第百話 異端審問官との決戦
真ん中の道を選び、スケルトンナイトと遭遇した異端審問官の四人は戦闘を終えて通路の壁にもたれたり床に座り込んだりして休んでいた。四人の周りにはバラバラになって動かなくなっているスケルトンナイト達が転がっている。スケルトンナイトとの戦いは異端審問官達の勝利だった。
前衛で戦っていたディバンとレオパルドは傷だらけになりながら少し疲れた様子で座り込んでいる。傷だらけと言っても小さな切傷などばかりで重傷と言える様な傷は一つも負っていなかった。
「治癒拡散」
二人の前で姿勢を低くするテルフィスは回復魔法を掛けてディバンとレオパルドの傷を癒す。後方で魔法を使い、回復や補助を行うテルフィスは傷どころは服に汚れすらついていない。前に出て戦わない分、彼女は前衛に出るディバンとレオパルドを全力で支援するのだった。
クロスボウガンを使って後方から攻撃をするアーシュラも殆ど無傷の状態だった。ディバンとレオパルドの回復をテルフィスに任せ、アーシュラは転がっているスケルトンナイトの一部や装備していた騎士剣や兜などを蹴って転がしている。
「……これで大丈夫のはずですよ」
「ありがとうございます、テルフィス」
傷の治療が終わるとディバンは立ち上がりテルフィスに礼を言う。レオパルドも同じように立ち上がってテルフィスに無言でありがとう、と言う様な素振りを見せた。テルフィスはそんな二人を笑って見ていた。
ディバンとレオパルドが完全回復するとアーシュラが三人の下へやって来る。やっと治療が終わったかと言いたそうな顔でディバンとレオパルドを見ていた。
「傷の治療は終わったわね? それじゃあ先へ行くわよ」
「アーシュラさん、そんなに急かさないでください。お二人の傷は癒えても疲れは消えていないのですから、もう少しディバンとレオパルドさんを休ませてあげましょうよ?」
「何を甘い事言ってるのよ? そんな事をしていたら異端者ダークが逃げちゃうかもしれないでしょう? さっさと先へ進んで異端者を始末するわよ」
「この先に異端者がいるとは限らないじゃないですか。冒険者の皆さんが調べている方の道にいるかもしれませんし、慌てずに行きましょう」
先を急ごうとするアーシュラをテルフィスは真剣な顔で止める。理由はディバンとレオパルドを休ませる為だけでなく、ダークが先にいるとは限らないと言う事と先がどうなっているか分からない場所で何も考えず先を急ぐのは危険だと思ったからだ。
ダークが自分達が選んだ道の先へいるとも限らないと考えるテルフィスは他の道を選んだ冒険者達の報告を待つ事も考えてもう少しゆっくりと探索しようと考えていた。だが既に別行動を取った冒険者達は全員がモンスター達にやられている。異端審問官達は誰一人その事に気付いていなかった。
テルフィスがアーシュラを説得しているとディバンがテルフィスの肩にポンと手を置き、テルフィスはディバンの方を向く。
「構いませんよ、テルフィス。アーシュラの言う通り、異端者ダークが逃走する可能性があるので急いで奥へ進みましょう」
「ですが、この先に異端者ダークがいるとは限らないんですよ? それにディバンさんとレオパルドさんも……」
「私とレオパルドは大丈夫です」
「ああ、この程度で音を上げるほど軟な鍛え方はしていない」
自分達の事を気遣ってくれるテルフィスにディバンとレオパルドは問題ないと伝える。テルフィスは二人が大丈夫ならそれでいいと少し不満そうな顔をしながら頷く。アーシュラはそんなテルフィスを見てニッと笑っていた。
「しかし、この先にもまだモンスターがいるでしょうし、罠なども仕掛けてある可能性があります。警戒を怠る事無く進みましょう」
「ハイ」
「……チェ、相変わらず用心深いわね。いいえ、臆病と言った方がいいかしら?」
「アーシュラさん!」
慎重に進む事を考えるディバンを馬鹿にするアーシュラにテルフィスは力の入った声を出す。アーシュラはそんなテルフィスをめんどくさそうな顔で見た。
