広げて内容を見たアリシアはダークを呼び、ダークはアリシアの下へ向かう。マティーリアも内容が気になりアリシアのところへ移動した。
ダークがやって来るとアリシアは持っていた羊皮紙をダークに手渡す。ダークは受け取った羊皮紙に書かれてある内容を確認し、マティーリアも飛び上がってダークの後ろから羊皮紙を覗き見た。
羊皮紙にはシャトロームから異端審問官達に対する命令の内容が書かれてあった。異端者であるダークとアリシアの屋敷へ向かい、夜明け前に両名とその関係者を全員処刑し、異端者である証拠を見つけろという内容が細かく書かれてある。羊皮紙の一番下にはシャトロームのフルネームと教会の紋章が描かれてあった。
「間違いなく異端審問官達に私達の処刑を命じた証拠だ。内容からマクルダム陛下の許可を得ずに独断で実行したという事も分かる」
「これでシャトロームとか言う貴族を追い詰める事ができるという事じゃな」
シャトロームが異端審問官達にダークとアリシアの処刑を命じた証拠を手に入れ、マティーリアは羊皮紙を見ながら嬉しそうに笑う。ダークは羊皮紙を丸めて自分のポーチの中へしまった。
「……しかしダーク、証拠は手に入れたがまだ問題が残っているぞ?」
深刻そうな表情を浮かべながらアリシアがダークに声を掛けて来た。それを聞いたダークとマティーリアは同時にアリシアの方を向く。
アリシアの言う問題、それは異端審問官達に連れられた冒険者達についてだった。彼等は討伐対象である異端者がダークとアリシアである事を知らされておらず、異端審問官達に利用された存在だ。何も知らずに異端審問官達に同行し、モンスターとの戦闘に敗れて命を落とした。もし冒険者達が死んだ事が首都の住民達に知られればダーク達が冒険者の死に関わっている事が知られて面倒な事になる。ダーク達は冒険者達の死を何とかして誤魔化す必要があった。
「異端審問官達はともかく、冒険者達は異端審問官達に利用されていただけだ。何の罪もない冒険者達の死に関わっている事が知られれば私達もただでは済まないだろう……ダーク、どうする?」
足元に並んでいる異端審問官達の死体を見下ろしながらアリシアは冒険者の死をどうするがダークに尋ねる。アリシアの問いを聞いてダークも異端審問官達の死体に注目した。
「冒険者達の事は依頼中に行方不明になったとか偽の情報を流して誤魔化すしかないだろな」
「だが、外にはまだ生き残っている冒険者達もいるんだぞ? そっちの方はどうするんだ?」
「そっちの方は心配ない、もう手は打ってある」
「そ、そうなのか……」
既に冒険者達の件についての対応方法は考えてあると聞かされ、アリシアは少し驚いた反応を見せた。マティーリアも流石だな、と言いたそうに笑っている。
ダーク達が今後の事について色々話していると地下一階に続く階段の方から足音が聞こえ、ダーク達は階段の方を向く。アリシアとマティーリアは外で待機していた冒険者達が下りて来たのかと考えて警戒する。しかしダークは大剣を構える事無くジッと階段を見つめていた。
三人がしばらく階段を見ていると大きな革製の袋を担いだノワールが下りて来る。ノワールの姿を見たアリシアとマティーリアは安心したのか警戒を解いて安心の表情を浮かべた。
「皆さん、お疲れ様でした!」
部屋の奥に立っているダーク達の姿を見たノワールは笑いながらダーク達の下へ駆け寄った。ダーク達の前までやって来たノワールは足元に並んでいる異端審問官達の死体を見下ろす。ダーク達は絶対に異端審問官達に勝つと信じていたノワールは驚く事も無く無表情で死体を見つめていた。
「ノワール、そっちの方はどうだった? 何か珍しいマジックアイテムとかは見つかったか?」
「いいえ、冒険者達が持っていたのは安物の武器やポーションだけでした。珍しいマジックアイテムの類は一つも……」
「そうか……まぁ、期待はしてなかったがな」
「マスター達はどうでした? 教会の命令を受けていたという証拠はありましたか?」
「ああ」
ダークはポーチに手を入れてテルフィスが持っていた羊皮紙を取り出してノワールに見せる。ノワールは背負っている袋を下ろして羊皮紙を受け取ると内容を黙読し始めた。しばらくして、全て読み終わるとノワールは羊皮紙をダークに返す。
