第三十四章 オノリウスの魔導書(中編)
アドラメレクの策は順調かに見えた。天使の大群の周りを尋常じゃないスピードと、瞬間移動で翻弄し足止めをしているが、天使達からの魔法攻撃と体力の激しい消耗によって、長くは続かない事を予感させる。
「ティアマト!まだ!?」
時間的にはまだ数分しか経過していない。こういう時の時間の流れは長く感じるものだ。
バルムングの苛立ちも限界に来ている。早くしないとアドラメレクがもたない。
「もう少し!!」
ティアマトのロストソウルから凄まじいエネルギーを感じる。
「きゃあっ!!」
アドラメレクの悲鳴が聞こえ目をやると、落下していくのが見える。動きが鈍ったところに、魔法が直撃したらしく真っ逆さまに落ちる。
「アドラメレク!!」
リリスは瞬間移動で彼女の真下まで生きアドラメレクを受け止めた。が、自由になった天使達が反撃を開始する。
「急いで!!」
バルムングはオーラを全開にして、準備を整えてある。後はティアマト次第。
「オッケー!!!天使め!させるもんですかっ!!!消えうせろっ!!超特大の〜カオスフレア−−−−−−ッ!!!!」
2基の波動砲から放たれたエネルギーの波動が、竜神の吐くブレスのようになる。
反撃に転じようとした天使達を一瞬で消し去る。僅かに残った残党を葬る為、バルムングが飛び出しロストソウル・九十九折の爪で溜まっていた鬱憤を晴らす。
「次は私からのプレゼントよ!天地創造!!」
バルムングの手の平に生み出された丸い玉が、高く掲げられると光を放ち天使達を浄化していく。何も無い空間で、まさに天と地が創造されるように、実に鮮やかに。
「なんとか勝てたわね。」
気を失ったアドラメレクを抱えたまま、リリスは胸を撫で下ろす。だが、すぐに異変に気付く。
「待って!!まだ……来るわ!!」
こんなにいたのかと思うほど、次から次へ天使が現れる。
そして今度は、先頭にミカエルがいる。
「も、もうカオスフレアは撃てないわよ!?」
最後だと思って全てを込めて放ったのだ。体力もなにもかも余力は無い。
「こうなったら意地でも全滅させてやろうじゃない!」
勝ち負けを考えても仕方がない。バルムングはふわりと前髪をかきあげると、一呼吸置いてミカエル達に突っ込もうとする。
「意地でどうにかなる相手じゃないだろ。」
耳元で声がして、横を見る。
「サ……サマエルッ!!」
「お前達悪魔はロストソウルの力に頼りすぎだ。もっと技を磨くべきだと思うがな。」
翼が無い。この世界のサマエルではなく、自分達と同じ千年後から来たサマエルだ。
「あ………あんた、どうやって……」
「フン………レジェンダを介して来たに決まっているだろう?他に過去に来る手立てがあったか?」
「なるほど………まあいいわ。ごちゃごちゃやってても始まらないし。邪魔はしないでよね、天使さん。」
「お前らこそ、一度勝ってる相手に負けるような無様は晒すなよ。」
どうも雰囲気の違うサマエルにバルムングも調子を狂わせるが、とりあえず今はミカエル達を倒すのが先。勢いよく飛んで行くサマエルに遅れを取るまいと、バルムングも翼を広げ天使に戦いを挑む。
「ティアマト、アドラメレクをお願い。」
戻って来たリリスが、アドラメレクを地面に寝かせティアマトに任せる。
「了解しました。」
「サマエルなんかに先を超されるわけにはいかないわ。」
ロストソウル・生殺与奪を大きく振り回し、迫り来る天使を睨み据える。
飛び込んだ『歪み』の中は、神秘を思わせる。
暗闇に包まれ、所々青白い光が点在している。床には何か紋章のようなものが描かれている気がするが、はっきりとは見て取れない。
