非日常の荒れ地
「まさか、一日に二度も呼び出されるとは思わなかったわ。しかも、こんな時間にね」
現在時刻は午後八時。本来なら学生たちは自室で過ごしていなければならない時間だ。だが、事態が事態だ。そこは大目に見てもらいたい。
さて、俺たちは今事件の解決のため、容疑者である神谷アゲハと大村雛菊。刑事兼証人として十雷土と城ケ崎竜士郎。そして探偵の俺、桐木涼。助手の並木恵がそろっている。
推理を始めるには絶好のシチュエーションだろう。
「まあ、そう言わないでくれ。お前だって大好きな先輩がどうして死んでしまったのか知りたいだろう?」
まずは、機嫌が悪い神谷を落ち着けるために軽く問いかける。途中で帰られたりしても困るしな。
「じゃあ、あんたは分かってるわけ? どうして、センパイが死んだのか?」
「アゲハちゃん……。敬語使おうよ……」
というか、俺は初めて今回の容疑者二人の姿を見るんだが。まあ、大体電話越しに聞いていた声の感じと同じような印象だな。
神谷はギャルっぽい感じで、制服をかなりアレンジしているのに対して、大村は文学少女といった印象で、制服には一切手を加えて無い。
「ああ、今からそれを説明してやるよ」
自信たっぷりと言った風に不敵な笑みとともに断言してやる。すると、神谷も聞く姿勢になった。
「いいわ。聞かせてもらおうじゃない」
「それじゃあ、まずは僕からの質問に答えてくれないかな?」
すると、十がいきなり手を挙げて尋ねてきた。なんだよ、こっちは説明する気満々だったのに。
「今回の事件。普通に考えれば、加賀美さんの自殺じゃないかと考えられるものだったよね? 城ケ崎君?」
「ああ。屋上に灯油の入っていたポリタンクと加賀美の指紋が付いたライターが落ちていたことから、加賀美は屋上で自らに火をつけて飛び降りたと考えられた」
刑事の二人が今回の事件について振り返っている。まあ、こちらとしては話すことが減って助かるんだが。
「ええっ? センパイが自殺? それってありえなくない?」
「私も……そう思います。あの人は自殺を考える人なんかじゃないはずです」
容疑者二人からの証言。まあ、並木と十も同じような評価だったし、この二人も同意見なんだろう。
「そう、だけど他殺だと考えるには二つの問題があった。そうだよね、桐木君?」
「お前から出された二つの問題だったな。殺害方法の問題と指紋の問題。どのように広い屋上で加賀美を追い込んだか、そして、どうやってライターに加賀美の指紋をつけさせたか」
「そして、こうも言ったよ。その二つの問題を解決しないことには事件の真相は見えてこない。もし、できなければ、屋上から飛び降りて彼女に聞いてこなければならないってね」
「それはもういいだろ……」
全く、こんな時まで冗談は欠かさないのか。みんなが若干引き気味だぞ。
「あの!」
「ん? どうしたのかな並木さん?」
そんな中、並木が挙手して発言してくる。
「それなら、普通に霊媒師に頼んだほうがよろしいのでは?」
「いや、十の冗談にマジレスしてんじゃねえよ!」
てか、この話題はそんなに掘り下げるようなもんじゃない!
