プロローグ
西暦2086年、世界にVRMMORPGというゲームが誕生した。
これは専用の機械を使って人間の五感をコンピュータと接続させ、仮想世界で思った通りに動き、遊ぶことができるゲームのことである。分かりやすく言うのなら、ゲーム世界に自分の意識を飛ばしてゲームの世界を現実世界のように体感することができるということだ。
VRMMORPGが誕生して多くのゲームが開発された。その中でも長年VRMMORPGの人気ランキング一位であり続けるゲームがあった。
<レジェンド・ミッドガルド・ファンタジー>、通称LMFである。
このゲームは北欧神話の世界を舞台としたゲームで、プレイヤーはその世界に存在する多くのダンジョンを冒険したり、イベントやクエストをこなしたりなど様々な要素を楽しむことができる。
だがその中でも特に注目されているのは職業にあった。
LMFではアバターを作り、初めてゲームを始めると最初に職業で<戦士系>か<魔法使い系>かのどちらかを選ばされる。
戦士系を選ぶと体力や攻撃力が成長し、騎士や盗賊などの肉体系の職業を選ぶ事ができ、魔法使い系を選べば魔力や知力が成長し、ウィザードやクレリックなどの魔力系の職業に就くことができ、職業の数は全部で百を超えている。だが、ただ職業が多いというだけでは他のVRMMORPGと大して変わりは無い。LMFの最大の見どころはメイン職業の他に<サブ職業>を得ることができることだ。
サブ職業とは、プレイヤーが最初に選んだ職業以外に得ることができる別の職業だ。サブ職業はメイン職業とは全く違う職業に就くことができるため、メイン職業では得られない技術や能力を得ることができるのだ。
例えば、戦士系を選択し、メイン職業を槍騎士にしているプレイヤーがハイ・ウィザードをサブ職業に選んだ場合、魔法を使うことのできない槍騎士がハイ・ウィザードの魔法や技術を使えるようになるのだ。ただし、あくまでもそのプレイヤーのメイン職業は槍騎士であるため、槍騎士の技術や能力を全て習得できるが、サブ職業であるハイ・ウィザードの魔法や技術は一部しか取得できないようになっている。そうしないとゲームバランスが崩壊してしまうからだ。
技術にも様々なものがあり、レベルを上げたり、アイテムを使ったりなどして習得することができる。装備アイテムにも技術が付いており、装備した状態で一定のレベルを上げると習得することも可能だ。そのため、目当ての技術を得るために長時間、弱いアイテムを装備した状態でレベル上げをするプレイヤーも多かった。
他にもアバターの外装を自分そっくりに作ったり、遊び半分で面白い顔や体形にすることも可能。これらの理由により、LMFは多数のVRMMORPGの中で高い人気を得たのだった。
そして、そんな人気VRMMORPGを楽しむ一人のプレイヤーに信じられないことが起きるとは、誰も知らなかった。
――――――
LMFの世界のある平原。星空の広がる人気の無いその平原の真ん中にある一本道を歩く四つの人影。彼らはLMFのギルド<パーフェクト・ビクトリー>のメンバーでLMFで現在開催されているイベントクエストを終えて拠点のある町へ戻る途中だった。
四つの影の内、二つは女性アバターでもう二つは男性アバターだ。
二人の女性アバターの内、一人は紫色のセミショートに黒い魔女帽子を被り、黒いローブを着ている。もう一人はオレンジ色のミディアムヘアーに猫耳を付け、ピンクや黄色など色とりどりの派手なドレスを着ており、その手には大きな弓を持っていた。二人とも可愛らしい顔をしているが、それはアバターだからだ。現実の顔はどんなものなのかは分からない。
男性アバターの方は一人が黒いマッシュカットで額に金色のサークレットを付け、バイオレット色の鎧を装備した若い男でその手には高そうな槍が握られていた。そしてもう一人は漆黒の全身甲冑を纏った騎士で顔の見えない男だった。被っている兜の左右には横へ伸びる角が付いており、上の部分にも後ろへ伸びる角が一本付いていた。目の部分には小さな穴が開いており、そこから赤い目を光らせ、恐怖の様なものが感じられる。更に赤いマントを羽織り、背中に片刃の大剣を背負っていた。
四人とも身長が180cmから190cmぐらいはあり、LMFの中では長身と言える方だった。
「今日は大変でしたね?」
魔女帽子を被った女性が歩きながら他の三人の語り掛ける。アバターであるため、表情は変わらず、まばたきなど細かい動きもしないが、声からそのアバターを操るプレイヤーがどんな顔をしているのかは想像がつくため、コミュニケーションにはそれほど困らなかった。すると隣を歩いていた猫耳の女性が魔女帽子の女性の方を向く。
「本当でしたよ。ウィッチキララさんが途中でポーションを使い果たしちゃって回復に苦労しちゃいました」
「それは言わないでくださいよ、永遠アイドルさぁん」
