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第三十四章 オノリウスの魔導書(後編)

光の中へ飛び込んで出た場所は、バベルの頂上で見た雲と雲の間だった。

違うのは、そこに老人がいた事だけ。白髪で長い髭を携えた品のいい老人。そして、その老人が誰なのかは、言わなくとも誰もがわかった。

 羽竜、セイラ、蕾斗、リスティ、あかね、ジャッジメンテスとベルゼブブでさえも老人を見据え黙り込む。

最初に声をかけたのは羽竜だった。


「………オノリウスだな?」


羽竜の問いに静かに頷き、口を開く。


「よく来たな、終焉の源よ。」


終焉の源……………ヴァルゼ・アークとダイダロスもそう呼んでいた。


「終焉の源って………どういう意味だよ?」


「時代に終わりを告げる者。時代を終わらせ、新たな時代へと導く者。それが終焉の源だ。」


「俺はただの人間だぜ?」


「人間であろうとなかろうと、終焉の源である事に変わりはない。それが運命なのだからな。」


何故自分が?などと聞いても無駄なようだ。

運命という言葉で説明がついていると言っているのだ。

ヴァルゼ・アークに直接聞いた方が早い。ならば、今聞かなければならない事は一つ。


「オノリウス、魔導書は何処だ?」


羽竜が言おうとした瞬間、ベルゼブブがオノリウスに聞いた。


「魔帝は全てを未来に託したか。」


ベルゼブブとジャッジメンテスを見たオノリウスは、彼女達が悪魔と人の融合だとわかっているようだ。

いや、何もかもを知っている。


「質問に答えてもらいましょうか?魔導書は何処にあるの?」


やはり焦っている。いつものジャッジメンテスとは違う。クールな雰囲気が無い。


「…………魔導書など存在せん。」


耳を疑った。ジャッジメンテスだけでなく、羽竜達もみんな。


「悪ふざけは子供のする事よ。ここまで手の込んだ事をしておいて、今更魔導書がありませんなんて通用しないわ。さあ、答えなさい!でないと首が飛ぶわよ?」」


シャムガルを具現化する。脅しじゃないだろう。答えなければ本気で首を飛ばす気だ。


「ジャッジメンテス………魔導書などは始めから無いのだ。私が魔導を使う時、いつも抱えていた書物を見て人々が言い出した事。幻よ。」


「嘘をつくな!レジェンダはあんたが魔導書を書いた事を後悔していたと言っていた!無いというならば、レジェンダが言っていた事はどうなる!?」


ジャッジメンテスの肩を持つ気はないが、羽竜も気持ちは彼女と同じだ。魔導書が無いなんて言葉は信じられない。


「まさかレジェンダを知らないなんて言わないだろうな?」


「知っているとも。」


知らないなんて言ったら殴るところだった。レジェンダは、魔導書の番人。そう言い渡したのもオノリウスだ。


「魔導書が存在しないなら、一体何の為にこんなことを?」


あかねもオノリウスの回りくどさに、いい加減腹も立ってきた。やっとゴールに辿り着いたと思えば、スタートすらなかったという話。馬鹿にされてるようで我慢ならない。


「私がレジェンダを使い過去への道を引いたのは、インフィニティ・ドライブの真実を終焉の源に語る為。この世界の終焉の源は刀匠ダイダロス。ところが、暗黒の時代を終わらせるはずの終焉の源は、ロストソウル、イグジストを造り、戦争を加速させてより深い闇へといざなった。私はダイダロスに何度も暗黒の時代を終わらせるよう頼んだのだが、彼は自分の才能に溺れ、私の頼みを拒んだ。全ては自分一人がインフィニティ・ドライブを手にしようという企みの元。だが、それも儚く終わっただろう。インフィニティ・ドライブは選ばれた者しか手に出来ん。終焉の源であっても、例え神であってもだ。」


きっと、ジャッジメンテスもベルゼブブもア然としただろう。インフィニティ・ドライブは選ばれた者だけが手に出来る。遠回しではあるが、ヴァルゼ・アークも羽竜達にも縁のない力だと言っているのだ。