また揉め始めるアーシュラとテルフィスを見てレオパルドは呆れ顔で溜め息を付き、二人に何も言わずに先へ進む。ディバンも苦笑いをしながら二人を見た後にレオパルドの後を追って歩き出す。二人に置いてかれた事に気付いたアーシュラとテルフィスは慌てて二人の後を追った。
警戒しながら更に奥へと進んで行く異端審問官達。スケルトンナイトと戦った場所から数十mほど奥へ進むと異端審問官達の前に三体にスケルトンウォリアーと一体のスケルトンメイジが立ち塞がる。モンスター達を見て異端審問官達は先程のスケルトンナイト達よりも数が少なく、下級アンデッドのスケルトンウォリアーが現れて戦いやすいと最初は思っていたが、魔法を使うスケルトンメイジの姿を見て手強い相手がいると表情を鋭くして気を引き締めた。
「魔法を使うスケルトンメイジがいますね……アーシュラ、貴女はあのスケルトンメイジを倒してください。私とレオパルドはスケルトンウォリアーの相手をします」
「ハイハイ、分かったわよ」
僅かに力の入った声で喋るディバンにアーシュラはめんどくさそうな口調で返事をし、クロスボウガンに矢を装填した。
戦闘態勢に入ると異端審問官達はそれぞれ行動に移る。ディバンとレオパルドは短剣と騎士剣を構えてスケルトンウォリアーに向かって走り、アーシュラもクロスボウガンを構えてスケルトンメイジに狙いを付けた。
「物理攻撃強化拡散! 物理防御強化拡散! 魔法防御強化拡散!」
テルフィスはディバン達に補助魔法を掛けて物理攻撃力と物理防御力、そして魔法防御力を強化した。補助魔法で戦いやすい状態となったディバンとレオパルドはスケルトンウォリアー達と戦闘を開始する。スケルトンウォリアー達は持っている剣でディバンとレオパルドを攻撃するが二人はスケルトンウォリアー達の攻撃を難なく防いだり回避したりした。そして、隙ができると素早く反撃して二体のスケルトウォリアーを倒す。
後方にいたスケルトンメイジはディバンとレオパルドに魔法を放って攻撃しようとする。だがスケルトンメイジが魔法を放つ前にアーシュラが先に動いた。
「鉄貫撃!」
アーシュラはクロスボウガンに気力を送り、クロスボウガンと装填されている矢を青紫色の光らせた状態で引き金を引く。すると、装填されていた矢がもの凄い勢いで放たれてスケルトンメイジの頭部を命中し粉砕する。頭部を失ったスケルトンメイズはその場に倒れてバラバラになった。
<鉄貫撃>は弓やボウガンの様な矢を放つ武器で使用する事のできる下級戦技。気力で矢の強度を高めた状態で放つ遠距離攻撃の戦技では一番最初に体得する戦技だ。矢の強度を高めた事で硬い体を持つモンスターや安物の盾や鎧などを紙の様に貫通する事ができる。更に気力を送り込んでから放つまでの時間も短く、連続で使用する事も可能だ。
スケルトンメイジが倒れるのを確認したディバンとレオパルドは残りのスケルトウォリアーを倒して戦いを素早く終わらせる。戦いが終わるとテルフィスはディバンとレオパルドに近寄り、二人が怪我をしていない事を確認し笑みを浮かべた。一方でアーシュラは転がっているスケルトンの残骸を見下ろしてつまらなそうな顔をしている。アンデッドであるスケルトンは苦痛の反応を見せない為、アーシュラは快感を得られず満足できなかったのだ。
「モンスターの数が少しずつですが増えて来ていますね……この奥に異端者ダークがいるかもしれませんよ?」
ディバンの言葉を聞き、つまらなそうな顔をしていたアーシュラがフッと振り返りながら笑みを浮かべる。自分の予想通り、この先にダークがいる可能性が高いと知って早くダークと戦いたいという気持ちが高まって来たのだろう。
「この先に異端者がいるんならさっさと行きましょう。あたしは早く異端者ダークを裁いて奴が苦しむ姿を見てみたいのよぉ」
早くダークと戦いたいアーシュラは頬を赤くしながらブルッと体を震わせる。ダークを甚振り彼が苦しむ姿を想像して興奮しているようだ。レオパルドとテルフィスはそんなアーシュラの興奮する姿を見ながら溜め息を付いて呆れ果てた。
