第九十九話 死をもたらす蛙
左の道を進んだ冒険者チームは十字路から少し行った先でモンスターと遭遇していた。五人の冒険者は目の前にいるモンスターの群れを睨みながら武器を構えている。
冒険者側は男が三人と女が二人で構成されており、男は二十代半ばの槍使い、ハンマーと丸い盾を持った三十代前半のドルイド、両手持ちの戦斧を持った三十代後半のクラッシャー。女の方はモンクと魔法使いの格好をしており、二人とも二十代前半ぐらいの外見をしていた。三人の男とモンクの女が前に出て残った魔法使いが後ろで魔法を発動させて援護する陣形を取っている。
対するモンスター側は六体のスケルトンで構成されていた。だが、上の階で見たスケルトンと違い、両肩にショルダーアーマーを付け、右手には錆び一つ無い剣、左手には鉄でできた少し大きめの盾を装備している。最初に戦ったスケルトンよりも装備がしっかりとしていた。
「あれはスケルトンウォリアーだな。さっき戦ったスケルトンより少し強いぐらいのモンスターだ」
槍使いが槍を構えながら目の前にいるスケルトン達の種類を口にし、他の冒険者達もそれを聞いて表情を鋭くする。最初に戦ったスケルトンと違い今度は本気で戦わないといけないと感じているようだ。
「それで、どう攻めますか?」
ドルイドがハンマーを構えながら隣に立つ槍使いに作戦を尋ねる。すると、槍使いが答える前にクラッシャーの男が一歩前に出て戦斧を構えながらスケルトウォリアーを睨む。
「あんな雑魚に作戦なんて立てる必要はねぇ。力で押し切って倒せばいいんだよ」
「い、いや、流石にそれはちょっと……」
「怖いのなら後ろに下がってろ。俺一人で全部倒してやる!」
そう言ってクラッシャーは戦斧を構えながらスケルトウォリアーに向かって走り出す。一人で突っ走るクラッシャーを見て槍使いは舌打ちをしながら後を追う。ドルイドも仕方がないな、と言いたそうな顔で槍使いに続く。
「あっ、ちょっと待ってよ!」
一人残ったモンクは三人を止めるようとするが三人は話を聞かずにスケルトウォリアーに向かって行った。自分も彼等と共に戦うべきなのだが、魔法使いを一人残して行く訳にもいかず、仕方なく彼女の護衛に就く事にする。
「皆と戦わなくっていいの?」
魔法使いが自分の傍にいるモンクの方を向き、槍使い達と共闘しなくていいのか尋ねる。するとモンクは魔法使いの方を向いて苦笑いを浮かべた。
「大丈夫だよ。あの三人、あれでも全員がレベル30代だから、スケルトンウォリアーみたいな下級モンスターには負けないよ。それに魔法使いの君は接近戦に弱いでしょう? 彼等が倒し損ねた奴が来たら僕が守らないとね?」
「ありがとう、ゴメンね?」
「何で謝るのさ? 君は何も悪い事は……」
謝る魔法使いを見てモンクが謝られる理由が分からずに複雑そうな表情を浮かべる。自分の護衛をする為にモンクが思うように動けないと感じた魔法使いは申し訳なく思ったのだろう。
二人が槍使い達の戦いを見る事無く会話をしていると一体のスケルトンウォリアーが背を向けているモンクと彼女と会話をする魔法使いに気付き、彼女達に向かって走り出した。魔法使いは走って来るスケルトンウォリアーに気付き、目を見開きながら驚きの表情を浮かべる。
「危ない、後ろ!」
魔法使いは声を上げてモンクにスケルトンウォリアーが迫って来ている事を知らせる。だがモンクは振り向く事なく真剣な表情を浮かべて前を見ていた。そんなモンクにスケルトンウォリアーが真後ろから切り掛かろうと手に持っている剣を振り上げる。
