第二十二章 clear sky
あかねはある意味、普通の人間とは違う。性格は至ってまとも。むしろ清楚可憐とも言えるおしとやか(今ではそうでもないが)だ。
違うのはエアナイトの能力を秘め、戦闘行為に優れているところだ。
だから今の光景は本人にはあまり驚く対象にはならない。
やられてる方はたまらないのだろうが。
メグは?
彼女はあかねのような特別な能力は持っていない。
しかしながら、あかねに引けを取らない活躍振りを見せている。
メグの優れているところは素早さ。俊敏でキレのある動き。
ローマ軍は彼女の動きに全くいいようにやられている。
「どこに消えた!?」
消えたわけではないのだが、消えたように『見える』のだ。
兵士達は口々にそう叫んで仲間に確認を求めるが精一杯。
叫んだ瞬間には意識はない。
「たかだか千人程度だと思ったんだけど、意外に疲れるわね。」
メグがカルブリヌスを杖変わりに一息入れる。
敵の数も残り僅かになった事からの余裕だろう。
「さあてと、あかねちゃんどうする?」
「どうって………言われても………」
あかね的にはメグほどのモチベーションは持ち合わせてない。
何度経験しても、戦うという行為に慣れる事はない。
「煮え切らないなあ、ここまで来たら行くっきゃないでしょ!」
「だって〜……」
「だってじゃないの!そんな事言ってると羽竜取っちゃうよ?」
「なっ………!」
引き攣る顔を必死に堪えるところを見ると、やっぱりあかねは羽竜に好意を寄せているのだと思えた。
メグの真意は定かではないが………。
「うふふ。図星かあ……」
メグの意地悪にしてやられたと、あかねが顔を真っ赤に染める。
「メグちゃんの意地悪!」
その光景にネロも怒り浸透し、顔を真っ赤に染めた。
「陛下、ここは一旦引き上げましょう!あの娘達は人間ではありません!」
冷静に判断する必要などどこにもない。たった二人の少女に大勢の仲間が倒された事実を考慮すれば、この兵士の判断は間違ってはいない。
「黙れっ!!!このまま帰ったら他の国から笑い者にされてしまうではないか!総攻撃だ!行けっ!!!」
だが僅かに残った兵士達は誰ひとりとしてあかねとメグに挑む者はいない。
ネロのカリスマ性が露骨に現れた瞬間だった。
どう考えても二人に勝つ見込みはないのは明らかだ。
世界は天使により火と血の海。そんな状況下で、主君の野望の為に命を捧げるのが馬鹿らしくなる。
「何をしている!!!!?早く行かんかっ!!!」
ネロは空気を読むのは苦手なようだ。
ただ怯えているだけだと思っているのだろう。稚拙な理想すら持ち合わせていない主君に仕える者などどこにもいない。
「なんかモメてるね……」
肩を空かされメグが眉をひそめる。
「国は民…………ヴァルゼ・アークが言ってた言葉。王様一人で国が成り立っているわけじゃないのよね。」
民の支持を得る事が出来ないネロを、あかねが哀れむ。
兵士達はあかねとメグを見て兜を放り、戦う意志がない事を伝えどこかへ去って行く。
一人残されたネロが兵士に一生懸命何かを叫んでいるが、空吹かしに終わる。
「観念しなさい。貴方は見限られたのよ。」
カルブリヌスをネロに向けメグが負けを宣告する。
「く………こんなはずでは………」
バベルの塔へ入る事すら叶わず、騎乗の王は二人の少女に命を握られた。
「メグちゃん………」
あかねが何かを言いたそうにメグを見る。
「…………………ふぅ。わかってるって!もはや殺す価値もないわ。国へ帰っても居場所はないと思うけど、さっさとどこへでも行きなさい。」
ネロの首を取ればあかねに怒られる気がして、取るにも取れない。メグはカルブリヌスを鞘に収める。
「お、覚えていろ!!」
どこへ行くのかは知らないが、命からがらメグとあかねから逃げて行く。
「これでいい?」
「うん。ごめんね。」
メグが手柄を欲しがっていたのはわかってはいたので、悪い気がして謝る。
メグもあかねの気持ちを察し、二度目のため息を笑顔でついて諦める。
「ま、いっか。」
「ありがとう、メグちゃん!」
「じゃあセイラ様達のところに行こうか!」
「うん。」
疲れ果てる様子もなくバベルへ行った羽竜達を追う為に、急ぎ足で塔へ向かう。
「!!?」
すると急にあかねが立ち止まり顔色を青くする。
当然メグも異変に気付く。
「あかねちゃん?」
「…………そんな………まさか………?」
あかねはゆっくりと後ろを振り向き、遠くの空を見る。
メグもその方向を見るが、何も見えない。
ただ、あかねが何かを感じ取っているのは確かだ。
「来る…………」
おしとやかなあかねが険しい表情を見せる。
そしてメグの目にもそれは映る。
「ちょ…………あれ……何?」
「………天使よ。」
遠くの空から徐々に姿を見せる大群。
あかねの言った通り天使だ。
背中の翼を見れば一発でわかる。
「天使ってのは見ればわかるけど、何なの………あの数………」
離れた場所から見ても、近づいて来る度空を覆ってしまうような軍勢に、さすがのメグも舌を巻く。
数にすれば一万、二万の比ではない。だがその大群は真っすぐバベルへ向かって来ている。
「ど、どうしよう………」
さっきまでの勢いも虚しく、メグが弱気になる。
二人で相手するには無理があるからだ。
ところが、今度はこちらがやる気に燃える。
「バベルには羽竜君達がいる。羽竜君達には魔導書を手に入れてもらわなければいけないし、ここは私達が引き受けたんだから責任を全うしましょ!」
本気かどうか聞き返そうと思ったが、あかねの表情を見れば愚問だと知る。覚悟を決めるしかないようだ。
「うう………勝てるかな…?」
「わからない。でもやれるとこまでやるしかないよ。」
弱気なメグに曖昧な返事しかあかねにはしてやれない。
あと数分で来るだろう白き戦士達との戦いの生存率は限りなくゼロに近い。
やれるところまで……………一番正確な答えなのかもしれない。
「たった二人で挑むには無謀過ぎだろう?」
後ろから声がして、ハッと我に返る。
「サマエル!!!」
真っ先に声をあげたのはあかねだった。
「貴方………確か試験場にいたわよね?」
サマエルの強さは羽竜との戦いを間近で観戦していたメグにはわかっている。
「助けてくれるの?」
「ククク………助けてやろうなんて気はさらさらない。」
期待を込めて聞いたメグの言葉を真っ向から否定する。
「じゃあ何しに来たの?」
「天使には腐るほどの借りと恨みがあるからな、現世では返せなかった借りを返してやるのさ。」
「随分な執念ね、とても天使とは思えない考え方じゃない?」
「フッ、なんとでも言えばいい。」
あかねとサマエルのやり取りに困惑するメグだったが、サマエルが天使と聞いて余計に困惑してしまう。
「天使?この人が?だって翼ないじゃん?それに現世って………何がどうなってるの?」
「メグちゃん、今は説明してる暇はないわ。生きて帰れたら、教えてあげる。」
収めた剣を再び抜き、天使を迎え撃つ準備に入る。
「ま、せいぜい羽竜を悲しませるないようにする事だな。」
「い、今は関係ないでしょ!」
冷静に捉えればそんなに深い意味の言葉ではないのだが、あかねにはサマエルの言葉が冷やかし聞こえたようだ。
「クク………さあ、来たぞ。」