「その指令書があればシャトロームを追い詰める事ができますね」
「ああ、教会の方は何とかなる。だが、問題は冒険者達の方だ」
異端審問官達に協力した冒険者達への対応についてダークは話し始めるとノワールは真剣な顔でダークを見上げた。
「ノワール、お前確か記憶を操作する魔法を覚えたって言ってたな?」
「ハイ、首都の図書館にある魔導書を読んで……」
「その魔法を使って生き残っている冒険者達の記憶を操作し、今夜の出来事全てを忘れさせるんだ。記憶が無ければこのダンジョンの事が騎士団や冒険者ギルドに知られる事もなく、誰かに問い詰められて今夜の出来事を喋ってしまう心配も無いしな」
「分かりました、あとでやっておきます」
ダークの指示を聞いてノワールは小さく頷いた。アリシアとマティーリアはダークとノワールの会話を聞いて目を丸くする。ノワールが記憶を消す魔法を習得していた事に驚いていたようだ。
冒険者達の記憶を消せば彼等が教会から依頼を受けた事は勿論、今回の戦いで冒険者達が死んだ事も公になる事はなく、ダークとアリシアの討伐に失敗した事が教会にバレる事もない。死んだ冒険者達の事は行方不明として片づけられ、ダンジョンの事やダークが召喚したモンスターに殺された事も知られずに済む。
本来ならダーク達には何の罪も落ち度もないので正直にマクルダム達にシャトロームの送り込んだ異端審問官達に命を狙われたと報告するべきだが、今いるダンジョンの存在を知られると後々面倒なので、仕方なく冒険者達の記憶を消す事にしたのだ。なんでもかんでも素直に話さず、時には嘘をつく事も重要だとダークは考えていた。
ダーク達が冒険者達の事を話していると床から黒い靄が噴き出て来て、それに気づいたダーク達は噴き出る靄の方を向く。黒い靄は形を変えていき、地下一階でノワールと会話をしていたリッチに姿を変えた。現れたリッチをアリシアとマティーリアは一瞬驚きの表情を浮かべる。だがダークとノワールが落ち着いた様子でリッチを見ている事から、そのリッチもダークが召喚したモンスターだと知って警戒を解いた。
「ダーク様、一階ノ階段前トダンジョンノ入口前デ待機シテイタ冒険者達ガザワツキ始メマシタ」
「そうか、恐らく仲間達がなかなか戻ってこないから不安になって来たのだろう。このまま放っておいたら逃げ出してしまう可能性がある。そうなったら記憶を消す事も困難になってしまうな……」
リッチの報告を聞いたダークは低い声で呟きながら考え込む。もし冒険者達が逃げ出し、今いる岩山を下りて近くに住む人間と出会ったりモンスターと遭遇すれば色々面倒な事になる。下手をすればダーク達の計画にも支障が出るかもしれない。
考え込むダークはアリシア達は黙って見ている。やがて答えを出したダークはノワールとリッチを見て指示を出した。
「ノワール、冒険者達が動く前に彼等の記憶を書き換えてこい。冒険者達が逃げ出さないようにモンスター達を使っても構わない」
「分かりました」
「モルス、お前も一緒に行きノワールに協力しろ」
「畏マリマシタ」
ダークに命令され、ノワールとモルスと呼ばれたリッチは返事をしてすぐに行動に移る。ノワールは上の階へ続く階段へ向かって走り、モルスは体を黒い靄に変えて消えた。因みにモルスと言うのはダークがリッチに付けた名前でラテン語で死を意味する。そもそもダークは自分がいない間、今いるダンジョンの管理を任せる為にモルスを召還した。一つのダンジョンの管理を任せるのだから鬼妃の様に名前を付けた方が色々便利だと思ったのだ。
二人が冒険者達の下へ向かったのを確認したダークはノワールは持って来た冒険者の持ち物が入った袋の中を確認する。そんな時、黙って話を聞いていたアリシアがダークに声を掛けて来た。
「ダーク、生き残っている冒険者達の記憶を書き換えるのは分かったが、死体とかはどうするんだ?」
「冒険者達の死体は埋葬する。そのまま放置するわけにもいかないしな」
「異端審問官の死体も埋葬するのか?」