「なら、インフィニティ・ドライブって誰のものなの?」


ジャッジメンテスに変わり、ベルゼブブがオノリウスに問うと、オノリウスがわかりやすく答えた。

セイラとリスティにはわけのわからない話になっているだろうが、羽竜達と悪魔達には実に誠実な答えただった。


「インフィニティ・ドライブとは私が持つ力…………すなわち、魔導の事だ。」


息が止まりそうになる。全ての視線は、蕾斗に注がれる。


「魔導……………?魔導がインフィニティ・ドライブだって?」


蕾斗もどういう反応をしたらいいのか困っているようだ。

無理もない話だが。


「インフィニティ・ドライブとは、宇宙が生まれた時に捨てた、罪の意識。宇宙は生きていく上で罪の意識は必要無いと考えたのだ。その罪の意識は、還る場所を失い、人に宿った。アダムという人類最初の人間に。」


「アダム…………それって………」


蕾斗が唾を飲む。聖書のアダムなら知っている。でもアダムが魔導だとか魔法を使ったなんて書いてなかったはず。


「アダムはエデンの住人。彼はイヴとリリス間に子をもうけたが、エデンを荒らし回るリリスの子に胸を痛め、ガイア………地球へと追放したのだ。その時、アダムもリリスの子らを一人残らず確実に追放した事を確認する為、地球に来ていた。ところが、エデンに帰る道を神や不死鳥族に断たれてしまう。怒り狂ったアダムは、リリスの子らを従え、神と不死鳥族に戦いを挑み、勝利を収め地球を我が物したのだ。それが人類最初の人間たる由縁。結局、人間は地球の環境に適応出来ずに絶滅まで追い込まれるのだが、地球の時間軸と生命エネルギーを糧に独自の世界を造っていた神と不死鳥族は、人間に絶滅されればせっかく創造した自分達の世界まで破滅してしまうと焦り、地球に適応出来る人間を造り、リリスの子らとの配合を試みた。その子孫が今の人間であり、魔導を持つ私とそこの少年は………」


「アダムの子孫………」


ジャッジメンテスが呟く。蕾斗を見ながら。

オノリウスは続ける。


「そうだ。行き場を失った宇宙の罪の意識をアダムが受け入れたからこそ、世界は存在している。そしてアダムは後に、無限の可能性を秘めたその力をインフィニティ・ドライブと名付けたのだ。」


「なんてこと…………インフィニティ・ドライブは遺伝子になって存在してるのね。」


ジャッジメンテスがショックを受けているのがわかる。セイラとリスティもスケールの大きな真実に、手も足も出ない。


「総帥になんて言えばいいの…………?」


「しっかりして下さい、司令。」


フラつくジャッジメンテスをベルゼブブが支える。

戦う意思は無いだろう。


「何の為に…………何の為に千年の時を超えてまで復活したの?私達は一体何をしてたの?」


羽竜達の知ってるジャッジメンテスは今日はどこにもいない。

いるのは絶望に打ちのめされた憐れな女だけ。


「残念だったな、ジャッジメンテスよ。これが真実だ。私が何故こんな事をして来たか、それは…………」


「私達に絶望を与える為。そして終焉に希望を与える為。フラグメントを集め、過去へ来るのは誰でもよかったんでしょ?神でも天使でも不死鳥族でも。魔導書を………インフィニティ・ドライブを巡る戦いを終わらせる為だけの猿芝居。終焉に真実を告げ、役目を遂行させる為の育成教育。ダイダロスみたいに、終焉の源としての役目を放棄されないように。……………まんまと躍らされたわけね。」


言葉を失っているジャッジメンテスに変わり、ベルゼブブがオノリウスの真意を語る。


「………帰りましょう、ベルゼブブ。もうすぐ総帥との約束の時間よ。それに………」


懐中時計を確認する。あと五分で約束の一時間になる。

 ジャッジメンテスがベルゼブブから離れ、気を取り直す。


過去ここにもう用は無いわ。」


それ以上は何も言わずに、ベルゼブブと共に戻って行った。


「ジョルジュ!メグ!」


二人が危ないと思い、セイラが声を上げるが、


「心配いらないよ、セイラ。ジャッジメンテス達は戦いを止めて帰るはずだ。」


羽竜が落ち着かせる。


「この世界に用は無いと言っていたし、ヴァルゼ・アークと時間の約束をしていたようだった。彼女達はヴァルゼ・アークを裏切らない。そういう人達なんだよ。」


羽竜の説明にセイラも安心する。羽竜達と悪魔達は顔見知りのようだし、信用は出来るだろう。


「オノリウス、そういえばこの世界のジョルジュも、そこにいるリスティもあんたを知らないと言う。でもレジェンダは、あんたを父と呼んでいた。これはどう説明してもらえるんだ?」


