第三十五章 真実に捧げる終焉の歌
「申し訳ありません。」
由利の謝罪はいろんな意味がこもっていた。
バベルから脱出後、傷だらけになった仲間達と合流、その少し後からヴァルゼ・アークが帰って来た。彼もまたかなりの手傷を負っていた。
ミドガルズオルムとの死闘は難を極めたのだろう。魔帝の姿ではなく、人間のヴァルゼ・アークの姿で愛子と純に支えられている。
由利が謝罪してからは、誰も言葉を発しなかった。
愛子と純が、近くにあったバベルの瓦礫にヴァルゼ・アークを座らせる。
沈黙が重く、息苦しい。
「何も謝る事じゃない。」
ヴァルゼ・アークは痛みを堪えて、なるべく笑顔を見せる。
「しかし…………」
「みんな無事ならそれでいいじゃないか。」
「でも魔導書を…………インフィニティ・ドライブを手に入れる術が…………」
由利が珍しく動揺を隠し切れない。いつもの厳しく、何事にも動じず、沈着冷静な由利ではなくなっている。
「インフィニティ・ドライブと魔導が同一のものだったとは…………誤算だったな。」
落胆している様子はない。インフィニティ・ドライブはアダムの直系にしか宿らない力だと言うのに。
「これから………これから私達はどうしたらいいのでしょうか?」
目的を失って途方に暮れてしまう。前向きな美咲も俯いたままだ。
「目黒羽竜達を殺しましょう。特に藤木蕾斗はインフィニティ・ドライブを持ってるし、まだヒヨコのうちに消してしまえば………」
「それではヴァルゼ・アーク様の目的は達成されないのです。」
「でもどうする事も出来ないでしょ!?わかってて言ってんの!?」
絵里は、景子に意見を真っ向から否定され苛立ちをぶつける。
「やめなよ、絵里ちゃん。景子に当たっても解決にならないよ。」
翔子も絵里の気持ちは理解しているつもりだが、年下の景子に当たるのはあまりにかわいそう過ぎる。
「サマエルはどうした?」
俯く美咲にヴァルゼ・アークが声をかけた。
「ミカエル達を殲滅させた後、どこかへ失せました。」
「サマエルめ………何をするつもりだ………?」
ヴァルゼ・アーク自身、特別サマエルを警戒はしていないのだが、行動の意味がわからないままうろつかれては目障りだ。
「ダイダロスも姿を見せないけど、どういうつもりなのかしら?」
「怖じけついたんじゃない?蛇には勝てないだろうし、私達にも勝てないだろうからね。」
「何それ?ハー君達に勝てなかった私達への当て付け?」
絵里は、どこにぶつけたらいいかわからない苛立ちを、今度は千明にぶつける。
「別に当て付けてるわけじゃないわよ。不甲斐無い仲間を想ってあげてるだけよ。」
「言ってくれるわねぇ…………あんただってオクターヴにコテンパンにされて帰って来た事あったじゃない。あげくに、ダイダロスにまでやられて。不甲斐無いのはどちらさんかしらねぇ………くすくす。」
「今なんつった?いい加減にしないとマジで怒るよ?」
「先にケンカを吹っ掛けて来たのはそっちでしょう?おバカさんは一度シメないとわからないようねぇ…………」
「もうおよしなさい!みっともありませんわ!」
絵里と千明のケンカを純が仲裁に入るも、純のお嬢様口調が油となって余計にややこしくなる。
「お嬢様は黙ってなさい。これは私と千明のケンカなんだから!」
「ケンカになればいいけど………くすくす。」
全くかやの外にされ、純も我慢してた苛立ちをあらわにする。
「人が下手に出れば付け上がって!」
「やめないか。」
怒鳴りはしないものの、彼女達にとっては恐れ多くもレリウーリアの象徴。声のトーンで彼女達も空気を読む。
今の一言は、ケンカをやめなければ『ならない』空気だ。
ヴァルゼ・アークが本気で怒ったところは誰も見た事がない。
唯一、不死鳥界で『何か』に対して怒りを見せたくらいだ。
反省して三人が謝る。
「「「すいません。」」」
由利の謝罪ほどの重さはないが、三人には三人なりの誠意があるのは届いたようだ。
「全く………世話のかかる女ばかりだな。」
「でも、嫌いじゃないんですよね?私達の事!」
空気を変えようと、ローサが明るく振る舞う。
すると、私が一番だ!とかいいや私が!などと瞬時に『いつもの』レリウーリアに戻って行く。ローサの貢献が大きいかったは間違いない。
他の者ほどはしゃぎしないが、由利の表情にも笑顔が戻る。
「やっぱり私ってダメですね。情けなくなります。」
「過去に来る前にも言っただろ、みんな完璧じゃないからそれを補い合うって。ダメとかダメじゃないとか言うのはよせ。」
「はい。」
軽く説教をしたつもりなのに、思わずドキッとするような笑顔を見せられ、今の状況を忘れそうになる。
「とにかく、今は傷を癒すのが先だ。みんな、帰るぞ!」
