第二十七章 嘘をつくのは……
確かレジェンダはリスティを裏切り者とか言ってたし、天界で会った時はただのうるさい爺さんだった。
天才だとは言っていたが、受けた印象は最悪。
でも、この世界のリスティは、ジョルジュと同じイケメン………というよりは美少年のほうが似合っているかもしれない。
それでいてとても気さくだ。
むしろ好印象を受ける。
「何も無いところだが、くつろいでくれ。」
お茶らしき物を入れながら、笑顔を見せる。
とても『あの』リスティには見えない。
「この町だけはなんとか難を逃れられてね、運がよかったよ。」
逆境を物ともしないタイプなのか、すごく前向きだ。
「でも何より、またこうして君に会えたのが奇跡だよ………ジョルジュ。」
「それは私も同じだ、生きていてくれて安心したよ………リスティ。」
羽竜も蕾斗もあかねも引き攣る顔を元に戻せない。
気持ち悪いほどの親友振りを見せるジョルジュとリスティが、後にトランスミグレーションを奪い合うとは思えない。
それとも、レジェンダが語っていた過去と、実際に今体験している過去とでは違うのだろうか?
「うらやましいわね、互いの安否を心配し合える関係なんて。」
セイラは王妃だ。友人なんてものは持ち合わせていない。
自分が心配されるのは国の為。それ以外の理由は無い。
「何をおっしゃいますか、セイラ様にはジョルジュやこうして危険を承知でお供する下臣がおいでではありませんか。」
リスティが羽竜達を意味ありげに見る。
お供する下臣としてはあまりに幼い彼らに興味があるらしい。
ただ、下臣と言われ羽竜は反論に出ようとするが、話が先に進まなくなると思った蕾斗達に止められてしまう。
「ま、礼儀の知らない下臣で世話が焼けるけど。」
セイラはわざと言った。羽竜の反応を見て遊んでいるのだ。
「ははは。しかしその方が返って心強いのでは?」
一国の王妃を前にしても物おじしないリスティの態度は度胸がいいとしか言いようがない。
そこが逆にセイラには好感触だったようで、さばさばした彼女には受け入れやすいようだ。
「さてと、本題に入ろうか。まさかお姫様まで連れて、私に会いに来たわけではないだろう?」
「相変わらず話が早くて助かるよ。」
ジョルジュの雰囲気から緊急だと悟るのは、リスティには簡単な事。
だから自分から話を振る。
「実は、魔導書の事なんだ。」
「魔導書?あのなんでも願いを叶えると噂の?」
「そうだ。魔導書がバベルにあるのではとバベルの塔まで行ったんだが、魔導書は無かった。変わりにあの巨大な蛇が現れたんだ。」
「…………あれはミドガルズオルムだね?」
「知ってるのか?」
「古い書物で読んだ事がある。次元の狭間というところに一匹のそれは巨大な蛇がいると。誰が見たのかは知らないけど、本当だったなんて。」
「フッ……物知りなのも変わってない。だが聞きたいのはミドガルズオルムの事じゃない。」
「魔導書………か。」
「魔導書は天使と悪魔、それとダイダロスとかいう輩が狙っている。なんとしてでも奴らより先に手に入れたい。知恵を貸してくれないか?」
「ジョルジュ、魔導書はきっとバベルの塔にある。」
考えていたのか?ひらめきか?あっさりとリスティは魔導書がバベルにあると断言する。
「根拠は?」
堪らずセイラが割り込む。
「魔導書を求めて天使や悪魔やダイダロスとかいう奴もバベルに来たんだろ?ダイダロスという奴はともかく、天使や悪魔までがバベルに来たのには確信があっての事だと思うんだ。そしてミドガルズオルム。」
「ミドガルズオルムが関係あると?」
ジョルジュも親友の見解には興味がある。
「ミドガルズオルムは、現れてからずっと崩壊したバベルの上に滞在したままだ。次元の狭間の住人が、意味もなく地上に現れるような真似はしないだろう。」
「でも魔導書と繋がりがあるとは言えないわ。それに、たかが巨大なだけの蛇に意思があるとは思えない。貴方の言う書物にはそう書いてあるの?」
リスティの考えに否定的なメグが異論を唱える。
「まあまあ。書物にはミドガルズオルムの詳細は書かれてはいない。でもね、天使や悪魔は我々人間よりも遥かに高い知識と教養がある。人間には到底わからない情報も、彼らにはわかっている。一番の決定打はそこだ。ミドガルズオルムは、魔導書の能力を考慮すればなんらかの理由があるんじゃないか?例えば、魔導書を渡したくない『輩』への牽制とか。」
「防犯機能って事か………」
この手の話は大好きな蕾斗は、リスティの見解には大いに納得している。
