第二十一章 twice
「セイラ……」
「え?何?どうしたの、羽竜?」
二人は黙々と塔を登り続けていた。
ひたすら同じ景色が繰り返される空間は、会話が無くなってしまえば自分の意識の中で様々な事を考えてしまう。
その中で羽竜は考えていた。
セイラと自分の境遇が似ている事を。
人は急に環境が変わり、静寂の中で協力しなければならない時、何故か相手に気持ちが動く。
「お前…………その……両親いないんだよな?」
結論から言ってしまえば、蕾斗やあかねがいるとは言え淋しくないと言えば嘘だった。
忙しい両親とは年に数回しか会えない。
気丈に振る舞う姿は淋しさの裏返しに他ならない。
「何よ……突然………」
わざわざ立ち止まる事はしない。
会話が目的じゃないのだから。
「………俺もさ、毎日一人でさ………まあ吉澤とか、蕾斗って言う友達と、後マント被った変な奴もいてはくれるんだけど………なんて言うか……」
「何が言いたいの?はっきり言いなさいよ!男の子でしょ!」
「…………淋しくないのか?」
前言撤回、セイラの足が止まる。
「………なんで?」
「なんでって言われても、なんとなくそう思っただけだよ。まあ、俺の両親はまだ生きてるからセイラとは違うかもしれないけど………」
しばらく何も言わなかったセイラだったが、羽竜に背を向けたまま口を開いた。
「…………淋しくなんかない。」
「家族がいないのにか?」
「家族ならいる。」
羽竜が言い終わる前に言い切る。
「私にとっての家族は、国民よ。国王である父が病死して、王妃だった母も後を追うように病死したわ。たった一人残されたと嘆いていた私を、国民は温かく迎え入れてくれた。苦しい時も、嬉しい時も国民が一緒になって泣き、笑ってくれる。私は一人じゃない。貴方は家族と友人を分けてるみたいだけど、絆は分けようがないじゃない。両親がいなくて淋しくないか?あかねもその蕾斗とか言う人もマントの変な奴も、かわいそうよね?」
何が気に入らなかったか羽竜にはわからないが、まくし立てるように喋るところを見る限りかなり怒っているのはわかる。
「どういう意味だよ?」
「だってそうでしょ?貴方の生活環境なんて知らないけど、あかね達は羽竜の淋しさなんて気付いていると思うわ。きっと色々気遣かってるんじゃない?あかねを見ていてそう感じたわ。でも当の本人は自分の事しか考えていない。かわいそうじゃない。」
「俺が自分の事しか考えてないだって?俺はみんなの事とか色々考えてる!」
「何を考えてるっていうの?あかねとメグ、ジョルジュが今、命を賭けて戦ってるのに、こんなところでわけのわかんない話始めて………彼らがどうして戦ってるのか考えてない証拠でしょ?私達は辿り着かなければならないの!塔の頂上まで!例え肉体が引き契られても!」
説教を喰らうとは予想してなかった。
同情を買うつもりで言ったわけでもなかったし、怒らせるつもりもなかった。
「………………行きましょう、まだ先は長いわ。」
一度も羽竜を見る事はなかった。そして二人はまた歩き出す。
バベルの頂上を目指して。
宣戦布告されたように、ジョルジュは女であるアスモデウスに対してまるで容赦がない。
階段の幅は五メートルはある。その決められた範囲の中で、舞を舞うように激しい攻防を繰り広げていた。
「これよこれ!ゾクゾクしちゃう。」
エアナイトの能力をフルに使うジョルジュの攻撃に興奮を抑制するのは難しい。
アスモデウスの全身は電流が駆け巡るような感覚に見舞われている。本人にはそれがたまらないのだ。
「変態め………」
ジョルジュは調子を狂わされっぱなしで集中力を失いそうになりながらも、若い女の悪魔と渡り合っている。
「変態?私が?う〜〜ん……否定は出来ないかも。痛いの嫌いじゃないしね。」
一言半句ですら、堅物のジョルジュには刺激が強い。
「何を考えてるかは知らんが、いつまでも貴様の遊びに付き合ってる暇はない。」
「遊び?失礼ね!れっきとした仕事なんですけど?だいたい状況は私の方が有利じゃない!付き合ってやってるみたいな言い方やめてよね!」
「キーキーうるさい悪魔だ。」
「なんですって?」
「私はお前のようなうるさい女は好かん。」
「は……はあっ!?私だってあんたみたいな堅物好きじゃないわよ!ホント、千年前もムカつく男ね!」
「お前は私を知っているようだが、さっきも言った通り悪魔に知り合いはいない。」
至って真面目なジョルジュの態度は、アスモデウスには受け入れ難い。
ジョルジュ自身も、これ以上調子を狂わされないようにあれこれ考えた末の言動だ。
心理戦と呼ぶにはお粗末ではあるが、効果は抜群のようだ。
「屁理屈ばっか言って!いいわ、足止めって言ったって目黒羽竜が先に行ったのではあまり意味がないし、ここらでケリをつけましょうか!」
「来るか!破壊神!」
「殺しはしないわ。でもしばらく寝ててもらうから!」
「その余裕が命取りにならぬといいがな。」
「人間のくせに生意気!行くわよ!色即是空!!」
オメガロードを振り上げ、技を放つ。
放たれた技を読み、コンマ数秒先を読む。
アスモデウスの技、色即是空の軌道はこのまま真っ直ぐ自分のところに向かって来る。
防ぐには威力が強すぎる。ならば回避して直ぐさま攻撃を仕掛けるしかない。
ほんの一瞬の間に計算する。
「今だ!」
色即是空を横に回避、そのままアスモデウスの懐に飛び込みパラメトリックセイバーを彼女の腹に刺す。
「嘘…………」
目標を失った色即是空はバベルの壁を破壊、アスモデウスはジョルジュのパラメトリックセイバーが身体を貫通する前に瞬間移動で逃れる。
「テレポートとは………」
致命傷は与えられなかったが、ダメージは十分だと思えた。
しかし悪魔の身体に傷を残すには浅過ぎた。
見る見るアスモデウスの傷は塞がり、何事もなかったかのように綺麗に戻る。
「そんなバカな!傷が塞がっただと!?」
「油断し過ぎたかな?危ないところだったわ。」
傷が塞がったところを撫でて安心する。
「なんか、やる気失せちゃったし今回はこの辺にしておいてあげる。またね、ジョルジュ。」
言葉通りやる気のない素振りでバベルの吹き抜けを飛んで行く。
「…………なんだったんだ?一体…………」
終始アスモデウスに振り回されっぱなしで余計な疲れだけが残った。
とは言うものの、彼女が本気でなかっただけ有り難く思うしかないだろう。
ジョルジュも本気だったわけではないが、本気でぶつかり合ってたなら互いに無事では済まななかったはずだ。
「あんなのがまだ他にもいるのか………」
ある領域に達した者ならば、実力を出し切らなくとも相手の強さを計り知る事が出来る。
先に行った羽竜とセイラを案じ、ジョルジュは飲み込まれそうなバベルの階段を駆け上がって行った。