「まあ、それはさておき、ここにみんなを集めたということは、桐木君。君は二つの問題に対する答えも、この事件の真相も、果ては犯人も、すべて察しがついたと。そういう認識でいいんだね?」
「ああ。もちろんだ」
十からの質問。それは俺が事件の真相を分かっているかということをもう一度聞いただけにも思えるが、事件についてあまり詳しくない神谷と大村に、説明の概要を説明する役割もあった。
なんだかんだで、こいつもサポートをしてくれているわけだ。ま、冗談は余計なんだが。
「それじゃあ、まずは殺害方法の問題だっけ? それについて教えてよ」
「アゲハちゃーん……先輩だからぁ」
大村、神谷の言動についてはもうあきらめたほうが身のためだと思うぞ。
「殺害方法の問題というか、これは現場の問題と言い換えたほうがいいな。加賀美を殺すにあたって、屋上という広く開けた場所じゃあ、灯油をかけるのも追い込むのも火をつけるのも難しい。なら、別の場所で犯行を行えばいい」
「何? 現場は屋上じゃないというのか?」
「ああ、残されたポリタンクとライターは、犯行後に犯人が屋上のヘリに置いておいただけの偽装工作というわけだ」
「だが、蜻蛉が言っていたように、焼死体とはいっても、死因は転落死なのだぞ。屋上じゃないとすれば、いったいどこから落下したというんだ?」
城ケ崎の案外鋭い質問に、少しばかり感心する。そう、屋上に残された証拠と転落死。この二つから無意識に、加賀美は屋上から落ちたと思い込んでいた。
だが、実際は違う。
「本当の現場はここ」
自分の人差し指を床に向け、言う。
「特別教室棟三階の空き教室。いや、手芸部の部室だ」
「加賀美さん、神谷さん、大村さんの所属している手芸部というのは学園の部活動一覧には載っておらず、同好会という扱いになっていました。部の設立者は神谷さん扱いになってましたけど、本当は加賀美さんが今年になってあなたたちを誘い創ったということで間違いはありませんか?」
「……ええそうよ。あの人が折角だからって、アタシたち三人で集まれる場所を作ろうって言い出してね」
「そして、ここ特別教室棟三階の空き教室を部室として利用していたと」
「加賀美先輩が一年生の時に見つけた、秘密の場所らしいです。嬉しそうに私たちに教えてくれたのをよく覚えています」
並木があらかじめ調べておいたことを容疑者の二人に確認する。
「空いている教室を無断で私物化か。あまりほめられたことではないな」
「まあ、そのことは今は置いておこうか。それで、実際の事件現場はここだと?」
「ああそうだ。屋上なんかよりも、こんな秘密の場所のほうが呼び出しやすいだろうし、犯行はしやすかったんだろう。屋上には及ばないが、ここだって地上三階。転落死には十分な高さだ」
十からの問題の一つ目について答えを述べる。まあ、探偵と言えばこうやって自分の推理を披露してなんぼだろ。
「おまけにここは空き教室。普通は物置代わりに使われていて、入り口さえ塞いでしまえば、そこの窓に追い詰めるのも簡単だったろうな」
そこまで言って、窓を開け指を差す。
「ここの窓枠が部分的に焦げている。燃えた加賀美が落下する際に火で熱せられたんだ。さらに言うなら、ここの窓枠と屋上のポリタンクが置いてあったヘリ、死体が落ちていた位置はすべて直線状で結ばれる。これが一つ目の問題の答えだ」
俺の推理を聞いたみんなは感心したような、そんな表情を浮かべ、黙っている。けれど、そんな中で一人態度を変えずに俺につっかかってくる奴がいた。
「で? 確かにその問題は解決したみたいだけど、もう一つは? 確か、ライターにはセンパイの指紋が付いていたのよね。どうやったらそんなことができるのよ? まさか、『センパイ、ライターを触ってください』なんて頼めないし」
神谷だ。こいつ、ただ単に生意気なギャルってだけじゃないな。頭も切れるし、案外見た目よりもしっかり者なんだな。
「ま、当然だろうな。高校生の身でライターなんてものを持っていたら面倒なことになりかねない。特に、加賀美みたいなのが相手じゃ、下手すれば職員室に連れて行かれちまうだろうな。だが、一つ可能性を見逃してないか?」
