第九章 アクションスター
まるで祭りのような賑わいにあかねは人間が嫌になる。
メグの話ではここフランシア国は戦争中らしい。
なのに士官試験に来ている者達は、支度準備金の話ばかりで盛り上がっている。。
(人間なんてお粗末な生き物ね………)
自分達が命を賭けて戦う事は果たして正しいのだろうか?
戦いが始まれば忘れてしまう事だが、よくよく冷静に考えればそう思えてしまう。
金が全てではないとよく言うが、金を超える『発明』は何万年という時が過ぎようとも生まれないだろう。
それを思えば金に群がるのも無理はない。
こういう時あかねが思うのは、千明達はどう考えるのかという事。
以前、千明に言われた事がある。悩みは誰にでも生まれるもので、要はどうやって問題をクリアするか。
でもそれは普通の生活の中での話で、こういう類の悩みは簡単にクリアさせてくれない。
「あかねちゃん?」
メグが真剣な顔で悩むあかねを心配そうに覗き込む。
「あ、ごめんごめん。考え事してたから。」
「なんだか怖い顔してたわよ?大丈夫?」
「うん、大丈夫。試験は?もうそろそろでしょ?応援してるから頑張って!」
「とりあえず入賞して士官しないとこれからの生活に困る………あっ……」
思わず漏れた本音に口をつぐむ。
「ごめんなさい。私がお金持ってないから…………」
メグも悪気があったわけじゃないのはあかねにもわかっているが、やっぱり忍びない。
「ハハハ!大丈夫大丈夫!私に任せといて!」
「メグちゃん……………」
同じ歳のメグがすごく頼りがいがある。
今の自分には無いものだとあかねは実感する。
「じゃあ行ってくるね!」
メグを見てるとかなり自信があるようで、男の波をものともせずに進んで行った。
「勝ってね…………」
友達とはまだ呼べないかもしれないが、ここに来て最初に仲良くなったメグには絶対に士官してほしい。
女としても男には負けてほしくない。そう願うのだった。
「どうやら迷い込んだ先は俺達の知る千年前とは違うようだな。」
重複するが、こちらも自分達の置かれた状況に少し戸惑っていた。
「こんな事ってあるのでしょうか?」
九藤美咲はまだ信じられないでいる。
魔導書はオノリウスが持っていると睨んで絵里同様に当時彼がいた場所まで来てみたが、結果は同じ。この世界にオノリウスの存在がない。
「でも魔導書が存在する以上オノリウスがいないという理屈は成り立たないわ。」
気持ちは美咲に共感するところだが、岩瀬那奈は冷静に分析を図る。
「確かにそうですよねぇ。因果関係は崩れる事がないのが定石ですものね。くすくす……何がどうなってるやら。」
妃山千明はこの状況を楽しんでるようだ。
「千明姉様、不謹慎ですよ!絵里姉様の安否もまだわかってないのに!」
新井結衣が年上の千明を説教する。
「結衣、そういきり立たないの。千明ちゃんのくすくす笑いはいつもの事でしょ。」
綾女はるかは結衣の気持ちを知ってあえて諭す。
「なんにしても、これからどうします?総帥。」
ローサ・フレイアルが、崖の上から遠くを眺めるヴァルゼ・アークの横顔を見つめながら指示を仰ぐ。
「焦る事はない。これではダイダロスもお手上げだろう。今は由利達が絵里を見つけるのを待っていよう。」
仲矢由利、神藤愛子、宮野葵、戸川純の四人は絵里を捜索に行っている。
下手に動くよりも由利達を待っている方が得策だと考える。
「絵里ちゃん無事かなあ。」
中間翔子が不安を口にする。
「大丈夫なのです。仲矢司令達ならきっと見つけてくれるのです。」
一番年下の南川景子が一番力強くみんなを勇気づける。
「景子の言う通りよ。絵里の事は司令達に任せておきましょう。」
美咲が景子の頭を軽く撫でて褒めてやる。
「オノリウス…………どこにいるのかしら……?」
千明はオノリウスがいると確信している。
物事は説明がついてしまえばそれが全てだ。
「フッ……………千明、存在は『いる』『いない』で決まらない事もある。」
「と、おっしゃいますと?」
意味深なヴァルゼ・アークの言葉に千明ならずとも耳を傾ける。
「過去に奴が姿を見せなかったとしても奴は存在している。俺達の知る千年前に奴がいたのは事実。それが全てだ。」
「『いた』という事の方が大切なのよ。そもそも時間逆行なんて理に反した行為、過去へ来ても私達からすれば時間は前に進んでいるの、だから大切なのは記憶にある存在の方よ。」
美咲にはヴァルゼ・アークの言った事が理解出来ているらしい。
千明にも何となくは理解出来るが、すんなりと受け入れる事は難しい。
だいたい科学は苦手だ。
時間がどうたら理屈がこうたらと考えるだけで頭が痛い。
「ああ……ダメ………私には縁の無い話ね………」
得意のくすくす笑いも出てこない。
「ヴァルゼ・アーク様にはわかっておられるのですね?何故ここが私達の知る千年前と違うのか…………」
翔子に聞かれると、ただニヤリとして、
「どんなに姿を変えても、真実はひとつだよ。」
難しい公式を使わなくても問題は解けるのだと伝えている。
彼女達にとっては問題が解けなくても問題にはならない。
ヴァルゼ・アークの言う事が全てなのだから。
「へっ!おとといきやがれ!」
トランスミグレーションを解放する必要はない。
剣の腕はまだまだ未熟だが、師匠はレジェンダ、ジョルジュ・シャリアンなのだから基礎は出来ている。
その上、戦って来た連中を考慮すればどんなに腕に覚えのある人間でも、羽竜には勝てない。
「くそっ!!」
負けた戦士は石で出来たリングを蹴り、悔しさをぶつけて去る。
「これで五人倒してるんだぜ、あの少年………」
羽竜の強さは試験を受けに来た者達に広まっていた。
そしてメグの強さも。
「ひっ………なんだこの女………」
男は尻餅をついて向けられたカルブリヌスに悲鳴を上げた。
事実上の降参の合図だ。
「なんだって事はないでしょ?貴方が弱いだけじゃない。人を化け物見るような目で見ないでよね!」
華麗に舞うようなメグの剣技には見惚れてしまう者までいる。
とにかく広い敷地に、リングが五つ。そこで絶え間無く試験が行われている。
もちろんこの人も。
「ま、ま、ま、待て!殺さないでくれ!!」
男はあまりの強さに恐怖に見舞われる。
それもそのはず、相手は天使。威圧感、オーラ、それらが理屈でわからずとも本能は素直だ。
「おい!試験官。面倒だ、全員まとめてリングに上げろ。」
まあ彼自身天使の自覚など持ってないが………。
「いや………それは出来ない。一応ルールだから……」
サマエルの凄みに尻込みするようでは試験官としては頼りない。
「ルールだとっ?戦場にルールは無い!甘ったるい事を。」
フンと鼻を鳴らしてリングを下りる。
サマエルは羽竜と戦えればそれでいいのだ。
「どけ。」
周りの者も、サマエルのただならぬ殺気に当てられ道を作ってしまう。
中には棄権を申し出る者も少なくない。
殺してしまえば失格だが、何分サマエルは容赦がない。
本人は遊びのつもりだろうが、相手からすれば野生の獅子を相手にしているようなもの。
堪らないの一言に尽きる。
何百といた志願者は瞬く間にその数を減らしていく。
それもたった三人、羽竜、メグ、サマエルによって。