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11 同盟の発展(1)


 アデリアは軽い足取りで廊下を歩いていた。

 身につけているのは、昨日仕立て上がったばかりの新しい服だ。正装ではないから華やかさはないが、領主令嬢に相応しいように細かなところに高価な飾りを使っている。

 縁取りに使っている青いリボンは、よく見ると繊細な織り模様が入っている。元々気に入っていたが、それを衣服に使うと予想以上に肌映りがよかった。普段用ながら、袖を通した瞬間から気分がいい。だから選んだ肩掛けも、いつもの暖かさ優先の物ではなく明るい色合いの物になった。

 この服装で書物室に向かっているのは、深い意味はない。

 もともと書物室に向かう予定でいて、朝の着替えの時にネリアが新しい服を試すかと聞いてきたからそれにしただけだ。すれ違った家令や侍女たちがにっこり笑っても、彼らが期待するような深い意味はないのだ。


 でも、浮かれ気味の気分は否定しない。

 司書と言う仕事のせいか、あるいは王宮にいたこともある騎士だったためか、エディークは男性にしては装飾品などへの目配りができる人だ。だから、どんな言葉を聞かせてくれるかは楽しみだった。

 ネリアとオリガを従えながら、階段を降りて一階に着く。

 書物室まであと少しだ。そう思って廊下を進もうとした時、反対側の廊下から視線を感じて振り返った。

 ポリアナだ。つい足を止めて目を見張ると、ポリアナも侍女たちと同じようににっこりと笑った。

 しかしこちらにやってくることはなかった。若い娘のように笑顔で手を振ると、玄関から外へと出て行った。窓から見ると馬車が横付けされているから、どこかへ出かけるようだ。

 母に捕まっていろいろ聞かれるだろうと無意識のうちに身構えていたアデリアは、肩透かしに戸惑ってしまった。

 母親が戻ってくるのではないかと、ついその場で待っていたが、ポリアナが乗り込んだであろう馬車は軽やかに走り去って行った。


「お嬢様?」

「何でもないわ。書物室へ行きましょう」


 予定を変えるのかと問いかけるオリガに急いで笑顔を向け、アデリアは首を傾げながら歩き始めた。





「……おかしいわ」


 書物室で本棚の前の椅子に座りながら、アデリアはつぶやいた。

 脳裏には先ほどの母の姿がある。

 新しい服に明るい色合いの肩掛けを身につけて書物室へ向かう姿を見れば、母親は絶対に何か言うと思っていた。そのくらいには浮かれていたし、絵物語好きの母なら絶対に頬を染めながら新しい服を着るヒロインたちを連想するだろうと思っていた。なのに、反応らしい反応は意味ありげな笑みを見せただけだ。

 よく考えてみると、ここ最近はずっとそうだった。

 アデリアが意図的に書物室へ通うようになって、もう三ヶ月が過ぎている。寒さの厳しい冬も終わりが見え始める頃だ。

 予想通り、母ポリアナは縁談をかき集めてくることはしなかった。もう決まったのだと言わんばかりに、他家貴族の子弟の話はしなくなっている。

 エディークへの圧力も、あの時からはないと聞いている。

 でも、おかしい。

 あの母が、どうしてこんなに静かなのだろう。


「やっぱりおかしいわ」

「お嬢様? 何かありましたか?」


 ちょうど近くを掃除をしていた司書が振り返る。

 元騎士という前歴を持つ司書は、相変わらずのぼさぼさ髪だった。ただしそれは前面から見た時だけだ。後ろはすっきりと束ねている。これはアデリアが母と交渉した結果の妥協案だ。

 比較的すっきりしていて、それでいてヒゲがなくても顔立ちがよくわからない。左側だけ目元がわかるように分け目をつくっているが、こめかみの傷跡は綺麗に隠れていた。


「あ、そうだわ。今日は新しい服を着てみたのだけれど、どうかしら?」


 アデリアはふわりと肩掛けを掛け直し、まるで肖像画を描いてもらっている時のような気取った姿勢に座り直す。

 司書は雑巾を丁寧に畳み直して棚に置き、期待するように目を輝かせるアデリアの方へと立ち位置を変えた。


「よくお似合いですよ。大人の女性らしい良いお色だと思います」

「……普段は子供っぽいってこと?」

「お嬢様は小柄でいらっしゃるし、どちらかといえばお可愛らしいお顔立ちですから。でも今日のお姿は年齢以上に大人の女性に見えます。まだお若いと思っていましたが、お嬢様は結婚してもおかしくない年齢でしたね」

「そうよ。もう十七歳ですもの。お母様ならバラムお兄様を生んだ歳よ。だから私も大人の女性なのよ」


 アデリアはなんとなく胸を張って言う。

 それに沈黙と微笑みを返したエディークは、また棚に向き直って作業に戻った。

 軽く流されてしまった。言葉では大人に見えると言いつつ、子供扱いをされた気がしてむっとする。だからと言って、この司書に見え見えの嘘をつかれるのも嫌だと思っている。

 複雑な心のままエディークの後ろ姿を見ていたが、ふと先ほどまで考えていたことを思い出した。


「ねえ、エディーク。おかしいと思わない?」

「何がおかしいのでしょうか」


 雑巾で丁寧に本棚を拭きながら、エディークは律儀に聞き返す。立ち上がったアデリアは、彼の前に回り込む。そして手を止めた背の高い司書を見上げた。


「何もないのはおかしいわ。どうしてお母様は何も仕掛けてこないのかしら」

「奥方様……といいますと?」

「お母様のことだから、あなたとの縁談をどんどん押し付けてくると思ったのに。何も動きがないのよ。先ほども顔を合わせたのに、何も言わずにどこかへ出掛けてしまったわ。……あなたには何かあった?」

