第三十一章 adolescence of fourteen & sixteen
「何見てんのよ。」
とてもあかねの言葉とは思えない。
羽竜と蕾斗が聞いたら、ドン引きもんだ。
「何怒ってるのです?わけのわからない女なのです。」
どちらかと言えば、喧嘩を吹っかけたのはシュミハザの方だろう。本人に自覚はないが。
「何がツンデレよ!生意気なチビ女じゃない!」
どうやらあかねは、羽竜がシュミハザに気があるとまだ勘違いしてるらしい。
要するにジェラシーだ。
「生意気なチビはお前も同じなのです。」
「私はチビじゃない!」
「でも生意気なのです。」
「いちいち頭に来る子ね……だいたい前から言おうと………」
「御託はいらないのです。さっさと始めてさっさと終わらすのです。」
シュミハザに、全くもって手玉に取られてしまう自分に腹が立つ。14歳のシュミハザではまだその表情に幼さが残る。
あかねは16歳。対して変わりはないわけではない。この頃になれば、2歳の歳の差は大きい。
望まなくても大人にならねばならない者と、望んでも喘いでいるだけの者と。
「は、は、羽竜君のセリフ借りるけど、ぶ………ぶっ飛ばす…………わよ…………」
威圧して怯ませるつもりだったが、不慣れな言動に逆に自分が怯んでしまう。
「………はぁ。」
あかねの不器用振りに、呆れ返り思わず溜め息が落ちる。
「な、なんか文句ある?」
「だらし無い女なのです。きっと部屋も散らかってるのです。目黒羽竜もこんな女のどこがいいのかさっぱりなのです。」
「部屋は、き、綺麗に片付いてます!それに、は、羽竜君は関係ないじゃない!な、な、何言ってんの!?」
「焦る辺りが怪しいもんです。」
あかねは嘘は言ってない。部屋は綺麗に整理整頓されてるし、羽竜があかねをいいなんて言った事もない。
でも動揺してしまうのだ。
…………思春期だから仕方ない。
「ご、ごちゃごちゃ言ってないで、かかって来なさいよ!」
ミクソリデアンソードをブンブン振り回す。
ミクソリデアンソードもこんな扱いを受けるとは思いもよらなかっただろう。
「言われなくても………殺ってやるのです!!」
シュミハザのロストソウル・デスティニーチェーンは真っ直ぐあかねを狙うのではなく、ミクソリデアンソードを狙い剣としての機能を無効にしてしまう。
「しまった…!」
「おバカなのですよ、吉澤あかね。」
解こうにも、がっちりと絡み付いた鎖がそれを許さない。
こうなると有利なのはシュミハザの方だ。
ロストソウルを右へ左へ動かす度に、あかねの意思とは無関係に踊らされてしまう。
「バカは……余計よ……!」
ミクソリデアンソードを離さないようにするだけで精一杯で、エアナイトの能力を使う余裕なんてない。
「魔導書は我々がいただくのです。おとなしく寝てるといいのです。」
急にあかねの身体が持ち上がる。
そのまま勢いよく振り回される。
「きゃっ…………!!!」
まるで台風の中に迷い込んだみたいに、息が出来ないほどの風圧に襲われる。
「私が本気になればお前達など相手にならないのです!!」
デスティニーチェーンがミクソリデアンソードから離れる。
空中に放り出され、必死に体勢を整えようとするも、下を見るとシュミハザがオーラを溜め込んでいる。危機を感じても身体の自由が利かない。
(まずい!このままじゃ……)
あかねの不安は的中。シュミハザは必殺技を放って来た。
「死ねっ!吉澤あかね!!デッドエンドネメシス!!!」
空間にデスティニーチェーンが入り込み姿を消す。
その後いくつか空間に波紋が生じる。目には見えないが、デスティニーチェーンがかなりのスピードで動いているのだ。
ようやく身体の自由が戻った時には、後ろに気配を感じる。
あかねの後ろで波紋が出来て、デスティニーチェーンがオーラと共に飛び出して来た。
