第十三章 地上粛正の火
開いた口が塞がらない。別に呆れてるわけではない。
メグを応援する為に観客席と言っても過言ではない場所で、リングを眺めていたら羽竜が現れたのだ。それも相手はサマエル。
鎧と髪が特徴過ぎて見間違うはずがない。
「おとなしくしてるような人じゃないから、何かはしてると思ってはいたけど……………何やってるの、もう!」
離れ離れになって心配していたのに、羽竜の表情はサマエルとの戦いを楽しんでるように見える。………もとい、楽しんでいるのだ。
「大分腕をあげたな羽竜。ククク………」
「あんたも大分余裕が出てきたみたいだな?前はいつもイライラしてたみたいだけど。」
「ハハハ!言うようになったな、死線をくぐり抜けた貫禄か?」
互いに剣を握り直し次の一手を頭の中で選択する。
可能な限り限界まで楽しみたい。だいたい二人とも士官したくて試験を受けてるわけじゃないのだ。
周りは無視しても問題ない。
だが見てる方は、人間離れした二人の動きに興奮さえ覚える。
セイラも自分の想像を遥かに超えた羽竜とサマエルの戦いに唸りを見せる。
「なんなの………あの二人……。人間じゃないわ……」
「…………私の見立てでは羽竜は間違いなく人間ですが、あのサマエルとかいう者…………人間とは違う気配を感じます。」
セイラの傍らで観戦しているジョルジュが一応の説明をする。
「人間でないのなら何者なの?」
「わかりません。」
ジョルジュは物知りだ。英知と呼ぶに相応しい知識をたくさん持っている。そのジョルジュがわからないとなれば益々興味は湧く。
「あの二人がいたら終わらせる事が出来るかもしれない。愚かな権力者達の妄想を断ち切る事が出来るかもしれない。」
「……………………。」
気丈に振る舞っているセイラも、本当は純粋で壊れやすい心の持ち主である事を知っている。
誰も知らないからこそジョルジュにはそれが不敏でならない。
「ジョルジュ、貴方は彼らに勝てるの?」
つい見せてしまった素の部分をごまかすようにわざと意地悪な質問をぶつける。
「ご冗談を。私は誰にも負けません。」
男としての見栄か。それとも戦士としての意地か。きっぱり否定して見せた。
「はいはい。」
見た目とは裏腹に意外と頑固なジョルジュにツッコミを入れても始まらない。
おとなしく羽竜とサマエルとの戦いを観戦する事にした。
「天使に見つかり一人殺してしまいましたが、歴史に影響はあるのでしょうか?」
宮野葵の興味は一般的な興味と変わりない。
過去に起きなかった事を過去で起こしたなら未来に影響はあるのか?
答えは彼女の期待を見事に裏切る。
「結論から言えば無い。よく例えられる話だが、過去で結婚する前の自分の両親を殺したら自分自身はどうなるのか?その時間では『自分』は存在しなくなるだけ。つまり全く別の未来が用意されるわけだ。だから過去で何をしようと俺達の世界には無関係だ。」
学者でもないのによく知ってると感心してしまう。
ヴァルゼ・アークは神だ。知っていても不思議ではないのだが、神だと感じさせない普段の振る舞いがそうさせているのかもしれない。
「結局、絵里姉様見つからなかったんですね?」
結衣が愛子に聞く。
脳天気な葵には聞くだけ無駄だ。
葵自身が絵里を案じてないわけでない事は知っている。
基本的に不安などはあまり表に出さないだけ。
「………まだ司令と純ちゃんが探してる。私と葵ちゃんもまたすぐに司令達と合流して捜索を続けるわ。」
愛子の真剣な表情に結衣も安堵する。
「総帥、天使達が現れたとなるともうじきエルハザード軍による地上粛正の日では?」
はるかが心配するのは千年前のあの戦乱が起きれば面倒な事にならないかという事。
「俺達の目的はダイダロスよりも先に魔導書を見つける事と絵里を探す事。あえて意識する必要はないが、わざわざ避ける必要もない。邪魔するものは全て消し去れ。」
ヴァルゼ・アークの黒髪が風に揺れる。
