第十一章 サバイバルガール
野宿なんて自分の人生においては無縁のものだと思っていた。
「はぁ………いい加減シャワーくらい浴びたいわ。」
草むらに寝そべり空を仰ぐ。
何度探してもこの時代にオノリウスが存在しない。
手当たり次第あたってみても、誰もオノリウスを知らない。
ここに来てからそればかりが頭の中を駆け巡る。
「……………総帥………怒ってるかな…………。司令も…………みんなも…………」
強気な絵里も、孤独の前には無力。
仲間達の顔が空に見えてくる。
(情けない、もう弱音を吐くの?絵里……)
食事もろくに採ってない。元気なのは胃袋だけだ。
溜め息を漏らしふと横を向くと、見慣れた少年が歩いていた。
「……………………あれって、藤木蕾斗じゃない?」
服装を見れば一発でこの時代の人間でない事がわかる。
すくっと起き上がり、気配を殺して後ろから忍び寄る。
当然やる事は一つ。
「よっ!少年!!」
「わっ!!?」
耳元で声を出され心臓が捻れる。
「や〜っぱり、あんた藤木蕾斗じゃん!」
キョトンとした顔で絵里を見ている。
「……………………誰?」
一気に身体の力が抜け、その場にへたりこんだ。
「そうだったんですか、それは災難でしたね。」
一連のあらすじを絵里に説明され、蕾斗もまた事の成り行きを説明していた。
「そうなのよ。災難も災難、天災よこれは。」
どこを歩っても森と草原の繰り返し。
日も暮れ、今日の野宿の場に火を起こして久しぶりの食事にありついていた。
「しかしあんた、よくこんなに食糧持ってたわね?この時代の銀貨なんて持ってないでしょうに。」
こんなにと言っても大量に持っていたわけじゃない。
あくまで蕾斗が持てる範囲での量だ。
パン、果物、干した肉、どれも極上の味は秘めていないが、今は腹を満たせればそれでいい。
「バイトです。」
「バイト?」
「こっちに来てから食べ物に困って宿屋でアルバイトをして貯めたんです。」
「ちゃっかりしてるわね………でもこっちに来てまだ数日でしょ?貯めるなんて不可能じゃない?」
「これで…………」
蕾斗が指さすのは焚火。
「焚火?」
「魔法ですよ。魔法を使って見世物みたいな事を少々。」
「…………ちゃっかりし過ぎ。」
蕾斗の堅実さに頭が下がる。
男としてはつまらない部類に入るのだろうが、ある意味たくましい。
「絵里さんて………どうして悪魔になってまで戦ってるんですか?」
「どうしたの?急に………」
「だって、絵里さんそんなに綺麗なのに命を賭けてまでヴァルゼ・アークに尽くす意味がわからなくて。千明さんも、新井さんも、アドラメレクも、みんな美人なのに………なんでだろうって。」
「嬉しい事言ってくれるじゃない。千明達も喜ぶわよ。」
ちぎったパンを口に放る。
「私は総帥、ヴァルゼ・アーク様に心を救われたのよ。私だけじゃなくて他のみんなも。あの人に会わなければ、あるいは自ら命を絶っていたかもしれない。まだ貴方にはわからないかもね、自分でいられなくなるほどの絶望を。」
「絶望………………」
焚火の炎で照らされた絵里の顔を見て右目が無い事に気付く。
絵里も顔を背け蕾斗に見えないようにする。
「醜いでしょ?」
ぎゅっと拳に力が入る。
「………全然。目の一つくらい無い方が普通の女性と釣り合うと思いますよ。」
妥当な言葉かどうかはわからなかったが、蕾斗の優しさは絵里に伝わったようだ。
「ありがとう。元々怪我で視力が落ちてたところをダイダロスにやられたの。そしてフラグメントを奪われたのよ。」
「痛くないですか………?」
「痛いわよ。まだたまにズキズキするし。でも、総帥は私を優しく抱きしめて下さったの。本当は怒りに満ちていたはずなのに………失態を責めず、ただ私を抱いて下さったわ。女である私が片目を失った事を察してくれたのよ。だからどんなに痛くても耐えられる。この身体はあの人に捧げたものだから。」
