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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第一章~黒と白の騎士~
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第九話  最強の聖騎士

 レジーナと別れたあと、ダークはアリシアを連れて自分が泊まる宿屋を探しに移動した。資金は大量に手に入ったため、今ならどんな高級な宿屋にでも泊まれる。だが、高級なところに泊まればすぐに資金が無くなってしまう。ダークは後先のことを考えてとりあえず高くもなく、安くもない普通の宿屋に泊まることにした。

 ダークたちは町の東側へやってくる。東の地区には三つの宿屋があり、その内の一つの前にやって来たダークたちは宿屋を見上げた。入口の真上に掛けられている看板には宿屋の名前が書かれてあるが、当然ダークとノワールは読めない。


「アリシア、此処か?」

「ああ、東側で一番大きな宿、ローグネットだ」

「変わった名前だな……それで、冒険者も利用しているのか?」

「勿論。ここを利用する者の殆どが冒険者だ」

「へぇ、よく知ってるな?」

「これでも騎士団の小隊長を任された身だぞ? それなりに町のことは知っている」


 アリシアが騎士団の小隊長を務めていることを思い出し、ダークは納得する。ノワールも同じように納得しながら頷いた。

 とりあえずダークは休む場所を確保するためにローグネット亭へ入ることにした。扉を開けて中へ入るとダークの視界に広間のような場所が飛び込んでくる。奥には受付、左側には二階へ上がる階段があり、広間の隅には数人の冒険者や宿屋の従業員と思われる者たちが立ち話をしている姿があった。

 ダークはチラチラと広間を見回してから進んでいき、アリシアがその後に続く。入ってきたダークとアリシアに気付いた冒険者や従業員たちは一斉に二人に注目する。なぜこんな所に騎士が来るのかと思いながら黙って二人を見ていた。

 受付の前まで来たダークは受付を担当している従業員の中年の男を見つめる。男はダークの姿を見て驚くこと無く仕事を続けた。


「……この辺りでは見かけないな?」

「今日この町に来て先程冒険者になった」

「新人かい……宿泊か?」

「ああ、一泊頼む」

「そっちの姉さんもか?」


 ぶっきらぼうな態度で従業員がアリシアの方を見て尋ねる。アリシアは何も言わずに軽く首を横に振った。アリシアが客ではないことを知った従業員は再びダークの方を向く。


「アンタ一人なら、一番安い一人部屋でいいな。一泊40ファリンだ、食事付きなら50ファリ――」

「二人部屋を頼む。食事付きで広めの部屋だ」


 従業員が話している最中にダークは自分の希望を口にする。従業員は口を止め、周りにいる他の従業員や冒険者たちが一斉にダークに注目した。アリシアは周りの視線を気にしながらダークと従業員の方を見る。

 二人部屋を希望するダークを見て従業員はどこか気に入らなそうな表情を浮かべていた。


「アンタなぁ、一人なのに二人部屋を取るなんて何を考えてるんだ? しかもアンタはまだ一つ星だろう。此処にはアンタよりもランクの高い冒険者たちも来るんだ。少しは遠慮したらどうなんだ?」

「個人的な理由があって二人部屋を取りたいのだ。金ならある」

「金の問題じゃなくてだなぁ、冒険者になったからには他の冒険者たちの反感を買わないようにした方がいいと言っているんだ」

「心配無用だ。そのことなら冒険者になってすぐに学んだ。もっとも、そのことを教えてくれた冒険者の先輩がどうなったかは言わんがな……」


 ダークの態度に従業員は舌打ちをする。せっかく親切で忠告してやったのにそれを無下にしたことが気に入らなかったのだろう。従業員は腕を組みながらダークをジロッと睨む。


「二人部屋は一泊60ファリン、食事付きで70ファリンだ」


 従業員が値段を言うとダークはポーチに手を入れて50ファリン銀貨一枚と10ファリン銅貨二枚を取り出して受付台の上にばら撒くように置いた。硬貨を確認した従業員は受付の奥にある棚から鍵を一つ取りダークに手渡す。


