雨の降る奇跡
こういう形のお話を常々書いてみたいと思っていました。
少しでも楽しんでいただけると幸いです。
~プロローグ(始まりの女子高生)~
街に雨が降る。
空が暗くなって。
どんよりとして。
何となくだけど景色が色濃く、細かく、儚く見える気がする。
本当は学校に行かなきゃ行けない。
そんなの分かってる。
でも今日だけは雨に誘われて。
制服のまま。
この電車は何処まで行くのか。
目的地は終点。
はじめは沢山の人が乗っていた電車も次第に人が減っていく。
がらんとした電車の中。
人々は何を思うのか。
~寝過ごしたホームの街~
やってしまった。
これから仕事なのに
雨なのに久しぶりに電車の椅子に座れたから、安心してそのまま小説を読んでいるうちに、ウトウトと寝過ごしてしまった。
いや落ち着けオレ。
目の前にもきっと寝過ごしたであろう女子高生がいるではないか。
女子高生が落ち着いているのに。
オレが焦ってたら大人として恥ずかしい。
とりあえず次の駅で降りて会社に電話しよう。
そう思ったオレは、深呼吸して。
なんとか次の駅まで落ち着いた振りをした。
そして駅に着いた直後。
焦りが溢れでたように電車から降りて、会社に電話をする。
「電車で寝過ごしました!すみません!すぐ会社に向かいます!」
と言ったら意外な返答。
「あれ?君今日有休の予定になってるけど?」
えっ?
オレ。今日有休取ってたっけ?
「まぁ。兎に角そう言うことだから、しっかり休んで?じゃね」
そこで電話が切れてしまう。
オレはその途端。
すべての力が体から抜けたようにホームのベンチに座り込んだ。
焦ったのに……意味ねーし。
そして誰もいないホームに気が付く。
「何処だよ…ここ…」
思わず声が漏れる。
兎に角引き返そう。
そう思って反対側のホームに行く為に重い腰をあげて上に続く階段を登った。
登りきって改札に目をやると1人しか駅員がいない、ほぼ無人駅と言ってもいい所だった。
駅名を見てもよく分からない。
まぁ。いいや。
反対側のホームに降りよう。
そう思った刹那。
「お前!?大輝じゃねぇか!?久しぶりだな!」
急に目の前の人に声をかけられて驚く。
なんなんだ?
目の前の人を見ると、髪は茶色いしTシャツにハーフパンツそしてビーチサンダル…………はっきり言ってチャラい。呼ばれた名前は合ってるけど、オレはこんなチャラいやつは知り合いにいないと思い。
「……人違いじゃないですか?」
そう言って目の前のやつの横を通りすぎようとした。
「えっ!?いやいやいや!オレだよ!中学の時一緒だった祐輔!」
その名前にハッとする。
振り向くとやつは依然として笑っていた。
原 祐輔
こいつは中学の時いじめられっ子だった。
きっかけは大した事じゃない。
本が読むのが好きでクラスで浮いた存在。
本当に只其れだけの理由で。
クラスの奴等の暇潰しとして標的にされた。
そしてその後、祐輔は逃げるように違う学校へと転校していった。
思わず顔がひきつる。
オレは確かにいじめられる前迄は仲良かった。
でもオレは………
「なぁー?暇か?ってか暇だろ?ちょっとオレに付き合ってくれね?」
オレの複雑な思いとは反対に、祐輔は
強引にオレを駅の改札から街へと出した。
ポツポツと開いている個人店。
すぐそこには広がった畑がある。
降りしきる雨の中。
ビニール傘に当たる雨音が妙に耳についた。
「大輝も大人になったんだな?スーツとか…ちょっと面白いな?」
祐輔はオレを見てにかっと笑った。
「……お前だってだいぶ変わったじゃんか。。何て言うか…その…」
何となくこいつを蔑む言葉を冗談でも言いにくい。
「……チャラい?」
祐輔を見ると笑ったままだった。
「…気にしないで思った事言えよ?」
オレの肩を叩く祐輔は本当に何も気にしていないような素振りで。
「お前は今何の仕事してんの?」
話をふってくれる。
「……普通のサラリーマン…祐輔は?」
「…………オレは…さぁな?」
「いや待て!オレは答えたのにお前だけズルいぞ!」
けたけたと笑い合う。
歩いて話していくうちに心に合ったわだかまりみたいなものが、どんどん薄くなっていくようだった。
そして昔に戻っていく感じもあった。
―――そして歩いて着いた所は海だった。
雨が降っている為なのかそこには誰もいない。
砂浜に降りると雨に打たれる海を見る。
その風景は隣に祐輔がいるせいなのか、祐輔がいじめられている姿をありありと思い出させた。
「………祐輔…ごめんな…」
今迄の想いが口から溢れる。
「………何が?」
祐輔は笑っている。
それでもオレは言わないといけない。
そう思った。
「助けられなくて…ごめんな…」
祐輔は笑ったまま何も言わない。
「見て見ぬフリしてた…オレは…」
「………知ってるから。お前の気持ち。お前さオレがいなくなった後クラスの皆に言ってくれたんだろ?」
「……………。」
「…………大輝さ。オレの後そのせいでいじめの標的になったんだろ?」
甦る記憶。
オレは祐輔が酷いいじめにあって。