「いや、奴等の死体は首都に持ち帰る。シャトロームを追い詰める為にはあの羊皮紙以外に私達を襲った存在がいた事を証明する必要がある。騎士団に今回の件を報告する時に死体を見せるんだ。そうすれば騎士団もシャトロームを捕まえる為に動くだろう」
「成る程……」
アリシアはダークの話を聞いて少し驚きながら納得した。
実行犯である異端審問官達の死体とその異端審問官達への指令を書いた羊皮紙の二つがあればシャトロームをダークとアリシアを討伐しようとした首謀者として捕まえる事ができる。シャトロームを捕らえる為に細かく考えているダークにアリシアは感服した。
「しかし若殿、証拠を突き付けても相手が白を切ったらどうするつもりなんじゃ? 相手はこの国でもそれなりに権力を持っておる。下手をすれば若殿やアリシアの立場が危うくなってしまうぞ?」
二人の話を聞いていたマティーリアは腕を組みながらダークに声を掛ける。アリシアはマティーリアの話を聞き、フッと彼女の方を向いて真剣な表情を浮かべた。するとダークは袋の口を閉じ、肩に担ぎながらマティーリアの方を向く。
「心配ない、それについてもちゃんと作戦を考えてある。上手くすれば奴は自分で討伐を仕組んだ事を白状する事になる」
ダークは余裕の態度でマティーリアに作戦がある事を伝える。アリシアとマティーリアはダークが言った作戦が何なのか気になり、不思議そうな顔でお互いの顔を見つめ合った。
しばらく二人の顔を見ていたダークは地下一階へ上がる為に階段の方へ歩き出す。アリシアとマティーリアも移動するダークに気づき後を追う様に地下二階を後にした。
ダーク達と別れたノワールはモルスの手を借りて冒険者達に気付かれないように記憶操作の魔法を掛けて今いるダンジョンの事、教会から異端者討伐の協力を依頼された事などを全て忘れさせる。そして記憶を操作されて意識を失った冒険者達を転移魔法で首都に転移させた。その後、ダーク達と合流し、彼等はモルスにダンジョンの管理を任せて転移魔法で首都へ戻っていく。長い様で短かったダーク達と異端審問官達の戦いがようやく終わった。
――――――
翌日、太陽が昇り首都アルメニスに朝がやって来る。町では住民達が朝食の支度をしたり、店を持つ者は街道に出て店を開く準備をしていた。少しずつだが町の中に住民達の声が聞こえる様になっていく。
首都の一角にある貴族が住む住宅街。その奥にある上位貴族が住む場所の中に建っている一軒の屋敷、教会を管理するシャトロームの住む屋敷だ。シャトロームは屋敷の食堂で優雅に朝食を取っており、その隣の席ではラルフが紅茶を飲んでいる姿もあった。
ラルフは昨夜、異端審問官達をダークとアリシアの屋敷へ向かわせた事をシャトロームに知らせる為に屋敷を訪ねて来た。シャトロームもラルフが屋敷を訪ねて来た理由は察しており、朝食を取りながら話を聞くと言って食堂へ来たのだ。
テーブルの上に並べられている朝食のパンやスープなどを静かに口へ運ぶシャトロームと紅茶を飲むラルフ。食堂の隅には数人のメイドと執事が控えており、黙ってシャトロームとラルフを見ていた。
「こんな朝早くからご苦労だったな?」
「いえ、お気になさらないでください」
小さく笑いながらラルフはシャトロームに礼を言う。シャトロームは礼を言うラルフを見ることなく食事を続ける。
「シャトローム卿、早速ですが例の件についてご報告を……」
ラルフの低い声をを聞いたシャトロームは食事の手を止める。話の内容がダークとアリシアの件だと知り、シャトロームはチラッとラルフを見た後に控えているメイドと執事達の方を向いた。
「お前達、少し席を外してくれ」
シャトロームはメイドと執事達に退室するよう伝え、それを聞いたメイドと執事達は黙って一礼し静かに食堂から出て行く。二人が計画したダークとアリシアの討伐計画はマクルダム達だけでなく、屋敷にいる者達にも秘密にしてある。メイドや執事達の前で話せば外部に漏れる可能性があると考えたからだ。
食堂からメイドと執事達が退室し、シャトロームとラルフだけになると二人はすぐに話を始める。重要な話である為、二人は食事をしたり紅茶を飲んだりなどは一切しなくなった。
「お指図通り、昨夜異端審問官四名と十数人の冒険者をダークとアリシア・ファンリードの屋敷へ向かわせました」