「部屋は二階にある。一番奥から二番目の右の部屋だ」

「そうか、ありがとう」


 低い声で礼を言うダークは二階へ続く階段を上っていき、アリシアもそれに続いて階段を上がっていく。

 二階へ向かった二人の騎士を見た冒険者たちはダークの態度が気に入らなかったのか小声でダークに対する不満を話す。従業員たちも面倒な客が来たなぁ、と言いたげな顔を浮かべた。

 部屋の前にやってきたダークは鍵を開けて部屋の中に入る。中は十畳ほどの広さで奥にベッドが二つあり、部屋の真ん中には丸いテーブルと椅子が二つ置かれてあった。部屋に入るとダークは扉を閉めて鍵をかける。アリシアはテーブルの前で部屋を見回した。


「……此処が60ファリンの部屋か」

「思ったよりも汚いですね」


 アリシアが部屋の状態を見て驚いているとノワールが飛び上がり、テーブルの上に下り立ち部屋の感想を口にする。そんな二人の方を向き、ダークは被っている兜を外して素顔を見せた。


「まぁ、そう言うな。もし一番安い一人部屋だったら此処よりもっと酷かったかもしれないぞ?」

「それはそうですけど……」

「それに宿屋に泊まるのは今日だけだ。明日になったらこの町の何処かの土地を買ってそこに拠点を建てる」

「……は?」


 ダークの言葉の一部が理解できなかったアリシアは呆然としながらダークの方を向く。土地を買って拠点を建てるなど、普通なら馬鹿げていると誰もが思うことだからだ。だが、ダークは真面目に考えており、彼にとっては馬鹿げたことではなかった。


「ダ、ダーク、それはどういう意味だ? 土地を買うのは分かるが、そこに拠点を建てるというのは……」

「言ったとおりだけど?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。いくら貴方でも土地を買ってすぐに拠点を建てるなど不可能だろう!? 材料も建築の依頼もしていないのに……」

「忘れたのか、アリシア? 俺はLMFっていうこの世界とは別の世界から来たんだぜ?」

「え?」

「……当然、拠点を造るアイテムだって持っている。だから材料を購入したり建築の依頼をする必要もない」

「ま、まさか……そんなことまでできるのか……」


 アリシアはダークの説明を聞き目を丸くする。

 ダークが普通の人間でなく、英雄以上の力を持ち、死者を復活させることのできるマジックアイテムを持っているのは知っている。しかし、拠点まで建てることのできるマジックアイテムまで持っているとは思わなかったのだ。

 驚くアリシアだったが、ダークの正体を知っているせいか声を上げるほど驚くことはせず、少し驚いたらすぐに落ち着いた。

 落ち着くアリシアを見たダークはテーブルに近づき、兜をテーブルの上に置くとゆっくりと椅子に腰かける。アリシアにも椅子を指差して座るように伝え、アリシアはとりあえず椅子に座りダークと向かい合った。


「……それはそうと、なぜ二人部屋を借りたんだ? 貴方一人が泊まるだけなら一人部屋でもよかっただろう」

「何言ってるんだ。俺一人じゃないだろう?」


 ダークはチラッとテーブルの上に座っているノワールを見る。アリシアもノワールの方を向き、しばらくノワールを見つめているとダークが二人部屋を借りた理由に気付いた。


「も、もしかして、貴方だけじゃなく、ノワールの分も数えて二人部屋を借りたのか?」

「そうだ」

「ど、どうしてそんなことを……」

「俺がベッドで寝ているのにノワールを床やテーブルの上で休ませる訳にはいかないだろう。ちゃんとノワールのベッドも用意しないとな」


 アリシアはダークの言葉に思わずポカーンとしてしまう。使い魔であるノワールのために彼の分のベッドを用意するなど、普通では考えられないからだ。しかもノワールは人の肩に乗れるぐらいの小さなドラゴン、人間用のベッドで休ませるなど、この世界では思いつかないことなのだろう。

