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第十六章 世界再生の手段

珍しいから珍客なのだが、あまりに希少価値が増すとただ見てるだけで心が洗われる。

…………なんて大袈裟な話ではない。

 レリウーリアに訪れた少年は、悪魔達の好奇の目に晒されている事だけは間違いなかった。


「どうした?飲まないのか?」


持て成しには到底おぼつかない温かいものがカップに注がれている。

それをヴァルゼ・アークは美味しそうに飲む。


「これ………なんですか?」


悪魔から出されたから警戒しているのではない、ただどう見ても魔帝が飲む代物じゃない事くらいは蕾斗にもわかる。

だからあえて聞くのだ。


「何って……見たらわかるだろ?湯だ。」


「ユって……お湯…ですか?」


「そうだ。」


周りを見るとレリウーリアの面々も『お湯』をすすっている。

確かにどう見てもお湯だ。だが華麗なる悪魔達が美味しそうに飲んでいるのだ。まずいわけがない。蕾斗も騙されたと思い一口飲む。

結論……………騙された。

もっともヴァルゼ・アークはお湯だと言ってるのだから騙されたというのは蕾斗個人の被害妄想だが。


「これ………どっから汲んだ水ですか……?」


かつて味わった事のない味に好奇心は残念ながら湧かない。

ヴァルゼ・アークは蕾斗の問い合わせに答えるべく近くを流れる川を指差す。


「はは………川の水でしたか……」


「気に入らないか?」


「い、いえ!そんな事はないです!」


「無理しなくていいのよ?ライ君。だってお世辞にも美味しいとは言えないものねぇ……くすくす。」


独特の笑いで代弁してくれる千明に感謝する。


「いかに普段贅沢をしているかわかるだろう?俺達の世界でさえ未だこんな生活を強いられている人々がいるんだ。己の環境を幸せに思うのだな。」


少しらしくない口調で蕾斗に語る辺りは、ヴァルゼ・アークの本気の意思であるとわかる。


「はい。ありがたくいただきます。」


不思議と彼の言った事には素直になれる。

同じ事は今まで何度も言われて来たのに。


「真に美味なものは舌で感じるのではなく、心で感じるもの……………なんてな、本当は俺もコーヒーが飲みたいところなんだ。」


説教染みた事を言った謝罪からか、軽くウインクして和ます。


「でも驚きました。魔帝というくらいだから、まさかこんなサバイバーな事してるなんて……女性もたくさんいらっしゃるのに。」


「フッ………なあにちょっとした課外授業さ。こういう機会でもなければ誰もやらないからな。なんせうちは女優、令嬢、モデル、美術館館長、医大生、書道家、キャリアウーマン、その他みんな野生とは程遠い人種の集まりだからどちらかと言えばインドアな事しかやらないんだよ。」