「階段は昇る必要はなさそうだけど…………ここは一体どこなんだ?」
あのやけに長い階段が存在しなかったのはありがたかったが、『いかにも』って雰囲気の場所に羽竜も戸惑う。
「当たりは引いたみたいだな。」
ジョルジュも『いかにも』な空間を警戒している。
「いるのかな…………オノリウス……」
やっとその姿を拝めるのかもと、蕾斗がそわそわしている。
「いるなら出て来い!!オノリウス!!」
「この人は…………」
羽竜らしいと言えば羽竜らしい行動なのだが…………蕾斗が頭を痛めてしまう。
「羽竜君、ケンカしに来たわけじゃないんだからもうちょっと穏やかに……」
「何言ってんだ!そもそもオノリウスのせいで戦いが起きてるんだぞ!吉澤は甘いんだよ!ケンカ売るくらいでちょうどいいんだ!」
人差し指でチッチッと舌打ちしながらあかねを諭す。
いつもながら自分本位な解釈の仕方ではあるが、毎度の事なのでいい加減慣れてしまった。
「羽竜の言う事も一理あるわ。戦いの元凶は魔導書にあるんだもの。責任は取ってもらわなきゃ。」
セイラの強い想いは、世界を混乱に招いた魔導書への怒りにある。
「それは名案ですこと。是非オノリウスに責任を取っていただきましょう。」
羽竜達を追って来たルシファー達が現れる。
「げっ……あんた、確かルシファー!」
羽竜の前に現れたレリウーリアは、いつもはお目にかかる事がない者ばかりだ。
一番前にいるのは、お嬢様口調で現れたルシファー、その後ろにサタン、ベルゼブブ、アシュタロト、最後にジャッジメンテスがいる。
羽竜達が知るのはジャッジメンテスだけだろう。ベルゼブブとルシファーは天界で一度会っている。サタンとアシュタロトを間近で見るのは蕾斗以外は初めてだ。
「騒々しいのはアシュちゃんとバルちゃんと同じね。」
「はい〜〜?どの口が言ってんのかな〜?サタンちゃん?」
「イタタタタ………」
軽口を言ったサタンの頬をアシュタロトが結構な力でつねる。
「悪魔が………懲りずに来たか!」
「何度でも相手になってあげるわ!」
ジョルジュとメグは早くも戦闘体勢をとる。
「やめときなさい。貴方達では私一人にも勝てないわよ。」
そう警告するのはベルゼブブ。彼女に悪気は無い。無駄な血を流させまいとする優しさからなのだが、素直に聞き入れてもらえるわけもなく、ジョルジュとメグがベルゼブブに攻撃する。
「黙れ!行くぞ!メグ!!」
「私とカルブリヌスなら!!」
遠慮なくベルゼブブに切り掛かるが、不意に出されたロストソウル・ダモクレスの剣であしらわれてしまう。
「人の話聞いてたのかよ!友好的にしてれば調子に乗りやがって!消してやろうか!?」
少し前の穏やかで綺麗なベルゼブブではなく、突然の言葉遣いの悪いベルゼブブにジョルジュもメグもたじろぐ。
「出ちゃったよ、黒ベルゼブブが……」
「あら、元から黒でしてよ、私達。」
アシュタロトもルシファーもお手上げのジェスチャーを見せる。
「それくらいにしなさい、ベルゼブブ。」
沈黙を破ってジャッジメンテスが発する。
「今は彼らに構ってる暇はないわ。時間が無いのよ。」
「何を焦ってるか知らないけど、相当時間が無いみたいだな?だったらあんたらのタイムリミットが来るまで相手してやるぜ!」
ジャッジメンテスの焦りが羽竜にはひしひしと伝わって来る。
彼女が時間が無いと言う以上、なんの事情かは知らないがタイムリミットがすぐそこまで迫っているのは明白だ。
「よせ!羽竜!こいつ………さっきまでの悪魔とは格が違う!」
ジョルジュが今にも飛び出しそうな羽竜を止める。