ディバンはアーシュラの興奮する姿や悪癖を何とも思わないのかただ苦笑いを見せているだけだった。それから異端審問官達は異端者を探す為に更に奥へと進む。勿論、警戒は一切怠らなかった。
スケルトウォリアーと遭遇してから異端審問官達は何度かモンスターと遭遇しながら先へと進み、ようやく通路の一番奥へと到着した。そこには更に下の階へと下りる階段があり、異端審問官達は階段の前で難しい顔をしながら下りるかどうか悩んでいる。
「……どうしますか?」
「本来なら別行動を取った冒険者達と合流してから下の階へ行くべきなのですが、もしこの下にダークがいて何も知らない冒険者達に我々が狙ってるのがダークだと知られると面倒な事になりますね」
テルフィスの問いにディバンは腕を組みながら答えた。レオパルドとアーシュラもディバンの話を聞き、冒険者に知られるのだけは避けたいと心の中で思う。
今回、教会は英雄と言われているダークを異端者と決めつけ、異端者である証拠も無しにダークの討伐に動いた。証拠の無い状態でダークを異端者として討伐するなんて事が冒険者達に知られれば、冒険者達の中にダークが異端者であるはずが無い、ダークを討伐するなど反対だ、などと言う者が出てくる可能性がある。そうなればすぐに国王であるマクルダムにバレて教会は大きな処罰を受ける事になるだろう。そうなった彼等は色んな意味でお終いだ。
教会の都合のいいように全てを終わらせるには冒険者達に討伐対象がダークであるという事を知られる前にダークを始末し、異端者は倒したと冒険者達に話して首都へ戻る事だ。それを考えると冒険者達と合流せずにこのまま自分達だけで下の階へ行き、異端者を討伐する方がディバン達には都合がよかった。
「……このまま我々だけで行きましょう」
「そうだな、冒険者達がこちらに来る前に全てを終わらせてしまおう」
「では、行きましょう」
下の階にダークがいると確信し、異端審問官達は階段を下りていく。今四人が下りていく階段は地下一階へ下りる時に通った階段と同じように長く、周りがよく見えないくらい暗かった。異端審問官達はそんな不気味な階段に怯える事無く下の階へ向かう。
階段をしばらく下りていくと50m程先に出口の光が見えた。出口を見た異端審問官達は地下二階にもモンスターがいるだろうと考えながら慎重に階段を下りていく。そして、階段を一番下まで下りて地下二階へ出た。そこには体育館ほどの広さで一番奥に扉があるだけの空間があり、上の階と同じくらいの明るさがある。それを見た異端審問官達は目を見開いて驚く。先程の地下一階の通路にも驚いたが、その下の階に広い空間がある事を知ってそれ以上に驚いたのだ。
異端審問官達は奥へと進みながらモンスターがいないか調べる。だが部屋には異端審問官の四人以外には人影は無く、とても静かだった。
「……此処にはモンスターはいないみたいですね」
「一体何なのよ、この無駄に広いだけの部屋は?」
アーシュラが部屋を見回しながら仲間達に尋ねるが誰も質問に答えなかった。今来たばかりで何も情報を持っていないのだから分かるはずもない。異端審問官達はとりあえず今いる場所について調べる為に更に奥へ進む事にした。
警戒しながら部屋の真ん中までやって来ると奥にある扉が独りでに開き、異端審問官達は一斉に立ち止まって扉の方を向いた。
異端審問官達が扉に注目していると、扉の中から漆黒の全身甲冑と真紅のマントを装備し、背中に大剣を背負ったダークが出て来た。その後ろには金色の装飾が施された白い鎧と白一色のマント、腰にエクスキャリバーを装備したアリシアと銀のハーフアーマーを身に付け、調和騎士団の所属を表す服を着たマティーリアの姿がある。
ダークとアリシアが装備している武器はいつも通りだが、マティーリアの武器は普段使っているロンパイアではなかった。見た目はロンパイアの様に長い刀身に同程度の長さをした柄が取り付けられている刀剣だが、刀身は黒曜石の様に黒光りする両刃の刀身で柄は紫黒色で石突の部分に赤い宝石が付いている。マティーリアが普段使っているロンパイアと比べて明らかに業物と言えるような立派な刀剣だ。マティーリアはその黒一色の刀剣を肩に担ぎながらアリシアの後ろを歩いている。
