第十八章 人が目指したもの
その昔、人間は一つの共通言語を持っていた。東から、西から人々は集まった。
そして集まった人々の中から、ある提案がなされる。
『神に近づこう!』
言語が共通な為、わかり合う事に苦労はない。多少の文化の違いさえ、言葉がわかるだけで簡単に乗り越えられる。
人々は塔を造る事にした。
互いの知恵、知識、技術を用いて天に届く塔の建造を。
全ては順調だった。わかり合えない時は徹底的に話し合う。
偉業を成し遂げる為に。
だが神は面白くない。人間の思い上がりは、共通の言語を使うからだと判断し、一つしかなかった言葉をバラバラにしてしまった。
人々は混乱に陥った。昨日までわかり合えてたのに、言葉が違うだけで何も理解出来なくなってしまったからだ。
混乱した状況での塔の建設は大変難しく、やがて放棄されてしまった。
そしてついた名前がバベル(混乱)の塔。
「わかりましたのですか?」
景子が珍しいくらい饒舌にプレゼンしていた。
「わ、わかってるわよ!そのくらい……」
悪魔の記憶を辿っても、バベルの由来は出て来なかった。
翔子はティアマトを恨んだ。
(竜神のくせになんでわからないのよ!)
興味が無ければわからなくて当然。それが『生き物』だ。
「あらあら……あら、貴女まさかティアマトのせいにしてないでしょうねぇ?くすくす。」
「し、してないもん!」
千明が翔子をからかう。
翔子は感情が表情にすぐ現れる。おまけに敏感なリアクションを見せてくれる。
千明の生来の意地の悪さ(いい意味で)がくすぐられる。
「それにしても、随分とお詳しいじゃありませんこと?いつお勉強なさったのかしら?」
自慢の長い栗色の髪を撫でながら純が言った。
言い方は多少キツイが、悪気はない。お嬢様育ちだからしかたないのだ。
「常識なのです。」
景子も悪気はない。ただぶっきらぼうなだけ。
「ハン!名前の由来くらい知らなくても、なんの問題もないわ!」
「くすくす。ダメよ?無知は罪なんだから、しっかりお勉強しなくちゃ。」
「無知故に滅んだ者達もいるからね。」
木陰から葵が、拾った本を読みながら茶々を入れる。
「な、何?これって軽いイジメじゃない?は〜〜いいですよ、別に!波動砲ぶっ放してやりましょうか!?」
メイド姿でロストソウル、波動砲(×2)を具現化する。
「げっ!?ちょっと、やめてよ!危ないって!」
トリガーに指をかける翔子を見て葵が木の後ろに隠れる。
「翔子ちゃん!おやめあそばせ!ロストソウルは私利私欲の為の道具ではありませんわ!」
「うるさいうるさいうるさい!!私利私欲の為ではなく、正義の為の波動砲なのよ!私は戦うわ!正義の為に!!」
純の説得も儚く終わる。
「景子!貴女も何かいいなさい!!」
千明もすっかり余裕をなくしている。
「…………恥を知るのです。」
「………………………………………………………………………………………………………。」
誰が予想しただろうか?銃器を手に暴走する悪魔に、追い打ちをかけるなんて。
全員が顎が外れるほど口を開けて景子の行動を称える。
「学べばいいんだよ!」
騒がしい女性陣に蕾斗が声をかける。
「知らない事は恥じゃないよ、知らない事をそのままにする事の方がよっぽど恥だと思うけどな。」
重ね重ね言う事になるが、彼も悪気があって言ってるわけではない。
景子はカチンときたようだが。
「ライ君いい事言うじゃない!」
落ち着きを見せた火を、ここぞとばかりに消してやろうと千明が風を送る。
「そ、そうよね、私だって知らない事いっぱいあるもん!」
千明に乗っかり葵も風を送る。
「そうでございますわ!知らない事は学べばよろしいのです!」
最後に純の送る風で火は消えた………かに見えた。
「………恥は恥なのです。」
また景子が火をつける。
誤解のないように言っておくが、景子は馬鹿にしてるわけではない。翻訳すれば「自分の無知を反省してきちんと学ばければ、それこそ恥になる」と、言っているのだ………と思う。
ワナワナと震える翔子を庇うべく、蕾斗が火の中へ突入する。
「どうしてそんな事言うのさ?君だって知らない事くらいあるだろう?」
「…………ない。」