「そうか……それで、上手く奴等を処刑できたのか?」
「いえ、まだ異端審問官から報告を受けておりませんので分かりません。ですが、異端審問官は指折りの実力者を選びましたので失敗は考えられないでしょう」
「冒険者達にこちらの目的がバレるとか、そっちの心配はないのか?」
「ハイ。奴等には異端者の情報は一切教えておりません。異端者の処刑も異端審問官達がやる事になっていますので冒険者達は異端者が英雄と呼ばれたダークとアリシア・ファンリードだと気付かないはずです」
「フッ、そうか……」
ラルフの話を聞き、シャトロームは教会に都合の悪い状況になっていないと思い小さく笑う。二人は異端審問官達が全滅した事など知らず余裕の表情を浮かべていた。
「もう処刑も終わっているでしょうし、そろそろ異端審問官達が私の屋敷か此処へ異端者達の処刑が完了したという報告に来る頃だと思います」
「では、それまで我々はのんびりと待つとしよう」
シャトロームは椅子にもたれながら笑い、目の前にある水の入ったグラスを取りゆっくりと飲む。ラルフも同じように椅子にもたれて笑いながら紅茶を飲んだ。この時二人は異端審問官達がダークとアリシアの処刑に成功したと思っており、失敗しているかもしれないなどこれっぽっちも考えていなかった。
二人が食堂でくつろいでいると廊下の方から数人の声が聞こえてきた。その声はどこか騒がしく、誰かが揉めている様にも聞こえる。
「何やら外が騒がしいな?」
「どうしたんでしょうか?」
声を聞いたシャトロームとラルフはグラスとティーカップをテーブルに置いて出入口の扉の方を向く。この時、二人は異端審問官が屋敷に来てそれを見たメイドや執事達が驚き騒いでいるのだと思っていた。
しばらくすると部屋の外から数人の足音が聞こえてくる。しかも足音と一緒にガチャガチャと金属がぶつかるような音も聞こえた。そして食堂の扉が乱暴に開き、数人の騎士が食堂に入って来る。それを見たシャトロームとラルフは驚いて思わず席を立つ。
騎士達はシャトロームとラルフを見つけると彼等に近づき、取り囲むように二人の周りに立った。部屋の外の廊下ではメイドや執事が動揺した様子で部屋の中を見ている。実はさっき廊下から聞こえてきた声は突然やって来た騎士達が屋敷内に無断で入って来たのでメイドと執事達がそれを止めようとしていた時の声だったのだ。
シャトロームは目を見開きながら騎士達を見る。鎧やマントから騎士達は調和騎士団に所属している騎士のようだ。
「な、何だお前達は!? 何をしに来た? 誰の許可を得てこんな事をしている!」
無断で屋敷に入って来た騎士達を見ながらシャトロームは険しい顔で声を上げる。だが騎士達はシャトロームとラルフを睨んだまま何も喋らない。そんな中、食堂に背の高い白髪の初老の騎士が入って来た。調和騎士団団長のヴァルガント・ザルバーンだ。
「……おはようございます。シャトローム卿、ラルフ卿」
「ザ、ザルバーン団長、貴公まで来ていたのか……」
普通の騎士だけでなく、騎士団長のザルバーンまで屋敷に来たのを見てシャトロームとラルフも驚く。だがそれ以上に二人を驚かせる出来事が起きた。
ザルバーンの後ろから鋭い表情をしたアリシアが姿を現した。シャトロームとラルフは異端者として処刑されたはずのアリシアが目の前にいる事に驚愕の表情を見せる。
「ア、アリシア・ファンリード、どうして……」
「どうされました? 随分驚かれているようですが……」
アリシアは驚くシャトロームを見つめながら低い声を出し、何も知らないような口調で話す。ザルバーンは鋭い表情のアリシアを黙って見ている。
屋敷に来る前にザルバーンは騎士団の詰め所でマーディングと共にアリシアからシャトロームが証拠も無しにアリシアとダークを異端者と決めつけて異端審問官を送り込み、無許可で二人を処刑しようとしていた事を聞いていた。ザルバーンはアリシアの報告を聞いて最初は驚いたが、マーディングはシャトロームが一度偽の証拠を使って異端者討伐の許可を得ようとしていた事をマクルダムから聞いた事を話し、それを聞いたザルバーンはアリシアの話が本当だと信じる。そしてマーディングはザルバーンとアリシアにシャトロームの捕縛を命じ、二人は数人の騎士を連れてシャトロームの屋敷に向かい、今に至るという事だ。