次の瞬間、モンクは素早く後ろにいるスケルトンウォリアーに後ろ回し蹴りを放つ。モンクのかかとはスケルトンウォリアーの顎にクリーンヒットし、スケルトンウォリアーを大きく蹴り飛ばす。蹴られたスケルトンウォリアーの顎は砕け、そのまま床に叩き付けられる様に倒れる。そして高い音を立てながらバラバラになり動かなくなった。
スケルトンウォリアーを一蹴りで倒したモンクに魔法使いは呆然とする。モンクはスケルトンウォリアーを倒したのを確認すると小さく息を吐きながら両手を合わせ、目を細くしながら動かなくなったスケルトンウォリアーを見つめた。
「レディーが会話をしているのに後ろから切り掛かるなんて、失礼だよ?」
モンクは少し不機嫌そうな口調でスケルトンウォリアーに言い放つ。魔法使いの方を向くとモンクは何事も無かったかのようにニコッと笑う。そんな彼女を見て魔法使いはモンクがとても頼もしい存在に思えた。
それから数分後、槍使い達は残りのスケルトンウォリアーを倒して戦いに勝利する。張り切りすぎて疲れたのか槍使いとクラッシャーは座り込んで休憩しており、そんな二人をモンクは呆れたような顔で見ていた。
「治癒!」
ドルイドは槍使いに回復魔法を掛けて傷を癒す。傷と言っても軽い切傷や打ち身程度の物で回復魔法を掛ける程度の傷ではない。しかし、まだ先に何があるのか分からない為、何が起きてもすぐに対処できるように万全の状態で先へ進もうと小さな傷でも回復する事にしているのだ。
「おい、そっちが終わったらこっちも治せよ?」
「ハイハイ、分かっていますよ。もう少し待ってください」
早く自分の傷も癒すよう急かしてくるクラッシャーにドルイドは少し呆れた様な表情で返事をする。槍使いの傷を治し終えるとドルイドはクラッシャーの下へ行き、同じように回復魔法を掛けた。
クラッシャーがドルイドに傷を治してもらっているとモンクがクラッシャーに近づき、両手を腰に当てながら呆れ顔でクラッシャーを見下ろす。
「まったくもう、一人で勝手に突っ込まないでちゃんと作戦を立ててから戦いなよ? だからアンタはいつも怪我ばかりするんじゃないか」
「そうだぞ? さっきみたいな事を何度も続けていればいつかは足元を掬われるぞ」
モンクに続いて槍使いも一人でスケルトンウォリアーに突っ込んで行ったクラッシャーに注意をする。会話の内容から彼等は同じ冒険者のチームでいつも一人で勝手に動くクラッシャーに振り回されているようだ。
二人で注意をする槍使いとモンクを見てクラッシャーはめんどくさそうな顔をした。
「うるせぇ、俺はそういうめんどくせぇ事が嫌いなんだよ。それにあの程度の雑魚にいちいち作戦を立てる必要なんてないだろう」
「どんな敵でも警戒して戦うに越した事は無いだろう!」
反省している様子を見せないクラッシャーに槍使いは表情を僅かに険しくする。モンクも更に呆れたような顔でクラッシャーを見た。
「まぁまぁ、それぐらいでいいじゃないですか?」
ドルイドが苦笑いを浮かべながら興奮する槍使いを止める。槍使いはドルイドに止められて冷静さを取り戻し、少し納得のいかない様な顔をしながら渋々話を終わらせた。
話が終わると槍使いは仲間達の状態と手持ちのアイテムの数を確認する。問題ないと判断するとしばらくしてから仲間を連れて更に奥へ進みダンジョンの探索を再開した。
一階とは違い、明るくて不気味さを感じさせない通路を槍使い達は進んで行く。不気味さが感じられないとはいえ、いつまたモンスターが飛び出して来るか分からないので警戒は怠らなかった。
「随分奥まで来たね……異端者は何処にいるんだろう?」
「さあな、だがこの遺跡の何処かにいるっているのは間違いないはずだ」
先頭を歩く槍使いがモンスターを警戒しながら先へと進み、モンク達はその後に続く。彼女達も通路を見回してモンスターが現れるのではと警戒しながら歩いていた。
