第二十四章 蛇
状況の説明は必要だった。
ヴァルゼ・アークとダイダロスは把握出来ているのだろうが、羽竜にもセイラにも何がどうなってるのかさっぱりだ。
セイラが水晶に触れて、空間が変化したとは言えそれだけ。
魔導書が出て来たわけでもなんでもない。
親切心で言ってるのではなく、羽竜とセイラには知る権利があるから、ヴァルゼ・アークもダイダロスも教えてやろうと言うのだ。もちろん蕾斗も。
「貴方から説明してあげて下さい、ヴァルゼ・アーク。」
「てめぇ!総帥に命令するつもり!?」
ダイダロスに十分な恨みを持つバルムングが食ってかかる。
「これは失礼。しかし彼らには知る権利がある。私が説明してもかまわないのですが、ヴァルゼ・アーク殿は終焉を大層可愛がっておられるようお見受けしたのですが?」
バルムングが思わずダイダロスに飛び掛かりそうになる。
「バルムング、止せ。右目の敵討ちをしたいのはわかるが、今は気持ちを抑えてくれ。」
「私の事はどうでもいいのです。ただ総帥が侮辱されるのは………」
「案ずるな。ここで挑発に乗るのは愚の骨頂だ。」
敵が目の前にいるからと言って、すぐに戦う必要はない。
そう諭すようにバルムングをなだめる。
「プリンセス、お前は人間ではない。」
「な………何よ、いきなり…」
「お前は世界のバランスを取る為のバランサーだ。自然過ぎず、不自然過ぎずこの世界を形作るのがお前の役目。世界が焼け、木々が無くなればそれを再生する。世界が緑で溢れ返り、生命体の進化を妨げるのであれば、突然変異を起こして極度の進化をさせる。これは全て宇宙の意思だ。」
唐突な言われように誰も言葉がない。多分、レリウーリアの彼女達も初めて知る事だろう。
「それじゃ何?私は宇宙の操り人形なの?冗談じゃないわ!私はフランシア国王女、セイラ・アイブラックよ!」
まるで生きている事を否定されたような気分にさせられる。
面白くないが、おそらくはそれが真実である事を心の中で理解する。
緊張感が恐怖感に変わる。
知りたくない真実がすぐそこにあるのだ。
そしてそれは差し出されるに違いない。
「認める認めないは勝手だが、真実は常に一つしかない。」
冷ややかなヴァルゼ・アークの視線がセイラを貫く。
「ならこの空間の意味は何?床や壁が見えなくなっただけじゃない。それが世界再生に役立ってるの?」
「残念だが、そこまでは俺にもわからん。」
「いい加減ね。魔帝が聞いて呆れるわ!」
言い捨てた言葉を撤回させようと、レリウーリア全員がロストソウルを構え、セイラの首を取る準備をする。
「でもこれだけは言える。バベルの塔は人々が神に近づく為に造ったものではない。世界再生を行う為に造ったものだ。そしてその事実を隠す為に、人々から共通言語を奪ったのだ。」
「誰がそんな事を………?」
羽竜がヴァルゼ・アークとダイダロスを警戒しながら聞き返す。
「…………オノリウスでしょう。」
答えたのはダイダロスだった。
「その通りだ。もし神ならば、言語を奪うなんて回りくどいやり方はしない。人間の命を優先させるような仏心は奴らにはないからな。」
ダイダロスの見解と同じらしく、ヴァルゼ・アークもまた歴史の謎を紐解く。
「…………何者なんだ………オノリウスって………」
ヴァルゼ・アークとダイダロスの話を聞いていると、オノリウスは神を超える存在にも聞こえる。
そうなのだろうか?
人間でありながら魔導を操る。神にも宿らない魔導を扱える意味な何なのか?
蕾斗が魔導を使える事も説明がつくのか?