静かに歩きながらダークは異端審問官達に近づいて行き、異端審問官達は排除対象であるダークとアリシアが目の前に現れた事で僅かに驚きの表情を浮かべている。だが内心ではやっと自分達が倒す異端者に会えた事で喜びを感じていた。
ダークは異端審問官達の10m程前まで近づくとゆっくりと立ち止まる。アリシアとマティーリアはそれぞれダークの右と左へ移動して異端審問官達を鋭い目で睨み付けた。睨む二人を見て異端審問官達は一斉に身構える。
「こんな夜遅くにご苦労な事だな、侵入者諸君」
「……やはり此処にいましたか、異端者ダーク。貴方が此処に隠れているという事は分かっていましたよ?」
ディバンはダークを見つめながら小さく笑う。アーシュラもニヤリと不敵な笑みを浮かべながらダーク達を見ており、テルフィスとレオパルドは真剣な表情ダーク達を見ている。
「アリシア・ファンリードが貴方と一緒にいたのには驚きましたが、討伐対象である二人の異端者が一緒にいるのは運がよかったと言うべきですね。貴方を始末した後に処刑しに行く手間が省けると言うものです」
「……さっきから言いたい放題言っておるのう。若殿、あの青二才、切っても構わんか?」
「待て、まだ話は終わっていない」
ダークはディバンを斬ろうとするマティーリアを止めてディバン達の方を向く。
「お前達や教会が私をどんな風に見ようと勝手だが、これだけはハッキリさせておくぞ? 私とアリシアは異端者ではない」
「そんな嘘を信じると思うか!?」
自分は異端者ではないと言うダークの言葉をレオパルドは信じず力の入った声を出す。ダークはレオパルドの反応を見て、心の中でやっぱり信じないかと呟く。異端審問官達がどんな返事をするか予想はしていたが、やはりちゃんと真実を伝えておいた方がいいとダークは考えていたのだ。
「お前達はエルギス教国との戦争で常人離れした力とモンスターを召喚し操るアイテムを使った。どちらも普通の人間では手に入れる事のできない力だ。人間がそれらを得る方法は一つ、邪悪な力を持つ存在や魔族と契約を交わすしかない。つまり、お前とアリシア・ファンリードが異端者であるという事を証明している事になる!」
「マクルダム陛下や貴族の方々にも説明したが、あれは私が旅をしている時にダンジョンなどで手に入れたマジックアイテムだ。私もアリシアも邪悪な者などと契約を交わしてはいない。そもそも私達が異端者であるという証拠も無いのに私達を異端者と決め付けて処刑などしていいのか?」
「証拠はお前達を処刑した後に首都へ戻り、お前達の屋敷を調べて探し出す!」
(普通は逆だろう? それに契約なんてしてないんだから証拠が出てくるはずないのに……)
レオパルドを見ながらダークは心の中でめんどくさそうな口調で呟く。自分は邪悪な者と契約を交わしていないのに異端者と決めつけられ、ありもしない証拠を探そうとする異端審問官を見てダークはこれ以上彼等に何を言っても信じてもらえないなと感じる。
アリシアはダークを睨みながら異端者と決めつけるレオパルドをジッと見つめている。所属は違ってもレオパルドもセルメティア王国に仕える騎士だ。自分と同じ騎士が国を救った英雄であるダークを異端者と決めつけて敵意の籠った目で見ている姿にアリシアは不快になっていた。
レオパルドの態度を見たアリシアは俯きながら小さく溜め息を付く。するとレオパルドの隣にいるテルフィスがアリシアを見ながら口を開いた。
「アリシア・ファンリードさん」
「ん?」
名を呼ばれ、アリシアは顔を上げてテルフィスの方を向く。テルフィスはロッドを強く握りながらアリシアを睨んでいる。
「貴女は聖騎士でありながら異端者ダークに加担し、邪悪な者と契約を交わして恐ろしい力を手に入れて異端者となりました。聖騎士が異端者となる事がどれだけ罪深いか、貴女は分かっているのですか?」
「……ダークが言っただろう、私も彼も異端者ではない。お前達が勝手に勘違いしているだけだ」