しばらく進んで行くと槍使い達は何も無い少し広めの部屋に辿り着いた。部屋に入ると槍使い達は少し驚いた反応を見せる。部屋の中央まで移動すると五人は立ち止まり、もう一度部屋の中を見回す。
「此処には何も無いみたいね……」
「何だよ、こんな奥まで来たんだから宝の一つぐらいあってもいいだろうに……」
クラッシャーは部屋に宝が無い事で気分を悪くしたのか低い声を出す。モンクも宝がある事に少し期待してたのか、部屋に何も無い事を知るとガッカリした様子を見せた。
彼等の仕事は異端者を倒そうとしている異端審問官に協力する事だ。無事に異端者を捕らえる事ができれば彼等には教会から報酬が出る事になっている。それとは別に、もし依頼の最中に宝や値打ちのある物を見つければそれは手に入れた冒険者の物にしていい事になっていた。つまり、冒険者達は今いるダンジョンで宝を見つけて手に入れれば報酬とは別の金銭などを手に入れる事ができるので冒険者達は宝があってほしいと心の中で思っていたのだ。
「俺達は異端者を倒す為に来たんであって、宝探しに来たんじゃないんだぞ?」
「んな事は分かってるんだよ! だが俺等みたいな冒険者が食って行くには金が必要なんだ。きちんと仕事をすれば任務中に宝を探してもバチは当たらねぇだろうが」
「まったく、金の亡者め……」
槍使いは欲を露わにするクラッシャーを見て呆れ果てる。モンクは自分もクラッシャーと同じ考えな為かクラッシャーに注意をする事なく目を逸らして二人の会話を聞かなかったような素振りを取っていた。
冒険者達が部屋の中央で騒いでいると部屋の奥からコツンと靴音が聞こえ、冒険者達は一斉に反応し靴音のした方学を向く。五人の視線の先には部屋の奥で黒い短髪に赤い目をし、頭から茶色い角を二本生やした灰色のローブ姿の十二歳ぐらいの少年がこちらを見ている立っている姿がある。人間の姿になったノワールだ。
少年の姿を見て冒険者達は驚きの表情を浮かべる。いつから部屋の奥にいたのかという事となぜこんな所に少年がいるのかという二つの疑問が冒険者達を混乱させた。
驚く冒険者達を見たノワールは無表情で歩き出し、歩き出したノワールを見て冒険者達は一斉に構える。ノワールは構える冒険者達を見ても眉一つ動かさなかった。しばらく歩くとノワールは立ち止まり、冒険者達を見てまばたきをする。
「此処まで辿り着きましたか、欲望まみれな冒険者の皆さん」
ノワールは無表情のまま冒険者達を見つめながら話す。冒険者達は目の前にいる少年の言葉を聞き、彼がこの遺跡にいるモンスター達、もしくはここに隠れているであろう異端者の協力者であると感じた。上手くいけば彼から異端者の情報や居場所を聞き出せるかもしれない。またとないチャンスをここで失う訳にはいかない、冒険者達、特に槍使いはそう考え真剣な表情を浮かべてた。
「……君は此処に隠れている異端者の仲間だな?」
「随分と直球的に訊いてきますね?」
「回りくどいのは嫌いなんでね」
「……残念ですが、僕は異端者の仲間ではありませんよ」
槍使いの質問にノワールは首を横に振って答える。槍使い達はノワールの答えを聞いて心の中で絶対に嘘だと感じていた。そして、目の前の少年は何かを知っていると確信する。
「嘘をつくんじゃねぇよ。この状況でそんな事を言っても信じる奴なんかいねぇよ」
素直に答えないノワールにクラッシャーは低い声で言い放つ。ノワールは信じない冒険者達を見て少し困った様な反応を見せる。
冒険者達はノワールは嘘をついていると感じているが、ノワール自身は嘘をついてはいない。なぜなら冒険者達の質問は<異端者>の仲間かという内容だったからだ。ノワールの主人であるダークと仲間であるアリシアは異端者ではない。だから異端者の仲間ではないとノワールは事実を答えたのだ。