いなくなって。
見て見ぬフリした自分に腹立って。
何も出来ない自分に嫌気がさして。
暇潰しで祐輔をいじめたクラスの奴等が許せなくて。
クラス全員の前で泣きながら怒鳴った。
『お前ら最低だ!祐輔はお前らのせいで……!クラス全員地獄に落ちろ!!』
そんなことを言った次の日から。
オレの机が無くなってたり。
机の上に花がいけてあったり。
教科書に落書きされたり。
靴がゴミ箱に捨てられたり。
と。
色々な目に遭った。
それでもオレは祐輔の代償だと思い学校を休むことは無かった。
「………大輝は強いよな?オレは姿を変えることしか出来なかった………大輝……もういいんだよ…自分を責めるな」
唇が震える。
涙が溢れる。
「……本当は分かってるんだよな大輝?オレは転校なんかしていない」
傘が手から落ちる。
「………言うなよ…」
祐輔は笑った。
「お前の中だけだよオレが転校したことになってるのは……皆知ってる」
そして傘をオレの近くに置き、そのまま海へと向かっていく。
「おいっ!何処に行くんだよ!そっちに行ったら危ないぞ!」
必死に打ちつけられる雨の中手を伸ばす。
「……オレは…原 祐輔はとうの昔に死んだ。お前の中で。」
ガラスが………。
心の中の蓋をしていた何かが。
やつの言葉で割れる。
「そうだろ?原 大輝?」
全てを思い出す。
何もかも。
忘れたかった全てが。
―――昔。
オレは自分の中にもう1人の自分がいた。
そう。二重人格。
一般的にそういうのだろう。
オレは性格が暗かった。
学校にも行きたくなかった。
そうしたら。オレの中のもう1人の人格であるユウスケが代わりに学校に行ってくれると言ってくれた。
それに安心して。
オレは自分の中に籠った。
何もかもユウスケに任せきりだった。
ユウスケは毎日オレに話しかけてくれた。
学校であったこと。
楽しいこと。
大変なこと。
暗く自分の中に閉じ籠ったオレを励ましてくれた。
そんな時の事だった。
ユウスケのふとした言葉がクラスの奴等の勘に触ったらしく。
いじめの標的にされた。
自分の中で。
ユウスケが遭ったいじめをまるで他人事の様に見ていた。
何も出来ないオレは見ていることしか出来なかったのに。
ユウスケはそれでもオレに笑って励ましてくれた。
『いつか終わる。』
『こんなの負けちゃダメだ。』
『皆わかってくれる。』
なのに。
その思いとは反対に。
エスカレートしていくいじめ。
ユウスケは耐えられず。
オレの中で泣きながら自分を殺した。
思いがけずも久しぶりに返ってきた体。
ユウスケは、励まし続けてくれたのに心を暗く閉じ込めていたオレ。
無性に腹が立った。
何もかもに。
だから。
これ以上。
自分が自分に嫌気がささないように。
オレは学校に行って。
自分の気持ちをぶちまけて。
あいつの代わりに。
あいつが守ってくれた分。
学校に行くことをやめなかった。
――――――「………ありがとな?オレの為に…逃げたオレなんかの為に…」
そしてそのまま海へと入っていく。
「違う!最初に逃げたのはオレだ!お前はずっと励ましてくれたのに!オレは……結局何もお前にしてやれなかった……」
ユウスケがオレに振り向く。
「………何言ってんだよ?充分色んなモノ貰ったよ。」
ニコッと笑ってそのまま前に歩みを進めていく。
「大輝!お前の弱さは強さだ!!」
その言葉を最期にユウスケは海の中へと消えていった。
涙と雨で前が見えない。
「………ありがとう…」
降り止まぬ雨の中オレはそれだけをユウスケに言った。
――――――――。
―――――――――「……きゃく…さま……お客さま!」
その言葉にハッとする。
周りを見渡すとそこは駅のホームで。
駅員がオレの体を揺らしていた。
「お客さま?大丈夫ですか?気分が悪いのですか?」
「えっ?……いやっすみません大丈夫です…」
駅員はオレの言葉を聞くと安心したようにお気をつけてと一言、階段を登っていった。
「……夢……?」
駅名を見ると朝オレが必死に降りた駅のホームで。
ベンチに腰をかけたまま寝ていたようだ。
時計を見るとお昼を過ぎていた。
そしてふとあるものに気が付く。
手に持っていたのは、ずぶ濡れのビニール傘。
その傘は未だについている滴で床に水溜まりを作っている。
「………そんな筈無いよな…?」
オレは空を見上げる。
降り止まぬ雨空。
なのに。
オレの心はスッキリしている。
取り敢えず残り半分の休日を過ごすためにベンチから腰を上げた。
~忘れられた小説~
「あっ!ちょっと!」
ホームで響く音と一緒に目の前で扉が閉まる。
恨めしく片手に持っていた小説を見つめた。
遡る事数分前。
何やら慌てて電車の外に飛び出したサラリーマンが、座席に小説を忘れて。
気付いた私が小説を手に取り声をかけようとしたら先程の有り様。
……まぁ良いか。
別に急いでないし。
次の駅で降りて駅員さんに届ければ。
何故私はこの電車に乗っているのかも分からないし。
そうなのだ。
