非日常の出口
「ヒナギク……? あんた、本当にどうしちゃったのよ!?」
突然の大村の変貌に、神谷は驚愕の表情を浮かべている。俺は、大村から……いや、影から目をそらさずに答えた。
「こいつは大村じゃねえよ。大村の中にいる、悪霊か何か……詳しくは俺らもよく分かっちゃいないんだけどな」
「じゃあ、こいつがヒナギクを操ってセンパイを……!?」
「おっと、そいつは違うぜぇ、お嬢ちゃん」
影が人差し指を振りながら答えた。
「俺は取りついた奴の心にほんの少し語りかけただけ、大好きな先輩が穢れちまったからって、燃やして無くそうとしたのは他でもねえ大村雛菊自身さ。まあ、事件を面白くするためにちょっとしたトリックを加えたのは認めるがなぁ!」
相変わらず人の命を遊びの道具ぐらいにしか考えちゃいねぇ……。今度という今度こそ、決着をつけてやる。
「おしゃべりはそこまでにしてもらおうか? お前には聞きたいことが山ほどある」
「いつものように逃げられると思わないことだね」
城ケ崎と十が影を捕まえるために近づく。その間に、並木は空き教室の入り口をふさぐ。
「なるほどぉ、推理を披露する場所にここを選んだのは俺を捕まえやすくするためでもあったのか? やるねぇ、桐木君」
「そういうことだ。諦めろ、もうこんなことは終わりだ」
今まで起こってきた事件を含めて、全部を清算してやる。影に向かって手を伸ばしながら、俺はそんなことを考えていた。
「だが、まぁだ甘い」
「なっ!?」
影が突然手を振り下ろしたかと思うと、いきなり部屋中が煙に包まれた。くそっ! 向こうも準備はしておいたってことか!
「なんだ!? 煙幕!?」
「くっ……! 何も見えん!」
「ケホッケホッ」
部屋の中はパニックに陥り、皆の慌てた声が聞こえてくる。だが、まだだっ!
「おい、入り口をふさげ! 絶対に逃がすんじゃない!」
「そっちじゃねえよ。バーカ」
「何っ!?」
声のした、後ろを振り向くと、さっき、俺が開けた窓の枠に座った影の姿があった。
「お前……まさか!?」
「勘違いすんなよ? 俺の意思じゃねえ、こいつの意思さ」
そう言った後、影は……いや、大村は涙目でほほ笑んでこう言った。
「加賀美先輩、アゲハちゃん。ごめんなさい……」
「ひ、ヒナギクーっ!!??」
大村の姿が窓の向こう側に消え、教室の中に神谷の絶叫が響いた。
「…………」
夜が明けて、連休の初日。普通なら、農家だから田植えに駆り出されてしまうだの、友達とショッピングに行くだの、家族で旅行に行くだの。そんな風な予定が入ってくるはずなのに、俺は一人街が見下ろせる芝生の上で仰向けになっていた。
いやになるほど青い空と、雲を見ながら思い出すのは昨日の事件のこと。
あの後、十と城ケ崎は飛び降りた大村のもとに向かい、並木は、唖然としていた神谷についていた。にもかかわらず、俺は何もしていなかった。気が付いたら、ベットの上で目が覚めた。そして、今だ。
『そんなに落ち込むことはないよ。また次の機会がある。気長に行こうじゃないか』
「師匠……」
あの人の言葉を思い出しながらつぶやくと、上から返事をする奴がいた。
「そんな風に呟いても、雲井さんはやってきませんよー」
「並木か……」
「はい。桐木君の助手の並木恵です。隣、失礼しますね」
そう言いながら、並木は俺の隣に座ってきた。
「いー天気ですねー。折角の連休、こんなにいい天気なんですから、日向ぼっこもいいかもしれませんが、パーッと遊びに行きませんか?」
「お前なぁ……」
俺の心情は分かっているだろうに、並木はいつも通りの笑顔で、いつも通りの調子で、話しかけてきた。メンタル強いなぁ、全く。
「あ、そうそう。桐木君にお客さんですよ」
「客?」
並木が言うと、また上から声が聞こえてきた。
「どうも、上から失礼します先輩」
「神谷!?」
不機嫌そうな顔をした神谷がこちらを覗いていた。それを見て、俺は起き上がる。
「なに驚いてんですか? アタシがここにいちゃいけません?」
「いや、だってお前……」
昨日おとといと、加賀美と大村を失って、それなのに……
「アタシはそんなにナイーブじゃないんですよ。薄情って言われるかもしんないですけど、もうセンパイ達のことは気にしていません。で、桐木センパイへの要件なんですが……」
そう言う神谷の顔は、本当に何も気にして無いような様子だった。
あれ? でもこいつ、敬語じゃなかったよな?
「ありがとうございました。そして、ごめんなさい」
そう言って、神谷は頭を下げた。
「な、何に対してだ? 俺はお前に礼を言われるようなことは何もしてないし、謝られるようなことをされた思いもないぞ」
「謝ることは、昨日までの発言についてです。あの時は気が立っていて、ろくに敬意も払えませんでした。城ケ崎先輩と十先輩にも伝えておいてください。で、お礼の方は、事件を解決してくれたことですよ」
「解決って言っても……。大村も死んじまって……」
俺が事件を解決したせいで大村は追い詰められて、自殺してしまった。結局、影も逃がしちまったし何も解決なんてしてない……。
「桐木センパイが、事件を解決してなくても、ヒナギクは自殺してたと思いますよ」
「どういう、ことだ?」
「さっきも言いましたが、昨日は気が立っていたんです。だから、ヒナギクの様子が怪しかったことにも気付けませんでした。でも、よくよく考えてみたら、あの子……震えていたんです」
『アゲハちゃん、ちょっと待ってよ! 引っ張らないで!』
『何よ、ヒナギク! あんた、センパイがいなくなったて言うのにじっとしていられるっての!? おまけに、みんなセンパイのこと覚えていないって言うし……』
『ご、ごめんね。うん、アゲハちゃんの言うことももっともだよ……』
『分かったら、行くわよ! 何でこんなことになったのか、絶対にはっきりさせてやるんだから!』
『……うん、そうだね……』
「きっとあの子、桐木センパイが事件を解決しなくても、遅かれ早かれ、自殺していたんだと思います。そうなったら、アタシはセンパイと、ヒナギクがどうして死んだのかも分からないままでした。だから、真実を教えてくれた桐木センパイには感謝しているんです。本当に、ありがとうございました」
昨日までの調子とはまるで違う、柔らかい声色で、神谷はまた頭を下げた。
その様子を見て、俺は、ほんの少し救われた気分になった。
「よかったですね、桐木君。あなたのやったことは、けして無駄ではなかったんですよ」
並木がそう言ってくる。まあ、さっきよりは大分気が楽になったと思う。
「そうだな……」
そう言って、俺は空を見上げる。さっきの青い空と雲は、違って見えるような気がした。
『フム、今回も大分面白いことになったようですね』
『やっぱり、この学園は狂っている』
『だからこそ……面白い』
これにて完結です。打ち切りエンドみたいですが、初投稿なのでこんなものかなと。次回はもっと長くしてみます。