「あら、総帥こそインドア派じゃありません?」


表情に明るさの戻った絵里が、ヴァルゼ・アークの横で甘えるように鳴く。


「ちょっとちょっと!くっつき過ぎ!」


蕾斗の後ろから叫ぶローサの声が聞こえる。


「うっさいわね、怪我人はいたわりなさい。」


「キーーーーッ!!!都合のいい時だけ怪我人ですかっ!?この三流モデル女!!」


「また言ったわね!!このインチキイタリアン女!!」


「人が下手に出れば調子に乗って………」


「へぇ〜、いつからどのあたりから下手に出てるのかしら?」


「もう頭に来た!!」


「何?殺る気?」


ローサも絵里もロストソウルを具現化して戦闘体勢を取る。

ま、いつもここで終わるのだが。


「ローサ、絵里、やめなさいよ。ゲストがいるのよ?恥を晒すような事は謹みなさい。」


美咲に苦言を言われ二人が蕾斗をチラッと見て謝る。


「「すいません………」」


「全く、懲りないお姉様達ですね!」


結衣が駄目押しの一言を付け加える。


「ぷっ……………アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


ローサと絵里のやり取りが相当ツボに入ったらしく、よそよそしい態度だった蕾斗が腹を抱えて笑い出す。


「あは………はは……」


「そんなに面白い?」


不思議そうに翔子が蕾斗を見る。


「だって……もっと厳しい雰囲気が漂う人達だと思ってたから………」


心配している羽竜が見たら間違いなく怒られているくらいの笑い方だった。

さすがのローサと絵里も顔を赤くする。

本気の喧嘩だから尚更に……。

















「あっ………」


慣れない環境に寝付けなくてそこら辺を徘徊していると、崖っぷちにヴァルゼ・アークが立っていた。


「………蕾斗か。」


「はい。」


崖の上からただじっと三日月を眺めるその後ろ姿は、やはり威厳を感じる。


「来い。少し話そうじゃないか?」


言われるがままヴァルゼ・アークの横に行く。

昼間の穏やかなムードはどこにもない。

レリウーリアの女性達は各々木の上で寝たり、どこから持って来たのか毛布を敷いて寝ている。


「綺麗な景色だろ?」


「ここは……まだ天使にやられてないんですね。」


「エルハザード軍が攻めるのは城ばかりだ。何もないこんな山奥までは来ない。そういう奴らなんだよ。徹底的にやればいいものを……」


ヴァルゼ・アークにとっては過去の出来事をリピートしているようなものなのだろう、聞き方によっては天使の味方のようにも聞こえる。


「そういえば、昼間のカップとか毛布って………持参したんですか?」


「ハハ!冗談だろ?あれは壊滅した町から『拝借』して来たのさ。言っとくが盗んだわけじゃないからな。」


気持ちが高揚してる。緊張もあるが、憧れにも似た感情が芽生えて来ている。

数回しか会った事はないのに彼も不思議な魅力を持っている。


「でも本当に意外でした。ああやって会話してると、みんな普通の女性なんですね。」


「フッ………男一人では手に追えんがな。」


手に追えなくともそこがまた愛しく感じるのは親心とでも言ったところか。


「フランシアなんて国あったんですね、教科書には載ってないのに。」


「教科書に書かれてる事は偽りの歴史だ。天使達が実在するなども書かれてないだろう?」


「確かにそうですね。誰が歴史を改ざんしたのか知ってるんですよね?」


神秘的なものには好奇心旺盛な蕾斗は、ここぞとばかりに興味のある事を聞く。


「改ざんしたのではない。悪夢のようなこの時代は、人々が記憶から消し去ったんだ。見て来たんだろう?あの悲惨な光景を。」


「…………胸が裂ける思いでした。怖いというか、人の脆さを知ったというか………」


「だが人はまた歩き出し、そしてより良い世界を創造する。」


「人は…………本当に愚かな生き物なんですか?」


一番聞きたかった事を聞いた。

この質問に『神』である彼はなんて答えるのか?

愚かだと言い切るのか?


「…………さあな。」


答えは呆気ないものだった。


「………わからないって事ですか?」


「記憶と力は魔帝のものでも、ベースとなる俺自身は所詮人間。愚かなのかと聞かれれば愚かなのかもしれんし、そうでないと言われればそれまでだ。だが神とて戦争をして来たのだ、それも親子の間柄で。ただ人間は長い時間をかけても進化をしない。気持ちのな。もし、人が愚かでないとしたなら、それは幻だろう。」


「それを語る事自体愚かだと?」


「フフ………深く考える事自体が愚かなのかもしれんぞ?」


夜風が程よく気持ちいい。


「愚かであるが故に人は考え、前に進むのではないかと、僕はそう思います。」


その時、蕾斗は自分の信念に初めて気付いた。

人間には道標が必要だと。


「お前はいい男になるよ、羽竜とは違った。」


この瞬間を死ぬまで忘れない。紛れも無くヴァルゼ・アークは蕾斗を一人の男として扱ってくれた。

生まれて初めての待遇に、戸惑う事はなくむしろ気が引き締まった。


「この世界も、千年も立たないうちに再生するんですよ、人は道標さえあれば過ちは犯さない……そんな気がします。」


「世界が再生するのは人々の力ではない。」


「なら一体なんの力なんですか?」


「明日、俺達に着いてくればわかる。そこでお前も見るがいい……世界再生の正体を。」


「世界再生の……正体?」


「オノリウスも魔導書もどこにあるかわからない今、打つ手はそこだけだ。」


「インフィニティ・ドライブに繋がる何かが……そこに?」


「オノリウスがわけもなくレジェンダにこんな仕掛けを施すとは思えん。この時代の事を何も知らないお前達でもインフィニティ・ドライブに辿り着くには、それこそ道標となるものが必要だろう。」


「それって僕達がここに来る事をオノリウスはわかっていたと?」


「あるいは……………な。」


世界再生の正体がわかる場所。

そんな場所が在りながら行かなかったところを見ると、出来る限り踏み入れたくない場所らしい。


「夜も大分更けたし、今夜はもう眠ろう。寝坊なんかしたら何かと小言を言われるからな。」


ジョークのつもりではないのだろうが、ニヤリと笑む黒髪の青年は少年の不安を取り除くかのように振る舞う。

蕾斗を残して一人部下達の元へ戻る。


「あの!」


「なんだ?」


もう一つ聞きたい事がある。


「あの、ヴァルゼ・アークさんの人間としての名前ってなんですか?」


レリウーリアの女性達には人間としての名前が存在する。

戦闘時以外はその名で呼び合っているのに対し、彼だけは常にヴァルゼ・アークか総帥と呼ばれている。

疑問というよりは、最後に何か話したかっただけ。


「……………捨てたよ。」


それだけしか言わなかった。


(なんかヤバイ事聞いたかな?)


鼻で笑ってはいたが、口調に感情はなかった。

魔帝ヴァルゼ・アーク………疑い無く、蕾斗は彼に惹かれ始めていた。


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