第三十六章 JOKER in my life
「どんなにあがいても、運命を変える事は出来ない」ヴァルゼ・アークはそう言った。
羽竜とのやり取りを終始黙って聞いていて、セイラの心はズタズタだった。
人が生きる上でする行為全て、宇宙の意思だという。そんな話を聞かされて、まともでいられるわけがない。
「私の役目……………」
正直迷っている。
世界を元に戻したいとは思う。豊かな自然と人々の笑顔。今の焼けただれた大地ではなく、本来の地球に。
自分がわざわざ世界を再生しなくても、時間はかかるかもしれないが人々の力だけでも、きっと元の姿に戻るだろう。
でも、元に戻っても、人間はまた戦争をし大地を汚す。
それも運命なのだから……。
目をつむって知らぬ振りをしてしまえば、それで済んでしまう事なのかもしれない。
「これも決まっている運命なの?」
セイラが悩んで出す答えは、どちらに転んでもそれは既に決められている。
ヴァルゼ・アークを信用したくはないが、彼が嘘をついていたとは思えない。
「セイラ様、お茶を入れてまいりました。」
一人考え事をしていると、メグがお茶を入れて来てくれた。
あれからみんな、リスティの家まで避難した。何をするわけでもないが、ミドガルズオルムはまだ空を覆ったままだ。
攻撃の意図がなさそうのが幸いではあるが。
「ありがとう。」
出されたお茶を両手で口元まで運び、少量ずつ忍び込ませる。
「みんなは?」
「未来の話をしています。特にリスティは興味津々で聴き入ってます。」
千年も未来の世界からやって来たなど、途方もない話だ。
自分もいつか歳を取り、老いて、やがてその生涯を終えるのだ。それでも世界は生き続ける。
どこまでも。
「未来かぁ…………夢みたいな話ね。」
「でも面白いですよ。クルマとかいう乗り物があって、ガソリンっていう食べ物を与えればどこにでも連れていってくれるそうです。あと、なんて言ったかな?え〜〜〜とぉ……………………おおっ!そうだ!ケイタイとかいうアイテムを使えば、地球の裏にいる知らない誰かと、会話が出来るそうです!」
「アハハ。何それ?変なの。」
メグは嘘は言ってない。多分、羽竜達がメグ達の知識でもわかるように説明をしたのを、そのままセイラにも説明しているだけだ。手振り身振りのおまけつきで。
「とにかく、想像出来ないような事が、羽竜達の世界では当たり前なんです。」
千年………………それだけあれば、この焼け焦げた大地も変わるのだ。
バランサーなんていらないじゃないか。
「ねぇ、メグ………」
「はい?」
「オノリウスもヴァルゼ・アークも、世界のバランスを取るのが私の役目だって言ってたけど……………今回の戦いがなければ、その事に私は死んでも気付かなかった。だったらあまり意味はないんじゃないかと思うの。どう思う?メグ。」
「どう思う?………と申されましても…………私にはあまりに壮大な話でして…………」
「そうよね…………そう言えば、メグってアーサー王の末裔なんですってね?ジョルジュから聞いたわ。」
「でも悪魔の言ってた事ですし、私自身も初めて知った事実ですから………あまり気にはしてません。先祖がどうあれ、私は私。セイラ様にお仕えするのが使命でありますから。」
「謙虚なのね。でも、貴女はアーサー王の名に恥じない剣の腕を持ってるじゃない。胸を張りなさい。」
ピントの合わない話だと、メグ本人は思っているのだが、周りはそうはいかないらしい。
「なんだか悩み過ぎて疲れて来たな、羽竜でもかまって遊んでやるか!」
大きく背伸びをして見せる。
「行こう、メグ!」
「はい。セイラ様。」
持って来たお茶をトレイに乗せ、セイラと羽竜達のところへ行く。
ドアを開けただけで、狭い廊下には羽竜の声が聞こえてくる。
その声を頼りに歩かなければならないほど、リスティの家は広くない。
羽竜達がいる部屋の前まで来た時、不気味な気配を感じた。
「…………メグ!」
後ろを向いてメグを見ると、黙って頷く。メグも同じ気配を感じているらしい。
「外から感じます。」
セイラが外へ駆けて行く。
