第二十章 神の苦悩
塔の中は何もなかった。壁に沿って螺旋状の階段が延々と続いているだけで、真ん中は吹き抜けになっている。
円錐型のバベルの塔は直径は約百メートルはあろうかという広さだ。
科学のない時代によく人の力だけで築き上げたものだと感心する。
「ねえ、羽竜……」
「ん?なんだ?」
階段の途中でセイラが立ち止まり羽竜の方を振り向く。
「貴方とあかねって、どこから来たの?」
「なんだよ唐突に。」
「だって、魔導書はあるって断言したり、人とは思えない力を見せてくれたり、魔帝の事を知ってたり………まるで何もかも知っているような素振りをするからもしかしたら異世界から来たのかなって。」
「異世界ねぇ………」
的は得ているが、千年も先の未来から来たなどと言っても信じようがあるまい。
「まあなんだ、その辺はまたゆっくり話してやるよ。」
「そんな事より………出迎えが来たようだぞ。」
ジョルジュに言われ階段の先を見る。
そこに現れたのは……
「はじめまして、目黒羽竜。プリンセスセイラ、こちらは一応久しぶりってとこかな?ジョルジュ・シャリアン。」
「あんた………レリウーリアか!」
黒いダイヤのような鎧を見れば、彼女が悪魔である事は羽竜にはたやすくわかる。
「そうよ。私の名前は綾女はるか、破壊神アスモデウスよ!」
名前の重さとは裏腹に天真爛漫さが際立つ。
「破壊神?悪魔に会ったのは今が初めてだが?」
「相変わらず堅物ね、ジョルジュ。」
困惑するジョルジュはそっちのけでセイラがしゃしゃり出る。
「悪魔にしてはかわいらしいじゃない。」
「お褒めいただきありがとうございます……プリンセス。でも貴女に用はないの、私は目黒羽竜とジョルジュ・シャリアンをここで足止めする任務を仰せつかってるのよ。」
「………ヴァルゼ・アークか。まさかもう魔導書を……?」
「心配いらないわ、目黒羽竜。『まだ』そこまで至ってないから足止めに来たのよ。」
足止めと言ってるわりには、殺気がむんむんと漂ってくる。
手にしてるおそらくはロストソウルであろう細剣を軽く何度も振り、羽竜とジョルジュを舐めるように見つめる。
「私に用がない?なんて失礼な女なの!」
どうもセイラは自分に興味がない者に対して怒りをあらわにする癖がある。
それが男でなく女であってもだ。
「………羽竜、セイラ様と上を目指せ。こいつは私が引き受ける。」
羽竜とセイラの前に出てエアナイトとしての証の剣、パラメトリックセイバーを抜く。
ジョルジュはあかねとは違い、剣を常に携帯している。
その剣を抜く様は、彼の実力を映すように華麗で、それでいて力強い。
「ジョルジュ、一人でなんて勝手な真似は許さないわ!羽竜と力を合わせて………」
「わかった。あんたに任せるぜ!」
「は、羽竜!!貴方まで私を差し置いて………」
「済まないな。必ず後から駆け付ける。」
「はぁ…………これだから男は嫌いなのよ。すぐ自分達の世界に浸るんだから。ま、しょうがないわ。ジョルジュ、負けは許しませんからね!」
「ありがとうございます。」
あかねとメグの件も手伝い、ジョルジュの騎士としての魂に火が点いた。
相手が悪魔ともなれば尚更だ。
「私は目黒羽竜とジョルジュ・シャリアンって言ったのよ?聞いてなかった?」
「悪いな、アスモデウス。そこ……………通らせてもらう!!」
トランスミグレーションを大きなモーションで振る。
「甘いっ!!」
赤い衝撃波をロストソウル、オメガロードで回避しようと打って出るが、
「………なっ!」
至近距離からジョルジュが攻撃体勢に入っている。
羽竜の放った衝撃波をかわしてジョルジュの剣を受け止めれば身は守れる。
しかし羽竜とセイラを通してしまう事になる。
ヴァルゼ・アークから受けた任務は『セイラは通しても構わない。羽竜とジョルジュをしばらく足止めする事』だ。
時間にして数秒程度だが、考えた末、羽竜とセイラを通す事にした。