私が通っている大学が有るのは逆の電車で行く場所。
私はいつも通り学校に行こうとした。………のだけれども、気が付いたら学校とは反対側の電車に乗っていた。
だから目的地は特にない。
こんな意味もないこと。
何故してしまうのか自分でもよく分からなかった。
次の駅に着き。
私は電車を降りて駅員室へと向かう。
改札を出ずに中を覗くと誰もいない。
あるのは狭い部屋のなかに、駅員さんのワークデスクと沢山のファイルが入っている棚があるだけ。
「……あのーすみません…誰かいませんか?」
大きな声を出してみる。
当たり前だが返答は無かった。
「………なんなのよ…いくら寂れてるからって無人駅とか…」
ぽつりと小さく呟くと。
「ごっごめんなさい!どうしました!?」
突然後ろから声がした。
「!?きゃっ!?」
「!?ごめんなさい!驚かすつもりは無かったんです!」
恐る恐る振り向くとそこには身長が180センチもありそうなノッポで若い感じの、いかにも新人そうな駅員さんがオドオドしていた。
「あっ…すみません…」
元々人と目を合わすのが苦手な私は顔を下に向けた。
「……此方こそ?ホームの見回りに行ってまして…えっとそれよりどんな用でしょうか?」
駅員さんの声が上から降ってくる。
そして自分の目的を思い出した。
「あっ!えっと…前の駅で降りた人が忘れ物をしっみゃっ!………」
………噛んだ……!!
恥ずかしい!!
穴があったら埋まりたい!
更に駅員さんの顔を見れなくなって、赤くなっているであろう顔をもっと下に向ける。
「………ぷっ…あっ…くっ…では用紙に記入…ふっ…してほしいので…コチラ迄…」
めっちゃ笑い堪えてる!
なんなのこの駅員さん!
酷すぎる!
思わず半泣きで駅員さんを見上げて睨んだ。
……の筈が駅員さんは既に私に背中を向けていて、肩を震えさせながら駅員室のドアを開けた。
もういい!
どうせ知らない人だし!
もう会う機会なんて無さそうだし!
自棄になった私は駅員さんに勧められるままデスクの横にある小さい回転椅子に腰をかける。
すると1枚の紙を持ってきて駅員さんもデスクの前に座る。
「すみませんが此方にご記入下さい」
やっと事務らしい言葉。
でももう遅い。
その言葉を無視してボールペンを掴みかなりの走り書きで用紙に記入した。
「ありがとうございます。では落とし物をお預かりさせてもらいますね?」
言葉に従って無言で手に持っていた小説を紙の横に置く。
刹那。
「!!これっ!!」
「!?なんですか!?」
突然の駅員さんの声にびっくりする。
本当になんなんだこの人は!
「あっ!すみません!僕この小説家さん好きで!丁度読んだ事ないやつなんですよ!」
「………だからなんですか?」
さっきの仕返しのつもりで冷たく言い放つと。
「この小説家さん!すごく面白い話ばかり書くんですよ!すごくお奨めなんです!あっ!良かったらこれ是非読んでください!」
私が持ってきた小説をぐいっと私の前に差し出した。
「……………。」
「………………えっ?」
「……………ふっっ…」
「えっと?おねえさん?」
「あははははっ!!!もうダメ!堪えきれない!駅員さん可笑しすぎ!」
笑いに耐えられなかった私は大きな声をあげて笑ってしまった。
なんなのだろうこの人は。
ズレてると言うかなんと言うか。
そして駅員さんの胸ポケットにキラリと光るネームプレートを見付けた。
「これ?落とし物なんですよ?私に勝手に貸しちゃ駄目なんじゃないですか?山崎さん?」
駅員さんの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
本当に無意識だったんだ。
「そっそうでした!すみません!って何故僕の名前を?」
私はすぐに駅員さんのネームプレートを指差して種明かしをする。
そうすると又恥ずかしそうに、あぁと唸った。
「えっと私だけ名乗らないのもあれですね…あっ!私の名前はこれです」
私は先程の用紙を指差す。
「扇 桜?……とても素敵な名前ですね!」
私は山崎さんの言葉にキョトンとしてしまう。
だってそんな言葉初めて言われたから。
よく珍しいとか、変わってるとかは言われ慣れている。現に苗字と名前を合わせて2文字とかそうそう居ないと思うし。
私だってあまりこの名前は好きじゃない。
「……お祖母ちゃんがつけてくれたんです…扇の風で舞う桜の花びらがこの世で1番綺麗だって…」
でも。
そのせいで。
周りによく名前をいじられた。
私はなんとか笑って見せるけど面白いことなんて1つもなかった。
「……誇りを持って?何故そのような辛そうな顔をしているかは分かりませんが、僕は本当にあなたにぴったりの理由だと思いますよ?」
山崎さんはにっこりと笑いかけてくれる。
その笑顔を見て、何故だか顔が熱くなる。
もしかしたらこの人はすごくいい人なのかもしれない…冷たくしちゃって申し訳なかったな…。
「……と、歳は……!!…こんな時間にふらふらしてるし……もしかして浪人生ですか!?」
………前言撤回!!