「可能性? 何よ?」
「ああ。ライターに加賀美の指紋が付いている理由。犯人の工作以外のもう一つの可能性さ」
そう。ごくごく当たり前すぎて、見逃してしまう。そんな、もう一つの可能性。凶器のライターに加賀美の指紋が付いていた理由。それは、
「あのライターが元々加賀美のものだったっていう可能性さ」
「「「「!?」」」」
俺の言葉に並木以外の全員が驚きの表情を浮かべる。特に、容疑者の二人は驚愕と言っていいほどだ。
「あのライターが加賀美の持ち物だとすれば、犯人はそれを盗み出し、手袋か何かをつけて犯行に及ぶだけでいい。偽装の必要なんかない」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! センパイがライターを持っていたですって!? じゃあ、つまり、えっと、その……」
神谷の声に勢いがなくなっていく。そのことを言うのをためらっているようだった。
「つまり、被害者である加賀美蘭さんは喫煙者だったと、そう言いたいわけだね?」
「!?」
その後のセリフを十が奪った。で、神谷が睨んでいる。あんまり刺激しないでほしいんだがなー。
「ああ。そう考えれば二つ目の問題にも片が付く」
「待ちなさい! センパイが喫煙者とか、そんなわけないじゃない! 勝手な憶測でセンパイのことを汚さないで! 証拠は!? センパイがたばこを吸っていたって証拠はあるの!?」
で、案の定神谷が声を荒げてくる。あんまり大声出さないでほしいんだがなー。警備に見つかったらどうするんだ。
「確かにそうだぞ、桐木。突拍子がなさすぎる」
「あ、それでしたら。私から説明しますね」
さっきまであまり目立ってなかった城ケ崎に対して、並木が挙手をした。そして、持っていたカバンから一つのクマのぬいぐるみを取り出した。
「このぬいぐるみ。この空き教室に三体セットで置いてありました。これは、あなたたち手芸部のメンバーが一人一体ずつ作ったもので間違いありませんか?」
「ええそうよ。三人で結成記念にって、おそろいのものを作ったの。でも、それがどうしたっていうの?」
「では、このピンク色のぬいぐるみが加賀美さんが作ったものですね?」
「そうだけど……。何でそんなのがわかるのよ?」
神谷の問いかけに対して、並木がそのぬいぐるみの首を回した。
「な!? 何してんのよ! センパイの大事なぬいぐるみに……!」
「このぬいぐるみ、ちょっとした仕掛けがありまして。こうやって首を回すと、胴体と別れるようになっているんです。そして、この胴体の中にはちょっとしたものが入れられるようになっているんです。例えば……」
並木がそのぬいぐるみの胴体の中身を見せてくる。すると、その中には。
「た、たばこ……」
「これで納得したか? これが、ライターに加賀美の指紋が付いていた理由。二つ目の問題の答えだ」
これで、まずは一区切り。殺害方法も、謎も明らかになった。教室内は静寂に包まれた。
「さて、これで最後だね。この事件の犯人、それを明らかにしようか」
「そ、そうよ! 犯人は? 今まで散々しゃべっておいて、肝心の犯人については何も分かってないじゃない!」
「おいおい、神谷。お前ならもう分かってるんじゃないのか? ここまで言ったらもう犯人は分かったようなもんじゃないか」
「もったいぶってないで教えなさいよ!」
神谷……本当に分かってないのか? いや、認めたくないだけか。
「……この事件。犯人は、加賀美からライターを盗んでそれを犯行に使用している。だが、ライターなんて代物、簡単に盗めるはずがない。そりゃそうだ。ばれたら退学ものなんだからな」
さて、いよいよだ。毎回思うが、この瞬間は緊張するな。それを、悟られないように気を強く持って続ける。
「盗めるとすれば、加賀美の身の回りにいる人物。それも、かなり親しい間柄でないといけない。つまり……」
ドラマで見た探偵のように、振りかぶって人差し指をそいつに突きつける。
「加賀美のルームメイトの大村雛菊! お前が犯人だ!」
さっきから、発言がなくなっていた所に、俺からの犯人宣告。大村の体が震えた。
犯人が分かりました。さて、皆さんの予想は当たりましたでしょうか?