 ノワールはダークの方を向き、嬉しそうな顔で頭を下げる。そんなノワールを見てダークも小さく笑う。アリシアはダークの顔を見て、ダークは何を考えて行動しているのだろうと複雑そうな顔で考えるのだった。

 二人部屋を取った理由を説明し終えると、ダークは再びアリシアの方を向き、今度は真面目な顔で彼女を見つめる。アリシアも突然真剣な顔で自分を見るダークに一瞬驚くが、すぐに姿勢を正し、ダークと同じように真剣な表情で彼の顔を見た。


「さて、アリシア。とりあえず、今後のことについて少し話をしておこうと思う」

「今後のこと?」

「ああ。俺はこの町を拠点としてこの世界で生きていくということは話したな?」

「ああ……」

「だが、俺は何かをしたいとかそういった目的というものは何も無い。この国にいる凶暴なモンスターを全て倒してこの国を平和にしようとか、依頼を受けまくって大金を手に入れ、世界一の大金持ちになろうとか、そんなことは考えていない。つまり、俺にはこの世界で成し遂げたい目標や夢は無いってことだ」

「そ、そうなのか?」

「そうなんだよ……だから俺はまず、この世界で自分がやりたいことを見つけようと思っている。だが、それを見つけようにもこの世界の常識を何も知らない俺じゃあ色々と限界がある。だからこそ、君には俺の協力者になってもらい手助けしてほしいんだ」

「ああ、そのことは分かっている。私も貴方に命を救われたし、貴方自身にも興味がある。喜んで協力させてもらうぞ」

「ありがとう。ただ、一つだけ言っておくぞ?」

「?」


 突然低い声を出すダークにアリシアは小首を傾げる。ダークはアリシアを指差しながらゆっくりと口を開いた。


「俺は暗黒騎士で君は聖騎士だ。俺たちは互いに対となる立場にある。これから先、俺が暗黒騎士として君の考えと異なる言動をすることもあるはずだ。その場合、君は君の考え方を貫け。協力者だからと言って自分の考えと異なることを俺がやったとしても、それに付き合う必要は無い」

「あ、ああ……」

「俺のやり方に納得がいかない時は、遠慮なく自分の意見をぶつけろ。自分の意見を口にせず、感情を押し殺して力を貸すだけの協力者は必要ない……いいな?」

「わ、分かった」


 協力してほしいと言いながら自分の考えを貫けと言うダークにアリシアは驚く。自分のことだけでなく、他人のこともしっかりと考える男を見てアリシアは改めてダークを助けてあげたいと思った。


「……さてと、君には俺の協力者になってもらうわけだが、俺に協力してくれる以上は君も俺と同じくらいの強さを持ってもらわないといけない。状況次第では同じ強さじゃないと命に関わる場合もあるだろうからな」

「え?」


 いきなり強さに話に入ったダークにアリシアはキョトンとする。


「それはどういう意味だ?」

「言ったとおりだ。君には俺の強さに近づいてもらう」

「え? ええ?」


 言っていることの意味が分からないアリシアの頭の中はこんがらがる。そんなアリシアを見たダークはとりあえずアリシアを落ち着かせることにした。


「落ち着け、アリシア……前に協力者になる代わりにそれなりの礼をするって言ったのを覚えているか?」

「あ、ああ。だが、そのことは気にしなくていいと……」

「いいや、それでは俺の気がすまない。それにさっきも言ったように俺の協力者として関わりを持つ以上、面倒事に巻き込まれる可能性だってある。自分の身を守れるように強い力を持っておく必要があるだろう?」

「そ、それはそうだが……」


 複雑な気持ちのアリシアはダークを見ながら呟いた。

 ダークはそんなアリシアを見るとポーチに手を入れ、何かを掴むとゆっくりと手を引いた。すると、ポーチの中から明らかにポーチには入らないほどの大きさの騎士剣が引き抜かれテーブルの上に置かれる。