ノワールの言葉を信じていない冒険者達は足位置などを変えていつでも攻撃ができる体勢に入った。そんな冒険者達の様子をノワールは両手を背中に回しながらジーっと見ている。
「僕と戦うつもりですか?」
「ああ、これも異端者を捕まえる為なんでな……もし素直に異端者の居場所を教えてくれるのであれば、君の事は見なかった事にしてもいいんだが」
「……貴方達に教える事など何もありません。それにそういう事は彼等に勝ってから言ってください」
ノワールは目を閉じながらそう言って右手を前に出した。するとノワールの前の床に薄紫色の魔法陣が二つ展開され、それを見た冒険者達は驚きながら後ろへ下がる。冒険者達が驚いた直後に魔法陣の中から黒い影が飛び出す様に現れた。
魔法陣から出て来たのは二匹の蛙だった。大きさは大型犬よりも少し大きいぐらいで赤い体をしており、四本の足の先は紫色になっている。そして背中には紫色の斑点があり毒々しい姿をしていた。
現れた蛙は冒険者達を見ると大きな目をギョロッと動かして低い声で鳴いた。冒険者達は現れた毒々しい蛙を見ると表情を歪ませながら武器を構える。
「な、何だその蛙は、モンスターか?」
「ハイ、彼等はポイズンアロートードと言うモンスターです。中級モンスターですがそこそこ強いので注意してください」
槍使いの質問に無表情でノワールは答えた。槍使いや他の冒険者達は現状から目の前にいる少年は自分達を殺そうとしていると知る。冒険者達は表情を鋭くし、ノワールと彼が召喚した二匹のポイズンアロートードを睨む。
ノワールが召喚したポイズンアロートードはサモンピースのビショップで召喚された中級の水生族モンスター。名前で分かるとおり毒を持つモンスターでLMFでは多くのプレイヤーから嫌われているモンスターの一種である。蛙の姿をしている事からジャンプ力が高く、一度のジャンプで10m近く跳ぶ事が可能な為、遭遇して不利になった時に逃げようとしても追いつかれてしまう事が多い。それもポイズンアロートードが嫌われている理由の一つだ。
始めて見るモンスターに冒険者達は警戒心を最大にして戦闘態勢に入る。それを見たノワールは自分の前にいる二匹のポイズンアロートードをチラッと見た。
「それじゃあ、お願いします」
ノワールがそう言った瞬間、二匹のポイズンアロートードは大きく跳んで冒険者達との距離を一気に縮めた。
いきなり目の前まで近づいて来たポイズンアロートードを見て冒険者達は驚き、慌てて距離を取る。初めて戦うモンスターなのでどう戦えばいいのか分からない。冒険者達は慎重に攻めようと考えていた。
「ね、ねぇ、どうするの?」
モンクが構えながら近くにいる槍使いやドルイドにどう戦うかを尋ねる。その隣では魔法使いが杖を構えながら緊迫した表情でポイズンアロートードを見ていた。
「コイツ等の名前から恐らく毒を使って攻撃して来るはずだ。下手に近づけば毒の餌食になる。まずは距離を取ってどんな攻撃をして来るのかを観察するんだ」
「私もそれがいい思います」
槍使いとドルイドは武器を構え、ポイズンアロートードを見ながら話す。モンクと魔法使いも同じ事を考えているのか何も言わずに目の前にいるポイズンアロートードを見つめながらゆっくりと後退する。
「何ビビってやがる!? こんな蛙如きに弱腰になってねぇでさっさと倒せばいいじゃねぇか!」
四人から少し離れた所にいるクラッシャーが戦斧を握りながら険しい顔で槍使い達に声を掛けて来た。見た事の無いモンスターとは言え、蛙の姿をしたモンスターなど強くないと彼は思っているらしい。槍使い達は警戒心の無いクラッシャーの言葉を聞き、呆れ顔で彼を見ている。