「いや、あるね!そんなところで意地張るようではまだまだ子供だね!」
この小説で度々出て来るパターンだが、逆鱗に触れてしまう瞬間がある。
『子供』という単語は、景子にとっては逆鱗なのだ。
「お前といくつも変わらないのです!」
「中学二年生と高校一年生は差があると思うけど?」
「目黒羽竜……吉澤あかねに続いてうっさい男なのです!」
飛び火してまた別の火災が起こる。
頑固さでは絵里の上を行く景子だ、相手が蕾斗なら尚更退かない。
「どうすんの?」
こうなった景子を止めるのは不可能な事は千明も知っている。
「どうしよう?」
葵もお手上げだ。
「元は千明ちゃん、貴女のせいではありませんこと?」
純が責任を千明になすりつける。
「な、なんで私?葵はどうなのよ!?」
「私は知らないからね!」
責任追求などこんなものだ。
「面白そうな事をしてるみたいだけど、そろそろ行くわよ。」
那奈が呆れ返りながら声をかける事で、ようやく鎮火に至る。
「運のいい野郎です。」
「お褒めの言葉ありがとう。」
景子も蕾斗も互いに皮肉って一応の終わりを見せる。
「どちらにお出かけなさってたんですか?」
朝、目を覚ました時には既にいなかったヴァルゼ・アークに由利が問う。
「聞きたいのか?」
少し眠そうにしながら背伸びをする。
「いけませんか?」
「秘密にしておくよ。」
「…………13人もの女を虜にしてまだ飽き足りませんか?」
「おいおい、勘弁してくれ、俺はプレイボーイじゃないぞ?」
「十分だと思いますけど?」
由利が妬いているとは考えにくいのだが…………まあ、からかわれているのだろう。
「そうあまりいじめないでくれ。」
「フフフ………総帥の困った顔、好きなんです。」
今日はやけにテンションが高い。由利とは別人のようだ。
「なんでもいいが、バベルへ行く準備は出来ているのか?」
女が普段と違う顔を見せる時は、気をつけなければならない。
いかに忠実な部下とはいえ、種族は女。
深追いは禁物だ。
「はい。いつでも出発出来ます。」
いつもは笑わない由利が笑顔でいる事が不可解で、ヴァルゼ・アークも困惑する。
「………何かいいことでもあったか?」
「いいえ。特には。さ、行きましょう、みんな待ってます。」
「あ、ああ。」
シャキっとしないが、良しとする。
今日の雲行きははっきり行って悪い。太陽は出ているが、すぐにでも機嫌を損ねそうな空だ。
オノリウスが何を考えているのか検討もつかない。
天使を倒し、メタトロンを倒し、不死鳥族を根絶やしにした。
それでもまだインフィニティ・ドライブには辿り着かないのは、自分を取り巻く『法則』が全て破られてないからなのか?
(余計な事は考えまい。それを確かめにバベルへ行くのだ。)
一人考え事をしていると、いつの間にかレリウーリアのメンバーが並んでいた。約一名を除いて。
「総帥、みんな揃ってます。」
もう既にいつもの厳しい由利に戻っている。
「これからバベルの塔へ行く。かつて人が天を目指した遺産に。言うまでもないが、観光に行くわけではない。魔導書の手掛かりがない今、この時代の最後の象徴でもあるバベルが頼みの綱になる。これは推測だが、オノリウスは多分バベルにいる。気を引き締めろ、バベルはいわくつきの場所だ。いいな?」
言葉はないが全員黙って頷く。
何か任務を言い渡す時、ヴァルゼ・アークはあまり詳しい説明をしない。
基本的には「任せる」としか言わない。
それが今回は気を引き締めろとまで言った。
ヴァルゼ・アークが警戒しているのはオノリウスなのか?それともバベルか?
悪魔の間では、こんな説がある。
人は神に近づく為にバベルの塔を建設したわけではないのではないか?
もし、その行為が神の怒りに触れたのならば、神は何故バベルの塔を破壊しなかったのか?
人間の言葉をバラバラにしてしまうなんてまどろっこしい事をしなくても済んだはずだ。
だから悪魔達は考えた。バベルの塔には何かとてつもない秘密があるのではないか?
ヴァルゼ・アークは蕾斗に言った、世界再生は人の力ではない………と。
レリウーリアの誰もがバベルに何があるか知らない。
ただ一人、ヴァルゼ・アークだけが知っている。
人が目指したもの………それはバベルの塔を登りきればわかる。