「ベルフェゴールやアスモデウス達と同じにしてもらっては困る。女と思って見くびるなよ?」
生き物としては、すごく不自然なレーザーのように青く光る瞳のベルゼブブが、ロストソウルを羽竜に突き付ける。
「サタン、アシュタロト、ここはベルゼブブとルシファーに任せて魔導書を探しなさい。」
「「了解!!」」
ジャッジメンテスの指示に即座に反応する二人だが、蕾斗とあかねが立ちはだかる。
「そうはさせないよ!」
「フン………どうさせないつもり?」
サタンと対峙する蕾斗がその手に魔法を出す。
あかねもアシュタロトを封じるべくミクソリデアンソードで対応する。
「エアナイトの実力、見せてあげましょうか?」
「だいぶ自信を付けたセリフね。いいんじゃない?同じ女性として応援はするわ。でも、貴女の腕で私に勝てるかしら?」
戦いになろうとなるまいと、ジャッジメンテス達の行動は防げている。
羽竜にはここまでの考えはなかったが、蕾斗とあかねは考えがあっての行動だ。まともに戦っても彼女達に勝てるとは思っていない。
「ジャッジメンテス!ヴァルゼ・アークはどうした?俺はアイツに話があるんだ!」
羽竜は、突き付けられているベルゼブブのロストソウルに、トランスミグレーションを突き付ける。
「総帥なら今頃雲の上で蛇退治をなさってるわ。」
「ミドガルズオルムと戦ってるのか!」
リスティが口を挟む。驚きの言葉を。
不穏な乾いた空気だけが静かに羽竜達と悪魔達とを見守っている。その時、彼らが来た『歪み』の対面な方から強い光が射し込む。
「羽竜!!あそこ!!」
セイラがいち早くそれを確認すると、光と一緒に漂うオーラを感じ取る。
「この気配……………いる!オノリウスが!」
アシュタロトがかつて感じた気配を思い出す。
「よしっ!みんな、走れ!!」
羽竜の掛け声と共にセイラとリスティ、蕾斗とあかねが走り出した。
「追うわよ!みんな!」
ジャッジメンテス達も光に向かって走ろうとするが、ジョルジュとメグが相変わらず邪魔をする。
「ジョルジュ!メグ!」
立ち止まった羽竜が二人に声をかける。
「行けっ!!羽竜!!ここは俺達が食い止める!!」
「食い止める?まだわからないみたいね、力の差を。」
ベルゼブブの存在感に呑まれそうにながらもどけるつもりはない。
「早く行って!!悪魔に魔導書を渡すわけにはいかないのよ!」
カルブリヌスを握る手が震える。恐怖はメグにとっては初対面かもしれない。初めて会った恐怖に負けそうになる。だから早く行ってほしい。戦いが始まってしまえば恐怖を忘れられそうだから。
「カルブリヌス?…………………………思い出したわ、聖剣エクスカリバーの別名ね。まさかアーサー王の末裔が生きていたとは。」
ルシファーの言葉に他の悪魔達も思い出した。
「何をしている!!行けっ!!」
ジョルジュの叫びに羽竜達は黙って光へと消えて行った。
「どうなさいます?司令。」
サタンが一応確認をとる。返ってくる言葉はわかっているが。
「殺してしまいなさい。私は目黒羽竜達を追います。ベルゼブブ、貴女は私と来て。」
「はい。」
一言返事をすると、ジャッジメンテスと共に羽竜達を追う。
「エアナイトとアーサー王の末裔か………遊び程度にはなるかもね。」
不敵な笑みを浮かべ、サタンがロストソウル・マスカレイドを一振りする。
「メグ、お前がアーサー王の末裔だったとは………」
「私も最近知った事実よ。」
三人の悪魔を前に余裕は無い。
「死ぬなよ、メグ。」
「貴方もね、ジョルジュ。」
フロアを蹴った音を合図に、戦いが始まった。