失礼すぎるのにも程がありすぎる!
「現役大学生です!寧ろ浪人生だったら家で勉強してますし!」
私は怒りを込めて山崎さんを睨む。
「ごっごめん!!そうですよね?偉いですね?僕と1つしか変わらないのに、就職先は大きい企業とか狙ってるんですか?」
………はっ?
何を言っているのだろうこの人は。
ってか最近の鉄道会社は大卒の人を採ってる気がするんだけど。
高卒もごく少数採ってるのかな?
ってそこじゃない!
大学生だから大企業って!
考えが古い気がするんだけど!
他にも道は有るのに!
「………そういえば、君は何で此方方面に?大学は此方方面はない程田舎な筈ですけど」
山崎さんの問に先程までの山崎さんへツッコミたい想いがしゅるしゅるとしぼんでいく。
「………分からない…気が付いたら逆の電車に乗ってました。」
嘘偽りのない本当の気持ち。
口に出してしまうと心が冷たく重くなっていくのが分かった。
雨の日になると無性に虚しくなる。
だからといって毎日が充実していないわけではない。
友達もいるし。
勉強も出来るし。
バイトもしている。
勿論遊ぶ事だって。
なのに何故だかどうしようもない暗い気持ちがのし掛かってくる。
このままでいいのか。
迷ってしまう。
こんなの贅沢な悩みなんて人は言うだろう。
分かっている。
でも。
悩んでしまう。
暗くなってしまう。
泣きたくなってしまう。
「……この小説家さんの物語の1つに目的地の無い旅をする少女の話があるんです。」
山崎さんの突然の話に何も分からず、耳を傾ける。
「少女は旅を始めた。何処に行きたいのかも分からずに。その途中で色々な人に出会う。その人たちの中には少女に意地悪したりする人もいるんです。でも。優しい人の方が多かった。目的を持たない少女に優しく接するんです。」
顔をあげると山崎さんと目が合う。
「そして少女は旅の強制終了。世界の果に着いて、こう思うんです
『私の目的は出会いだった』
そして笑顔で。元来た道を戻って行くんです」
優しい瞳が私を射ぬく。
「桜さんも今は、分からずともいつかきっとその意味が分かりますよ」
山崎さんの言葉は私の心の塊をゆっくり溶かしてくれるようなそんな気がした。
ポトン。
手に雫が落ちる。
それは無意識に私の目から流れる雨だった。
すると頭に優しい感触。
山崎さんが頭を撫でてくれている。
ひとしきり泣いて。
その間もずっと何も言わずに側にいてくれた山崎さんのお陰で、心がポカポカとなるようだった。
そして違う意味で恥ずかしくなる。
「……ずずっ…ごめんなさい!こっ困りますよね!?こんな所で泣いちゃって…」
「ううん。いいんですよ?ご覧の通りあまり人の出入りが激しくない駅ですし?そうだ!なんかお菓子持ってきましょうか?久しぶりのお客様ですし!」
山崎さんの笑顔で私の心臓が跳ねる。
どうしたんだろう。
ドキドキする。
山崎さんは私のそんな気持ちにはお構いなしに棚の奥から美味しそうなおまんじゅうを出した。
真ん中にはークがついている。
それをよく見てみると温泉マークだった。
「………温泉饅頭?」
「うん?あぁ僕休みの日に行く温泉が楽しみなんですよね。それでつい買っちゃうんです。」
ニコニコと話してくれながら、コポコポとポットのお湯を急須に入れて、ゆっくりと揺らしそれから湯飲みにお茶を注いで私の目の前にだした。
「?どうぞ?美味しいですよ?」
山崎さんに勧められるまま温泉饅頭をひとかじりすると、口の中いっぱいにあんこの甘さが広がり至福の時をくれる。
「最近は高価な西洋菓子が多いですけど、僕は此方の方が落ち着くんです……って只の庶民派ってだけなんですけど」
見ているだけで、話すだけで山崎さんの行動が甘く見えて、甘く聞こえる。
もっと知りたいと思ってしまう。
「…あの!また来ていいですか!?」
また会いたい。
その気持ちで私の口からは、そんな言葉が出ていた。
「……勿論ですよ?いつでも遊びに来てください!あぁそうだ!扇さんに貸せるようにお奨めの本僕も持って来て置いておきますね!!」
頬が赤く。
体が熱くなる感覚。
本当は連絡先とかも聞きたい。
でも。
焦らないで。
山崎さんの事はゆっくりと知っていきたいとも思ってしまう。
宝物のように知らないところを発見したいと思ってしまう。
私は焦る気持ちに蓋をして。
今は山崎さんとの時間を大事に話して過ごした。
でも。
楽しい時間はあっという間で。
――「さて!扇さんは今から大学に行ってきてください?この時間ならまだ間に合う授業もありますよね?」
そう言う山崎さんに、て大学方面に向かう電車のホームに連れられてきた。
もっと話したかった。
その気持ちが溢れて思わず山崎さんを見つめる。
そんな私に気が付くと優しく笑って頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「大丈夫ですよ?」