こういう時の羽竜はよく頭が回る。動揺しないと言うか、冷静な一面を見せる。


「この世界は、私が魔導でねじ曲げた時間の中で存在している。その方が事がスムーズに運ぶのだよ。特に、悪魔達が来る事は予測出来た。魔帝はロストソウルの秘めたる力を見抜いていたからな。知っているはずの過去なのに、知らない過去を歩かねばならない。そういう状況に陥ると、余計な事を考えないのだ。ただ記憶にある重要なポイントだけを追うという行動に出る。それが証拠に、魔帝はお前達をバベルへと導いた。過去において一番重要な場所だと知っているからな。」


あの時現れたヴァルゼ・アークは、やはり羽竜達の知っているヴァルゼ・アークだったのだ。


「俺達はこれからどうすればいいんだ?」


結論を求める羽竜に、オノリウスは優しく肩に手を掛ける。


「私がダイダロスにトランスミグレーションの作製を依頼したのは、延々と続くだろう戦いを断ち切る為。人間にしか扱えない剣を造ってほしいと。あざといダイダロスは、人間とは言っても終焉の源だけが扱える剣を造ったのだ。もっとも、それを見越しての依頼だが。」


「でも、ダイダロスの前でトランスミグレーションは機能しなかった。ダイダロスが言うには、創造主の前ではトランスミグレーションすら逆らわないってよ。」


「何の為の仲間かな?」


オノリウスが蕾斗を見る。


「僕は………魔導を使いこなせていないし、魔法も満足には………」


蕾斗の自信の無さは、ますます募るばかり。

まだ事実を受け止められていない。


「少年よ、名は?」


「蕾斗です。」


「蕾斗………インフィニティ・ドライブは無限の力。思うがままの結果を出してくれる。ただ信じればいい。友の力を。ただ求めればいい。無限の可能性を。さすれば、きっとダイダロスにも魔帝にも勝てるだろう。」


温かいオノリウスの手が蕾斗の頬を撫で、混沌としていた心に安らぎを落とす。


「わかりました。やってみます。」


精悍な顔付きを見せた蕾斗に満足したのか、残された疑問に歩み寄る。セイラの前に。


「世界のバランスを取る少女よ…………この世界はもはやお前一人に委ねられてある。」


「冗談じゃないわ。勝手な言い分ばかり。貴方もそのインフィニティ・ドライブって力持ってるんでしょ?無限の可能性を秘めた。だったらその力で世界を救ってよ!その為にここまで来たのよ!それとも、無限の可能性は嘘っぱちなの!?」


我を忘れて激高するセイラに、オノリウスは優しく説く。


「プリンセス、人には宿命というものがある。世界のバランスを取るのは、お前さんの役目だ。仮に、私がインフィニティ・ドライブで世界を元に戻しても、百年と続かぬ世界にしかならん。何故だかわかるか?」


黙って首を横に振るセイラの目に、涙が浮かぶ。


「インフィニティ・ドライブは使う者の心が反映される。私は世の中に失望し、人に失望し、ただこうして未来を担う者だけを待つ事に全てを注いだ。もうお前さん達のような情熱が無いのだよ。そんな私が世界を元に戻せるわけがない。心にも寿命はある。間もなく死を迎える私の心ではなく、世界を想うプリンセスが己の役目を全うしなければ、世界はおろか、人々は救われない。」


「私は………私は何者なの?教えて!オノリウス!」


「お前さんは………パンドラボックスの一番奥底にあった希望………………イヴの涙だ……………………怒りで鬼となったアダムを想い………流した……………涙………」


話をしているオノリウスの身体が透けてきた。


「オノリウス!!」


羽竜がオノリウスに触れるも、手が擦り抜ける。


「………………それぞれの…………………役目………果たす……が……………いい……………………………………人…の………可能性………を………信じ………………生き……………いい……………ばだ………………終……………ア………ダム……………………………………………」


何を言ってるのか聞き取る事は出来なかった。

おそらくオノリウスの言った、心に寿命が来たのだろう。

推測だが、全てのカラクリを維持する為だけにインフィニティ・ドライブを使い続けたのだ。過去の住人でありながら、互いに意識は共有出来ていた。閉鎖された空間の中で、オノリウスもまた千年を生きていたのだ。羽竜達に会って、想いを託す為に。

オノリウスの魔導書とは、彼の生き方だったのかもしれない。そして、それは確実に羽竜達に受け継がれた。


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