「セイラ様!」
お茶を乗せたトレイを抱えたままで、セイラの後を追う。
駆け出した直後、後ろが騒がしくなった。振り返る余裕はないが、羽竜達も気配に気付いて出て来たらしい。
「やっぱり貴方だったのね……………ダイダロス。」
真っ先に外へ出たセイラが気配の主の名を呼んだ。
「覚えていただいていたとは光栄です、プリンセス。」
胸に手を当て会釈する。彼なりにセイラに誠意を見せたのだろうが、どこか馬鹿にされているようで腹が立つ。
「何しに来やがった!」
羽竜が反応しないトランスミグレーションを構えて、開口一番敵意を剥き出しにする。
「これはご挨拶ですね、終焉。」
「お前も終焉の源らしいじゃねーか。知ってるんだぜ?」
「フフフ…………魔帝にお聞きになりましたか。」
「ああ。お前の目的もな!宇宙になろうとしてるらしいじゃねーか?でも残念だけど、インフィニティ・ドライブはうちの蕾斗が持ってる。諦めて大人しく帰れ!」
「なるほど、そこまで聞いているのなら話が早くて助かります。私は私利私欲の為にインフィニティ・ドライブを使いたいわけではありません。人が持つ運命を自由にしてあげたいだけなのです。ですが、宇宙というのは生き物です。人が争い、憎み、苦しみ、悲しみ、絶望するオーラを糧として生きる生命体故、一度殺してしまうか、あるいは共存するか。魔帝は前者を選びました。つまり、無に還し罪の意識を持った新たな宇宙が生まれる事を望んでいるのです。そして私は、宇宙を吸収して、私自身が宇宙になる事を望んでいます。大いなる宇宙となり、人が運命に絶望しない世界を創りたい。もちろん、インフィニティ・ドライブは不可欠ですが。」
ちらりと蕾斗を見る。
「お前らが何をしようと知った事じゃないけど、蕾斗を殺したとしてもインフィニティ・ドライブはお前のものにはならない。そうなんだろ?」
「ええ。知ってますとも。」
「だったらこれ以上やる事は何も無いはずだ!」
「いいえ、終焉。私はなんとしてでもインフィニティ・ドライブを手に入れて見せます。今日はその事だけを伝えに来ました。もう一つ付け加えれば、同じ時代に終焉の源は二人はいらない。貴方と私、最後まで生きていた方が真の終焉の源としていられるのです。」
「だったら今ここでケリをつけようか?」
「フフ。学習しませんね。言ったはずです、私の前でトランスミグレーションは無力。インフィニティ・ドライブを使いこなせない友人を頼るわけにもいかない。今の貴方達では、リングに上がる資格さえ無いのですよ。」
インフィニティ・ドライブを使えば、羽竜の心に反応しないトランスミグレーションでもダイダロスに勝てる可能性はある。ヴァルゼ・アークも言っていた。
悔しいが、今の蕾斗ではそれは見込めない。
構えていたトランスミグレーションを振り下ろし、怒りを大地にぶつける。
「フッ…………それでいいのです。元の時代で待ってますよ。私と貴方とヴァルゼ・アーク………勝者は一人で十分。」
羽竜は何も言えない自分にイラつく。
。
「俺達が戦う事も運命………宇宙の意思なのか?」
「お聞きになったのでしょう?人には法則があります。その法則を破る事はおろか、知る事すら本来は叶わない。魔帝ヴァルゼ・アークは、悪魔は天使に勝てないという法則を見事破りました。私も、不死鳥族は絶滅しない種族であるという法則を破り、運命の鎖から解き放たれました。次は貴方の番です。ご自分の法則を探しなさい。それを破らない限り、運命の鎖から解き放たれる事はありません。」
羽竜にはダイダロスの思惑がわからない。ヴァルゼ・アークの思惑も。その気になれば今すぐにでも羽竜を倒せるはずなのに、何故かそれを拒む。
いつも先送りにする理由はあるのだろうが…………。
「前座は終わりです。元の時代に帰って来た時、本当の戦いは始まるのです。では、また………」
ダイダロスが姿を消してゆく。
元の時代に帰ったのだ。それは誰にもわかった。
歯を食いしばり、己の不甲斐無さを恥じる少年達は、あまりに強大な現実にただ打ちのめされるしかなかった。