ウィッチキララと呼ばれる魔女帽子の女性は猫耳の女性を永遠アイドルと呼んで疲れたような声を出す。変わった名前だと思われるが、これは勿論本名ではない。LMFの中でのアバター名である。アバター名にはカッコいい名前や可愛い名前を付けるプレイヤーもいれば、面白い名前や適当な名前を付けるプレイヤーもいた。それがオンラインゲームの楽しみの一つでもある。
「でも、永遠アイドルさんがライトクレリックをサブ職業にしていたから、アイテムが切れても問題なかったじゃないですか」
二人の前を歩いていたマッシュカットの男性が歩きながら振り向いてウィッチキララをフォローする。
「ですよねぇ! ビスマルクさん」
ウィッチキララはマッシュカットの男性をビスマルクと呼び嬉しそうな声を出す。そんなウィッチキララを見てビスマルクは小さく笑った。二人を見た永遠アイドルは「やれやれ」と言いたそうな素振りを見せる。
「それにしても、今回一番活躍したのはやっぱりダークマンさんですよね?」
永遠アイドルが目の前を歩く漆黒の騎士を見ながら言う。どうやらこの騎士のアバター名はダークマンと言うらしい。
名前を呼ばれたダークマンは足を止めてゆっくりと振り返る。そして永遠アイドルを見て赤い目を光らせた。
「そんなことないですよ。ビスマルクさんの方が俺よりもずっと活躍していました」
恐ろしい見た目からは想像もつかないくらい礼儀正しい口調の声。ダークマンは恐ろしい外見をしているが、実際はとても礼儀正しく物静かな性格をしている。そのため、同じギルドの仲間たちからの評判も良かった。
「いやいや、僕はイベントボスが召喚したザコ敵を一掃することで精一杯でした。イベントボスを一人で足止めしたダークマンさんの方が凄かったです」
「そ、そうですか?」
「ええ、おかげでイベントボスも倒せて報酬もガッポリ手に入りましたから」
「アハハハ、ありがとうございます」
後頭部を掻きながら軽く頭を下げるダークマン。そんな彼を見てビスマルクたちは笑った。
四人はギルドを立ち上げてからずっと一緒にLMFで遊んできた仲間たちで、全員がLMFの最大レベルである100。これまでも色んなイベントクエストに参加したり別ギルドのプレイヤーと対戦などをしてきたため、既に家族同然の関係になっていた。現実では一度も会ったことが無いのにゲームの中では家族、なんとも複雑な関係だ。だが、彼らはそんなことはこれっぽっちも気にしていない。
ダークマンたちが楽しそうに話をしていると、ウィッチキララがふと何かに気付いた。
「あっ! もう夜の十一時ですよ!」
「えっ? あっ、本当だ!」
ウィッチキララが現在の時刻を口にし、永遠アイドルも何かを見て驚く。
LMFのプレイヤーの視界には自分のHPとMP、周囲のマップ、そして現実での時間が表示されており、ゲームでの現状と現実の時間を把握できるようになっている。
ダークマンとビスマルクも自分の視界に移っている時間を見て驚いた。
「早いですね、LMFに来た時は午後八時だったのに……」
「楽しいと時間の経過が早いって本当なんですね」
「……それじゃあ、今日は解散でいいですかね?」
ビスマルクが三人に尋ねるとダークマンたちは頷く。
「危なかったぁ。私、明日早く起きないといけなかったんですよぉ」
「僕もです。明日は早く会社に来いって課長がうるさくて……」
「ゲームの中では自由なのに、現実では相変わらずですよねぇ~」
「ええ、本当に……」
現実での自分たちの立場を思い出してめんどくさそうな口調で話す永遠アイドルとビスマルク。そんな二人をダークマンとウィッチキララは黙って見ていた。
話が終わると永遠アイドルとビスマルクは右手を動かしてプレイヤーのメニュー画面を開いた。メニューを指で動かしていき、一番奥にある<ゲーム設定>を開き、更に下へずらすと一番下に<ログアウト>と書かれてあった。このログアウトを押すとLMFのプレイヤーは自動的にゲームを終了し現実に戻ることができるのだ。
「それじゃあ、僕は明日早いので此処で失礼します」
「私も一緒に行きますね? 今日は本当にありがとうです」
「ええ、二人とも、ログアウトしたらすぐに休んでくださいね?」
「ありがとうございます、ダークマンさん。では、お先です」
そう言い残してビスマルクはログアウトボタンを押す。するとビスマルクの体は光に包まれて綺麗に消えてしまった。それを追うように永遠アイドルもログアウトし消える。
残ったダークマンとウィッチキララはしばらくそこに立っており、数秒後、お互いの顔を見合った。
「俺たちはどうします?」
「う~ん、私もそろそろ上がろうかな? 最近はちょっとハードでしたから」
「……そうですか、分かりました。じゃあ、今日は全員上がりましょう」
「ええ。それじゃあ、ダークマンさん、また明日……」
ウィッチキララも自分のメニュー画面を開き、ログアウトボタンを押して消えた。