にこりと笑うと電車がこの時間の終わりを知らせるように走ってきてホームに止まった。
ドアが開き、名残惜しく前に踏み出せない私の背をそっと押してくれる。
「いってらっしゃい」
「……あっ…あのっ…!」
ドアの向こうに入るとすぐに扉は私の目の前で閉まった。
ドアの窓に両手をついて山崎さんを見る。
「絶対!遊びに来ますから!!」
かなりの大きな声を出した。
ドアの向こう側の人に伝わるように。
恥ずかしさなんてどうでもよかった。
それが伝わったのか、山崎さんは笛を吹いて手を振ってくれた。
電車が動く。
山崎さんの姿が小さくなって。
見なくなって。
ドアに背中を預ける。
そして目を瞑る。
私の目的が……貴方に出会う為でありたい。
そう想い。
胸に手を当てて先程迄の楽しい時間をゆっくりと思い返した。
―――「?印刷ミス?」
駅員室に戻った山崎は我慢できずに、落とし物である小説をパラパラと捲り後ろの出版記録で目が止まった。
『再出版 2015年1月』
すぐに山崎は壁にかけてあるカレンダーを見る。
『1923年6月』
よく見ると本の丁装も変わった風に見える。
「………まさか……ね?」
よぎる不安を拭って桜の書いた紙を見つめる。
何となく山崎の心があたたかくなる。
『絶対!遊びに来ますから!』
彼女の声が未だに耳に残っている気がした。
山崎は自然と笑顔をになる。
「………待ってますね」
目を瞑って小さく呟いた。
そして1923年9月1日。
桜を待ち続ける山崎は、関東大震災という大きな地震により短過ぎる生涯に幕を降ろした。
~誕生日の雨~
昔は良かった。
そういう人は多いだろう。
現にオレもそう思ってしまう。
一月前。
医者に末期の癌だと宣告され。
オレの余命はもって後3ヶ月と言われた。
1ヶ月考えた結果延命治療をする気にはならず入院も拒んだ。
小さい時に、父親が交通事故に合い。
母親が癌で死んだ。
23歳迄世話してくれた祖母はオレが就職して安心してくれたのか、老衰でこの世を去った。
そして今日。
誕生日。
ばあちゃんが話してくれた、ばあちゃんの歳の離れた兄さんが勤めていたという駅に行く電車に乗っていた。
まぁ詳しくいえばきっとこの乗っている電車会社とはまた違うと思う。
ばあちゃんの兄さんの会社は地震で壊滅状態だったと聞くし。
でも、話によるとこの付近の駅で勤務していたと思われる。
……ばあちゃんの兄さんは、地震に合う迄の間、誰かを待っていたらしい。
小さいながらもばあちゃんは、兄さんがその人の話をする時はすごく楽しそうだったのが分かったとか。
『兄さんはその人にきっと恋をしてしまったのね』
ばあちゃんは優しく笑ってオレにそう言っていた。
「………あっ!ちょっと!!」
その声にハッとしてその方向を見る。
若い女の子が出ようとしていたのか、片手に本らしき物を持って項垂れていた。
そしてその子は次の駅で降りる。
乗り過ごしたのか?
………まぁいい。
もうすぐこの世からいなくなるオレには関係ない。
次で降りよう。
オレは次の駅までの時間、何も考えずに目を瞑った。
電車を降りる。
昼のせいか、雨のせいか降りる人が少ない。
改札を抜け、初めて降りる駅の外を見回した。
強く落ちる雨粒に誘われて傘をさして目的もなく歩くことにした。
寂れた風景。
駅前から少し離れると既に何もない。
誰も歩いていない。
車も殆んど通らない。
傘に落ちる雨の音だけが大きく響いた。
何もない風景を見つめていると。
自然に思い出してくるのは、昔の自分だった。
小学生の時。
幸せだった。
両親がいて。
2人共笑っていて。
いろんな所に連れていってくれた。
中学生になったある時。
父さんが交通事故に合った。
すごく悲しくて。
母さんもすごく悲しい筈なのに。
オレを支えて。
明るく振る舞ってくれた。
高校生。
父さんが良い思い出になりそうだった。
その矢先の事。
母さんが癌になった。
今のオレと同じく既に手遅れで。
気付いたら母さんはもういなかった。
そんな絶望の淵のオレに手を差し伸べたのはばあちゃんだった。
大学生の時。
ばあちゃんはオレが家で寂しくないように、色々と話してくれた。
昔の事を少しづつ。
又明日が楽しみになるように良いところで止めたりして。
その気持ちが嬉しくて。
その気持ちが幸せで。
老衰でばあちゃんが死んだ時オレは心に穴が空いたような。
何かを失った。
今思い返せば。
オレは失ったモノも多いが、その分誰かに埋めてもらったモノも多い。
就職すると。
毎日が忙しなく過ぎていく。
あっという間に終わる1週間。
1ヶ月。
1年。
忙しい方が良かった。
何も考えずに済むし。
1人ということも忘れることが出来た。
そんな中。
ある人と出会う。
オレを心配してくれる女の子。