 アリシアは目の前に出された騎士剣を見つめ、驚きのあまり言葉を失う。その騎士剣は白銀の剣身に柄と鍔の部分に金色の装飾が施してあるとても高級そうな騎士剣だった。その騎士剣の美しさと神々しさにアリシアは思わず見惚れてしまう。


「ダ、ダーク、この剣は……」

「聖剣エクスキャリバーだ」

「エクス、キャリバー?」

「LMFの世界に存在する騎士剣の中で一、二を争うほどの強力な剣だ。光の力が宿っており、聖騎士が使うと力が更に強くなると言われている最強クラスの騎士剣。暗黒騎士の俺じゃあ使うこともできないから持ってても仕方がない物さ。君にやるよ」

「えっ!? だ、だがこんな高価な剣を……」

「言っただろう? 俺じゃあその剣は使えない。俺が持ってるよりも君が使ってくれた方がソイツも喜ぶさ」


 ダークは笑いながらエクスキャリバーをアリシアに差し出す。アリシアは目の前にある聖剣を目にし驚くのと同時に嬉しさを感じていた。ダークが持っていた剣であるため、そこら辺にある剣とは比べ物にならないくらい優れた剣であることは分かっている。しかもそれがダークのいた世界で最強クラスと言われれば尚更嬉しくなった。

 アリシアは席を立ち、早速エクスキャリバーを手にしてみようと柄を握り持ち上げようとする。だが、次の瞬間、予想もしていなかったことが起きた。


「……ん? ……んんっ?」

「どうした、アリシア?」

「んっ、んんん~~っ!?」


 エクスキャリバーの柄を両手で握り、持ち上げようとするアリシア。だが、両手で力一杯持ち上げようとしているが、全然上がらなかった。


「んぎぃ~~っ! ……だああぁっ!」


 持ち上げるのをやめ、柄から手を放すとアリシアは疲れ切った声を出して両腕をダランと下げる。

 ダークとノワールはそんなアリシアの姿を見てポカーンとした顔をしていた。


「ア、アリシア?」

「ハァハァ……お、おい、どうなっているんだ、ダーク? この剣、とてつもなく重たいぞ?」

「は? そんなはずはないと思うんだが……」


 不思議に思うダークは左手でエクスキャリバーの柄を握って持ち上げてみる。すると、エクスキャリバーはまるで羽根のように軽々と持ち上がった。ダークには重さは殆ど感じられず、片手でエクスキャリバーを振り回す。

 エクスキャリバーを玩具のように振り回すダークを見てアリシアは呆然とする。なぜあんなに重かった剣をこんなに軽々と振り回せるのか、その理由が分からなかった。

 ダークはなぜアリシアに持ち上げられないのかエクスキャリバーを見つめながら考える。すると、何かを思い出してフッと顔を上げる。そして呆然としているアリシアの方を向いた。