「まだそんな嘘をついて誤魔化すつもりですか」
レオパルドと同じように信じないテルフィスに対してアリシアもダークと同じ気持ちになる。シスターだからレオパルドよりは話を聞いてくれると思っていたが彼女もレオパルドと同じ反応を見せ、それを見たアリシアは再び俯きやれやれと首を横に振る。
「……ダーク、これ以上彼等に何を言っても無駄なようだぞ?」
「そうだな。まぁ、こうなる事は最初から予想していた。当初の予定通り、戦うしかない」
残念そうな口調でダークは背負っている大剣を抜く。アリシアも腰に納めてあるエクスキャリバーを抜いて異端審問官達を睨む。武器を手に取ったダークとアリシアを見て異端審問官達も構え直した。
「私達と戦う気ですか?」
「お前達は私達を殺すつもりなのだろう? だが私達も異端者でもないのに殺されるつもりは無い。しっかり抵抗させもらうぞ?」
「フッ、いいでしょう。精々足掻いて見せなさい」
鼻で笑いながらディバンは短剣を光らせ、糸目を開きダークを鋭い目で見つめた。
ディバンが目を完全に開くのは彼が本気で戦う時のみ。それを知っている他の異端審問官達はディバンが目を開けたのを見て彼が本気で戦おうとしている事を知り、自分達も本気で戦わないといけないと感じる。
戦闘態勢に入る異端審問官達を見てダークは大剣の切っ先を異端審問官達に向けた。
「全力でかかって来い。でないとすぐに死ぬぞ?」
「フフフ、それはこっちの台詞よ。アンタ達が持っている力を全て使ってあたし達に挑んで来なさい?」
アーシュラは笑いながらクロスボウガンに矢を装填する。その表情には早くダーク達を甚振りたいという不気味さが感じられ、それを見たアリシアはアーシュラを睨みつけながらエクスキャリバーを強く握った。
殺意と敵意をぶつけ合い、部屋には緊迫した空気が漂い始める。そんな中、ダークは切っ先を異端審問官達に向けるのをやめ、右手だけで大剣を持ち中段構えを取った。
「さて、歪んだ正義感と信仰心を振りかざす邪教徒達よ、断罪の始まりだ」
ダークは異端審問官達を見つめながら目を赤く光らせて低い声を出す。アリシアとマティーリアもダークの言葉を聞き、異端審問官達を鋭い目で見つめた。
異端審問官達はダークが自分達に向けて言った言葉を聞いて、断罪を受けるのはお前だと心の中で嘲笑った。
ダーク達が地下二階で異端審問官達と対峙している頃、ノワールは地下一階で右の道を選んだ冒険者達がクリスタルアーミーと戦闘を行った部屋に来ていた。自分が対峙した冒険者達とは別行動を取っている冒険者チームがどうなったのか様子を見に来たのだが、冒険者達がクリスタルアーミーに倒されているのを見たノワールは冒険者達の死体を調べ始める。彼等の持ち物から今回の襲撃に教会が絡んでいる証拠があるのではと考えていたのだ。
ノワールが冒険者達の死体を一つずつ調べて持ち物の中に教会と繋がっている事を表す証拠がないか探す。証拠以外に使えそうなアイテムがあればそれもいただこうと考え、ノワールは使えそうな物と役に立たない物を分けて床にいた。三体のクリスタルアーミーはノワールの後ろで持ち物を調べている彼を黙って見ている。
「う~ん、この人は持ってないなぁ……」
目の前で倒れているレンジャーの死体を見てノワールは腕を組みながら残念そうな顔をする。周りにある他の死体は既に調べ終えており、死体の横には持っていたアイテムなどが並べて置かれてあった。使えそうな物と言えば安物のポーションや毒消し薬、そして冒険者達が使っていた武器ぐらいだ。
使えそうなアイテムは沢山出て来たが、肝心な教会との繋がりを表す証拠らしき物は何も出て来なかった。ノワールは立ち上がって見つけたアイテムを見ながら小さく溜め息を付く。
「やっぱり何も知らない冒険者達は証拠なんて持ってないか。となると、さっき僕が出会った冒険者達も持っている可能性は低いという事になるな……やっぱり証拠を持っているのは異端審問官達か。それなら、マスターやアリシアさん達に任せるしかないな」