「どんなモンスターか分からない状態で近づくなんて、殺してくれと言っているようなものだろう。見た目だけでそのモンスターを弱いと判断するな!」
「ケッ! 相変わらず腰抜けだな? 俺はお前みたいに敵にビビって攻撃しないなんて情けなねぇ事はしねぇ!」
クラッシャーは槍使いに罵声を浴びせると戦斧を構えながら一人でポイズンアロートードに向かって走り出した。
「馬鹿、よせっ!」
槍使いは一人で敵に突っ込んで行くクラッシャーを止めようとした。しかしクラッシャーは制止を聞かずに一気に距離を縮めて戦斧を振り下ろしてポイズンアロートードを攻撃しようとする。クラッシャーはこの一撃でポイズンアロートードを倒せると思っているのか余裕の笑みを浮かべていた。
ところが次の瞬間、ポイズンアロートードはクラッシャーの方を向いて大きく口を開け、口から紫色の液体を吐き出してクラッシャーに攻撃した。吐き出された液体は先端が尖ってまるで矢の様になっている。液体はクラッシャーの脇腹を掠り、攻撃を受けた痛みでクラッシャーの表情が歪んだ。
攻撃を受けた事でクラッシャーの攻撃は中断され、クラッシャーはその場に倒れてしまう。それを見た槍使い達は驚きの表情を浮かべる。槍使いはクラッシャーを助ける為に走り出し、持っている槍でクラッシャーの前にいるポイズンアロートードを攻撃した。ポイズンアロートードは槍使いの攻撃をジャンプでかわし、数m離れた所に着地すると大きな目を動かして槍使いとその隣で倒れているクラッシャーを見た。
「おい、大丈夫か!?」
「ぐぅ……がぁ……」
槍使いはポイズンアロートードを睨みながら倒れているクラッシャーに声を掛けるがクラッシャーは大量の汗を掻きながら苦しそうな顔をしている。
「ば、馬鹿な、たった一撃でこれほど状態が悪くなるなんて……」
クラッシャーの容態を見て槍使いは汗を流しながら呟く。槍使いはクラッシャーが苦しんでいる原因がポイズンアロートードの毒によるものだと確信し、同時にどれだけ強力な毒を持っているのだと心の中で恐ろしく思った。
槍使いが驚いているとドルイド達が駆け寄り、苦しむクラッシャーを見て驚愕の表情を浮かべた。
「毒にやられている。早く解毒してやってくれ!」
「わ、分かりました!」
指示を受けたドルイドは苦しむクラッシャーに手を当てて解毒の魔法を掛けようとした。だがそこへもう一匹のポイズンアロートードが近づいて来る。それに気づいたドルイドは魔法を中断し、ハンマーを構えて迎え撃とうとした。するとモンクがドルイドと近づいて来るポイズンアロートードの間に入り、ドルイドに背を向けながら構える。
「アイツは僕が食い止めるから、早く解毒してあげて!」
「し、しかし……」
「いいから早く!」
モンクは力の入った声でクラッシャーを助けるよう言う。ドルイドはモンクの背中を見て彼女の気持ちを無駄にしてはいけないと感じたのかハンマーを床に置いて再びクラッシャーの解毒に取り掛かった。
ドルイドがクラッシャーの解毒に取り掛かるのを見たモンクは小さく笑みを浮かべる。そしてすぐにポイズンアロートードの方を向いて拳を強く握りながら睨み付ける。そんなモンクの隣に魔法使いもやって来て杖を構えた。モンクと共にポイズンアロートードと戦うつもりの様だ。
隣にやって来た魔法使いを見てモンクは後方から支援をして、と無言で頼む。魔法使いもモンクを見て彼女の意思を感じ取ったのか黙って頷く。魔法使いの反応を見たモンクはポイズンアロートードに向かって走り出す。魔法使いも杖の先をモンクに向けて魔法を発動させた。