シャトロームとラルフはアリシアが生きているのを見て驚き、同時に異端審問官達がアリシアとダークの討伐に失敗したのだと悟る。成功した時の事ばかり考えていた二人はこうなった時にどうするか全く考えていなかった。そのせいは二人はかなり動揺した様子を見せている。
驚くシャトロームとラルフを見たザルバーンはゆっくりと二人に近づき、懐から一枚の丸めた羊皮紙を取り出し、それを広げてシャトロームとラルフに見せる。そこには細かい字で長い文章が書かれており、一番下にはマーディングのフルネームと騎士団の紋章が描かれてあった。
「シャトローム卿、貴方には冒険者ダークと我が調和騎士団中隊長のアリシア・ファンリードを証拠も無しに異端者と判断し、陛下の許可を得ずに無断で異端者討伐を行った事に対して捕縛命令が出ています」
「な、何だと!?」
ザルバーンの言葉にシャトロームは固まる。ザルバーンが見せたのは騎士団が作った捕縛の指令を書いた書類だったのだ。
驚いているシャトロームをアリシアは黙って睨む。心の中でアリシアはこれでシャトロームとラルフが素直に白状するとは思っておらず、どんな返事をするのか待っている。
周りにいる騎士達も鋭い視線をシャトロームとラルフに向ける。二人は微量の汗をかきながら騎士達を見ており、やがて目の前に立っているザルバーンに視線を向けた。
「一体何の事を言っている? 私にはさっぱり分からん」
(やっぱりそう来たか……)
アリシアはシャトロームが予想通り白を切るのを見て心の中で呟き、同時に苛立ちを感じていた。
討伐の関与を否定するシャトロームを見てザルバーンは懐に手を入れてもう一つ丸めてある羊皮紙を取り出してシャトロームに見せる。それはダーク達が異端審問官の持ち物から回収したダークとアリシアの討伐指令を書いた教会からの指令書だ。
ザルバーンが持つ指令書を見てシャトロームと後ろにいるラルフの顔色が一気に変わる。その反応を見たザルバーンはシャトロームを追い詰める為に動いた。
「これはダーク殿とファンリードを襲おうとした異端審問官と思われる者が持っていた指令書です。細かく二人を処刑し、その親族や身近な者達を全員処刑しろと書いてあります。これが貴方が異端審問官達に二人を処刑させようとしていた証拠です」
「……何の事だ? そんな指令書、私は知らん」
「とぼけても無駄ですぞ? この指令書を書いたのが貴方だという証拠はちゃんとあります」
「……」
「因みにその異端審問官達は全員死んでいます。彼等の遺体は現在騎士団の詰め所に運ばれ、持ち物や教会で誰の下にいたのかなどを調べています」
異端審問官達は全員やられ、その死体は今騎士団が調べている最中だと聞いたシャトロームは握り拳を作りそれを震わせる。少しずつ自分達に逃げ道が無くなっていき、シャトロームとラルフは徐々に追い込まれていく。しかし、シャトロームは指令書と異端審問官の死体から直接自分と繋がる証拠は出て来ないと考え、まだ少しだけ余裕が見せていた。
「……フン、その指令書を書いたのが私だという証拠なんてどこにも無いではないか。指令書に私の名前と教会の紋章が描かれてあったぐらいで私が書いたなどと決めつけられてはたまらん!」
シャトロームは余裕の表情を浮かべてザルバーンを見つめる。ラルフもシャトロームの答えを聞き、黙って数回頷いた。
ザルバーンは丸めた指令書を見せても白を切るシャトロームをジロッと睨みつけて歯をかみしめた。確かに名前が書いてあるだけでは誰かがシャトロームのフリをして彼の名前を書いたとも考えられる。シャトローム自身が指令書を書いたという決定的な証拠は無い。
すると黙って話を聞いていたアリシアがゆっくりと歩きだしてシャトロームに近づく。シャトロームは近づいてくるアリシアに一瞬驚くがすぐに彼女のを睨みつけて威嚇する。アリシアはシャトロームを見ながらザルバーンが持っている丸められた指令書を指差した。
「……シャトローム卿、この指令書に貴方の名前が書いてある事、どうしてご存じなんですか?」