証拠を持っているのは異端審問官達だと考えたノワールは彼等の相手をしているダーク達に証拠の回収を任せる事にし、見つけたアイテムを集め始める。集めたアイテムは持っていた革製の袋に入れ、全てのアイテムを袋に入れるとノワールはそれを担いで待機しているクリスタルアーミー達の方を向いた。
「僕はもう一組の冒険者達のアイテムの回収に行きます。皆さんは冒険者達の死体を片付けておいてください。それが終わったらまたこの部屋で待機、もし侵入者が来たら倒してください」
ノワールがクリスタルアーミー達に命令すると三体のクリスタルアーミー達は無言で頷き冒険者達の死体を運び始める。クリスタルアーミー達はダークが召喚したモンスターである為、ダークの使い魔であるノワールの命令にも素直に従うようになっているのだ。
仕事に取り掛かるクリスタルアーミー達を見てノワールは小さく笑いながら部屋を後にした。廊下に出るとノワールは来る時に通った道を戻って自分がポイズンアロートードと一緒に冒険者と戦った部屋へ戻っていく。
異端審問官と冒険者達が別れた十字路までやって来るとノワールは十字路の真ん中で立ち止まり、上の階へ続く階段がある通路の方を向いた。すると突然黒い靄が床から吹き出る様に出て来て少しずつ人型へ形を変えて行き、やがてフード付きの黒いローブを着て金色のペンダントや腕輪を装備し、茶色い杖を右手に持つ黒いスケルトンへと変わった。
ノワールの前に現れたスケルトンはアンデッド族の中でも上級モンスターのリッチというモンスターで闇属性魔法を得意とし、下級アンデッドを召喚する能力を持っている。このリッチもダークのサモンピースで召喚されたモンスターなのだが、クリスタルアーミーやポイズンアロートードと違い、鬼妃と同じナイトのサモンピースで召喚されたモンスターなので自我と理性を持っており、会話や自分で考えて行動する事ができるのだ。
リッチはノワールに近づき、軽く頭を下げて挨拶をした。ノワールは袋を担いだまま現れたリッチを見ている。
「ノワール様、ダーク様ガ異端審問官達ト戦闘ヲ開始サレマシタ」
「そうですか」
「ノワール様ハダーク様ノ下ヘ向カワレナクテ宜シイノデスカ?」
「大丈夫ですよ。調べてみたら異端審問官達のレベルは全員が四十代後半から五十代前半の間ぐらいでした。マスター達が負ける様な相手じゃありません。まぁ、人間の限界であるレベル60の敵が出て来てもマスター達は負けませんけどね」
ダーク達は絶対に負けない、ノワールは笑顔でそう話す。リッチはダーク達を信じているノワールを黙って見ていた。
「僕は冒険者達の持ち物を回収しに行きます。貴方はこの地下一階に待機していてください。あと可能性は低いですが、もし上の階から冒険者が下りてきたら対処をお願いします」
「畏マリマシタ」
リッチはそう言って体を黒い靄へと変えてその場から消える。ノワールもリッチが消えるのを見てからポイズンアロートードがいる部屋へと移動した。
一方、地下二階ではダーク達が異端審問官達と睨み合い、戦いを始めようとしていた。人数は異端審問官達の方が多いが、彼等はダークとアリシアを未知の力を持つ異端者として見ている。どんな力を持っているか詳しく分からない以上、迂闊に近寄る事はできない。しかも二人には竜人のマティーリアが味方に付いている。今まで戦った事の無い敵の編成に異端審問官達は警戒心を最大にしていた。
ディバンとレオパルドは武器を構えながらダーク達と向かい合い、その後ろにクロスボウガンを持つアーシュラが立つ。そしてその後ろにテルフィスがロッドを構えて魔法を発動させる態勢に入っている。単純な陣形ではあるが、それ故に最も戦いやすい陣形だった。
「まずはいつも通り、私とレオパルドが攻めます。アーシュラとテルフィスは援護をお願いします」
「ハイハ~イ」
「分かりました!」
ディバンの指示を聞き、アーシュラとテルフィスは返事をする。指示を終えるとディバンはダーク達を見て攻撃するタイミングを計る。レオパルドも騎士剣を構えながらダーク達の動きを警戒した。