ゆっくりと立ち上がり、空を見る。そこにはまだミドガルズオルムがいる。
「蛇は死んでいるのですか?」
あまりのショックに、ミドガルズオルムの事など誰も忘れていたが、ヴァルゼ・アークの傷はミドガルズオルムとの戦いのもの。由利にはその結果が気にかかる。
「気を失っているだけだろう。全力でぶつかって、こっちは血塗れだというのに、奴は気を失うだけなんだから………お前の言う通り、一時間だけにしといてよかったよ。」
おおよそ、血塗れと言った格好には似つかわしくない微笑みが、満足する戦いだった事を匂わせる。
「総帥!一時間って決めたのは、司令だけじゃなく私達『も』ですからね!お忘れなく!」
ローサに迫られ、いやはやと慌てるヴァルゼ・アークを見て、笑いが起きる。
すると、光のバベルから羽竜達が戻って来た。
戻って来た羽竜達は、まるで修学旅行のような雰囲気のヴァルゼ・アーク達に目を丸くしている。
「来たか、羽竜。」
フラつくヴァルゼ・アークを近くにいたローサが支える。
想像していなかったヴァルゼ・アークの姿は、羽竜には衝撃を与えた。
「ヴァルゼ・アーク………」
「今回はお前達の勝ちだ。仕切り直すには時間がかかりそうだよ。おかげさまでな。」
さっきまで、オノリウスとこの上ないくらい真剣な話をしてきたばかりなのに、やっぱりヴァルゼ・アークにはいつも調子を狂わされる。何より、彼の笑顔は女の中でよく栄える。
「怪我人のくせにハーレム気分なんて、たいした余裕じゃないか?」
「仲間に入れてやろうか?女優から中学生まで、幅広く取り揃えてるぞ?」
女優と言われ、千明はニコリと笑い、中学生と言われた景子は羽竜と目が合って顔を背ける。
「ふざけないで下さい!羽竜君は貴方とは違います!」
羽竜が答えるより早く、あかねが答える。
「でもハーレムは男の夢よ?ま、ハー君はあかねちゃんがいれば満足か。くすくす。」
千明が二人に意地悪してやる。
「お、俺達そんなんじゃないです!!」
慌てて否定する羽竜の足を、あかねが思い切り踏み付けた。
どんなに皮肉をぶつけても、全て受け止められてしまうから敵わない。
「千明お姉様、目黒君の器量じゃハーレムは無理よ。」
クラスメートの結衣にまで言われる始末だ。
「う、うるせー!新井は引っ込んでろ!俺が話があるのは、ヴァルゼ・アークだけだ!」
「そういきり立つな。話は聞いてやるよ、約束だからな。だが、今日は勘弁してくれないか。見ての通りのザマでね、正直こうしてるのも辛いんだよ。」
「なら一つだけ聞かせてくれ。」
「なんだ?」
「あんたら、これからどうするんだ?ジャッジメンテスから聞いたんだろ?インフィニティ・ドライブは蕾斗が持っている魔導の事。奪うも何もなくなったわけだ。あんたが何をしたかったのかは知らないけど、もう諦めるんだろ?」
「フハハハハ!諦める?俺が諦めたら、今まで命を賭けて戦ってくれたこいつらに申し訳が立つと思うか?」
「インフィニティ・ドライブが無くても目的は達成出来るって事か?」
羽竜の質問に、すぐには答えない。答える事に少なからず抵抗がある。
由利でさえ知らない自分の目的…………仲間達もヴァルゼ・アークの言葉を待つ。
「どうなんだ?」
「………………俺の目的は、宇宙を無に還す事だ。」
覚悟を決めて口にしたヴァルゼ・アークの言葉に、全員息を飲む。
世界征服をしたいわけではない事は、羽竜達も知ってはいたが、宇宙を無に還す……………全てを無くす事が目的だとは、誰も思わなかった。
「宇宙を………無に還す?」
「そうだ。聞いた事のあるフレーズだろう?だがそれは確実に出来るんだよ。」
「何言ってんだよ。無に還したら俺達だけじゃなく、あんたもあんたの仲間も死んじまうじゃないか。」
「無に還るという事は、死んでしまう事とはまるで違う。」
「なんで………あんた達見てると、楽しそうに生きているように見えるのに、なんでそんな事をするんだ?」
「……………羽竜、あかね、蕾斗、セイラ、それとお前達もよく聞くがいい。この宇宙に存在する生命体には既に運命が定められている。いつ生まれ、いつ死ぬのか…………それだけではない、この世で起こる戦争、犯罪、個人の小さな行動、全てだ。どんなにあがいても変える事は出来ない。ある程度は変える事も出来なくはないが、結末は同じ。それを俺は法則と呼んでいる。例えば、この時代で悪魔が天使に勝つという未来は存在しない。なぜなら、悪魔は天使に勝てない。それが法則だからだ。だからロストソウルに悪魔の記憶と力を込め、ここから千年後の俺に全てを託したのだ。天使に勝つ事で法則を破り、宇宙の意思から外されれば、運命に従う事はなくなる。それを望んでな。」