「あ~、え~っと……アリシア、今の君のレベルを教えてくれないか?」

「え……私のレベルか?」

「ああ」

「……さ、35だ」


 アリシアはダークから目を逸らしながら小さな声で答える。レベル100のダークを前にして自分のレベルを話すのはどうも抵抗があるようだ。

 レベルを聞いたダークは何かに納得したような表情を浮かべ、チラッと手に持っているエクスキャリバーを見つめる。


「なるほど、それなら持ち上がらないも無理ないか……」

「? ……どういう事だ?」

「実はこのエクスキャリバー、レベル60以上の奴しか使えないっていう条件が付いてるんだよ」

「ろ、60!?」


 今の自分のレベルよりも25もレベルが高い者しか使えないと聞かされたアリシアは思わず声を上げる。そんなアリシアを見てダークは苦笑いを浮かべた。


「……レベルが60以上の者でなければ使うことのできない剣をいったいどうやって使えばいいのだ?」


 アリシアは自分が使うことのできない剣を渡されたことに少し機嫌を悪くしたのか目を細くしてダークを見つめる。


「ハハハ、ワリィワリィ。俺も手に入れた時から一度も使ったことが無かったから条件とかスッカリ忘れてたよ」

「……で、どうするんだ?」

「まずはレベルをなんとかしないとな」


 ダークはエクスキャリバーをテーブルの上に置くと再びポーチに手を入れて何かを取り出し、それをテーブルの上の置いた。それは手の平サイズの正八面体の形をした青い宝石でアリシアはテーブルの上に置かれたその宝石を見つめる。更にダークはポーチからまた正八面体の宝石を取り出す。ただ、今度は青ではなく、赤い色違いの物でサイズが一回りほど小さかった。それが全部で五つ出され、青い宝石の隣に並べられる。


「ダーク、これは?」

「これはLMFで手に入る特殊なアイテムだ。赤いのが封霊石ふうれいせきで青いのが封神石ふうじんせきだ」

「封霊石に封神石……いったいどんなアイテムなんだ?」


 アリシアは二種類の正八面体がどんなアイテムなのかダークの方を見て尋ねる。ダークは封霊石を手に取り、それをアリシアに見せて説明を始めた。


「コイツを使うことで使った奴のレベルが一つ無条件で上げることができるんだ」

「レベルを上げる!?」

「そうだ。レベルは多くのモンスターと戦い、血のにじむような特訓をしてようやく上げることができる。だけど、これを使えばそんなことをしなくても一瞬にしてレベルアップすることができる」


 封霊石の力を聞かされたアリシアは言葉を失い呆然とする。この世界では決してあり得ない無条件でレベルアップすることができるマジックアイテムが目の前にあるのだから驚くのは当然だ。

 封霊石はLMFの世界でイベントクエストの報酬や有料ガチャでしか手に入れることができないレアアイテムの一つ。レベルをすぐに上げられるということからLMFのプレイヤーたちの中には封霊石欲しさに自分のレアアイテムを幾つも出して交換しようとする者もいる。それだけ封霊石はLMFでは貴重な物なのだ。

 アリシアはテーブルの上にある封霊石の一つを手に取り、美しい赤い宝石をしばらく見つめた。すると、封霊石を手にしたままダークの方を向く。


「……ダーク、まさか貴方はこの封霊石を使ってレベルを100まで上げたのか?」

「いいや、100まで上げたのは自分の力だ。まぁ、最初の頃はなかなかレベルが上がらなくて何度か封霊石を使ったが、一人でも戦えるようになってからは自力でレベルを上げた」

「そうか……少し安心した。貴方がなんの努力もせずにそこまでレベルを上げたのではないかと思ってな……」

「失礼なことを考えるな? と言うか、君も今からその封霊石を使ってレベルを上げるんだぞ?」

「え? これは私が使うのか?」

「当たり前だ。さっきも言っただろう? 君には俺の協力者として強い力を持ってもらわないといけない。そのためにもまずはレベルを俺に近い数値まで上げてもらう」

「だ、だが……周りの者たちが努力してレベルを上げているのに、私だけがなんの努力もせずに……」

「確かに、なんの苦労もせずにレベルを上げるのは心苦しいかもしれない。だが、強い力を得た者はその強さの分だけ色んなものを背負わなくちゃいけなくなる。それが強者の宿命だ」