「その件でしたら、私の方にも何も」

「そうなのね。ではやっぱりおかしいわ。思い立ったらどんどん押すお母様が、どうして三ヶ月も何も仕掛けてこないのかしら。もしかして、あなたのご生家に直接縁談として話を持って行ったりしているのかしら」

「それはないと思います」


 エディークは拭き掃除を再開した。

 貴族出身の騎士というと、本来ならかなりの高位だ。怪我の後遺症で引退したとはいえ、国王から恩賞を受けているような存在が、こんな田舎の領主の館で掃除をしていることはまずない。

 なのにエディークは、下働きがするような仕事まで淡々とこなしている。


「私の生家とは何度か手紙のやり取りをしていますが、今のところ何も言ってきていません。私に縁談があれば、兄はそれを隠し通すことはできない。そういう人ですから、奥方様は何もしていないはずです」

「ふうん、そうなの?」


 どうやら、エディークの兄弟はなかなか癖のある人のようだ。

 それにしても、兄弟の話は初めて聞く。いやそれどころか、エディークの事は騎士だったと言うことしか知らない。どんな家族がいるのか、故郷はどんな土地なのか、そう言う話は一度も聞いたことがなかった。

 手紙のやり取りをしていると言う兄は、エディークと似ているのだろうか。そんな事を考えて、アデリアは拭き掃除をしている司書を見上げてこっそり笑った。


「お嬢様?」

「ああ、ごめんなさい。あなたのお兄様ってどんな人なのかなと思ったの。お兄様とは仲がいいの?」

「男ばかりの上、かなり年齢が近い兄弟ですからね。仲はいい方でしょう。特に長兄は我々兄弟の失敗は隠してくれるのに、少しでもいいことがあると皆に言い回る人で。私が騎士になった時も、功をあげたときも、弟が婚約をしたときも、一族以外の領民全てに知れ渡る勢いでした」

「すてきなお兄様ね」


 そういいつつ、もし自分の兄がそんな人だったら、とてもいたたまれないだろうとも考える。あえて言うのなら次兄メイリックにそう言うところがあるが、長兄バラムがしっかり抑えてくれるから暴走までは至らない。

 でも、もし長兄バラムがエディークの兄のような人だったら……。ふとそんなことを考えて、アデリアは思わず首を振ってしまった。あの厳しい兄が家族の個人的な話題を言い回るなんて、想像するのも恐ろしい。

 そんな思いが顔にまで出たようだ。エディークはアデリアを見て少し笑った。

 しかしその笑みをすぐに消し、ため息とともに拭き掃除を終えた。


「それより、奥方様のことですが。……実は少し思い当たることがあります」

「何かしら」

「……あちらで座りませんか?」


 エディークは絵物語が収められている一画を示す。

 そちらを振り返り、ふとエディークの足を見る。アデリアは頬を赤くした。


「ごめんなさい。またあなたの体のことを忘れていたわ。立ち話はだめよね」

「いえ、私の足は最近は少しましになっています。足のためではなく……」


 困った顔で言葉を濁したエディークは、雑巾を片付けにいく。その間に絵物語の棚の前へ移動したアデリアは、戻ってきたエディークにすぐに椅子を勧めた。書物室の壁際に控えている侍女たちも、立ち位置を変えている。

 近くにある暖炉に薪を足してから座ったエディークは、ぼさぼさだが鮮やかな金色の前髪を軽くかきあげた。傷跡の少ない左側があらわになり、目尻のやや垂れた青い目がはっきりと見えた。


「私から言ってもいいものか、少し悩んでいたのですが。アデリアお嬢様はまだお気づきでないようなので」

「……もしかして、私、何かまずいことをしてしまったのかしら」

「いえ、たいしたことではないのです。ただ……」


 むき出しになったエディークの紺青の目が、絵物語の並ぶ棚に向く。


「お嬢様は、あの絵物語の内容を覚えていますか?」


 何だか歯切れの悪い言い方だ。

 何のことかと首をかしげたアデリアは、彼の視線をたどって、ああと思い当たった。彼が言いよどむ絵物語というと、登場人物が彼と同じ名前のあれしかない。


「『白百合に誓う愛』のこと?」

「……はい。後半の内容は覚えていますか?」

「ええ、もちろん。涙にくれるイレーナとエディークが出会って愛を育むんでしょう?」

「え、ええ。そうです」


 恋物語の登場人物が自分の名前と同じというのは、司書にとっては心地悪いようだ。

 精悍な目元が、動揺をたたえて視線を彷徨わせる。だがすぐに立ち直ったようで、改めてアデリアと目を合わせた。

 


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