「物理攻撃強化! 移動速度強化!」
魔法使いは物理攻撃力アップと移動速度アップの補助魔法をモンクに掛けて身体能力を強化する。身体能力が強化されたのを感じ取ったモンクは走りながらポイズンアロートードを睨み、素早くポイズンアロートードの左側面へ回り込んだ。そして右手に力を籠めてポイズンアロートードの体に正拳突きを撃ち込む。
モンクのパンチはポイズンアロートードの体に命中する。だがブヨブヨとしたポイズンアロートードの体にはパンチは効かず、ポイズンアロートードは何事も無かったかのようにモンクの方を向いた。
自分の攻撃が効いていないのを見てモンクは一瞬驚きの表情を浮かべるがすぐに大きく後ろへ跳んで距離を取った。モンクは悔しそうな顔でポイズンアロートードを睨んでいる。その時、突如モンクの右手に痛みが走り、モンクは表情を歪めながら自分の右手を見た。右手には半透明に紫色の液体が付着しており、その液体が付着している箇所から痛みが伝わって来る。更に痛みを感じた直後、突然息苦しさと吐き気に襲われ、モンクはその場で膝を付いてしまった。
「ど、どうしたの!?」
苦しみだすモンクを見た魔法使いは慌ててモンクの下へ駆け寄る。槍使いやドルイドも魔法使いの声を聞いてモンクの方を向く。すると、離れた所で戦いを見ていたノワールが目を細くしながら口を開いた。
「……言い忘れていましたが、ポイズンアロートードは素手で触らない方がいいですよ? 彼等は毒液を吐くだけでなく、皮膚からも毒を分泌しますので下手に触れると毒にやられてしまいます」
苦戦する冒険者達にノワールは言い放つ。その表情からは冷たさが感じられ、普段の礼儀正しく温厚な性格のノワールからは考えられない表情だった。
自分の主であるダークを異端者と信じて狙う冒険者達にノワールは怒りを感じていた。ダークの命を狙う敵が現れれば普段温厚なノワールもダークを守る為に冷酷になって敵を倒すのだ。
「クッソォ! 毒液を吐くだけでなく、皮膚からも毒を作り出すなんて、そんな危険なモンスターがどうしてこんな所にいるんだ!」
槍使いは仲間が二人も毒にやられた現状に苛立ちを感じているのか声に力を入れながら言い放つ。槍を強く握り、近くにいるポイズンアロートードを睨みながらどう攻撃するかを考える。すると、槍使いの近くにいるポイズンアロートードが槍使いに向かって毒液を吐いて攻撃して来た。槍使いは槍を使って毒液を払って防ぐとポイズンアロートードに反撃する。
ポイズンアロートードに向かって走りながら槍使いは持っている槍に気力を送りこむ。槍先が黄色く光り、ポイズンアロートードが自分の攻撃範囲内に入ると槍使いは槍を握る手に力を入れた。
「連牙嵐刺撃!」
槍使いはポイズンアロートードを睨みつけながら中級戦技を発動させ、ポイズンアロートードに連続突きを放つ。気力で強度の高まった槍先はポイズンアロートードの体に無数の傷を付けた。ポイズンアロートードに傷を負わせる事ができたのを見て槍使いの表情に僅かだが余裕が生まれる。
しかし、ポイズンアロートードは大きなダメージを受けていないのか鳴き声を上げる事も無くギョロッと大きな目を動かして攻撃して来た槍使いを見た。戦技が殆ど効いていない事を知った槍使いの顔から余裕が消え、また驚きの表情を浮かべる。そんな槍使いにポイズンアロートードは毒液を吐いて反撃した。
尖った毒液は槍使いの喉を貫き、喉に毒液を受けた事で声を上げる事もできずに槍使いはその場に仰向けに倒れる。毒は喉から体内に入り込み、槍使いは表情を歪めながらガクガクと痙攣し出す。
「な、何て事だ……」
