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第十章 心の闇 〜失意の悪魔〜

もう八年にもなる。私がモデルの仕事をして。

田舎の高校を卒業してすぐに、ファッション関係の会社に就職した。

そこでモデルにならないかと声をかけられ、一時は有名ファッション雑誌の表紙を飾った事もある。

今は28歳。四年前からはもっぱら通販の下着のモデルの仕事ばかり。

落ちぶれたとは思っていない。

だってこれだって立派な仕事の一つでしょ?

世間はそう思ってはないけど。

四年前に何があったかって?

聞いても楽しい事なんて何もないわ。私は虹原絵里。創造神バルムングの継承者。

そう…………私は悪魔になったのだ、あの日から………


「お疲れ〜〜絵里ちゃん、今日もよかったよ!」


あまり好きになれない声だが、仕事だから仕方なく愛想笑いで答えてやる。


「あら、お世辞でも嬉しいですわ。」


セレブ口調で返すのは、私からの精一杯の皮肉。

なんで皮肉を言うのかというと、このカメラマンが嫌いだから。だけど私を綺麗に撮ってくれる腕は間違いないから無下には出来ない。


「ところでさあ〜、今日とかこれから暇?暇なら一緒に食事でもどう?」


キタキタ、気持ち悪い事この上ない。


「ごめんなさ〜い。友達と約束があるから!」


「またあ?しょうがないなあ〜。」


「また今度誘って下さいね!」


『偽物』の笑顔で丁寧にお断りする。ここでヘソを曲げられたら終わりだもの。

その他のスタッフとも軽く挨拶をかわすと、控室に向かう。


「お疲れ様〜〜!」


控室のドアを開けると、今日一緒に仕事をした仲間がいた。

小さなスタジオの小さな控室には私の他に八人のモデルが着替えを終えていた。


「いいわね〜、絵里。いつも貴女だけ多く撮ってもらえて。おかげで随分待たされたわ。」


仲間うちではリーダー格の女が嫌にトゲのある言葉を吐く。


「そ、そんな事ないわよ。ただ食事に行かないかって誘われてて………」


「何それ?自慢?」


別の女が腕を組んで睨みを利かす。


「別に………自慢なんて……」


「言ったわよね?みんな帰る時は一緒にスタジオを出るって。誰も抜け駆けしないように仲良くやりましょってルール決めたじゃない。早速裏切るわけ?」


とんでもないルールだ。

でもいわゆる『お局』様には逆らえない。

お局様といってもまだ27歳。

ただファッション誌を飾るには少しキツイ年齢だ。

だからこそ焦っているのだ。


「裏切るつもりなんてないです。これからは気をつけます。」


頭を深々と下げロッカーを開ける。


「…………ひどい。」


ロッカーを開けて私は愕然とした。


「あらあら、どうしたのかしら?絵里さん。」


かばんの中のものは無造作にばらまかれ、買ったばかりの服が破られている。


「どうして…………どうしてこんな事をするの!?」


元が短気な絵里に怒りが芽生えるには十分過ぎる要素だった。


「何よ、私達がなんかしたって言いたいの?」


「貴女達の他に誰がこんな事をするっての!?答えなさいよ!!!」


突然の絵里のキレっぷりに全員がそわそわし始める。


「なんなのよ、その態度!」


お局様も退くわけにはいかない。

もちろん全ては絵里の人気に嫉妬した彼女の考えで行った悪行。


「態度を改めなきゃいけないのはあんたじゃないの!?」


抑えていた絵里の自我が爆発する。


「ムカつくわ……ちょっと人気があるからって生意気なのよ!」


絵里の肩を突き飛ばし絵里が後ろへ転ぶ。


「………ッ!」


「二度と表紙飾れないくらいぼこぼこにしてやろうかしら。」


本気ではなかったが絵里の顔を踏み付ける。


「やめて………!」


必死に抵抗するが見ていた他の七人も絵里にちょっかいを出し始める。


「この際だから衣装も剥いじゃおうか?」


「それ名案!素っ裸で帰らせましょうよ!」


「あはははは!髪ばっさりいく?」


鬼だ。冗談のつもりなのだろうが、彼女達の言葉は鬼の言葉だ。聞くに耐えない。