「まっ、しょうがないか!」
衝撃波を避け、そのまま一回転してパラメトリックセイバーを受け止める。
「先行ってるぜ!」
アスモデウスを尻目に羽竜とセイラがバベルの頂上を目指し螺旋階段を駆け上がって行った。
「女と言えど、戦場に立った以上は覚悟はあるのだろうな?」
「女と言えど、戦場に立った以上は覚悟はありますよ!」
茶目っ気たっぷりにウインクをして見せる。
「その余裕が命取りになる事を教えてやろう。」
静穏なバベルの中に鍔ぜり合う音が激しく響き始めた。
「ククク……久しぶりだな、友よ。」
赤い髪の男は黒い髪の男にそう言った。
だが黒い髪の男は歓迎はしていない様子だ。
「その友と言うのはやめてくれ。あまり馴染めなくてな。」
「そう言うな、再びお前に会えるのを楽しみにしていたのだからな。」
過去に来た時から会う事になるとは思っていたが、実際に会うとやっぱりその独特のオーラに気が滅入る。
「茶番は楽しめたか?」
ヴァルゼ・アークが魔帝の横で地上を見下ろしながら感想を聞く。
「まあまあだな。あやつが終焉か?実にいいオーラを持っている。」
バベルの途中の踊場で仮想空間を創り語り合う。
空間を創ったのはヴァルゼ・アーク。そうでもしなければ部下達に戸惑いを与えてしまうからだ。
アスモデウスに任務を与えたのもそれだけの事。
早々と追い付かれては困る。
バベルの途中までは吹き抜けを飛んで来れたが、ここから先は結界で浮遊術は使えない。
条件が羽竜達と同じになる。
「どうだ?余から受け継いだ力は。」
「気に入ってるよ。あんたのお陰で理想を叶えられる力を得たのだからな。」
「フッ……それは光栄だ。たが余の力が無くとも、お前は理想を叶えられただろう。気付いているのだろう?自分が何者なのか。」
「ああ。だが正直なところ、時々迷いも生じる。彼女達との生活は絶望の淵をさ迷っていた俺を救ってくれた。彼女達も同じだろう。今のままでも、満足な人生は送れる…………そう思ってしまう。」
「それはお前が決める事だ。余がお前に力を渡したのは、ただ天使どもを滅ぼして欲しかっただけだからな。神でさえ抗えない運命………それを打破する為のインフィニティ・ドライブ、是非お前に手に入れてもらいたい。」
「あんたはいらないのか?千年前………この時代であんたも求めた力じゃなかったのか?俺の中にある魔帝の記憶にはそうあるが?」
「………余はこの時代で果てる事が運命づけられている。それは変えられん。変えられん証拠はわかっているはずだ。余が果てるからこそ今のお前が存在する。運命とは意味が違うが、既に決まってしまった事は変えようがない。」
「随分潔いいじゃないか……」
「神として、魔帝として醜態を晒すわけにはいかん。わかってくれていると思うが?」
「わかってるよ。だから敢えて聞いたのさ。」
ヴァルゼ・アークが仮想空間の術を解こうとする。
「健闘を祈る。我が友よ。」
魔帝の気持ちに片手を後ろ向きで振って答える。
その背中をほほえましく思い、仮想空間が解かれると同時に姿を消す。
「友……………か……」
仮想空間にいた事すらわからない部下達が空間以前の時間の続きをしている。
魔帝ともあろう人物が、人間である自分を友と呼ぶ。その心境はヴァルゼ・アークにはわかっていた。
ヴァルゼ・アークという名前も元は魔帝のもの。
少し冷たくし過ぎたかと思うも、さっきまでを封印して仲間の元へ行く。
「みんな、ここからは歩きだ。気合い入れて行こうじゃないか。」
ヴァルゼ・アークの言葉にみんな驚く。
珍しく人間的な事を言ったからだ。
男としての意見を言う事はあっても、人間としての意見は言わないのがいつの間にか信条になっていたのだが。
誰一人文句も言わず、はしゃぎながらヴァルゼ・アークの後に続く。
まるでハイキングでもするかのように。
苦悩………それだけの価値はある。