「これ以上は推測の域を出ない話だから、後は君達に委ねるしかないけど?」
「リスティ、一つだけ聞かせてほしい。」
「なんだい?ジョルジュ。」
「ミドガルズオルムは魔導書を守るだけの生き物なのか?」
「……………ジョルジュ、どんな生き物も何の為に生きてるのかはわからない。仮にミドガルズオルムが魔導書を守護するだけの生き物だとしても、果たしてそれだけの為に生きているかはわからないよ。どうしてだい?」
「いや………ただあれだけの生き物が存在している事自体、もっと他に理由があるんじゃないかと思ってな。」
「フフ……君も相変わらず深読みだね。森羅万象、自然の摂理は理屈じゃないよ。」
リスティの見解は、全員納得したらしい。
それをセイラが代表で口にする。
「行きましょう、もう一度バベルへ!」
「塔は崩壊しちまったんだぞ?」
羽竜が立ち上がり、遠くからでも視認出来るミドガルズオルムを眺めた。
「建物が全てじゃないわ。行ってみれば新たな発見があるかもしれない。それとも怖じけづいたのかしら?」
ミドガルズオルムを眺める羽竜をセイラが挑発する。
「バカ言うな。蛇が怖くて戦士が勤まるか!」
「じゃあ決まりね!みんなもいいわね?」
表情に迷いを浮かべる者は一人もいない。
「リスティ、君も来てくれないか?君がいてくれた方が何かと心強い。」
「そのつもりだよ、ジョルジュ。」
新たな仲間を迎えて、羽竜達は再びバベルを目指す。
「今一度バベルへ行く。」
ヴァルゼ・アークが岩に腰かけ、メンバー全員の前でバベルへ行く事を伝えていた。
「バベルへ………ですか?」
今更何の為に行くのかわからず、サタンから戻った葵が口火を切る。
「何度考えても、魔導書はバベルに在るとしか思えん。その確認の為だ。」
「お言葉ですが、バベルの塔は既に蛇によって崩壊していますし、蛇の傍に行くのは危険なのではないでしょうか?」
こちらはアドラメレクから戻った那奈がヴァルゼ・アークの真意を聞く。
「総帥、まさか崩壊したバベルの瓦礫から魔導書を探せなんて事は言わないですよね?」
アシュタロトだったローサも納得には至らず、聞き返す。
重労働はなるべく避けたいのだ。
「心配するな、そんな頭の悪い指示は出さない。」
ローサの考えなどヴァルゼ・アークにはお見通しだ。
「ならお聞かせ下さい。何故ここに来てバベルなのか?」
ジャッジメンテスから戻った由利にもバベルへ行く理由がわからない。はっきりとヴァルゼ・アークに意見を言えるのは由利しかいない。
「人の目は嘘をつく。目で確認出来なかったからといって、そこに無い理由にはならない。嘘をつかないのは機械と真実だけだ。」
「おっしゃってる事はわかりますが………真実が嘘をつかないのなら、何故私達の前に現れないのですか?」
葵の疑問に由利が変わって答える。
「真実はいつも私達に誠実でいてくれるとは限らないわ。」
由利が顎に手を当て言葉の意味を理解する。
誰もがヴァルゼ・アークと由利の考え方には感心してしまう。
形の無いものを、よくここまで解釈出来るものだと。
「総帥がそうおっしゃるのであれば、私達がとやかく言う必要はありません。指示に従います。ですが、蛇はどうなさいます?戦って勝てる相手ではありませんが?」
那奈の不安は『蛇』にある。
襲われたら一たまりもない。
「……蛇は俺が引き受ける。」
ヴァルゼ・アークの言葉に一堂、声を上げて驚いた。
「ご、ご冗談を………いかに総帥と言えども蛇を一人で相手にするなど……!」
葵が突拍子もないヴァルゼ・アークの発言に腰を抜かしそうになる。
まさかこんな無謀な作戦を耳にするとは思っていなかった。
「他に方法はない。蛇が襲って来ないのならそれにこしたことはないがな。」
「しかしですね!万が一総帥の身に何かあったら…………」
ローサが言いかけるのを由利が制し、振り返ってメンバーに告げる。
「やりましょう。総帥が蛇の相手をしている間に、なんとしてもオノリウスの魔導書を見つけるのよ!」
今度ばかりは本当の意味で命懸けの任務になる。
それを承知でみんな頷いた。
「任務開始は明日の朝だ。今日はゆっくり休め。」
今までで一番重い任務だ。
ヴァルゼ・アークが蛇を相手に出来る時間は限られている。
半日にも満たない時間の間に魔導書を見つけなければならない。正確には魔導書に繋がる糸口を見つける事が任務となる。
失敗はヴァルゼ・アーク、そして自分達の死を意味する。
明日、魔帝の信頼を受け彼女達は命を賭ける。