第三十七章 遥か未来へ
「本当にいいの?」
申し訳なさそうにあかねがしているのには訳がある。
ダイダロスが去った後、羽竜と蕾斗と話し合い、自分達の世界に帰ろうという事になった。
ただ心残りは、一向に消える気配のないミドガルズオルムを残して帰らねばならない事。
「いいのよ。貴女達にはやらなきゃいけない事があるでしょ?魔帝と、ダイダロスとの戦いが。こっちの事はこっちで片付けるから、心置きなく自分達の世界に帰りなさい。」
後ろ髪引かれるあかねを安心させるようにと、セイラは笑顔を崩さない。本音は淋しさで胸が締め付けられる思いでいる。
「でもよ、ヴァルゼ・アークでさえ倒せなかったモンスターだぜ?一筋縄ではいかないだろ。」
心残りなのは羽竜も一緒だ。
「心配する事はないだろう。羽竜達の世界にはミドガルズオルムはいないんだろう?という事は、君達の過去であるこの世界でのミドガルズオルムもなんらかの条件が揃えば、消えていなくなるだろ。」
リスティが軽く持論を披露する。
「でも、千年前にミドガルズオルムが現れたなんて聞いた事ないし…………僕達とこの世界とが本当に繋がってるかは怪しいよ。実際、ジョルジュもリスティもオノリウスを知ってるはずなのに、知らなかったわけだし。」
「蕾斗、我々の世界とお前達の世界は繋がっている。」
否定的な蕾斗に更に否定的にジョルジュが意見する。
「どうしてそう思うの?」
ジョルジュの横にいたメグが聞き返す。
「繋がってるわ。だって、時間を越えて私達は出会えたんだもの。時間の繋がりがなければこんな奇跡は起きないわ。」
ジョルジュの言わんとしてる事はセイラにもわかった。
オノリウスの持つインフィニティ・ドライブによって捩曲げられた歴史とはいえ、所詮は人為的なもの。それに、繋がりがあるからこそ出会えたという考え方は正しい。
「ほら、わかったなら早く行きなさい。魔帝とダイダロスを倒してもっとずっと先の未来に繋げて!」
「セイラ………」
知らぬ間にセイラの頬を涙が濡らす。別れ間際、皮肉でも言ってやろうかと思っていた羽竜にも、同じ色の同じ想いが浮かぶ。
「やだ、羽竜君まで……」
あかねが顔を手で覆って、啜り泣く。
「短い間だったけど、色々楽しかった。ありがとう。忘れないから、未来の話。」
メグは必死に涙を堪える。
三人が帰るまでは泣けないと意地を張っているのだ。
「羽竜、蕾斗、あかね、千年後に君達が生まれるまで、私達は精一杯この世界を守るよ。例え人々が争いを繰り返そうとも、私達の意志を継ぐ者達がいる事を忘れないでほしい。」
天界で会ったリスティは変な奴だったが、今のリスティは頼もしい。
「忘れない。僕達も約束するよ、みんなが想ったこの星を絶対にヴァルゼ・アークやダイダロスの好きにはさせない!」
「こいつ、エラソーにしやがって!お前はインフィニティ・ドライブの使い方の勉強が先だろ!」
羽竜は照れを隠すように、たくましさを見せた蕾斗に絡み始める。
「この世界はお前達によって守られた。お前達がいなければ、もっと酷い有様だったと思う。………もしも…………もしも生まれ変わるなんて事が出来るのなら、またお前達に会いたい。そして、今度はお前達の力になりたい。」
「ジョルジュ…………」
ジョルジュの言葉に蕾斗も堪えていた想いを流す。
「けっ、カッコつけやがって!んな心配しなくても、助けてもらってるよ!まあ色々小うるさいけどな!」
羽竜が蕾斗とあかねにウインクすると、二人も笑顔で答える。
ジョルジュにはなんの事やらさっぱりだが、時間は早々に訪れる。
帰る意思を固めた三人の意識が、媒介となっているレジェンダへと通じ、身体が透けて来る。
「世話になったな、みんな!」
羽竜が拳を突き出してエールを送る。
「それは私達のセリフよ。羽竜、負けたら許さないからね!私の家臣なんだから、絶対勝ちなさい!」
セイラも羽竜に小さい拳を突き出してエールを送る。
皮肉も言わず、羽竜達は自分達の世界へ帰って行った。
「行っちゃったわね……」
「淋しいですね。」
セイラにメグも賛同する。
「あれだけ賑やかな男だからな、淋しくもなる。」
珍しく素直に表現するジョルジュがいる。
「繋ごう、彼らの時代まで………」
羽竜がいなくなった淋しさを、希望に変える言葉でリスティが想いを現した。