「何?」
アリシアの意味深な質問を聞いたシャトロームは意味が分からずにいた。だがしばらく考えてアリシアが何を言いたいのかを理解し、目を見開きながら驚きの反応を見せる。
確かに指令書にはシャトロームの名前と教会の紋章が描かれてあった。だがこの屋敷に来てからザルバーンは丸めた指令書を見せただけで中身はシャトロームやラルフには一度も見せていない。もしかしたら指令書に書かれてある名前が別の人物の名前だったかもしれないのにシャトロームは自信に満ちた口調で自分の名前が書いてあると口にした。どうして指令書の事を何も知らないシャトロームが自分の名前が指令書に書いてあると思ったのか、アリシアとザルバーン、そして周りの騎士達は全員目を鋭くしてシャトロームを睨んだ。
「そ、それは……ザルバーン団長が私が書いた証拠があると言ったから……」
「確かに団長はそう言いました。ですが貴方の名前が書いてあるなどとは一言も言っていませんよ? どうして団長の言葉を聞いただけで指令書に貴方の名前が書いてある事を知り、それが証拠だと思ったんです?」
「グウゥ……」
アリシアの質問にシャトロームは何も言い返せずに黙り込む。シャトロームの発言は自分で自分が首謀者だという事を認めた事を意味している。もはや言い逃れはできない状況になっていた。
シャトロームの屋敷へ来る前にアリシアはザルバーンと細かく作戦を考えていた。指令書を突き付けてもシャトロームは自分は書いていない、誰か別の者が書いたのだと言ってくる可能性が高いと考えた二人はシャトローム本人しか知らない事を喋らせる罠を仕掛ける事にしたのだ。その罠こそがシャトロームに指令書の中身を見せず、指令書に自分の名前が書かれてある事を喋らせるというものだった。
アリシアやザルバーン達に睨まれている中、もう逃げられないと感じたシャトロームは絶望しながら椅子に座り込む。ラルフもこれまでだと感じて俯く。騎士達はシャトロームと彼に加担したラルフの両名を連行した。メイドや執事達は何が何なのかさっぱり分からずにただ茫然と連れて行かれる主とラルフを見ている。
シャトロームとラルフを捕縛したアリシアはマーディングにもっと詳しく昨夜の事を報告する為にザルバーンと共に騎士団の詰め所へ向かう。報告する時は勿論、ダークが作ったダンジョンや数人の冒険者が死んだ事を話さないように注意していた。
――――――
翌日、シャトロームとラルフが騎士団に捕らえられた事は首都中に広まった。元神官長の伯爵が罪を犯して捕らえられたという話を聞いた住民達は騒ぎを起こした。マクルダムも独断でダークとアリシアを異端者と決めつけ、処刑しようとした事を聞いて大きくショックを受けたという。
国を救った英雄を決定的な証拠も無く異端者と決めつけ、独断で処刑させようとしたシャトロームとラルフに対する住民や他の貴族達の怒りは大きく、結果二人はともに爵位を剥奪され、財産没収という刑罰を受ける。全てを失ったシャトロームとラルフは刑罰が下された日の翌日に家族や身内などの一族を連れて首都から姿を消した。
一方でダークとアリシアはシャトロームの送り込んだ異端審問官達と戦闘を行い殺害してしまったが自分達の身を守る為の行為である為、罪には問われなかった。それどころが、シャトロームをちゃんと見張っておく事ができなかった事でマクルダムから謝罪を受けたのだ。
ダークとアリシアは平謝りをするマクルダムや上位の貴族達を見て驚きながら気にしないでほしいと伝えるが、それでは納得できないマクルダムは何かで埋め合わせをすると言い出す。二人はそんなマクルダムに押し負け、埋め合わせを受けるという形でとりあえずは話を済ませた。
埋め合わせの件が片付くとマルクダムや貴族達はダークにある話を持ち掛ける。それはダークとアリシアの今後の人生に関わる内容だった。ダークとアリシアはマクルダム達の話に黙って耳を傾ける。
その数日後、首都アルメニスの正門前の広場に数人の人影があった。旅行に行っていたレジーナ達だ。レジーナとジェイクは普段の冒険者としての姿ではなく町の住民達が着ているような普通の服を着ており、何も知らない者が見れば普通の少女と中年の男に見えるような雰囲気だった。
