非日常の一丁目
この学園では人が死んでいく。大体、数か月に一度の割合でだ。にもかかわらず、この学校が廃校になったり、騒ぎが起こったりといったことには決してならない。何故かというと、この学園に通うほとんどの人は誰も、その死体の存在に気付かないからだ。たとえ目の前に死体があったとしても、まるでそこに何もないように振る舞う彼らの姿を見たとき、俺は恐怖を感じたものだ。
そんな中で、死体が見える存在が、俺たち異常者というわけだ。いや、むしろこちらからすれば見えないあいつらのほうがよっぽど異常者だ。けれど、大多数の生徒が見えないと主張する以上、必然的にこちらが異常者になってしまう。数の暴力というやつだ。
以前、何としても死体の存在を認めさせようとした奴もいたらしいが、それも失敗に終わっていた。死んだ生徒の存在そのものが、彼らの記憶から消えていたからだ。存在が消えてしまう生徒に視認することができない死体。いったい、この学園はどうなっているのだろうか? 超常現象か、はたまた呪いか。いまだにわからないことだらけだ。
『だからこそ面白い』
そう言ったのは、今はいない異常者の一人だった。人が死んでいっているのになんて不謹慎なと思ったが、その人はこう続けた。
『私は、こういう非日常の生活にあこがれていたんだ。物語の中の主人公のような、ハラハラとドキドキに満ちた生活にね』
俺にそう語るその人の目は、まるで少年のキラキラしたもののようだった。不覚にも、その目を綺麗だと思ってしまった。
『もちろん理解してほしいとは言わないよ。私は私、君は君だ。でもね、できることなら君もこちら側に来て欲しいと願う』
無駄に仰々しいしゃべり方と、動き。まるで舞台の上の主人公が、観客に手を差し出すように、その人は右手を前に出してきた。
『どうかな? 私と一緒にこの学園の謎を解いてはくれないか?』
「ふふん。どうかな? いくら、この学園で死体には慣れてきているとはいっても、焼死体は初めてだろう?」
蜻蛉の言葉で、我に返る。ちっ……情けねえ。この期に及んであの人のことを思い出しちまうとは。
「別に大したことねえよ。焼けてるかそうじゃないかの違いだろ?」
動揺を悟られないように、きわめて平静そうにふるまう。こちとら、一年前からこんなことの繰り返しなんだ。今更焼死体ぐらいでビビッてちゃ探偵の名が廃る。
「ふーん。ま、いいんだけどね。そんじゃ、とりあえず検視結果と事件についての情報を説明させてもらうよ」
興味なさそうに言った後、掛けていないメガネを治すしぐさをする蜻蛉。何でもこいつは将来の夢が監察医らしく、この学園は将来の勉強のためにとてもいい環境らしい。勉強と実益を兼ねているというか、転んでもただでは起きないというか、なんか、この学園にいるべくしている奴だと思う。
「実は、焼死体って言っても死因は燃えたことじゃないんだよね。てか、そもそも焼死ってたいていの場合有毒ガスのせいだったりするし、あ、それから……」
「じゃあ、死因はなんなんだ?」
マニアの説明ほど聞いていて長くなるものはない。さっさと話を進めさせるために割り込んでいった。
「ん、転落死だよ。この死体、全身骨折してたからねえ」
「転落死?」
「その点に関しては、城ケ崎君に説明してもらおうかな」
さっきまで、黙ってむすっとした顔をしていた城ケ崎に顔を向ける。すると、胸ポケットから手帳を取り出して話し始めた。
この学園の異常者たちの中には、城ケ崎を代表に何人か、事件の解決に全力を尽くす奴らがいる。俺が探偵なら、そいつらは刑事といったところだ。
「今日の午前六時、朝のパトロールをしていた時に、特別教室棟前で死体を発見したんだ。その後、すぐに蜻蛉たちに連絡。午前中は、証拠を集めるために走り回っていたんだ」
刑事の中でも城ケ崎は特に熱心で、毎日パトロールを行い、事件が発覚した時には授業をさぼってまで捜査をするほどだ。まあ、そのせいでさらにおかしな噂が立ったりしているんだが……。
「相変わらず熱心だな。で、成果のほどは?」
「特別教室棟の屋上のフェンスの向こう側にこれが落ちていた」
ここ七志野学園の校舎は、通常教室棟、特別教室棟の二種類の校舎からなっている。普段授業をしたりする教室や職員室、校長室があるのが通常教室棟。ここ科学準備室や、音楽室、美術室があるのが特別教室棟だ。そのほかにも、部室棟、体育館に生徒たちが住む寮も建っている。
おっと、話が脱線した。城ケ崎が机の下から取り出したのはポリタンクだった。
「まあ、想像はつくだろうけどこのポリタンクの中身は可燃性の液体。おそらく、灯油だねえ。死体以外のことはあまり詳しくないから断言はできないけど」
「そしてもう一つ」
今度はポケットの中から、食材を保存するときに使う袋を取り出した。その袋の中身は……。
「ライターか」
実に高級そうな、銀色のオイルライターだった。だが、少し変色し、銀色の中に茶色が混ざっている。
「そう! 灯油の入ったポリタンク。さらに変色したライター! それが屋上に落ちていて、焼死体は転落死! さあ、答えは!?」
テンション高めのクイズ番組風に蜻蛉が聞いてきた。
「つまり、この死体は屋上で灯油をかぶってライターで火をつけた。その後、屋上から転落死ってことか?」
「That’s right!」
何故か英語で言われた。ふむ……成る程、確かに筋は通ってるな。
「だったら、この事件は自殺ってことになるのか?」
「その可能性は高いだろうねえ。実を言うと、このライターから指紋が出たんだよねえ」
ライターを指さしながら蜻蛉が言う。
「で、その指紋の持ち主ってのが、うちのクラスメイトだったんだよねえ。名前は加賀美蘭。ちょうど今朝から席が一つ空いていたからねえ。その席の持ち主をたどって、女子寮を調べてみたらビンゴってわけさ。彼女の部屋からライターの指紋と同じ指紋が検出されたよ」
死んだ生徒は存在が消えるが、その生徒の持ち物なんかは消えない。指紋なんかも同様だ。
「女子寮を調べたって……勝手にその加賀美ってやつの部屋に入ったってことか?」
「てへ?」
可愛くねえよ。ごまかすな。
「ま、なんだかんだで私たちが調べられたのはこれぐらいだよ。後は君の出番だよ、探偵君?」
普通に考えれば、女子生徒が自分で自分に火をつけて勝手に死んだだけの話だ。だが……
「この学園で起きた事件がただの自殺なわけないからな。どうせ今回もあいつが絡んでんだろうし」
「ま、そういうわけだねえ。さ、行った行った。期待してるよー」
そういいつつ手を振る蜻蛉。
「今回もお前に頼ることになる。頼んだぞ」
城ケ崎は、深々と頭を下げた。
「ま、ここまでお膳立てされなくてもやることはやるんだけどな」
そういいながら科学準備室の扉に手をかける。
「お、早速調査開始かい?」
「いや、まずは……」
昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
「五、六時間目の授業をがんばらないとな」
さあ、いよいよ推理小説らしくなった参りました