「で、でもあんたの話は矛盾してるじゃないか。千年後の未来で、あんた達が天使に勝つ事だって運命じゃないのか?」
羽竜が呑まれそうな真実に必死に抵抗する。……したいのだ。生き死にが、個人の行動まで決まっているなど信じたくない。
「これは俺の推察だが、ダイダロスはお前と同じ終焉の源だったんじゃないかと思っている。つまり、時代を終わりに導く終焉には、宇宙の意思にほんの少しだが、抵抗出来る力があると知っていたのだろう。ダイダロスが生み出したロストソウル、イグジスト、奴の持つファイナルゼロ、お前のトランスミグレーションがその証拠だ。しかし、終焉とて例外は無かった。宇宙を揺るがすような行動は取れなかった。ダイダロスが法則を破るには、自分が時代を終わらせるのではなく、終焉でない誰かが終わらせるしかなかった。その為の武器なんだよ、俺達の武器は。」
「ダイダロスは………やっぱりあんたと同じ目的を?」
羽竜に聞かれたヴァルゼ・アークは、ただ首を横に振る。
「奴は宇宙そのものになろうとしている。奴も俺達も、法則は破ってある。あと必要なのは、インフィニティ・ドライブ…………だけだったんだがな。」
蕾斗を恨めしげに見つめる。
「オノリウスの話では、ダイダロスはインフィニティ・ドライブが魔導だって知っていたらしいぜ?それなのに、インフィニティ・ドライブを求めてたって言うのかよ?」
「なんだと…………!?」
羽竜の情報に、前のめりになるほど乗り出して驚く。
ローサが支えてなければ倒れていただろう。
「そんなはずはない!インフィニティ・ドライブが魔導である以上、例え蕾斗を殺してもその力を手に入れる事など不可能…………………」
この時、ヴァルゼ・アークは気がついた。羽竜の情報の答えに。
「総帥…………?」
固まるヴァルゼ・アークを、不安そうにローサが見ている。
「そうか………なるほど……………クク……フハハハハ!」
一人だけ笑う声が辺りに響く。
「何がおかしいんだ!?」
「ハハハ……羽竜、俺はお前に感謝しなければならないようだな。」
ヴァルゼ・アークはローサの髪を撫で始める。
「最後に教えておいてやる。法則に気付いた者はそうはいない。俺と、俺にロストソウルを託した魔帝、ダイダロス、オノリウス、不死鳥王バウンス、死んだルバートだけしかいないだろう。」
「何が言いたい?」
羽竜がヴァルゼ・アークを睨み付ける。
「お前達は俺に聞いて、宇宙の真実を知ってしまった。全てを知った者には、法則を破るチャンスがあるという事。これは俺からの礼だ。よく考えてみるといい。」
羽竜との話を終えると、今度は由利を呼んで何か話している。
「みんな、元の世界に帰るわよ!」
由利の表情が司令官の顔に戻って指示を出した。
「待って!!」
セイラがヴァルゼ・アークを呼び止める。
「貴方もオノリウスも、私が世界を元に戻せると言ったけど、どうすればいいの?」
「…………自分の中にある力を感じろ。そうすれば自ずと道は見えて来る。」
セイラを見るヴァルゼ・アークの目は冷たいものだった。
あまり見せた事のない目。意味するところはわからないが。
「羽竜、蕾斗、あかね、早く帰って来いよ。次の戦いが待っている。」
「そういえば、どうやって帰るんだろう!?」
ヴァルゼ・アークの言葉を聞いて、蕾斗が肝心な事を思い出す。
「感じればいいのよ、レジェンダを。」
由利が教えてやる。
そこにヴァルゼ・アークが付け加える。
「時間は限られてる。帰って来れないなんて言っても、誰も助けには来ないからな。」
レリウーリアが消えていなくなった。帰ったのだろう……元の世界へ。
「羽竜君……………」
蕾斗が拳を握りしめる。
あかねも。
「ヴァルゼ・アーク…………何かに気がついたみたいだったけど、何に気がついたんだ……?」
羽竜はトランスミグレーションを肩に担ぎ空を見る。
「…………ん?」
「どうした?羽竜。」
ジョルジュが羽竜に目をやる。
「あ……あれ………」
羽竜が指差す空から、ミドガルズオルムが羽竜達を見ている。
「ミドガルズオルム!!」
ジョルジュも状況が飲み込めたらしい。
「どうする?」
「決まってるだろ………」
ジョルジュが顔を引き攣らせながら、羽竜に聞く。羽竜の出した答えは……
「逃げるんだよ!!」
羽竜の言葉で、全員走りだす。
「あいつ………蛇退治してたんじゃなかったのか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」
すっかりヴァルゼ・アークがミドガルズオルムを倒したものだと思い込んでいたから、予想外もいいところだった。
「友よ……………幸運を祈る………」