非日常の地下通路
七志野学園で死んでしまった者は、一部の例外を除いて、一般生徒の記憶から消えてしまう。その一部の例外とは、被害者とのかかわりが深かった生徒だ。
なので、並木が見つけてきた二人の生徒は加賀美と深いかかわりがあり、殺す動機があるかもしれない人物だということ。要するに、容疑者というわけだ。
で、今回の容疑者はというと……。
『ちょっと、一体全体今日はなんて日よ。加賀美センパイは居なくなってるし、そのことを誰も覚えてないし、放課後に呼び出されたと思ったら、センパイが死んだとか、意味分かんない!』
「かなり、荒れてんなー……」
俺のスマホのスピーカーから、女子生徒がギャーギャー騒ぐ声が聞こえてくる。てか、甲高くて耳が痛いんだが……。
現在、とある使われていない教室では並木が見つけた二人の生徒が城ケ崎と十から事情を聴きだされようとしている。俗にいう取調べというやつだ。その様子をスマホで中継して、並木と俺が聞いているという状況だ。
「ええと、彼女は神谷アゲハさん。なんでも、今日加賀美さんのことを皆に聞いて回っていたそうなんです。本人が言うには、加賀美さんとは同じ部活の先輩後輩だそうですね。で、私がそのことを聞きつけて呼び出したんですが……」
「かなり機嫌が悪いな……。こりゃあ、城ケ崎たちも苦労しそうだ」
スマホからは、なおも大声でわめく神谷の声が聞こえてくる。それを必死に城ケ崎と、もう一人の容疑者が落ち着かせようとしているわけだ。
『ろくな説明もなしにいきなり連れてこられて、狭い教室に押し込まれた上に、ボクシング部のドーベルマンと一緒なんてふざけんなって話なんだけど! ヒナギクもなんか言ってやったら!?』
『アゲハちゃん落ち着いて……先輩たちも困ってるよ……』
神谷の暴走を止めようとする小さな声が何とか聞こえてくる。神谷のそれと比べると、かなり落ち着いた感じのものだった。まあ、比較対象がこれならなんでもそう感じるだろうが、痛くなった耳が癒されるほどの声だった。
「もう一人が大村雛菊さん。神谷さんに連れまわされて、一緒に加賀美さんのことを聞いて回っていたそうです。神谷さんと同じく、同じ部活の先輩後輩とのことです」
「聞いている感じだと、まるっきり正反対の二人だな」
神谷が暴走していて、それを大村がフォローする。よくしゃべる甲高い声に、口数の少ない癒しボイス。多分、性格なんかも真逆なんだろう。よく、同じ部活に入っていたもんだ。
「確かにそうですけど、お二人の仲は良好らしいですよ? あの二人について少し調べてみましたが、クラスが違うのによく中庭で昼食を食べている姿が見られていたそうです」
「……二人で、ね」
本来ならその中に加賀美の姿もあったんだろう。そう思うと、少し寂しい気分になる。
『では、そろそろ本題のほうに入ろうかな?』
『おい、十。今まで黙っておいてよく切り出せたな?』
『僕としては彼女たちの無駄なおしゃべりに興味はなかったのでね。静観させてもらっただけさ』
『なんですってー!?』
『アゲハちゃん、おさえて!』
さて、向こうではようやく神谷の暴走が止まって、事件について話が始まろうとしているところだった。てか、十。ほんと、さっきから一言もしゃべってなかったよな。
『まあ、いいわ。で? アタシたちに何を聞きたいってのよ? 聞きたいことがあるっていうからこんなとこまで来てやったんだけど?』
神谷の不遜な態度が、声だけで伝わってくる。こいつ、敬語とか使わなそうだな。
『まずは、君たちから見た加賀美さんの印象について教えてくれないかな?』
十の声が聞こえてきた。さて、どんな情報が出てくるかな?