ちらっと絵里を見る。そこには悪魔なんていない。ただの女が一人いるだけ。
「ん?なあに?そんなに見つめて………」
「いや、別に………」
暗闇でもわかるくらい顔を赤くして絵里から目を反らす。
初々しい蕾斗の反応が絵里をそそる。
「ねぇ………蕾斗君って女………知らないでしょ?」
四つん這いで蕾斗に近付く。まるで獲物を狙う虎のように。
「か、関係ないじゃないですか!」
照れてるのか怒ってるのかわからないが、蕾斗の鼓動は音を立てて息づいているのは確かだ。
「ウフフ………お姉さんが教えてあげようか?イ・イ・コ・ト!」
絵里の息が蕾斗の顔を直撃する。
濡れた唇をペロリと舐める仕草は蕾斗には刺激が強すぎる。
「蕾斗君………」
「え……絵里さん…………うっ!」
緊張をぶち壊すようなうめき声を上げる。
「ど、どうしたの!?まさか、もう!?」
「…………絵里さん、臭い………」
「!!!!!!!!!」
数日風呂に入らなければ当然だ。どんな美人にも例外は無い。
「し、し、失敬な!シャワー浴びてないんだからしょうがないでしょ!!」
プライドがある。もちろんレディとしての。
「………そういえばあんた甘い匂いするけど………なんで?」
申し訳なそうに蕾斗がポケットから小型の制汗剤を出す。この時代に不釣り合いな。
「それって………千明がCMやってる……?」
黙って頷く。
「か、貸しなさい!こういうものはすぐに出しなさい!!基本よ!キ・ホ・ン!!」
蕾斗から取り上げた制汗スプレーをプシューと全身に振りまくる。
独特の冷たさに官能さえ覚える。
「はぁぁぁ…………久々の快感ね。制汗スプレーがここまで快感をもたらしてくれるなんて………」
ただ気に入らないのは千明がCMをしていた事。
なんか恩を着せられているような気がする。
「喜んでもらえて幸いです。」
『難』を逃れてほっとする。
「あ〜何その顔!そこまで臭くないでしょーが!」
「そういう意味じゃ………」
こめかみをぐりぐりされてもがく様を羽竜とあかねが見てたらなんと言われるか………。
「こいつめ!ほれ!」
「イテテテ………絵里さん……痛いよ……」
「そんなんで私達に勝てると思って……………」
絵里の手が止まる。
「う〜〜いて〜……」
こめかみを押さえてうずくまる。
「蕾斗君、火を消して!」
「え?」
「早くっ!!!」
「あ……はい!」
急に雰囲気を変えた絵里に言われるがまま冷気の魔法で焚火を消す。
「どうしたんですか?」
「しっ!」
絵里の見てる先に視線を送ると、月明かりに照らされた大きな翼を持った生き物が見える。
「こんな夜更けに……鳥?」
「違うわ。あれは……天使よ。」
言われてみれば鳥とは形が違う。
「どうして天使が………?」
「レジェンダから聞いてるでしょ?始まるのよ、エルハザード軍による地上粛正が……」
「………そんな…………」
「きっと下見をしているのよ。2、3日の内にエルハザードが攻めて来る。都合がいいわ。」
「都合がいい?」
「話したでしよ、この時代にオノリウスが何故か存在しない。でもエルハザード軍は魔導書を探すはず、オノリウスがいなくても魔導書さえ手に入ればそれでいいし。皮肉にも、私は一度この時代を経験してる。何が起こるかわかっているのよ。」
「利用するんですね?天使を。」
「そうよ。あんた、私に付き合いなさい。」
「え?」
「目的が同じならあんたがいた方がいいわ。あんただって一人では心細いでしょ?」
「ま、まあ………」
「そうと決まれば明日の朝早く立つわよ!」
「どこへですか?」
「天使が最初に粛正した国、フランシアよ。」