非日常の扉
ようやく推理要素が出てくるかと思いきや、まだまだコメディです。次からは!
ここ七志野学園は都内奥地のとある山頂に建てられた全寮制の高等学校だ。都内ゆえに進学希望者も多く、山頂に建てられているため、日当たり良好風通しも良い。行き来がしづらいのが難点ではあるが、学園からでなければ問題ないし親の目を気にする必要もない。そのような学園なので、人気も高く、在籍している生徒もみな楽しげだ。
ごく一部の、限られた生徒たちを除いては。
その限られた生徒たちは、ほかの一般の生徒から、ただわけの分からない、理解しがたい存在として『異常者』と呼ばれていた。
俺こと桐木涼もその異常者の一人なんだが、この呼ばれ方に関しては特に気にしていない。なぜなら、自分がほかの生徒たちとまるっきり違うということを理解しているからだ。もし逆の立場だったら、俺も彼らのことを異常者と呼ぶだろう。何故かって? 当然だろう? だって、ありもしない死体が見えるっていうんだから。
「やはり、俺たちは歓迎されてはいないようだな」
前を歩く城ケ崎がそんなことを言ってきた。さっきのクラスメイト達の反応を気にしてのことだろう。
「今更のことだろ? ここでこういう風に生きていくって決めた以上、ああいう目に合うのは分かり切っていたことじゃないか」
「確かにその通りだ。俺も頭では理解している。理解しているのだが……」
そこまで言って、俺の目の高さにあった城ケ崎の肩が一段落ちた。
「やはり堪える……」
「メンタル弱いなあ、おい」
全く、こいつとも一年前からの付き合いだが、見た目に反比例してナイーブすぎだろ。ほかの奴らもまさかこいつの本性がこんなんだとは思うまい。
確か、ボクシング部の試合の前にも精神統一が欠かせないとか。しかもその時の様子が、まるで獲物を狩る前の猛獣のように見えるってんだからさらに勘違いが加速して、クラスのあの反応だ。
「もう俺は、この学園でお前ら以外の友人はできんかもしれん……」
「しれん、じゃなくて確実にできないだろうな。ボクシング部のドーベルマンさん」
試合中の姿からきた二つ名で呼んでやると、さらにもう一段肩が落ちた。こいつ、白亜とは別の意味でめんどくせえな。
「どうにかして、誤解を解く方法はないものだろうか……? ああ、放課後部活の連中と一緒に肉まんやらハンバーガーを食べながらバカ話に花を咲かせる夢が……」
案外可愛いこと考えてんな、おい。高校デビューにあこがれる女子か。
そんな、見通しが良くなった廊下を歩き、階段を上がったり、渡り廊下を渡ったりすることしばらく、目的地である科学準備室に到着した。
「ほれ、いい加減肩上げろ。着いたぞ」
何故か、案内する側のはずの城ケ崎に到着の旨を伝える。
「おお、そうだな。今は切り替えていかなければ」
俺の一言で肩を上げる城ケ崎。落ち込むのも早いが、立ち直るのも早かったりする。というか、落ち込ませたも俺だったか。
頬を両手でたたき、気合を入れる城ケ崎。その姿を横目で見つつ、科学準備室の扉を開ける。
「やあ、桐木君。よくきたねえ。待ってたよ」
中に入った俺たちを待っていたのは、中央にある長机と上に乗っている寝袋以外は、いろんなものがごちゃごちゃと統一感なく置いてある科学準備室と、ビン底メガネに、制服の上に白衣着用、さらに髪の毛はぼさぼさ。実にテンプレートな科学者ルックの女子だった。
「おう。相変わらずThe 科学者って恰好してんな」
どうしても、科学者キャラってこういう格好にしかならねえよな。あと、発明家も。
「ん? 私の恰好が何か不満かね?」
「いや、別にそういう意味で言ったんじゃないが……」
不満っていうかありきたり過ぎんだろっていうか。ま、あるあるネタって感じなんだ。
「ま、いい機会だしそろそろ止めるとしよう」
そう言って、科学者ルックは眼鏡を外し、白衣を脱ぎだした……って、えぇっ!?
「おいおい! 何いきなりオプション外してんだ! 科学者としてのアイデンティティはどこ行った!?」
まさか、出会って一分もしないうちに見た目を変えられるとは思いもしなかった。てか、こいつの科学者ルック以外の姿初めて見るぞ……。
「別に、白衣にメガネでなければ科学者であってはいけないということもないだろう? それに、実をいうとこの姿も飽きてきてたしな」
「え? じゃあ、今までメガネかけてたのって」
「うむ、伊達だ」
「衝撃の事実!」
何こいつ! 登場したてで、ここまで好き勝手にするか普通!
「ま、常識にとらわれないというのも科学者にとっては大切なことなのだよ。というわけで、七志野学園の科学の使徒、蜻蛉八弥のリニューアルだ。さあ、括目するがいい!」
そう言いながら科学者ルック改め、蜻蛉八弥は腕を組み、ポーズを決めた。アニメだったら後ろで爆発が起こっているだろう。
そんなリニューアルした彼女は、外したメガネを胸ポケットに差しており、白衣は腰に巻いて、ぼさぼさ髪は髪ゴムで後ろで一つにまとめていた。厚いレンズの奥に隠れていた目は妙に自信ありげに見える。
なるほど、ちょっと工夫するだけでも印象は変わって見えるんだな。もしかしたら城ケ崎も……。
「ん? どうした?」
後ろを振り向き、機嫌の悪そうな強面を見る。
うん、無理だな。
「ちょっと待て! 今何か失礼なことを考えてなかったか!?」
「で、蜻蛉。今回も例のあれなんだろ?」
「スルー!?」
これ以上見た目や恰好のことについて話を続けると昼休みがなくなりそうだからな。うん、他意はない。
「はははっ。君ら二人も見てて飽きないねえ。今夜も妄想がはかどりそうだよ」
「いいから、要件を言え! お前のキャラは濃すぎるんだよ!」
ええい、俺の周りには並木以外まともな奴はいないのか!
「はいはい。全く、桐木君はジョークというものを理解していないね」
「俺が悪いのか……?」
「ところで桐木よ。前から思っていたんだが、何故蜻蛉は俺たち二人を見てたまに息を荒げるんだ?」
「お前は今、会話に参加すんなややこしくなるから! 後、そのことは一生理解しなくていい!」
ええい話が進まん! いつの間に城ケ崎まで敵になった!
「てかそれ! その寝袋! それについてだろうが! 俺を呼んだ理由!」
感嘆符を連発しながら、先ほどから、長机の上に横たわっていて存在感のある寝袋を指さし叫ぶ。すると、今思い出したかのように蜻蛉が振り向き、寝袋に目を向けた。
「あぁ、そうだったねぇ。うん、君をからかうのも面白いが、これについても話しておかないと。今回のはかなりの上物なのだよ?」
そう言いながら、蜻蛉は寝袋のチャックを開いていく。その中身は大体予想はしていたが、俺の想定していたものよりも衝撃を上回るものだった。
「この焼死体はね」
蜻蛉がにやりと笑い、城ケ崎は顔をいつも以上にしかめる。寝袋の中身を見たとき俺は、また、始まってしまったのかと、諦めの感情が混ざったため息をついた。