最初は鬱陶しかった。
だから無視したり。
冷たくあしらったりもした。
でも。
その子はそんなオレの態度にもめげずにオレを心配してくれた。
優しくしてくれた。
時間がたつ度に。
その子と接していく度に。
次第にその子に惹かれ。
告白して。
付き合って。
……癌が分かって。
………この間別れのメールを送った。
何度か来る彼女からのメールと電話の着信。
全て見ないフリをした。
オレの人生。
気が付けば貰ってばっかだった。
誰かに何かをあげることが出来なかった。
だからせめてもと。
彼女にはオレがいなくなる苦しみを与えたくないから。
別れを口にしたのは自分なのに。
辛くて。
涙が出る。
そして歩きついたのは展望台。
大した坂では無かった筈なのに。
身体中が重く。
苦しい。
展望台にはベンチが1つポツンとあって。
雨で濡れているなんて気にも止めずにそのままベンチの上に横たわった。
手から滑り落ちる傘。
自分が濡れるなんて構えない程力が全く入らず横になっていた。
刹那。
携帯の着信音。
何故かとらないといけない。
そんな気がしたから。
力を振り絞り携帯を取って、自分の顔の横に置く。
誰かも、画面を確認せずに震える手で通話ボタンを押した。
『!?咲良!?良かった!やっと出てくれた!ねぇ!?今何処にいるの!?』
それは紛れもなく、別れた筈の彼女の声。
そして咲良。
オレの名前。
ばあちゃんは兄さんの好きになった人の名前を、つけたんだとこっそり教えてくれた。
会ったことは無かったけど、ばあちゃんの兄さんが近くにいるようで嬉しかった。
『ねぇ!?返事して!大丈夫なの!?私!全部知ってるんだからね!?咲良が別れようって言ってくれた気持ちも全部!』
彼女の声が涙を含んでいく。
『お願い…側に居させて…最期迄咲良の側にいたいの…』
やっぱり。
オレはもらってばっかりだ。
こんなオレのために。
彼女はオレを心配し続ける。
それじゃいけないよ。
いけないんだ。
その気持ちは今のオレには勿体無さすぎる。
だから。
これが本当に最後だ。
「オレは大丈夫だから…どうか…幸せになってくれ……」
オレじゃない人と。
それは言えなかった。
『やだっ!咲良と一緒じゃなきゃ幸せなんかなれるわけないんだから!!』
そんなこと言っちゃ駄目なのに。
そんなこと言われたらオレはどうすれば良い?
言いなくなる。
オレの本当の気持ち。
――――ピーーー!!
それは突然に。
携帯が警告音みたいに強く鳴る。
画面を見ると電池がないという表示。
そして画面が暗くなる。
……今なら言っても良いのかな。
彼女が聞くことのない本当の自分の気持ち。
オレは目を瞑り。
瞼の向こうの彼女に言う。
「……本当は…忘れないで…オレをずっと好きでいてくれ…」
頬を伝う水は涙なのか雨なのか。
もうどちらでも良かった。
「君の記憶に一生留まりたい…オレ以外の奴と幸せにならないで……1人は嫌なんだ……隣にいるのはオレがいい……」
こんな我儘許される筈がないだろう。
それでも。
願わずにはいられない。
そして、うっすらと目を開ける。
相変わらずの強い雨が降る景色。
それでもオレは綺麗だと思った。
そうか。
オレはばあちゃんの兄さんみたいに一途に待って欲しかったのかもしれない。
会えないとは知らずに。
夢と期待を持って。
再び目を閉じる。
暗いと思っていたその世界は、以外にも真っ白で。
雨の音ももう聞こえない。
最期に君の声に出会えて良かった。
そしてオレはそのまま意識を手放した…………。
~終点の女子高生~
プシューーーー
電車は音をたてて終点に止まる。
席から立ち上がりホームへと降りる。
ホームには人が少なく点々としかいない。
その人達は吸い込まれるように改札へと向かい駅の外に出ていった。
私もつられるように改札へと向かい、鞄からパスケースを探す。
その刹那。
♪ピロリン
携帯の音が鳴る。
仕方なく携帯をポケットから出して、メッセージを確認した。
『今日学校来てないね?なした?』
…………………。
宛名を見ると月山 巴瑞季と書かれてる。
こいつは私の斜め後ろの席の男子。
誰にでも明るく振る舞って、敵を作らないタイプ。
どういう訳なのか。
1人でいる私を気遣って、度々話しかけてくれたり、勝手に携帯にメッセージアプリを入れたりしてくる、おせっかいな奴。
お陰でそのアプリの友達は巴瑞季しかいない痛いものになっていた。
無視をして携帯をポケットに突っ込む。
♪ピロリン
♪ピロリン
………本当になんなんだ!
もう一度携帯を見ると。
『今日うちの兄貴が、会社休みなのに出勤したらしい(笑)』
…………スタンプ…。
うざい!
仕方ないのでメッセージを送る。
「そう。私はずる休みだからお兄さんとは正反対ね」
送信。
よし。これで………。
♪ピロリン
早い!
