第八章 ゲームの達人たち
オノリウスがいない………。
この事実はダイダロスを不愉快にしていた。
ならこの時代の人間達は誰の書いた魔導書を巡って争っていると?
別にオノリウスがいなくとも、魔導書さえ手に入れば問題はない。それが本物ならば。
だが手に入れようにも、誰が所有しているのかわからないと、この時代の人々は言う。
「有り得ないな。ここは間違いなく千年前の地球。だったらオノリウスは必ずどこかにいるはず。」
ただ確率としては魔導書はオノリウスが所有している可能性の法が高い。
(途方にくれていても仕方ないですね。『私』に会いに行ってみますか。時間がありませんから。)
そう、間もなく天使達による地上粛正が始まる。
そしてすぐに悪魔達も現れ地上は火と血の海に姿を変えるだろう。
千年前のダイダロスの元へミカエル、ヴァルゼ・アークがやって来てイグジストとロストソウルの作製を依頼する。
しばらく後にオノリウスがやって来てトランスミグレーションの作製依頼をしてくる。
こちらから探す手段が無いのなら、向こうからやって来るのを待てばいい。
「歴史が変わる事は無いようですし、多少の強引はまかり通るでしょう。」
既に自分の知っている過去ではない。
歴史になかった事をしても、現在が変わってしまう恐れは限りなく0。
目的は戦いじゃないのだから。
ただ僅かばかりの躊躇いはある。姿はライト・ハンドでもダイダロスの記憶は有する。
もし過去のダイダロスと会う事で記憶に混乱が生じたら……?
自我崩壊するのか?
「まあいいでしょう。魔導書なくしてインフィニティ・ドライブには辿り着けない。リスクを背負う価値は十分あるしょう。」
これからどうなるのか全てを知り得るからこその余裕はまだあった。
「何なんだよこの人数………」
羽竜は闘技場に集まった人の数に圧倒されていた。
「上位三名に入賞すれば士官出来る上、支度準備金が出る。それもかなりの高額。無理もないさ。」
羽竜の監視役で着いて来たジョルジュには誰もかれも金目当てにしか見えていない。
国の為なんては思っていないが見え見えだからだ。
フランシア国は現在戦争中。こんな事をしている余裕はない。
これは周りの国を牽制するデモンストレーションの一貫、つまり茶番だ。
戦争中であってもこれだけの催し事が出来る余裕があるとアピールするのが一番の目的。
だから上位三名は士官してもただの衛兵程度にしかなれない。
「いつの時代もみんな欲しがるのは仕事と金………ってか。」
千年後の地球も仕事を求める人々で溢れ、金を欲しがる。
何も変わらないのだと羽竜は少しがっかりする。
「……金は仕事の代価だ。ギャンブラーと呼ばれる人種でさえ仕事であるギャンブルには忠実だ。本当ならこんな一発逆転を望む輩に国を守る仕事は任せたくはない。」
変に頑なな正義感も変わってない。やっぱり羽竜の知るレジェンダだ。
「なあ、なんで戦争なんか起きてるんだ?」
試験が始まるまで魔導書の情報を少しでも仕入れたい。
「そんな事も知らないのか?お前一体どこから来たんだ?大陸全土で起きてる戦争の理由を知らないなんて………」
どうやら常識らしい。
「あ………ははは……いや、俺って無知だから……ははは…」
「無知は罪になる。」
この野郎と拳が震えるが、愛想笑いで忍耐する。
「………どこかの愚かな人間が魔導書なる物を書いた。そこには宇宙の理が記されていて、なんでもそれを知れば地上を支配出来る力が手に入るらしい。」
インフィニティ・ドライブの事だ。間違っているのは支配出来るのは地上ではなく宇宙という事。
まあこれはたいした問題じゃない。
「その魔導書を争ってるわけか。」
「そうだ。」
「あんた今、どこかの愚かな人間って言ったけど、魔導書を書いた奴を知ってるんだろ?」
「何をバカな………私が知るわけないだろう?だいたい魔導書なる物が存在するかさえ怪しい。そんなに都合のいい物を書けるのなら、そいつが地上を支配すればいいじゃないか?在りもしない力をあたかも存在するように書き記し、世を混乱に落とし入れるなど言語道断。更に愚かなるは権力者達よ。私利私欲の為に民を苦しめるのだからな。」
「セイラ………もか?」
「セイラ様はこの混乱を静める為に戦っておられるのだ。今日のイベントは父君、母君を失った事を隠す為でもある。他国に知れれば同盟を組まれ一気に攻められるからな。」
「一人ぼっちなのか……セイラ……」
自分の境遇と照らし合わせる。
羽竜の両親は健在だが、一年を通して日本にいる時間は僅か。
今のセイラと重なる。
「それと羽竜、セイラではなくセイラ様だ。敬称を忘れるな。」
「はいよ。それよりオノリウスを知らないのか?」
「オノリウス?何者だ?」
「何者って…………とぼけるなよ、あんたの師匠であり魔導書を書いた奴じゃないか!」
「私の?全く面白い奴だ。私に師匠などいない。孤児だった私は独学で剣を学んだのだ。強いて言えば自然が師か。まさか自然が魔導書を書いたわけではあるまい?」
「…………マジかよ。」
レジェンダから聞いていた千年前と違う。
「さあ、そろそろ試験が始まる。行くがいい。」
高台からトランペットが鳴る。
「おお、そうだ……これを渡すのを忘れるところだった。」
そう言って腰に下げていたトランスミグレーションを渡す。
「言っておくが、隙を見て逃げようなどとは考えるな。そんな事をすれば…………」
「心配すんなよ。逃げるってのは嫌いだからな。どうせなら優勝してやるよ。」
自信満々にジョルジュの胸を軽く小突いて試験官のところへ駆けて行った。
「フッ………不思議な奴だ。何故だか憎めない。長年の友人に思えてくるのは気のせいか?」
見えなくなった羽竜に少しばかりエールを送る。
「………リスティ、君は元気でやっているのか………?」
「懐かしいと言えば懐かしい。あまりいい思い出はないが。」
サマエルはダイダロス、羽竜、そしてヴァルゼ・アーク達の後を追って過去へ来ていた。
「フン、ダイダロスまでも復活していたなんてな。もしミカエル達が生きていたら何て言ったか。」
サマエルもまたこれから起こる事を知っている。
これほど優越に浸れる事などあるだろうか?
多少狂いがある過去である事は彼も知った。
だが全てが違うわけではない。違うのはオノリウスの事だけ。
そもそもサマエルは魔導書にもインフィニティ・ドライブにも興味はない。
彼には関係のない事。
「ククク…………面白い事になりそうだ。なあ、羽竜よ。」
サマエルの視線の先には試験を受けようとする羽竜がいた。