残ったダークマンは自分以外誰もいない静かな平原をグルッと見回すと肩を落としながら息を吐いた。
「フゥ……上がりましょう、なんて言ったけど、俺は明日大学の講義が無いから退屈なんだよなぁ……」
ダークマンは現実では近くの大学に通っている学生で講義の無い日は殆ど家で過ごしている。友達と遊びに行く日もあるが、それも数えるくらいしかない。ダークマンは現実の生活に退屈していたのだ。一人暮らしで普通に大学へ行き、普通に講義を受けて普通に帰る。そんな退屈な生活から解放してくれるのがLMFだった。
今の彼にとって現実は向こうではなく、LMFになっていたのだ。
だが、ダークマン自身も自分のやっていることが只の現実逃避だということは分かっていた。世の中には自分のように生活したくてもできない者が大勢いる。それを考えると、自分の悩みがどれだけくだらないものなのかがよく分かっていた。
「……俺みたいな生活をすることが普通なんだよな。世界には戦争をして平和に過ごしたくても過ごせない人もいる。そんな人たちのことを考えれば俺なんてずっと幸せ者だよな」
ダークマンは自分の視界に映る時計を見る。時刻は既に十一時十五分になっていた。
「……まぁ、最近はずっとゲームばっかりしてたんだ。明日は休みだし、たまには外に出ようかな」
若干疲れたような口調でメニュー画面を開くダークマン。指で画面を動かし、自分もログアウトしようとログアウトボタンを押そうとする。すると、遠くに見える平原の真ん中で何かが光っているのに気づき、ダークマンはメニュー画面と閉じた。
「なんだ?」
ダークマンは光の正体が気になり光のある場所まで走った。
平原の真ん中へ来たダークマンは目の前で輝く光をジッと見つめる。その光はLMFのあちこちの現れる隠し宝物庫へ繋がるワープトンネルに似ていた。
「さっきまではこんなの無かったぞ? いつ現れたんだ?」
ビスマルクたちと会話していた時は気付かなかった光にダークマンは腕を組んで考え込む。本当ならログアウトしようと思っていたのだが、目の前にある光が宝物庫へ繋がるワープトンネルだとしたら、見逃すのはもったいない。
「……この先に何があるのか、それを調べてから上がるか」
欲に負けたダークマンはゆっくりと手を伸ばして光に触れる。すると光が周囲を包み込み、ダークマンの視界は真っ白になった。
――――――
光が治まり、周囲が見えるようになると、そこには隠し宝物庫などなく、さっきまでと違う風景が広がっていた。目の前には大きな池があり、その周りを多くの木々が囲んでいる。
「……なんだ、ハズレだったのか」
ダークマンはガッカリしたような声を出す。彼は隠し宝物庫に行けず、別の所へ転移したことにも驚いていない。宝物庫へ行けず、別の所へ飛ばされることは珍しくないからだ。だが、ダークマンは一つだけ驚いたことがあった。
「さっきまで夜だったのにどうして明るくなってるんだ?」
空を見上げながらダークマンは呟く。そう、実は空は星一つ無い青空だったのだ。いくらゲームの世界と言ってもさっきまで夜だったのにいきなり明るくなるなんてことはあり得ない。しかもそれだけではない。視界に移っているはずのHP、MP、そして時計も消えてしまっていたのだ。
ダークマンは何が起きたのか分からずに腕を組んだ。
「ゲーム側で何か異常があったのか? ……まぁ、こっちには関係ないことだよな。さっさとログアウトしちまおう」
ダークマンは異常の原因を難しく考えずにメニュー画面を開く。すると、ダークマンはあることに気付いた。
「ん? メニュー画面がいつもと違う?」
さっきメニュー画面を開いた時とメニュー画面が若干変わっていた。今までメニュー画面にはアイテム、装備、ステータス、能力、技術、情報、ギルド、設定が出て、そこから自分が見たい画面を開くことができた。だが、今のメニュー画面には装備、能力、技術、設定の四つしかなかったのだ。
「アイテム、ステータス、情報、ギルドが消えてる。どうなってんだ?」
メニュー画面までおかしくなっているのを見て流石に怖くなったのか、ダークマンは急いでログアウトしようとゲーム設定の画面を開きログアウトのボタンを押そうとする。だが、そこでダークマンは信じられないものを目にする。
「……ログアウトボタンが、無い?」
そう、さっきまであったはずのログアウトのボタンが消えていたのだ。これにはダークマンも驚きを隠せず、全身甲冑をガチャガチャと揺らしながら後ろへ一歩下がる。
「……いったい、どうなってるんだよ!?」
ダークマンは何が起きたのか分からずに声を上げる。この時の彼はまだ自分がLMFの世界ではなく、全く違う異世界へ飛ばされたことに気付いていなかった。
第二作目、投稿しました。
ですが、機械鎧の方をメインとしているので、こちらの投稿は私の都合によりますので、ご了承ください。