『センパイの印象ねえ……。うーん、おせっかいなツンデレ?』
『あ、分かる』
『ああ、僕もそう思っているよ』
「凄いです。たった一言に加賀美さんのすべてが詰まっています。さすが、同じ部活の後輩さんたちですね」
「……加賀美のイメージってそんなんなのか……」
加賀美を知る奴全員からのお墨付きをもらってしまった。なんとなく、草葉の陰から加賀美のツッコミが聞こえてきそうだ。(ツンデレゆーな!)とか、そんな感じ。
『あの人は、頼んでもいないのに無理やりこっちのスペースに入ってきて世話焼こうとするからね。で、お礼言ったら、(べ、別にそんなんじゃないんだからっ)とかいうのよ。ツンデレ以外の何物でもないわ』
『困っている人を見ると放っておけない人なんでしょう。それでいて、助けた人たちからは鬱陶しがられたようですし、感謝され慣れて無かったんでしょうね』
「私の時もそうでしたよー。顔を真っ赤にして、(お礼とか言われる筋合い無いから! 私が勝手に話しかけただけだし!)って」
「凄く、良い奴だったんだな……」
「はい。それにしても、お二人とも、本当に加賀美さんのことがお好きだったんですね。声がとても楽しげです。なのに、このお二人のどちらかが犯人かもしれないなんて……」
「まだ決まったわけじゃない。真実を明らかにするためには、そういった感情は邪魔になる」
「そう、ですよね……」
並木は普通の女子高生だ。だから、普通に悲しむし、傷ついたり、泣いたりもする。だから、この学園で、異常者として生きていくのは厳しいものがある。もし、こいつが普通の学園に通っていたなら、きっとこんな思いをすることはなかっただろう。電話の向こう側の二人も、加賀美にも言えることだ。
「…………」(ポフン)
「わっ……桐木君?」
落ち込んでしまった並木にかける言葉が見つからなかった俺は、黙って頭を撫でてやった。
なんとなく、寂しい気分になってしまったが、切り替えていかないと、今はこの事件を解決することに集中だ。
『成る程な。では、ここ最近彼女に何か変わったところはなかったか?』
今度は城ケ崎が問いかけた。事件前の彼女の行動は重要だ。できるだけ、明らかにしておきたいところだ。
『別にここ最近は特に変わったところは……。ああ、関係ないかもだけど、センパイって結構忘れ物するのよ』
『忘れ物?』
『そ、部活が終わった後、寮に帰る途中で部室に置き忘れたーって言って一人だけ戻るのよ。それが、結構な頻度であるのよ』
『いつもはきちんとしているんですけど……。何か変わったところって言ったらそれぐらいです』
忘れ物ねぇ……。確かに、聞いた感じの加賀美のイメージとは合わないな。むしろ、他の奴の忘れ物に気づきそうなものだが。
『そういえば、ヒナギク。あんたセンパイと同室だったわよね? 部屋ではどんな感じだったの?』
『えっと、実は……昨日の晩のことなんですけど……』
『! 昨日の晩、事件が起こった時間帯だな。何かあったのか?』
城ケ崎が立ち上がったらしく、スピーカーから固いものにあたったような音が聞こえてきた。
ちなみに、向こうのスマホは机の中に入っている。だから、あんまり机を動かしたりしないでほしいんだが。
『は、はい! ええと、夜十時頃。私はベットで横になっていたんですが、物音がして目が覚めたんです。そしたら、先輩が部屋から出ていって。もう消灯時間も過ぎているのに、どこに行くんだろうって思ったんですけど、眠かったし、朝になったら帰ってきていると思ったのでそのまま……』
『寝ていたの?』
『う、うん……。もし、あの時私が先輩を止めていたら……』
『終わったことあれこれ言ってもしょうがないでしょ。てか、何で今それ言ったの? アタシには話しておいてもよかったんじゃない?』
『だってアゲハちゃん、今日は私のこと連れ回しっぱなしだったから、話す機会がなくって』
『う……。ご、ごめん』
なんだか、無駄に行動力ありそうな奴だもんな。神谷に振り回されてる大村の図が浮かんでくる。
『ふーむ、午後十時に部屋から出て行ったか……。誰かに呼び出されたとかそんな感じかな?』
『よく分かりません……。今までも何度か、夜に部屋を出ることはあったんですが、消灯時間以降は初めてでしたので』
加賀美の行動もよく分からないな。ただ、誰かに呼び出されていたとすれば、そいつが犯人の可能性は高い。
『ふむ。では、これが最後の質問だよ。昨晩のお二人の行動について教えてくれないかな?』
『は? 何それ? アリバイってやつ?』
十の問いかけに、神谷の機嫌が露骨に悪くなったのが声から伝わってくる。ま、この質問だと二人を疑ってますよって言ってるもんだからな。
『まあ、そういったところかな。もし君たちが本当に加賀美さんのこと殺していないのだったら、この質問に答えることに何ら問題はないはずだけど?』
『……あんた、性格悪いわね。分かったわよ、別に隠すようなことでもないし。昨日は普通に消灯時間以降は布団の中。アタシは一人部屋だし、証人はいないわ』
要するにアリバイなしってわけだ。もし神谷が犯人だとしたら、かなり肝が据わっているな。
『えっと、私はさっきも言った通り、十時に先輩が部屋から出ていくのを目撃した後はそのまま寝ていました。同じく、証人は居ません』
『分かった。長い間つき合せてしまって悪かったな。もういいぞ』
城ケ崎がそういうと、二人が部屋から出ていく音が聞こえてきた。まあ、二人から聞ける話はこんなものか。
「あのー、桐木君。そろそろ、手を放してはもらえませんかー?」
「あ……」
忘れてた、そういやさっきから並木のこと撫でっぱなしだったな。いかんいかん、とりあえず、並木の頭から手を放す。
「悪い、ちょっと集中してたから……」
「い、いえいえ。嬉しかったですよ。それで、どうですか? 何か分かりましたか?」
「ああ。ちょっと思い当たることはある」
改めて、この事件についての考えをまとめてみる。
焼死体。転落死。ライターの指紋。ポリタンクの中の灯油。二つの問題。同じ部活の先輩と後輩。おせっかいなツンデレ。忘れ物をよくする。消灯時間以降の外出。アリバイは二人ともなし。
『どうだ? 何か分かったか?』
スマホから城ケ崎の声が聞こえてきた。
「……とりあえず、頭の中に描いている推理はある。それが正しいと証明するためにも、お前たちにも調べてほしいことがある」
『何を調べればいい?』
「ここ最近の、神谷と大村の様子について調べておいてくれ」
『分かった。結果は追って連絡する』
通話が終了した。あーあ、料金どうなってかなー。考えたくない。
「桐木君。私たちは、何を調べるんですか?」
「三人の部活動について、だ。証拠も見つかるかもしれないからな」
さあて、いよいよクライマックスだ。この謎、ぜってーに解決してやる!
次回から解決編です。ここまでの情報で推理はできますので、皆さんもよろしければ、考えてみてください。




