第二十八章 雲の上の戦い(前編)
「総帥…………」
「心配するな、お前達は与えられた任務を完遂する事だけを考えろ。」
由利がヴァルゼ・アークを案じ立ち止まる。
いつものヴァルゼ・アークらしい余裕は見られない。
「なら制限時間を設けていただけませんか?」
「制限時間?」
「はい。蛇と戦うのは、私達と約束した時間の間だけにして下さい。それを過ぎたら私達が魔導書を探し出せなかったとしても、一度戻って来ていただきたいのです。」
ヴァルゼ・アーク達はミドガルズオルムを『蛇』と呼ぶ。
『蛇』との戦いは真剣勝負ではない。もとより勝ち目はヴァルゼ・アークにすらないのだ。
あくまでも『蛇』の注意を反らすのが目的だ。
「俺が信じられないのか?」
態度を見ればヴァルゼ・アークに緊張感が宿っているのが全員に伝わって来る。
「お願いします。私達は総帥あってのレリウーリアなんです、お察し下さい。」
由利はヴァルゼ・アークから目を反らさず、じっと見つめ訴えかける。
頷くまで雲の上にいる『蛇』のところへ行かせるわけにはいかない。
「ヴァルゼ・アーク様、私達のお願いなのです。約束してほしいのです。」
いつもは無口で無表情の景子が、今にも泣き出しそうにすがる。
「………………全く。お前達には負けるよ。」
「それでは………」
綻んだヴァルゼ・アークの顔を見て聞き入れてくれたと、由利が胸を撫で下ろす。
「わかった。制限時間を設けよう。で、どのくらいなら納得してくれる?」
「みんなで話合ったのですが、一時間………これ以上は待てません。一時間を過ぎた場合は、私達の方から迎えに行きますので。」
「一時間以上は俺でも蛇の相手は出来ないと?」
あっさり聞き入れるのはプライドが許さないので、軽いジャブ程度の皮肉をくれてやる。
「そういうつもりでは……」
由利が慌てて否定する。
こういうやり取りをヴァルゼ・アークとするのは苦手なのが伺える。
「ならお前達も約束しろ。一時間以内に必ず魔導書の手掛かりを見つけると。」
「「承知しました!」」
息を合わせて由利以下、レリウーリアが返事を返し、鎧を具現して纏う。
「ん?…………あっ!」
決まったところでアスモデウスが声を出す。
彼女の視線の先には、羽竜達がいる。
「あれ?一人増えてない?」
「あれはリスティよ、サタン。」
アドラメレクがサタンに教えてやる。新しい登場人物を。
「ふ〜ん。結構な美男子ねぇ………くす。でも総帥には全然劣るけどねぇ。」
ベルフェゴールになった千明が目を細くして羽竜達を眺める。
「でも彼は希代の天才です。物事の解釈具合は、総帥や司令に匹敵すると思われます。舐めてかかるとしっぺ返しを喰らうハメになりますよ?お姉様。」
ナヘマーは至って真面目にベルフェゴールを説教する。
とは言え、口調に強味が無いのは愛しさ故だろう。
「待って!また来客よ!」
アシュタロトが『蛇』によって覆われた空にロストソウルを掲げる。
「エルハザード!」
「ミカエルまで…………」
バルムングとリリスは颯爽とロストソウルを構え、エルハザードを迎え撃つ準備に入る。
「時間が無い。お前の言った通り一時間、全魔力、オーラを持って『蛇』の相手をしてくる。地上は任せた。」
ヴァルゼ・アークは絶対支配を具現化して雲の上の戦場へ飛び立った。
そして残った悪魔達にジャッジメンテスが改めて指示を出す。
「全員で魔導書を探す事は不可能になったわ。リリス、バルムング、アドラメレク、ティアマトはエルハザードを殲滅して。」
四人は頷き、直ぐさまエルハザードの元へ向かう。
「ベルフェゴール、ナヘマー、シュミハザ、アスモデウスは目黒羽竜達を。」
同じく頷いて、羽竜達の元へ飛ぶ。
「ベルゼブブ、ルシファー、サタン、アシュタロトは私と一緒に魔導書の手掛かりを探すのよ。」
「「「はい!」」」
「制限時間は一時間!急ぎましょう!」
邪魔になる存在は任せてある。
魔導書を優先的に探せる環境は出来上がり、宝探しに集中出来る。
ジャッジメンテスは身に付けていた懐中時計を取り、時間の確認をした。