「終わりなのです。」
勝利を確信してシュミハザは背を反し他の仲間のところへ帰ろうとする。
状況からしてデスティニーチェーンがあかねを外すわけがなかった。だから勝利を信じたのだが、今度はシュミハザが後ろに危険な気配を感じて振り返る。
「…………吉澤あかね!?」
フルネームで危険を呼ぶ時間はなかった。
振り向いた瞬間視界に入って来たのはあかね。
後方転回であかねの攻撃をかわして、転回間際爪先で反撃するが間一髪であかねもシュミハザの攻撃をかわす。
「運のいい奴なのです……」
「危ないところだったわ。…………貴女、本当に殺すつもりだったでしょ!エアナイトじゃなかったら死んでたかもしれないしゃないの!」
「殺すつもりで戦っているのです。寝ぼけるのは寝て起きてからにしなさい…なのです。」
デスティニーチェーンがシュミハザの元に帰って来る。
あかねが死ななかったとしても、驚く要素は何もない。
また殺せばいい。そう思っている。
「人殺しまでしてオノリウスの魔導書が欲しいの?」
「欲しいですね。ヴァルゼ・アーク様の欲しがる物は、例え人の命でも欲しいのです。」
「どうして?人の命って尊いものなのに……」
「人の命など尊いものではないと思うのです。尊いものはヴァルゼ・アーク様ただ一人。人の命とヴァルゼ・アーク様とでは釣り合いが取れるわけがないのです。」
「歪んでる………貴女達みんな歪んでる!」
「フン、お前に言われてもなんとも思わないのです。私はヴァルゼ・アーク様が好き………だからヴァルゼ・アーク様の為なら人殺しも苦にならないのです。」
人をどこまで好きになれば、人殺しすら苦にならないというのか?
あかねも羽竜の事は好きだ。けして軽い気持ちではない。
羽竜の為ならなんでも出来る。多分。でもそれは秩序の範囲内。人殺しまでは出来ない。
「シュミハザ、貴女自分を見失ってるの?…………自分を見失ってまで人を好きになるなんて、私は間違ってると思う!」
「知った風な口を………。お前に私の何がわかるのです?お前が羽竜を想うのとは次元が違うのです。」
レリウーリアと話をする時、彼女達が彼女達自身として話しているのか、悪魔の記憶を通して悪魔として話をしているのかわからなかった。
シュミハザと話していて、あかねは気付いた。
彼女達と悪魔と区別する必要はなかった。
悪魔の記憶を有している時点で、彼女達は人間ではないと気付いた。
会話の内容云々ではなく、言葉ひとつひとつに対する想いから。
だからシュミハザの言う事もわからなくはない。人間とは物事への概念解釈が別なのだから歩み寄る事はおろか、話し合いが成立する相手ではないのだ。
本来、悪魔は人間を欺く者。人間は人間を欺く者。人間であるあかねに、人間の思考回路以外の回路は設けられていない。
シュミハザには人間の思考回路に悪魔の思考回路まで備わっている。
生命体として優秀なのは当然シュミハザだ。
純粋な悪魔でないのだから尚更に。
「命を奪い合う事でしかお互いを認め合えないなんて………悲しい生き物ね……悪魔って。」
「哀れみは無用なのです。命を奪い合う事は人間の常套手段ではないのですか?なら、哀れみはお前達にこそ必要なもの。吉澤あかね……お前が死ねば、哀れみを手向けてやるのです。」
睨み合いではなく、互いに見つめ合う。
わかり合えない………それがわかった事こそ、わかり合えた証なのかもしれない。
だとすれば、やるべき事はひとつ。
「今度は外さない。哀れみを持って三途の川を渡るといいのです!!デッドエンドネメシス!!」
「ひとつ、言っておくわ。好きという気持ちに次元は無いわ!ドミナント・セブンス・スケール!!」
小細工無しに技をぶつけ合う。
自分が先に果てるか、相手を飲み込むか、他に道は無い。