槍使いまで毒に侵され、しかも喉を貫かれた事にドルイドは目を見開いて驚く。既に三人が毒にやられ、ドルイドは動揺を隠せ時にいた。モンクの傍にいる魔法使いも大量の汗を掻きながら苦しむモンクを見ている。
ドルイドは今解毒をしようとしているクラッシャーよりも重傷な槍使いを助けるのが先だと考え、クラッシャーに申し訳なく思いながら立ち上がり槍使いの下へ向かおうとした。だがその直後、ドルイドの背中に二発の毒液が命中して彼の背中を貫く。ドルイドは背後から突然攻撃に驚きながら前に倒れてうつ伏せになる。ドルイドは毒で体を震わせながら毒の飛んで来た方を向く。そこにはモンクが相手をしていたもう一匹のポイズンアロートードが自分の方を向いて口を開けている姿があった。
「し、しまった……私とした事が……彼を忘れて、いまし、た……」
仲間が毒に侵された事で冷静さを失う、もう一匹のポイズンアロートードへの警戒を解いてしまった事にドルイドは後悔する。体が痺れて思うように動けないドルイドは悔しそうな表情を浮かべた。
ドルイドが毒を受けて倒れている間も槍使いの顔色は悪くなっていき、体の痙攣も小さくなっていく。全身に毒が回り、肉体が毒に抵抗できなくなってきているようだ。ドルイドは何とか槍使いを助けようとしたが、体は痺れてまったく動かず、起き上がる事もできない。ドルイドは槍使いに呼びかけようとしたが毒のせいで声が全く出ず、何もできないままドルイドはゆっくりと意識を失う。それからドルイドは二度と動く事は無かった。
毒でドルイドが命を落としたのを見て魔法使いは真っ青になる。今いる冒険者の中で毒を受けておらず、まともに動けるのは彼女だけとなった。どうすればいいのか、魔法使いは動揺を見せながら考える。すると二匹のポイズンアロートードが魔法使いの方を向き、魔法使いも二匹に見られている事に気付いてビクッと反応した。
「に、逃げなきゃ、早く逃げなきゃ……」
もうどうする事もできないと感じた魔法使いは隣にいるモンクを立たせて逃げようとする。だが、毒でまともに動けないモンクを連れてポイズンアロートードから逃げ切るのは難しい。魔法使いもそれぐらいは分かっていたが、せめてモンクだけは連れて逃げようとした。
魔法使いが近づいて来る二匹のポイズンアロートードを警戒しながら部屋から出ようとすると、モンクは魔法使いを手で軽く押して彼女を突き放す。突き放された事に魔法使いは驚いてモンクの方を見る。モンクは毒で顔色を悪くしながらポイズンアロートードを見て構えた。
「……き、君は逃げて。コイツ等は……僕が足止めするから……」
「そ、そんな無茶よ! 貴女だって毒でまともに動けないじゃない!」
「でも、そうしないと……二人ともやられちゃうでしょう? 僕は毒のせいで走って逃げる事もできなくなっちゃってるから……せめて君が逃げれる様に時間を稼ぐよ」
「で、でも……」
「お願い、僕や他の二人はもう逃げられないから、せめて君だけでも逃げて。そして異端審問官の人達にこの事を伝えて……ね?」
大量の汗を掻きながらモンクは笑って魔法使いに逃げるよう話す。魔法使いは涙目になりながら必死に余裕を見せようとするモンクを見て、何もできない自分を情けなく思う。同時に命を賭けて自分を逃がそうとしてくれるモンクに申し訳なく思った。
魔法使いはモンクの覚悟を無駄にしない為にも感情を押し殺し、部屋の出入口に向かって走り出す。それを見たモンクはもう大丈夫だと安心の表情を浮かべる。
「……さて、これであの子は大丈夫だね……それじゃあ、毒で動けなくなるまで、君達には僕の相手を……」
