第三十三章 ネオ・バベル
「喰らえ〜〜〜っ!!波動砲!!」
ティアマトのロストソウル・2基の波動砲から、エルハザード軍に向かって放たれたエネルギー波は、一瞬でその大半を消してくれる。
ところが、援軍が後を絶たない。一度経験した千年前と同じだ。
「私のアルティメットバスターなら!!」
ティアマトの波動砲とは違って、アドラメレクのロストソウル・アルティメットバスターは連射が効く。
攻撃範囲は犠牲にしてはいるものの、それに見合うだけの性能はある。
この二人のロストソウルに限っては、他のダイダロスが造った武器よりも、何故か近代兵器っぽい。
いや、近代兵器なんかよりずっと高性能なウェポンだ。
「ティアマト、エルハザードのど真ん中に一発お願い!」
リリスが指示を出す。
リリスとバルムングは散って来る天使から、アドラメレクとティアマトを守りながら切り込むタイミングを見計らっている。だが数が数だけに、二人で切り込むには慎重になってしまう。
「簡単に言わないで下さい!エネルギー充填まで、あと240秒………それでも出力は68%。切り込む隙を作るにはエネルギーが足りませんよ!」
「副司令、私が奴らの周りを回りながら攻撃して時間を稼ぎます!ティアマトはその間にもっとエネルギー充填を!」
アドラメレクの申し出を受け入れていいのか、リリスは悩む。
アドラメレクが言ってる事は、持てるオーラを全て使って素早さを上げ、エルハザードをたった一人で足止めしようと言っているのだ。
「副司令!!迷ってる暇はありません!!」
「………………でも、貴女一人では………」
「他に方法はありません!」
決意の表情でリリスを説得する。その熱意に負け、リリスはアドラメレクに賭ける決心をする。
「わかりました。アドラメレク、貴女に賭けましょう。」
「言ったからには、簡単にやられたりしないでよ。」
ツンとした言い方をしているのは、バルムングもアドラメレクの作戦には賛成出来ないからだ。
しかし、一時間だけはあの大群をジャッジメンテス達に近づけるわけにはいかない。
「私はレリウーリアの参謀よ。まっかせなさい!」
胸をポンと打ち、自信を表すが、無駄に明るく振る舞うしぐさが、拭えない緊張をも表している。
「エネルギー充填率53%、出力最大値を上げたから、予定よりまだかかるわ!」
「では頼みましたよ!」
アドラメレクはリリス達に念を押すと、細長い八枚の銀色の翼を広げエルハザードに向かって飛んで行く。
「バルムング、いつでも行ける準備はしておいて!」
「わかってますって!誰一人欠ける事は許されない………レリウーリアの掟ですもの!」
リリスもバルムングも、自分達の出番が来る事を祈り、今は成り行きを見守るしかない。
「手当たり次第探しても無駄だ。物が物だけにわかりやすい場所にあるはずだ!」
蕾斗とセイラにリスティが指示を出す。
普段のセイラなら突っ掛かるところだろうが、今は余裕がない。
「確かにそうだろうけど、この瓦礫の山じゃどこ探せばいいか迷うよ。」
バベルが建っていた場所を隈なく見て回りながら、蕾斗がぶつぶつぼやき始める。
さっきから降り出した雨も、蕾斗達の身体に纏わり付いてイライラするのも、原因の一つだ。
「ホントに魔導書なんてあるの?なんだか疑わしいんだけど。」
蕾斗と同じく、セイラもイライラをチラつかせる。
「言っただろ、天使や悪魔の行動を見ればわざわざ疑問視する必要もない。必ずここに魔導書はある!」
出会った時の紳士的な言葉使いなどカケラもなくなっている。
どうやら、リスティは興味のある事に触れると、周りを無視する傾向にあるらしい。
自分中心というべきか。天才によくある理解されないパターンだ。
癖が悪い事に、本人に悪気が無い事が、質をより一層悪くしている。
「あのね、一応私、身分が上なんですけど!」
「セイラ様、この際細かい事にこだわるのはやめましょう。一刻を争います、目の前の事に集中を!」
振り返りもせず説教を垂れる辺りが、ジョルジュに似ていて憎たらしく思えて来た。
「リスティ、そこまで言っといて魔導書が無かったら許さないから!」
「ま、まあ、落ち着いて……」
二人に割って入るように蕾斗がセイラをなだめる。
「まったく!ジョルジュといいリスティといい羽竜といい!私の周りにジェントルマンはいないわけ!?」
羽竜の礼儀知らずはもっともだが、本人が聞いたら一緒にするなと憤怒するだろう。
「蕾斗!早く魔導書を探しなさい!!」
「はい……」
セイラの風当たりは当然蕾斗に流れる。
これも運命か…………。
「やれやれなお姫様だよ。なんだか羽竜君そっくり……」
「なんか言った!?」
「いえ、別に!」
せめて最後まで言わせて欲しかったと思う蕾斗だった。
「あれ?これ………」
その時、瓦礫から半分顔を覗かせてる透明な物体を蕾斗が見つける。
「どうした?何かあったのか?」
蕾斗に駆け寄り、発見した物体を手に取る。
「これって、確かバベルで見たやつじゃ……?」
つい最近の事だから忘れるはずもない。蕾斗の記憶にもまだ残っていた。
「ホントだわ。」
リスティが持つ丸い水晶を見て、セイラも確認した。
あの時、もしかしたら自分が触れた事でミドガルズオルムが現れたのかもとずっと思っていたから、今は触れるのを躊躇ってしまう。
「バベルにあった水晶なら、ただの水晶じゃないだろう。何か秘密があるかもしれん。」
「…………秘密も何も、バベルにはこの水晶一つしかなかったのよ、崩壊しても欠ける事なく残っているんだから、あからさまに怪しいに決まってるわ。」
怪しいどころか、自分が触れば何かが起きる。それだけは間違いない。
もし、またミドガルズオルムみたいな化け物が現れたら?
