第十五章 Puzzle
「これが夢なら早く覚めてほしい……」
天使を一掃はしたが、フランシアは壊滅してしまった。
落ち込むのはジョルジュ。
兵も大部分を失い、国の再建は難しい。
かと言ってあらゆる国と戦争中だったフランシア国女王のセイラに力を貸してくれる国はない。
壊滅したフランシアを逃れ、僅かな兵と生き残った国民を連れ近くの草原でキャンプをしている。
半ば野宿と同じではあるが。
「地上粛正………」
突然襲って来た天使の一人がそう叫んでいた。
ジョルジュの口から溜め息が漏れる。
「ジョルジュ、お前に任務を命じる!他のどの国でもいいから亡命を受け入れてくれるところを探して来るのだ!」
空気も読まずに声を張り上げる大臣がうっとうしい。
「やめなさい。あんな事があった後なのよ、みんな精神的に疲れてるでしょう。今は少し休ませてあげなさい。」
一番つらい負ったはずのセイラが大臣をなだめる。
「しかし姫様………このままでは……」
「黙りなさいと言ってるのがわからないの?地上粛正を行うのであれば他の国も同じ目合ってるはず、どこへ行こうと現状は変わらないわ。」
相手は天使。戦おうにも人間には限界がある。
セイラの考えは間違ってはいない。
ただ救いと言うか、希望もある。羽竜達だ。
フランシアが誇る騎士が次々倒れていく中で、羽竜、あかね、メグだけは天使と渡り合っていた。
むしろ羽竜達がいたからこそ天使も撤退を余儀なくされた感じはある。
「羽竜達はどこにいるのです?」
「はっ?あの礼儀知らずですか?彼なら外で食事をしておりましたが……まあこの状況でよく食事など出来るものです。呆れて物も言えませ………姫様?」
「大臣、こんな状況でもしっかり食事を取れる者ほど頼もしい者が他にいますか?私達は彼らに助けられたのです。愚弄は許しません。」
「は……はぁ………」
何故羽竜達の肩を持つのか大臣には理解出来ないが、セイラに逆らう事もこれまた出来ない。
大臣とジョルジュを置いてテントを出る。
そして焚火を囲んで食事を取る羽竜達の元へやってくる。
「セイラ姫!」
いち早く気付き片膝を着いたのはメグ。
羽竜達の感覚からは理解出来ないが、メグからすれば雲より遥か上の人物の登場に心臓が張り裂ける思いだ。
「楽にして、メグ・ベルウッド。羽竜とあかねも。」
メグとあかねはセイラを前に畏まったまま座り、セイラも小さい焚火を前に座る。羽竜はセイラそっちのけで食事を続ける。
「今日は最悪の日ね。私は国を守れなかった。多くの民を失ってしまったわ。」
「そんな……セイラ様のせいではありません!」
「ありがとう、メグ。でも民を守るのは私の役目。責任の全ては私にあるわ。」
セイラに憧れていた。プリンセスだからとかではなく、どこか大衆を引き付ける彼女の魅力に惹かれていた。
だから仕官していつかはセイラ直属の騎士になろうと志した。
それがこんな形でセイラに近づく事になろうとは。
「天使が相手じゃ人間では勝てねーよ。誰もお前に責任があるなんて思ってないと思うし。」
「羽竜君!失礼よ!」
「構いませんあかね。羽竜には助けられましたし、今の私達には希望の光なのです。もちろん貴女方二人も。」
「勝手に決めんなよ。俺はお前に仕える兵士じゃねーし、やらなきゃなんねー事があるし明日の朝にはここを発つつもりだ。」
「………助けてはくれないの?」
「お前らを助ける理由なんてどこにもねーよ。」
冷たい言い方だが、羽竜からすれば捕らえるだけ捕らえ、楽しみはしたが無理矢理仕官試験に狩り出され、あげくの果てにはいつの間にか兵士扱い。
そういう権力をかざした扱いが気に入らない。
そうでなければ乗り掛かった船だとか言って手を貸す事を惜しんだりはしないだろう。
「だいたいジョルジュがいるじゃねーか。あいつなら勝てるんじゃないか?」
「ジョルジュは………堅い男です。フランシアが壊滅した事でよりどころを失ってしまい極度に落ち込んでいます。立ち直るには時間がかかるでしょう。」
「羽竜君、力になってあげましょうよ。このままじゃ……」
「じゃあ蕾斗はどうすんだよ?魔導書はどうすんだよ?吉澤は蕾斗が心配じゃないのか?」
「私そんな事言ってない!!」
羽竜とあかねが睨み合う。羽竜からしてみれば今ここで起きているのは過去の出来事。何が起きようと自分には関係ない。
あかねはただ純粋にセイラを助けてやりたい。
理屈で動く男と、感情を優先させる女とでは肝心な場面で食い違う。
「やめなよ二人共。姫様の前で。」
メグの仲裁が効いたかどうかはわからないが、羽竜もあかねも喧嘩をするつもりはないらしく顔を背ける。
「魔導書………羽竜、貴方も魔導書なんてあるかないかわからないものを探してるんですか?」
「…………悪いかよ?」
「セイラ様、お聞きしたいのですが………?」
「なんです?あかね。」
「ジョルジュさんはオノリウスという人の弟子ではないんですか?」
「オノリウス?誰ですかそれは?ジョルジュは平民の出ではありますが、元は孤児です。剣の腕が優秀なので仕官させましたが、誰かの弟子だなんて話は聞いた事がありません。」
「待って下さい、オノリウスをご存知ないのですか?」
「ええ。初めて聞く名前ですが?」
あかねが羽竜の顔を見る。羽竜はジョルジュから聞いて知ってはいた『事実』。それにしても奇妙な事実だ。
魔導書があるかないかは別としてもその存在は認知されている。それなのに著者の方は誰も知らない。
あかねもこの矛盾には頭が痛い。
レジェンダが長い時間の中で真実を忘れてしまったのか?