異端審問官達が作戦について話している間、ダークは何もせずに異端審問官達を見ていた。実はダーク達は異端審問官達の前に現れる前に簡単に作戦会議をしてどう戦うかを決めていたのだ。その作戦は状況を見て敵と戦い、誰かが押されている様ならその援護をするという単純なものだった。レベルが高すぎるダーク達にとって異端審問官達は複雑な作戦を立てるほどの相手ではないのだろう。
ダーク達が黙って異端審問官達を見ているとディバンとレオパルドが同時に走り出し、一番近くにいるダークへと向かって行く。二人が走るのと同時にアーシュラとテルフィスも動き出した。
アーシュラはダークに向かって矢を放ち攻撃する。最初はダークの動きを見る為に普通に矢を放ったようだ。矢は真っ直ぐダークに向かって飛んで行き、ダークの頭部に当たりそうになる。だがダークは首を軽く横へ動かして難なく矢を交わした。
矢を交わしたダークを見てアーシュラは驚く事無くニヤリと笑った。自分の放った矢を簡単にかわした事で潰し甲斐があると感じたのだろう。
「物理攻撃強化拡散! 物理防御強化拡散! 移動速度強化拡散!」
アーシュラの後ろでテルフィスがロッドを掲げて補助魔法をディバンとレオパルドに掛ける。テルフィスの魔法によって二人は物理攻撃力と防御力、移動速度が強化された。二人は走る速度を上げて一気にダークに近づき、ダークの左右に回り込んでダークを挟む。そしてディバンとレオパルドは自分の武器に気力を送りこんだ。
「覇獣爪斬!」
「剣王破砕斬!」
ディバンは青く光る短剣でダークに切り下ろしを放ち、レオパルドも緑色に光る騎士剣で袈裟切りを放つ。二人の異端審問官は左右から同時にダークに戦技を放ち攻撃を仕掛けた。
<覇獣爪斬>は短剣系の中級戦技の一つ。攻撃回数や攻撃速度を重視した短剣系の戦技の中でもこの戦技は攻撃力が高く、重い一撃を放つ戦技だ。剣身の強度と切れ味を極限まで高めて攻撃し、戦技を使う者の気力が強ければ鎧の上から敵を切り裂くことができる。攻撃力の低い短剣系の戦技の中では攻撃力が高いため、体得する冒険者も多いのだ。
ダークは左右から迫ってくる刃を目で素早く確認すると右手に持っている大剣でレオパルドの攻撃を防ぎ、左手の指でディバンの短剣の刃を摘まんで止めた。自分たちの攻撃を難なく止めたダークを見てディバンとレオパルドは僅かに驚きの反応を見せる。
攻撃を防いだダークはディバンの短剣の刀身を指で折り、大剣でレオパルドの騎士剣を払う。ディバンとレオパルドは体勢を立て直すために急いでダークから離れる。レオパルドは騎士剣を構え直し、ディバンは折れた短剣を捨てて手を後ろに回し、腰に佩する別の短剣を抜いた。
「なかなかやりますね。私とレオパルドの同時攻撃をこうも簡単に防ぐとは……」
ディバンは短剣を構えながらダークを見て笑いながら語る。今まで自分とレオパルドの同時攻撃を防げるような強者と戦ったことが無かったのか、ディバンはダークとの戦いを楽しんでいるように見えた。
ダークは指で摘まんでいる折れた剣身を捨てると大剣を肩に担いでディバンの方を向いた。
「最初に言ったはずだぞ、全力でかかって来いと。さっきのような遅くて弱い攻撃がお前の全力の攻撃なのか?」
「フッ、挑発しても無駄ですよ。私は用心深い性格なので相手の力の底を見極めるまでは全力は出さずに慎重に戦うことにしているんです」
「全力を出さずに戦って殺されてしまっては意味が無いだろう。つまらないプライドなど捨てて今すぐ全力で戦ったらどうだ?」
「言ったはずですよ、挑発しても無駄だとね」
ディバンはダークの挑発にも乗らず、短剣を構えながら冷静にダークと向かい合う。ダークは挑発に乗らず自分の戦い方を見失わないディバンを見て、戦士としての精神はそこそこのものだと感じた。
だが、いくら戦士としての精神が強くてもディバンはダークが苦戦する様な相手ではない。ダークはディバンを見て、少しだけ遊んでやろうと考えながら大剣を構えた。