羽竜には到底想像もつかない。
「それは本人に聞いて見ればわかる事。………貴方も出て来たらどうです?オノリウス。」
ヴァルゼ・アークにされたようにダイダロスもオノリウスを呼ぶ。
しかし、辺りには新たな人物が現れる気配は一向にない。
「誰も出て……来ない……?」
同じ魔導を持つ者として興味惹かれる蕾斗から、現況が漏れる。
「フフ……嫌われたものですね。天使と悪魔から魔導書と人々を守る為にと、トランスミグレーションまで造って差し上げたのに、会ってもらえぬとは………フフ。」
まだ余裕のダイダロスは、オノリウスが出て来ない事にうろたえる事はない。
すると、空間が元のバベルの中へ戻った。
「これは………?」
ヴァルゼ・アークも状況が飲み込めていない。
ダイダロスもこれは意外だったようだ。
「…………何が……?」
塔の外で目が潰れるようなフラッシュ現象が起きる。
稲妻が鳴っているのだ。
雲と雲の間の空間を捕らえるように、上下に稲妻が走る。
「……いるのか?……オノリウス………」
羽竜もただならぬ空気を感じる。
稲妻の光が彼らの動きを封じてしまっている。
近場で聞く稲妻の音は、バベルを崩してしまうのではないかと思わせるほどの轟音だ。
不穏な空気の後、突如として光が遮られ暗闇に覆われた。
「一体何が始まるんだ…?」
ただの自然現象にしては露骨に不自然さを表している。蕾斗が暗くなった外を見てると……
「うわぁぁぁっ!!!!」
蕾斗が叫ぶ。その方向を全員が見ると、窓枠に収まり切らないほどの『瞳』が塔の中を覗いている。
「なんだよ、この馬鹿デカイ瞳……」
爬虫類を象徴する縦に走る黒い筋は、紛れも無くこちらを確認している。
「……………次元管理者…………ミドガルズオルム!!」
瞳の主はミドガルズオルムだと、ティアマトが叫ぶ。
「ミドガルズオルムって………確か……」
以前、アドラメレクからもらった解空時刻を羽竜が手にする。
ペンダント状になっている解空時刻が、ミドガルズオルムのオーラに反応している。
奇妙な奇声を発し、バベルの塔に巻き付く。
ぐらぐらと地震が発生したかのように塔が横揺れを始める。
「これもオノリウスの仕業なの………?」
リリスの表情が絶望にも見てとれた。
「ミドガルズオルムが現れたという事は、魔導書はここには無いのでしょう。ならばいつまでも長居は無用、お先に失礼しますよ……終焉の源、そして魔帝……レリウーリアの皆さん。」
ダイダロスが床に魔法をぶつけ穴を開けると、そこから一気に飛び降りた。
「俺達も行くか、ミドガルズオルムはバベルを破壊する気だ。こんなところで果てるわけにはいかないからな。」
ヴァルゼ・アークがジャッジメンテスに言うと、それを聞いていたレリウーリア全員がロストソウルを仕舞う。
「羽竜、生きて戻れよ。」
ヴァルゼ・アークもダイダロスがしたように床に魔法で穴を開ける。
「待てよ!あんたには聞きたい事がある!」
退散しようとするヴァルゼ・アークを羽竜が引き止める。
「………お前が生きて再び俺の前に現れたなら、お前が疑問に思ってる事に答えてやるよ。」
それだけ言うと、ヴァルゼ・アークが飛び降りる。それにレリウーリア全員が続く。
「くそっ!いつも肝心な時にいなくなりやがる!」
苛立ちを抑え切れない羽竜を、蕾斗がなだめる。
「行こう、羽竜君。生きて戻らなきゃ!僕達にはまだやらなければならない事がある!」
「彼の言う通りよ!怒りなら次、魔帝に会う時までとっとけばいいじゃない!」
「蕾斗、セイラ……」
羽竜も素直に二人に応じる。
「セイラ様!!羽竜!!」
ジョルジュが勢いよく階段を上がっ来た。
「誰?」
また新たな人物に蕾斗が戸惑う。
「え〜いっ!面倒くせーっ!説明は後だ!蕾斗!セイラ!ジョルジュ!俺達も下に飛び降りるぞ!」
「バカ言わないでよ!死んじゃうわよ!」
「蕾斗がいれば問題ない!」
言うが早いか、ヴァルゼ・アークの開けた穴から羽竜が飛び降りる。
「ちょっ………羽竜ーー!!?」
セイラは高所恐怖症らしくそっと穴を覗き込む。
「行くよ!さ、早く!!」
蕾斗がセイラとジョルジュを誘う。
「なんだかよくわからんが、飛び降りなければならんようだな?ならば………セイラ様、失礼!!」
「きゃっ!!」
立ち尽くしていたセイラを抱き上げ、言われるがまま飛び降りた。
「…………僕が先に行かないと危ないんだけどな……」
軽く言う辺りは余裕の現れだろう。蕾斗も羽竜達を追う。
ミドガルズオルムはその身体に力を入れ、バベルの破壊を開始した。