気持ちは臆病になるばかりだ。
「セイラ様、この水晶について何かご存じなのですね?」
セイラの様子を見れば、水晶の秘密を知っているのは明らか。
リスティはミドガルズオルムを見て、水晶が何を起こしたのか悟る。
「なるほど、ミドガルズオルムは水晶によって召喚されたのですね?」
「…………私がその水晶に触れたら、突然現れたの。きっと、私が触れたらまた何か起きると思う。」
「だったら触れるべきです。」
「でも……………」
「ジョルジュ達が戦っている意味をお考え下さい。」
有無を言わさないリスティの言葉には、どこか脅迫めいた迫力を感じる。
セイラもわかってはいる。水晶に触れなければ、何も始まらないと。
触れれば必ず何か起きる。予感がするのだ。
たかだかガラス玉一個に脅えなければならない自分に、不甲斐なさを痛感せずにはいられない。
「大丈夫だよ。何か起きても、なんとかなるよ。」
笑顔で蕾斗がセイラの肩に手を乗せる。
「僕も羽竜君も吉澤さんも、今までどうにもならない事を、力を合わせてどうにかして来たんだ。だから言える。何が起きたって、みんなが助けてくれる。セイラ様一人じゃないんだって。」
「蕾斗………………」
「彼の言う通りです。昨日会ったばかりの私でさえ、彼らを信じられる。何が起きても、彼らがなんとかしてくれますよ。」
「…………………信じる………か。」
蕾斗とリスティの笑顔が勇気をくれる。
「淋しくないのか?」塔の中で羽竜に言われた言葉が思い起こされる。あの時は、淋しくないと答えた。でも本音は、淋しくて心が何度も折れた。その度に下臣達が無理矢理に繋ぎ、また王である事を望んだ。
それがいつしか当たり前になって、国を統治する者は淋しさを持ってはいけないと思って来た。羽竜に言われるまでは……。
だからどんな事もどんな時にも、脅えて威厳を無くすような真似は出来なかった。
初めて決断をする事に恐怖してしまっている。逃げ出したい。でも、リスティの言う通り不思議とどんな状況になろうとも、羽竜達ならなんとかしてくれる気がする。
、迷う必要などないのかもしれない。
「わかったわ。みんなを信じます。」
蕾斗とリスティが笑顔のまま頷く。
セイラの手がそっと水晶に触れる。
少し間がありはしたものの、案の定水晶は光りを放ち、そしてその光の先には大きな柱が生まれる。
「おお………これは………」
リスティが思わず漏らした。天高く伸びる光の柱は、次第に大きく幅を広げ、バベルを彷彿させるほどにまで広がった。
「これって……………バベルの……塔?」
青紫の光は、バベルそのものだ。蕾斗がそれを口にする。
「あれ見て!」
セイラが青紫の柱の一部が歪んでいる事に気付く。
「入れ……って事か?」
リスティが真っ先に『歪み』に向かう。
「ちょっと、待ちなさい!」
セイラがリスティを追い、蕾斗もそれに続く。
「どうなさいます?引き返すなら今のうちですよ?」
「バカ言わないで。ここまで来たら行くとこまで行くわよ。」
リスティが苦笑する。セイラの反応が面白いのだろう。
「行こう!悪魔達が来る前に魔導書を手に入れるんだ!」
蕾斗が二人を急かすように言う。
「新しいバベル…………今度は何が起きるのやら。」
ため息混じりにセイラが言って、そびえる柱を見上げた。