レオパルドは自分に背を向けてディバンと向かい合っているダークを睨んでいる。この時、レオパルドは自分は背を向けても問題無い存在だと思われていると感じていたのだ。ダークの行動はレオパルドのプライドに大きな傷を付けた。
「敵に背を向けるとはナメた事をしてくれる!」
力の入った声を出しながらレオパルドは騎士剣を構えてダークに攻撃しようとした。すると背後から気配を感じ取り、レオパルドは振り返る。そこにはエクスキャリバーを握って自分を睨むアリシアの姿があった。
「お前の相手は私だ」
「アリシア・ファンリードか……」
いつの間にか背後にいたアリシアに意外そうな表情を浮かべるレオパルド。このままダークに背後から攻撃を仕掛けたいところだが、アリシアに背後を取られている状態でダークに攻撃すれば自分が背後から切られてしまう。そう考えたレオパルドはダークに攻撃する前にアリシアを倒そうと考える。
アリシアの方を向いてレオパルドは騎士剣を構え直す。アリシアもエクスキャリバーを強く握ってレオパルドと向かい合う。
「ダークを切る前にお前を先に始末することにしよう。ダークはその後だ」
「生憎だが私はお前などに負ける気は無い。それに、例えお前たち二人でダークに挑んでもダークには勝てないぞ」
「フンッ、邪悪な者と契約を交わして得た偽りの強さを振りかざす異端者などに神の加護を受けた私たち異端審問官は決して負けん!」
神の加護を受けているから敗北することは無い、自信に満ちた口調で話すレオパルドをアリシアは鋭い目で見つめている。アリシアは心の中で神に見守れていると思い込み、自分の力を過信する異端審問官の騎士を哀れに思いながらエクスキャリバーを構えた。
向かい合う二人の騎士は自分の騎士剣を強く握りながら目の前の相手を睨む。しばらく睨み合っているとレオパルドが先に動き、アリシアに向かって走り出す。アリシアはその場から動かず走って来るレオパルドを睨みながら迎え撃った。
戦闘を開始するダークとアリシアの姿をマティーリアは少し離れた所で見ていた。
「さてと、敵の前衛で戦う者は二人に取られてしまったし、妾はどうするかのう……」
自分はこの後どう動こうか、マティーリアはダークとアリシアを見ながら考える。彼女もディバンとレオパルドのどちらかと戦おうと思っていたのだが、そのどちらもダークとアリシアに取られてしまったので、つまらなくなったようだ。
「前衛で戦う者がいないのであれば仕方がない。残っている敵の相手をするか……」
そう言ってマティーリアはチラッとダークとアリシアから視線を逸らし、離れた所に立っているアーシュラの方を見る。マティーリアがアーシュラの方を向いた時、アーシュラもマティーリアの方を向いて不敵な笑みを浮かべていた。
「あらあら、あたしの相手はアンタがしてくれるのぉ?」
「本当ならあそこの二人の青二才のどちらかと戦いたかったのじゃが、若殿たちに取られてしまったからのう。お主で我慢してやる」
「あ~ら、生意気なこと言うじゃない? あたしだってアンタみたいなガキが相手じゃやる気が出ないのよ。異端者である黒騎士か聖騎士のどちらかを甚振ってやりたかったのよ」
「……ほぉ? 人間の小娘風情が妾をガキ呼ばわりか……」
アーシュラの言葉にマティーリアは笑いながら血管を浮かび上がらせる。笑顔を作っているがギリギリと歯ぎしりもしており、怒っているのが一目で分かった。
「で、も……噂の竜人のガキがどんな声で泣くのかには興味があるのよねぇ。折角の機会だから、アンタを甚振って泣かせてからあの二人を消すことにするわ」
マティーリアが不機嫌なことに気付いていないのかアーシュラは笑いながらマティーリアを見てクロスボウを突きつけた。するとマティーリアは俯きながらニッと笑い、隠していた竜翼と竜尾を出して顔を上げる。
「面白い、妾を甚振って泣かせるか……なら泣かせてみせろ。妾も、お主を甚振って泣かしてみたくなったしのう」
怒りを抑えながら笑顔を作り、僅かに震えるマティーリアは肩に担いでいる黒い刀剣を両手で構える。アーシュラもマティーリアを見て早く甚振ってやりたいと思いながら笑っていた。