モンクが余裕の表情を作り、戦闘を始めようとポイズンアロートードの方を向いた。だがその直後、ポイズンアロートード達の吐いた毒がモンクの左胸と脇腹を貫く。モンクはポイズンアロートードの容赦の無い攻撃を受けて最初は何が起きたのか分からなかったが、すぐに自分がやられてしまった事に気付く。薄れゆく意識の中、モンクは何もできずにやられてしまった事に悔しさを感じて涙を流す。そして仰向けに倒れるのと同時に完全に意識を失い、静かに息を引き取った。
背後からモンクが倒れる音が聞こえるが魔法使いは振り返る事無く泣きながら走り続けた。仲間を見捨てて自分だけ逃げる事、恐ろしい敵を前にして恐怖した事など涙を流す理由はいろいろある。だが今はそんな事はどうでもいい、ただ生き残る事だけを考えて走っていた。
魔法使いは必死に走り、部屋の出入口の数m前までやって来た。この部屋から出て別の場所を探索している異端審問官や他の冒険者達の下へ逃げれば助かる、そう考えながら魔法使いは走り続ける。すると、走っている魔法使いの前に突然ノワールが現れ、魔法使いはいきなり目の前に現れたノワールに驚いて急停止した。ずっと戦いを見守っていたノワールは一人で逃げようとする魔法使いを見て、彼女を逃がさないよう転移魔法を使い彼女の目の前へ移動し進路を塞いだのだ。
「……申し訳ありませんが、このまま逃がすつもりはありません」
「あ、ああ、ああぁ……」
冷たい目で自分を見上げるノワールに魔法使いは恐怖を感じ、ただ泣きながら震えている。ノワールは魔法使いを見て本当に彼女は五つ星以上の冒険者なのかと心の中で疑う。同時にこんなに弱くて臆病なのにどうして警告を無視してこの地下に来たんだ、と呆れ果てていた。
ノワールは軽蔑する様な目で魔法使いを見ながらゆっくりと右手を上げる。魔法使いはただ震えながらノワールの姿を見ていた。
「次元斬撃」
そう言ってノワールは魔法使いを見ながら右手で空を切る。その瞬間、目の前にいる魔法使いの体に大きな切傷が生まれてそこから大量の血が噴き出た。
「……え?」
魔法使いはいきなり自分の体にできた深い切傷を見て呆然としながら声を漏らす。何が起きたのか分からないまま魔法使いは両膝を付き、そのまま前に倒れ、目を開けたまま絶命した。
<次元斬撃>は闇属性上級魔法の一つで手を振って見えない斬撃を放ち攻撃する魔法である。見えない斬撃を放つ事から回避するのは難しく、更に相手の魔法防御力を無視して攻撃する事ができるので敵に与えるダメージも通常の魔法と比べると大きい。LMFではMPの消費量が多く、味方のプレイヤーにも斬撃が見えないので使い方を誤れば仲間が不利になる為、仲間が一緒にいる時は使うプレイヤーは少なく、ソロプレイの時に使われる事が多かった。
血だまりの中で口から血を流しながら倒れている魔法使いの死体をノワールはジッと見つめている。既に毒に侵された槍使いとクラッシャーも毒にやられて命を落としており、部屋にはノワールとポイズンアロートードしかいなかった。
「悪く思わないでください? これもマスターとアリシアさんを守る為なんです。それに、貴方達も自分の意思でこの危険なダンジョンに入ったんですから……」
ノワールは目の前の魔法使いの死体を見ながら呟く。どんな理由であれ彼等は警告を無視し、自分の意思でこの地下に来た。そうである以上は例え死んでも文句を言う事はできない。ノワールは冒険者達の死は彼等が選択を誤った結果だと考え、彼等を死なせても罪悪感などは感じていなかった。
「さて、こっちの冒険者は全員倒した訳ですし……もう一組の冒険者の様子を見に行きましょう」
侵入者が三組に分かれた事を知っているノワールは異端審問官達と別れたもう一組の冒険者達の様子を見に部屋を後にする。部屋には冒険者達の死体とその近くで鳴いているポイズンアロートードだけがいた。