「いい加減にしてよ………やめてって言ってるでしょ……!」


絵里が抵抗すればするほど面白がってちょっかいを出す。

それがエスカレートした時、事故は起きる。


「痛ッ!!」


右目を押さえてうずくまる絵里に騒然とする。


「な、何?誰かなんかした?」


血の雫が連続して落ちる。


「それ…………!」


一人が絵里に何が起きたのかわかった。

握られていたハサミの先にも血が付着していたからだ。


「ちょっと………どうすんの……?」


無責任な。なんと無責任な言葉なのか。


「私知らないわよ!か、勝手に絵里が転んだんじゃない!」


絵里が怪我をした原因は一つでも、責任は全員にある。

子供じゃないのだからわかっているはず。


「救急車呼ばなきゃ!」


「待って!こんなところ見られたらみんなおしまいよ!?もうこの業界にいれなくなるわ!」


「でも………」


お局様の一言に何も言えなくなる。

みんな有名に成りたくて頑張って来たのだ、ここでつまずきたくないのが本音だろう。


「…………ねぇ、絵里。私達は知らなかった事にして?もちろん慰謝料は出すわ。とにかく病院には連れて行ってあげるから適当に話合わせてくれない?」


「………連れて行って………あげるから?」


「そう!だから黙って………」


お局様の首を絵里が押さえ付ける。


「ぐほっ………え……絵里……?」


「お前いつからそんなに偉くなったんだよ?」


右目からまだ血が流れてる。

ぞっとするほどの形相で睨まれ誰も口を開かない。


「苦しい………あんた達見てないで助け………」


「誰もお前なんか助けないよ。絶対許さねー………許さねーーーっ!!!!」

















幸い失明は免れた。

ただ視力は極度に落ち、瞼に傷が残った。

それはファッションモデルとしての人生を失った事を意味した。

お局達は当然捕まった。

この事はマスコミが騒いだ為、話題を呼んだ。

お局達は全てを失くしたのだ。

期待されていた者もいた。

上手く行けば女優としての道も用意されていただろうに。


「人間て………愚かよ……」


あの時、お局にハサミを突き立てようとして思い留まったのは正解だったかもしれない。

あれ以来右目を髪で隠している。ファッションモデルは引退したが、事務所の社長が通販のカタログにある下着のモデルとしての仕事をくれた。

受けるつもりだ。

私にも意地はある。さげすまされようとも、私は私の道を行く。


「自分の道を行くという事がどんなに辛いか…………知っているか?」


公園の木漏れ日の中で休日を満喫していると、黒髪の男が現れた。

日本なのだし、見た目も日本人なのだから黒髪は珍しくない。

でも何故かそれが印象的だった。


「あら、どなた?」


背の高い黒髪の男をベンチに座ったまま見上げる。

…………首が痛い。


「これは失礼。あまりに木漏れ日の似合う女性がいたのでつい声を。」


「アハハ!今時キザは流行らないわよ?」


「フフ………でも本音さ。」


男の目に映る私を見る。

吸い込まれそうだ。

その感覚が凄く気持ちいい。


「自分の道を行くのがどんなに辛いか知ってるかですって?貴方私の心を読めるの?生憎神仏は信じないタチだけど、でも興味はあるわ、聞いてあげる。」


普段の私ならこんな事は言わない。

彼の人柄でもない。


「………自分という存在はそんなにでかくない。人が思うより小さな………凄く小さな存在だ。その道は平坦で、アスファルトの上を歩くよりも優しい。」


「なら辛いどころか楽じゃない。」


「しかし小さな道は思いもよらない力で捻れ、うねり、時に悲鳴さえ上げる。一歩を踏み出すのに必要な労力は計り知れない。」


「うふふ……大袈裟ね、貴方。新手の宗教の勧誘かしら?」


「…………宗教…………そうかもしれんな。だが不思議に思った事はないか?世界中どこへ行っても宗教は存在する。先進国にもどこか辺境の地にも。宗教は人々が心の支えにする糧。そしてその糧を創り上げた者は、皆、己の道を歩き己に辿り着いた者。一歩を大切に出来た者達だ。」