不死鳥界以来ヴァルゼ・アークから笑顔が失くなった。
絵里の事もあるだろう。元が優しいだけに、片目を失った絵里が不敏でならない。
でもそれだけではない。何かに怒りを感じている。ただ一人、胸に怒りを収めて苦しんでいるようにも見えなくもない。
「愛子、葵、お前達は引き続き由利達と合流して絵里を探せ。」
「「はい。」」
声を揃え返事をして由利と純のところへと戻って行く。
「今の俺達は千年前よりも強い。恐れるものは何もない。」
誰に言ったわけでもなかったが、はるかには彼の苦悩までが愛しく思える瞬間だった。
羽竜とサマエルはもはや英雄にも近い歓声を浴びていた。
この戦いが何の為の戦いなのか誰もが忘れている。
「こんなにワクワクするのは初めてだぜ……」
「フッ………人間てのは天使や悪魔以上に戦いを好むからな。」
羽竜が覗かせる人間の本質。
どうでもいいくらいに身体が熱く燃える。
もっと深く楽しもうと意気込む矢先、会場がざわめきを起こす。
「………なんだ?」
さすがに羽竜の集中力も散ってしまう音量だ。
上を見ると翼のある生き物が隊を成して旋回している。
「…………………来たか。」
サマエルは一度『体験』済みの世界。何が起きたのかわかった。
「何が来たんだよ?」
「エルハザードだ。」
「エルハザードって………」
「お前は知らんだろうが、ここフランシアはこの時代では驚異的な支配力を誇る。だから真っ先にエルハザードの餌食になった国だ。」
淡々と話しているがサマエルの言ってる事は、これからフランシアが壊滅されるという事。
「嘘だろ………?」
「やれやれ、また勝負はおあずけだな。」
イグジストを鞘におさめ、羽竜に背を向ける。
「どこに行くんだ?」
「フッ……俺の興味は強くなる事のみ。フランシアの人間に手を貸すつもりはない。ま、せいぜい奮闘してくれ。」
そう言い残して会場を立ち去る 。
「サマエル………!」
呼び止めようとした時、目の前が真っ赤に光る。
エルハザードの地上粛正が始まったのだ。
一瞬にして辺りが火の海と化す。
「羽竜!」
「メグ………」
状況を飲み込めないメグはとりあえず羽竜の元へ駆け寄る。
「メグ、早く逃げろ!」
「ちょっと待ってよ、一体何が始まったのよ!?」
「………あいつら天使なんだよ。」
上空から魔法で攻撃してくる天使を見上げ歯を食いしばる。
「天使?天使がどうして………」
「羽竜君!メグちゃん!」
二人の会話を途切るようにあかねも駆けてくる。
「吉澤!!」
思わぬ人物がもう一人現れ羽竜が驚く。
「あかねちゃん…………え?ひょっとしてあかねちゃんの探してた友達って……羽竜の事?」
あかねが黙って頷く。
何がなんだかよくわからないがあかねとメグも互いを知っている様子。
それだけは羽竜にも理解出来た。
「吉澤、やるぞ!」
「や、やるって何を?」
「決まってんだろ、エルハザードを倒すんだ!」
また無茶苦茶な事を言い出したと肩を落とす。
やっと再会したと思えばこのテンション。慣れた事とはいえあまり歓迎出来ない。
「しょうがないなあ………」
溜め息をつきながらミクソリデアンソードを具現する。
「え?何?魔法?」
あかねの見せた技に目を丸くする。
「メグ、説明は後だ!早く逃げろ!」
「………嫌よ!私も戦うわ!」
きっぱりと言い放ちカルブリヌスを抜くその姿に、羽竜も言っても無駄だろうと悟る。
いつの間にか天使達は地上に降り立ち人間を襲っている。
フランシアの騎士達も健闘を見せているが天使の使う魔法の前にはあまりに無力。
平気で殺戮を行う天使に、三人の胸にも沸々と怒りが込み上げてくる。
「準備はいいな?」
「いいわ。」
「よくはないけど………いいよ。」
歯切れの悪さを見せたあかねだが、しっかりとミクソリデアンソードを構えている。
エルハザード軍による地上粛正。千年前にはなかった歴史が作られようとしていた。