その言葉に、それぞれがそれぞれの想いを決意したのだった。
羽竜達が未来へ帰って、数日が過ぎた。ミドガルズオルムはまだ太陽の光を遮っている。
「お考え直し下さい!セイラ様!」
「くどいわよ!ジョルジュ!」
あれから古い書物を漁り、ミドガルズオルムの事を調べたが何一つわからなかった。
そしてセイラが出した結論は、世界再生を行えば消えてしまうんではないかという事だった。
そう思うのには訳がある。このところ、自分の中で得体の知れない気持ちが留まっているのだ。それが何かはわかっている。ヴァルゼ・アークの言っていたセイラの『力』だ。
芽生えた『力』は、今セイラに道を示している。
その先にある自分の姿も。
嫌な予感がジョルジュを刺激し、セイラを止めているのだ。
「ジョルジュ、世界を再生に導けば、ミドガルズオルムもいなくなると思うの。」
「しかし!」
「聞いて!ジョルジュがどうして必死で止めるのか、私にはわかってる。世界再生を行えば、おそらく私は消えてしまうでしょう。でも私はやらなきゃいけないのよ!」
「何故です!?」
「未だ苦しみと絶望から解放されない人々と…………遠い未来の友達の為によ!」
「セイラ様…………」
「私にしか出来ない事は私がやるわ!お願い!わかって、ジョルジュ!」
言い出したら後には引かないセイラの事、これ以上は何を言っても無駄。まして今回は気まぐれではなく、固い決意あっての事。引くわけがない。
「セイラ様、本気でおっしゃってるんですか?」
「メグ………聞いてたの?」
ジョルジュとの会話は聞いていた。メグとてセイラの行動は認めるわけにはいかない。
薄々感づいてはいた。世界再生はセイラの命と引き換えなんだと。だからあの時、ヴァルゼ・アークはセイラを冷たい目で睨んだのだ。その覚悟を決めろと。運命なのだと。
なら無駄とわかっても抗ってみたい。
「セイラ様、貴女は国を統率する王なのですよ?貴女がいなくては民が迷います!」
「その事だけど、万が一私がいなくなるような時は…………いえ、私は確実にいなくなるでしょう。その時はメグ、貴女が国王となり民を導きなさい。」
「わ、私が…?出来ません。私には王たる資格など………」
「貴女はアーサー王の末裔。それだけで充分よ。」
「無理です!」
セイラにすがった瞬間、メグの左の頬がぶたれた。
「セイラ………様?」
「しっかりなさい!貴女も私にとっては大切な友達なのよ?わかってちょうだい、私の気持ち。決意を…………これ以上困らせないで………外ならぬ貴女だから託したいの、私の全てを。」
真っすぐメグを見て離さない。
メグはジョルジュを見て、彼の意思を確かめる。
ジョルジュは黙ったまま立ち尽くしている。
答えは出ている。納得するしないは問題にはならない。
「…………………わかりました。セイラ様の想い、このメグ・ベルウッドしかと受け止めました。」
こうしなければおさまらなかっただろう。苦汁の思いだったが、他に道はなかった。
「ありがとう、メグ。貴女ならきっといい国王になれるわ。ジョルジュも、いいわね?」
「否定の返事は聞きますまい?」
二人に想いを託した事を確認すると、リスティの家を出る。
「お一人で行くおつもりですか?」
「リスティ………」
リスティが立っていた。リスティもまた感づいていた。セイラが役目を終えた時、この世にはいない事を。
「ええ、一人で行くわ。私は旅に出るのよ。遥か未来まで。死にに行くわけじゃないわ。」
「……なら安心しました。貴女が帰るその日まで、ジョルジュとメグが国を守ってくれるでしょう。僭越ながら、わたくしめも彼らの力になりたいと思います。ですから、どうぞ心置きなく旅立って下さい。」
「リスティ…………………ありがとう。」
もう反対する者はいない。
「それじゃ、後は頼んだわよ!」
手を大きく振ると、そのままジョルジュ達を振り向かずに旅立って行った。
「フッ…………今生の別れとは思えん挨拶だな。」
軽く振る舞ったセイラの気持ちはわかっている。だからこそ、ジョルジュも笑って見送ってやる。
「これでよかったのかしら……?」
「いいんですよ、メグ。セイラ様の想いを忘れなければ。」
リスティがメグを励ます。
三人はセイラが見えなくなった後も、いつまでも眺めていた。
彼女が遥か未来まで辿り着けるように………。