「強者の宿命?」

「君にはこれからその大きな宿命を背負って生きていく。時には厳しい宿命と向かい合うこともあるだろう。それが強さを得る君への代償だ」


 強さを得た者に待っている厳しい宿命、自分はこれからそれを背負っていかなくてはならない。いつの間にかそんな大きな話になっていることにアリシアは息を飲んだ。

 緊張した顔のアリシアをジッと見つめるダーク。すると突然小さく笑いながら封霊石をテーブルの上に置く。


「まぁ、そう考えれば少しは気が楽だろう」

「そ、そうか?」

「ああ……それで、どうする? そんな宿命を背負いたくないからレベルを上げるのをやめるか?」

「え? い、いや、そんなつもりはない! 私は騎士だ。一度自分で決めたことは決して曲げたりしない」

「フッ、そうか……安心しろ、もし君が途中で挫けそうになったら俺が手助けしてやるよ」

「あ、ありがとう」


 ニッと笑いながら肩にポンと手を置くダークにアリシアは若干戸惑うような顔をして礼を言う。

 話が済むとダークは早速封霊石の使い方をアリシアに教える。アリシアはダークの説明を聞いて封霊石の一つを手に取り、強く握る。すると封霊石は高い音を立てて砕け散り、消滅した。するとアリシアの体が薄っすらと赤く光る。自分の体が光ったことに驚くアリシアだったが、光はすぐに消えた。


「ダーク、今のは……」

「心配するな。レベルが上がったっていう証拠だ。スフィアを見てレベルを確認してみろよ」


 ダークに言われてアリシアは自分のナイトスフィアを取り出してスイッチを入れ、浮かぶ上がった自分の情報を確認する。すると、自分の名前の隣に浮かび上がっているレベルの数字が35から36に変わっていることに気付き、目を見開き驚いた。


「レ、レベルが上がっている!」

「これが封霊石の力さ。さぁ、残りも使ってちゃっちゃとレベルを上げちまおう」


 レベルを上げるようダークに言われ、アリシアは残りの封霊石を砕いていく。封霊石が砕けるたびにアリシアの体が赤く光り、レベルが上がっていく。

 全ての封霊石を使うとアリシアのレベルは40にまで上がった。だが、エクスキャリバーを使うにはまだレベルが足りない。アリシアがチラッとダークを見ると、ダークはテーブルの上に乗っている封神石を指差した。アリシアは封霊石の色違いである封神石を見て、これもレベルを上げるためのアイテムなのではないかと感じ、封神石を手に取りダークの方を見る。すると、ダークは黙って頷き、レベルを上げる物だと確認したアリシアは封神石を砕く。するとアリシアの体は青く光り、やがて光は静かに消えた。


「……ダーク、今のでまたレベルが上がったのか?」

「ああ、確認してみろ」


 アリシアはナイトスフィアに浮かび上がる自分のレベルをチャックした。だがその直後、アリシアは驚愕の表情を浮かべる。なんとさっきまで40だった自分のレベルが一気に70にまで跳ね上がっていたのだ。

 いきなりレベルが30も上がったことに驚きを隠せないアリシアはフッとダークの方を向く。


「ダ、ダーク! これはどういう事だ!?」

「君がさっき使った封神石は封霊石と違って一気にレベルを30上げることができる代物だ」

「さ、30ぅ!?」


 アリシアは一度にレベルを30も上げることができることに更に衝撃を受け、全身の力が抜けて椅子に座り込んだ。

 封神石は封霊石と違って有料ガチャでしか手に入らない物だ。しかも有料ガチャで当たる確率は僅か0.5%の超レアアイテム。ダークは目的のアイテムを手に入れるために有料ガチャを回しまくっている時に運良く封神石を手に入れた。だが、その時のダークは既にレベルが100であったため、使うことが無く、ずっと使われずにいたのだ。別にレベルの低いプレイヤーとアイテム交換をしてもよかったのだが、0.5%の確率で当たる超レアアイテムを手放すことができず、ずっと持っていたのだ。

 アリシアは自分が英雄以上の力を手に入れたことが信じられずに呆然とする。そこへダークがエクスキャリバーを持ち、アリシアの前に差し出した。エクスキャリバーを見たアリシアは我に返り、目の前のエクスキャリバーを手に取った。するとさっきまでと違い重さを一切感じず、片手でも持てるくらい軽く感じられたのだ。アリシアはエクスキャリバーを軽々と持てることに驚きながらエクスキャリバーを振ってみる。騎士剣とは思えないほどの軽さと握りやすさにアリシアは思わず白銀の剣身を見つめた。