「やっと首都に着いたわ?」
「ああ、長い様で短かったが十分楽しめたってもんだ」
家族でのんびりと旅行を楽しんできたレジーナとジェイクの手には旅行先で購入したと思われるお土産などがある。二人の周りにいる家族達も笑顔で歩いていた。レジーナ達は帰って来た事をダークに知らせる為にダークの屋敷へと向かう。
屋敷に着くとレジーナ達は目の前に立っている大きな屋敷を見上げる。しばらく見ていなかったせいかレジーナ達は懐かしそうな顔をしていた。自分達がいない間ダークはどうやって生活していたのか気にしながらレジーナは扉をノックする。
「ダーク兄さん、ただいまぁ!」
レジーナが少し大きめの声で屋敷の中にいるダークを呼ぶ。すると玄関の扉が開き、中から鬼妃が顔を出した。レジーナ達は自分達の知らない女が突然現れた事に驚きの表情を浮かべる。
「お帰りなさいませ、レジーナ様とジェイク様、そしてそのご家族の方々ですね?」
「あ、ああ、そうだが……誰だ、お前は?」
「申し遅れました。私はダーク様に召喚されたメイド鬼女の鬼妃と申します」
「メイドキジョ? 召喚された?」
「それって、アンタはモンスターって事なの?」
「ハイ、皆様が外出されている間、ダーク様の身の回りのお世話をしておりました」
静かに礼儀正しく自分が何者なのかを話す鬼妃を見てレジーナとジェイク、そして二人の後ろにいるモニカ達は訳が分からずに呆然としていた。
「どうぞお入りください」
呆然とするレジーナ達を見ていた鬼妃は道を開けてレジーナ達を屋敷へ入れる。レジーナ達は声を掛けられて正気に戻り、とりあえず屋敷へ入った。全員が屋敷に入ると鬼妃は静かに扉を閉めてレジーナ達の方を見る。
「皆様、お帰りになられてすぐのところ申し訳ありませんが、ダーク様から皆様に大切なお話があるそうなのでリビングまでお願いします」
「大切な話?」
鬼妃の言葉を聞き、ジェイクは不思議そうな顔で小首を傾げる。一体どんな話なのだろう、そう考えながらレジーナ達は荷物を持ったままリビングへ向かった。
リビングの前までやって来るとジェイクは扉をノックし、ゆっくりと扉を上げる。中を見るとダークとアリシア、マティーリアが椅子に座っている姿があり、テーブルの上には子竜の姿をしたノワールが座っていた。
ダーク達はリビングに入って来たレジーナ達を見ると無言で手を上げて挨拶をする。アリシアとノワールはレジーナ達の顔を見て小さく笑う。マティーリアは椅子にもたれながら無表情でレジーナ達に手を振る。レジーナ達も久しぶりに見たダーク達に笑顔を浮かべた。
「今帰ったぜ、兄貴! 姉貴達も元気だったか?」
「あたし達がいない間、ちゃんとご飯とか作って食べれたの?」
笑いながらダーク達に挨拶をするジェイクとレジーナ。後ろにいるモニカ達もダーク達を見ながら無言で挨拶をする。ダーク達は笑顔を見せるレジーナ達を黙って見つめていた。
「さっき、鬼妃とか言うメイドから大切な話があるって聞いたんだが、一体何なんだ?」
「何か重要な依頼でも入ったの?」
「……いや、そんな事ではない」
レジーナの質問にダークは軽く首を横に振って答える。そんなダークを見たレジーナとジェイクはお互いの顔を見合って不思議そうにまばたきをした。
「……お前達、驚かずに聞いてほしい」
突然低い声を出した真剣な様子を見せるダークにレジーナとジェイクは少し驚き表情に緊張を走らせる。後ろにいた二人の家族も思わず息を飲んでダークを見つめた。アリシア達も真剣な表情を浮かべ、黙ってダークを見つめている。
全員の視線が自分に向いているのを確認したダークは帰って来たレジーナ達を見つめ、目を赤く光らせた。
「……マクルダム陛下の命令で私は近いうちに首都アルメニスからバーネストの町に移り住む事になった」
『……はあぁ!?』
ダークの言葉を聞いてしばらく沈黙してからレジーナとジェイクは声を揃えて驚く。モニカ達もあまりにも突然の知らせに目を見開いて驚いた。
中途半端な終わり方になりました、これで第九章は終了です。またしばらく間を開けて第十章を投稿します。