それとも自分達が来た事で歴史が変わったのか?
「な?言っただろ。オノリウスの事誰も知らないんだよ。」
羽竜は後ろに寝転び夜空を仰ぐ。
「誰なの?」
メグがあかねに聞く。
「うん……魔導書を書いた人なんだけど………(でも確か天使は地上粛正が目的じゃなくて、魔導書を奪う為に人間界を攻めて来たはず。だとすれば今日天使が攻めて来た事を考えれば、オノリウスはきっとどこかにいるはず………)」
魔導書が存在して著者がいないなんて馬鹿な話はない。
「とにかく、俺達はもう一人の友達を探さなきゃなんないからよ、悪いけど力にはなれない。」
「そう………わかりました。無理を言って悪かったわ。」
羽竜の気持ちはここには無い。
わかってしまえば引き止めるだけ無駄な話。セイラはすっと立ち上がる。
「セイラ様、私はセイラ様に着いて行きます!」
「メグ………期待してるわ。」
微笑んでメグに応えたが、その顔はどこか淋しげに見えた。
「羽竜君、いいの?」
「別にいいんじゃないか?ふわぁ〜あ、先に寝るよ。吉澤も早く寝ろ、明日は朝早いからな。」
寝ろと言われても年頃の女の子が、状況が状況とは言え草の上でなんか寝られるわけがない。
羽竜はデリカシーに欠けているから特別ではあるが。
「あかねちゃん、私達はテントで寝よ?」
「うん。」
明日の朝、あかねも羽竜と共にここを去るのか聞いてはみたいが、聞けばあかねが悩むと思いメグもそれ以上は何も言わなかった。
エルハザード軍が粛正をした地上は大陸のほぼ全体を焼き尽くしていた。
フランシアだけでなく、多くの国が壊滅を強いられ、セイラ達と同じような状況にある。
「どんなに探しても魔導書は見つかりませんよ。オノリウスを見つけるまでは。」
エルハザード軍の下級天使達が魔導書を探す為、壊滅した国を隅から隅まで漁っている。
ダイダロスの目にはその光景がある種の芸術にも思える。
「動くな…………」
油断したと言えばした。でも問題にはならない。
背後に天使の気配がする。
「フフフ………その気配は上級天使ですか。」
「貴様……人間ではないな?」
「ええ。お察しの通り人間ではありません………ウリエル。」
ゆっくり振り向くと剣の切っ先が視界に入る。
「私の名を知っているのか?何者だ?」
「今、貴女に名乗ってもわからないでしょう。千年後、終焉の源に倒されるまでせいぜい『生』を満喫して下さい。」
「わけのわからぬ事を!!」
ダイダロスに飛び掛かる。
しかしウリエルの攻撃など話の種にもならない。
華麗に回避して手頭を頚椎に入れ、ウリエルの意識を奪う。
「うっ…………」
「貴女方天使と戦うのは私ではなく終焉の源と悪魔なのです。お忘れなく………」
倒れるウリエルを受け止め、そっと寝かせる。
「それにしても、この国に千年前の『私』がいたはずでしたが………見当たりませんね。」
オノリウスに続いてダイダロスも存在しない世界。
これでは歴史が止まってしまう。
それ自体は『こっち』のダイダロスにはどうでもいいのだが、興味は出て来た。
キーマンとなる二人が存在しない理由、もし本当に存在してないのなら、これからどんな道をこの時代は辿るのか?
「まあ、こうでもなければ面白くはないのが本音ですが。」
不可解な連続は、彼の胸に火をつける。
誰も解けないパズルを解いた時の快感。その快感を得たいと思うのは………人としての性なのか………。