「す、凄い……」

「驚いたか?」

「あ、ああ……」

「……実は、まだあるんだ」

「え?」


 レベルとエクスキャリバー以外にまだ何かあることにアリシアは思わず訊き返す。

 ダークはポーチから一枚の丸めてある羊皮紙を取り出してテーブルの上に広げた。アリシアはエクスキャリバーをテーブルに置いて広げられている羊皮紙を見る。そこには細かい字が書かれているが、それは日本語で書いてあるため、アリシアには全く読めなかった。


「ダーク、これはなんだ?」

「コイツは副職の契約書。これを使うとその人間はサブ職業クラスを持つことができるようになるんだ」

「サブ職業クラス? 前にダークが言っていたハイ・レンジャーの力が使えるようになるというあれか?」

「そうだ。この世界の人間に使えるかどうかは分からないが、もし使えるようになったら君は更に強くなるだろ」


 アリシアは自分もダークと同じようにサブ職業クラスを持てるようになることを聞いてまた驚きの表情を浮かべた。

 LMFの世界ではプレイヤーが持てるサブ職業クラスは全部で二つまで。だが、二つのサブ職業クラスを持てるのは課金者のみ。無課金者はゲーム開始時に行うチュートリアルをクリアした時に貰える副職の契約書を使い、一つだけサブ職業を持てるのだ。

 副職の契約書が手に入るのはその時だけで、あとは有料ショップで買うしかない。故に副職の契約書も封霊石や封神石と同じでプレイヤーたちにとっては喉から手が出るほど欲しい貴重なアイテムなのだ。


「これを使えば君も聖騎士以外にもう一つ職業クラスを持つことができ、その職業クラスの力や技術スキルを使えるようになるということだ。まぁ、この契約書が使えればの話だけどな……」

「本当か?」

「ああ」

「……そ、それでどうすればいいんだ? 私にはここに何て書いてあるのか全く分からないのだが……」

「大丈夫だ。俺が教えてやるよ」


 そう言ってダークは座っているアリシアの隣まで行き、羊皮紙に書かれてある内容を読み上げていく。アリシアは見たことの無い文字をスラスラと読み上げていくダークを見て改めて彼が別の世界から来た人間であることを認識する。

 ダークが羊皮紙に書かれてある内容を全て読み上げると、内容を理解したアリシアが羊皮紙を見つめながら書かれてある文章の一列を指差す。


「ここに『自分が望む職業の記入すればその職業クラスをサブ職業クラスに選べる』と書かれてあるが、どんな職業クラスでも選ぶことができるのか?」

「いや、中級以下の職業クラスなら選べるが、ハイ・ガーディアンや召喚士、あと賢者みたいな上級職を選ぶことはできない」

「そうか……それで、その選んだ職業クラスの力はちゃんと使えるのか?」

「それはこの契約書を使ってみないと分からない。あと、上手くサブ職業クラス持つことができてもその職業クラスの力を全て得ることはできない。手に入れられるのは力のほんの一部だけだ。まぁ、それでもかなり強くなるけどな」


 たとえ全ての力を手に入れる事ができなくても十分強くなれるということを聞いたアリシアが羊皮紙を見ながら必死にどの職業クラスを選ぶのか考える。ダークとノワールは黙ってアリシアを見守っていた。

 しばらくすると、アリシアは職業クラスを決めたのかダークの方を向いて彼の顔を見つめた。


「決まったか?」

「ああ、クレリックにした」

「クレリック、僧侶か……」

「私は聖騎士で光の力が宿った神聖剣技を使うことができるが、仲間の傷を癒す力は持っていない。だから、回復魔法が使えるクレリックの力を手に入れたいのだ。あのグランドドラゴンの惨劇を二度と繰り返さないためにも……」