無視すれば済む話なのに。
何故か携帯を覗いてしまう。
『そう?じゃあオレもずる休みしようかな?』
「勝手にすれば?」
もう来ても絶対返さない。
そう思って携帯をポケットではなく鞄に仕舞い、代わりにパスケースを出した。
「そう?じゃあ勝手にさせてもらうね?」
その声と同時に肩をぽんと叩かれる。
声の主にビックリして振り向くと。
巴瑞季がニコニコしながらたたずんでいた。
「!?何してるの!?何でここに!?」
「それはこっちの台詞!君を見つけたと思ったら、学校と反対方向の電車に乗ってくし!心配で着いてきたんだよ?」
最初からいたのか……。
それにしても気づかなかった…。
「で?何処行くの?ここになんか用でもあるの?」
「~~~アイス食べに…ってか巴瑞季に関係ない!」
私は適当な理由をつけ、巴瑞季を無視をして改札を通ろうとした。
「待って!オレ…傘無いんだよね?」
はっ?
だからなんだと言うのか。
「だから?君の傘に入れて?」
巴瑞季の手が私を掴む。
本当に嫌だ。
なんなんだ。
こんなの何でもない筈なのに。
私ばかりがドキドキしてしまう。
「離さないから?」
巴瑞季はにこりと笑う。
そして私を引っ張って雨の降る駅の外へと向かうために。
私達は改札を出た。
―――「アイス溶けちゃうよ?」
海岸沿いの塀に2人で座る。
コンビニで買ったのはバニラの棒アイス。
巴瑞季は片手に傘。
そしてもう1つの手には私の手。
私の両手には、アイスがある。
「~~何で私に持たせるの!?」
「………何でって…オレ両手塞がってるし?」
バカじゃないだろうか。
私の手を離せば良いのに。
新手の嫌がらせなのだろうか?
改札から出てきてから、コンビニでアイスのお金を払う時までずっとこう。
さっきの離さないって…こういう離さないって意味だったのか。
巴瑞季は私の手を操ってアイスをかじる。
私は早くこの状況から逃れたくて、巴瑞季のアイスをずっと口先にくっつけていた。
「口が冷たいから!」
そんなツッコミも無視して早く食べるように促した。
……べちゃっ!
すると自分の分のアイスを疎かにしていたせいか、私のアイスが無惨にもコンクリートの上に落下した。
「あっ……えっと…新しいの買いにいく?」
本当にこの人といると調子が狂う。
イライラする。
「……別に…アイス食べたかったわけじゃないし…要らない。」
「…じゃあ何しに来たの?」
傘に打ち付ける雨の音が私のイライラを増幅させる。
「何で巴瑞季に言わなきゃならないの?別に関係ない!」
「だって君が行くところオレも着いてくし?」
「あなたは勝手に着いてきただけでしょ!?」
雨がポツポツと当たる海の水面に目を向ける。
そこには。
私が思い出したくない映像が映った気がした。
―――半年前。
私は教室に忘れ物をした。
教室に行くと。
巴瑞季と仲の良い男女がオレンジ色に染まる教室の中で話している。
『巴瑞季が最近構ってる女子さ?』
『アイツ調子に乗ってね?』
『巴瑞季だって好きで構ってるわけじゃないのにね?』
『つかこのクラスにいてもいなくても別にいいよな?』
『同感!!』
多数の笑い声。
ありきたりの様なシチュエーション。
それからというものの。
巴瑞季の知らない所で嫌がらせを受けてきた。
だから。
学校が嫌いになった。
雨に誘われたなんて嘘。
終点を越えて何処か遠くに行きたかった。
それなのに。
それなのに、巴瑞季は私を捕まえて離さない。
これじゃ遠くに行けない。
どうして。
どうしてこの人はこうなのか。
「……確かに…じゃあオレは気にせずこのまま君の傘に入れてもらい続けようかな?」
………分かってない。
私は1人になりたいのに。
もう構わなくて良いのに。
「……傘あげる。」
私はそのまま彼の手を振り払おうとした。
なのに巴瑞季の力は強くて。
だから私も力ずくて振り払う。
「!!離して!!傘はあげるって言ってるでしょう!?もうあなたは帰って!」
雨に濡れることなんて。
どうでもいい。
すると。
巴瑞季は持っていた傘を海岸へ投げた。
「離さない!!傘に入るなんて口実なの分かってるよね!?君は昔の兄貴の様な目をしてる!!」
……どういう事?
巴瑞季のお兄さん?
「……昔オレの兄貴はいじめられてたんだ…でもオレは気づかないフリをした!理由はなんだ思う?恐かった訳じゃない!恥ずかしかったんだよ!」
何を言っているの?
巴瑞季の目は私を捉えて離さない。
「実の兄貴がいじめられるとか!ないだろ!?でも…ある日を境に兄貴は今の君の様な目をして帰ってきた…その日から兄貴は何故か変わって……いじめに立ち向かっていった……」
辛いのだろう顔が歪んでいく。
「恥ずかしいなんて思っていた自分が…滑稽に思えた…1番恥ずかしかったのは自分だったんだよ…そしてその後…オレは…もう1人の明るくて優しい兄貴を殺したって気付いたんだ……」
ころ…した……?