この手の話は苦手なはずなのに…………聴き入ってしまう。


「私にどうしろと?」


「失意を感じてるのだろう?己の人生みちに。」


「………………………。」


読まれている?私の奥にある心を。


「君にこれをあげよう。」


そう言って男が差し出した物は、黒く光る石。

よく磨かれて、まるで卵みたいだ。


「これは?」


「君がその石を受け入れた時、新たな種へと進化する。」


男は背中を向けて消えていった。


「嘘…………マジ?」


幽霊でもいたのかと疑ったが、私の手には黒く光る石がある。


「新たな種に………進化…する………」


呟くと同時に放たれたまばゆい光を受けて意識が遠退く。

















気がつくと真っ暗な闇の中にいた。


「ここ………どこ?」


「やっと目覚めたか、女……」


「誰?」


貫禄のある声が私に話しかける。


「我が名は創造神バルムング。闇十字軍レリウーリアの一人。」


「闇十字軍?レリウーリア?創造神?」


「我は悪魔だ。」


その一言で納得は出来た。

でもこれは………夢?


「悪魔が私に何の用?」


別に驚きはしない。失意の中にいた私には調度いい刺激だ。

例え夢でも。


「我を受け入れよ。さすれば女、お前に創造神の力をくれてやる。」


「それはまた奮発ね。創造神の力をもらうその見返りは何?」


悪魔の誘いなら必ず裏がある。


「かつて我は英雄ジークフリートに力を与えた。有名になり、愛した女を我が物にしたいという望みを叶える為に。ジークフリートに出した条件はただ一つ。どんな小さな不幸でもいいから背負う事。石ころにつまずき転ぶだけでもよかったのだ。だが奴は裏を読んだつもりで死ぬまで不幸を背負わない事を決めた。それが間違いよ、結果奴は自分に不幸が起きないものと思い込み、自らが愛した女に殺される不幸に見回られたのだ。」


「裏を読むなって言いたいの?」


「我は既に存在していない。ただ記憶と力のみが残されている。お前が我を受け入れて求める見返りなど無いに等しい。」


「無いっては言い切らないのね?」


「心残りは天使を倒せなかった事。それを叶えてくれるのならば、お前は創造神バルムングとして人間の域を出る。」


夢にしても現実にしても、面白い。


「わかったわ、あんたを受け入れてやるわ。」


上着を脱ぎ両手を広げる。


「必ず………必ず我が無念を晴らしてくれ…………」


どこからともなく光が現れて私の胸を直撃、その直後知らない場所にいた。


「受け入れたみたいだな。」


「貴方は…………」


さっきの黒髪の男が暗い部屋に蝋燭を立てて馬鹿でかい椅子に座っている。

その横には綺麗な女性が二人、こちらを見て微笑んでいる。


「ようこそ、闇十字軍レリウーリアへ。私はベルゼブブ継承者、神藤愛子。」


ベルゼブブ継承者?って事は私と同じ?


「私はレリウーリア司令官、ジャッジメンテス継承者、仲矢由利。よろしくね。」


「貴方は…………貴方は誰?」


黒髪の男を見てると胸が熱くなる。愛しいとか恋しいとかとはまた別。そう……格別な気持ち。


「俺の名はヴァルゼ・アーク。魔界の神………魔帝だ。」


「魔帝…………」


何故か懐かしい響きに心が潤む。


「ヴァルゼ・アーク様、私のこの肉体も心も、全て貴方様に差し上げます。」


この日、私は悪魔に生まれ変わった。


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