 自分の部下を助けることができなかったことを思い出し、若干暗くなるアリシア。ダークはそんなアリシアを見て彼女の仲間を守りたいという強い意志を感じる。

 アリシアは羽根ペンを取り、サブ職業クラスを書き込む欄にクレリックと書こうとする。するとダークがアリシアの羽根ペンを持つ手を掴んで止めた。


「ん? ダーク?」

「アリシア、どうせならクレリックじゃなくってハイ・クレリックにしたらどうだ?」

「え、ハイ・クレリック?」

「LMFの世界ではクレリックは下級職になっていて、その上にハイ・クレリックとプリーストがあって中級職となってるんだ。そしてその上にハイ・プリーストやエクソシストみたいな上級職があるんだよ」

「ハイ・クレリックを選べるのか? この世界ではハイ・クレリックは上級職として扱われるんだが……」

「へぇ~、そうなのか……まぁ、その契約書はLMFの世界のアイテムだから、LMFで中級職として扱われているハイ・クレリックなら選べるんじゃねぇの?」

「ほ、本当か?」

「さぁ、それは分からない」

「な、なんていい加減な……」


 アリシアはダークのいい加減な答えに呆れ顔になる。


「と、とりあえず書いてみろよ? もし選べない場合は書いた文字が勝手に消えるようになってるからさ」

「うむ……まぁ、一応書いてみるか……」


 苦笑いを浮かべながらハイ・クレリックを書くことを勧めるダークを見てアリシアは納得のいかない様子で羊皮紙に書きこんだ。羊皮紙にこの世界の文字でハイ・クレリックと書かれ、全ての記入が終わるとアリシアは羽根ペンを置いた。すると、羊皮紙が黄色く光り出し、宙に浮き上がる。そして光の粒子となりアリシアの体を包み込む。

 光の粒子が自分を包み込むことに驚くアリシア。ダークとノワールはその光景を意外そうな顔で見ている。


「マスター、これは……」

「ああ、どうやら成功みたいだな。あれは俺たちがLMFの世界で副職の契約書を使った時に出る光だ」


 二人は副職の契約書を使うことができたことを知り、とりあえず安心する。やがて光の粒子が消滅し、アリシアは自分の体を見回す。何が起きたのか分からない彼女は少し不安な表情を浮かべていた。


「お、おい、どうなったんだ?」

「どうやら成功したらしい」

「それでは、私はサブ職業クラスを得ることができたのか?」

「ああ、間違いないだろう」


 ダークはそう言ってポーチから賢者の瞳を取り出してアリシアを覗き見る。賢者の瞳はモンスターだけでなく、プレイヤーの情報を見ることもできるのだ。副職の契約書の発動が成功した時に出る粒子を見てもやはり心配なのか、ダークは念のために確認した。

 賢者の瞳を覗いてアリシアの情報を確認すると、レンズにアリシアの名前とレベル、そしてメイン職業クラスとサブ職業クラスが映し出される。レベルは70、メイン職業クラスに聖騎士、サブ職業クラスにハイ・クレリックと現在のアリシアの情報が映し出されていた。

 アリシアの情報を見てダークはニッと笑う。


「間違いない、君はサブ職業クラスにハイ・クレリックを取得した」

「それじゃあ、私はこれで回復魔法が使えるようになったのか?」

「いいや、職業クラスを取得したばかりじゃ使えない。訓練をしたり、モンスターと戦っていけば、自然とハイ・クレリックと能力を体得できるようになる。それまでは今までとおり、聖騎士の力だけで戦っていくしかない」

「そ、そうか。分かった、これからは騎士だけでなく、クレリックの修行もすることにする」

「おう、その意気だ」

「頑張ってください、アリシアさん」


 気合を入れるアリシアを見てダークとノワールは応援する。

 長かったレベルアップとサブ職業クラスの取得したアリシアは緊張が抜けたのかホッとしながら肩を下ろした。そんなアリシアを見てダークとノワールは小さく笑う。

 それからダークたちは明日の予定を簡単に話し合い、予定が決まるとアリシアはダークとノワールに別れを告げて宿屋を後にし帰宅する。勿論、ダークから貰ったエクスキャリバーを忘れずに持って帰った。


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