ってか。
「もう1人って…なに?」
巴瑞季は私から目をそらして雨に濡れたまま海をみつめた。
「……二重人格だったんだよ…オレの兄貴。両親は知らなかったみたいだけど…もう1人の兄貴がオレにこっそり教えてくれたんだ……オレにとって…本当の兄貴よりもう1人の人格の方の兄貴の方が関わりが多くてさ?大好きだった……」
私はただただ話に耳を傾ける。
それしかできなかったから。
「いじめに立ち向かって行くようになったその日にさ……聞いたんだよ…祐輔どうしたんだよって……そしたら…
『ユウスケは死んだ…オレは大輝だから…』
そしてその言葉以降…大輝は自分の記憶に蓋をしたように祐輔の事を話さなくなった……というか忘れてしまった様だった…」
………どうして。
「………どうして私にそんな話をするの?」
そんな巴瑞季にとって苦しくて、辛い話。
どうして私なんかに。
「死んだ人格の兄貴と同じ目だったからって言ったよね?…もう嫌だったんだよ。祐輔を失った時みたいな気持ちになるのは。……オレは…君が嫌がらせを受けてるの気付いてたから」
そういうことか。
誤魔化して。
何でもないフリをしていたのに。
バレていたのか。
それで巴瑞季はきっと。
ユウスケとか言うお兄さんと私を重ねている。
だからなんでしょう?
あなたの手が震えているのは。
「でも…君はオレの前で普通に振る舞って…なんて聞けば良いか分からなくて……どの言葉もきっと君を傷付ける気がして…でも…でも助けたかったから………」
「……私はあなたのお兄さんのユウスケとか言う人じゃない。」
巴瑞季を睨む。
「巴瑞季は結局自己満足したいのよ。だから私とお兄さんとを重ねている。私を救えばお兄さんを救った気になれるとでも思っているんじゃない?」
違う。
本当は知っている。
巴瑞季がすごく優しくて。
本気で私の為に言ってくれてることぐらい。
でも。
私はこの手を離してほしいから。
離してくれないともっと遠くへと行けないから。
冷たく彼を言葉で突き飛ばす。
真実を混ぜて。
「……でも…1つだけ言っておく。お兄さんの事も私の事も巴瑞季のせいじゃないから。私を救って自己満足する必要なんてないから」
手から力が抜ける。
巴瑞季の手から解放されて。
私はそのまま塀の上に立って海岸へ降りる道へと歩き出した。
もう。
私の為に巴瑞季が何かをする必要なんてない。
だってもう充分してもらったから。
嫌がらせをされても。
巴瑞季が話しかけてくれたから学校に行った。
どんな辛い日でも。
巴瑞季が笑ってくれたから頑張ろうと思えた。
なにより。
巴瑞季は初めての恋を教えてくれた。
……きっとこれ以上私に関わっても良いことなんてない。
最期にあなたに、例え偶然だとしても会えただけで心は満たされた。
そして階段を見付けて。
砂浜へと降りる。
降り止まない雨は。
強く私をうった。
目を瞑る。
もう目を開ける必要がないから。
この先何処に行くのだろう。
終点の先には何があるのだろう。
そのまま歩く。
そこはきっと冷たく………。
……………。
………温かい。
冷たく…ない?
むしろ温かい。
私は目を開ける。
すると海の手前で。
巴瑞季が私を抱き締めていた。
「なっ!何してっ……!」
腕をほどこうとする。
でもそれは叶わなくて。
「離さない!君と離れたくない!」
どうしてそんなこと言うの?
どうして…。
決めたのに……。
「確かに君と祐輔を重ねていたかもしれない……でも!祐輔が大切だった以上に……君が大切だから!」
雨じゃない。
涙が目からこぼれる。
「ずっと一緒にいたいんだ!オレが下らないこと言って君が怒って、それだけで幸せなんだ……!」
私は………。
私はあなたに幸せを与えられていたの?
巴瑞季が私の肩に顔をうずめる。
「……好きなんだ…!!」
涙に混じったその声は。
私の冷えきった心を溶かすようだった。
嫌いな学校も。
嫌いなクラスも。
又行けるのではないか。
そんな気にさせてくれた。
「……ずるい…」
それしか言えない。
でも私が言うのはそれだけで充分な気もした。
「狡くても…君がいなくならないならそれで良いよ…」
光がさす。
それは私の心だけでなく。
周りの風景にも。
気がつけばあんなに降っていた雨は止んでいて。
厚い雲に太陽の光が貫いていた。
「帰ろう?」
その問いに私は小さく頷いた。
そして又。海岸沿いの塀に座って。
巴瑞季が私と手を繋ぐ。
濡れた靴も靴下も。
コンクリートの上に置いて。
乾かしていく。
私達の制服は。
きっと下らない話をしている間に乾くんだろうな。
だって今日はこんなにも。
こんなにも温かいから………。
~エピローグ~
それぞれの人々は空を見上げる。
晴れ空。
曇り空。
雨空。
その中で何を見つけたのか。
出会えたのか。
そしてこれから始まるのはきっと。
あなただけの奇跡の物語り。
―――fin
最後まで読んでくれてありがとうございました。
私は沢山の主人公に出会えて、良かったと思っています。
雨の日は嫌な事だけではなく、きっと皆様にも良い物語りを運んで下さることを願っております。