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 1 ~交換~

 別作品と並行して書いていきます。

 こちらもプロットがくるくるめぐるましく変わっていくので、矛盾等々たくさんでてくるかと思いますが、お目こぼしいただければ幸いです。


 青年は、何を成すのか。

 そんなことを考えながら、はじまりはじまり。

 

 青い、空があった。

 遠く、地平線の彼方へとつづく飛行機雲が尾をひき、心地よい春の日差しが、穏やかに降りそそぐ。

 ともすれば静寂が似合いそうな屋上で、しかし、彼はかすかな歓声を聞いていた。

 卒業を迎え、これから自分たちの、それぞれの世界へと旅立っていく若者の興奮気味の声。

 彼はそれに満足そうに頬を歪めながら、枕にした腕、組んだ足を入れ替える。

 仰ぐ先には誰もいない。

 いや、描くのは彼と三年間をともにした友たちの顔ばかりだ。

 鮮やかに峻烈に描き出せるそれは、すでに思い出へと名を変えつつある。

 あるいは、そうである方が幸せなのかもしれない。

 彼はやはり、満足そうに眼を閉じた。


 宇宙の色を薄めたような空の下、少年から青年へとその姿を変えた若者がひとり。

 ゆるゆると時を過ごし、夢現の中で最後の時を噛み締めている。

 学生服は画一を嫌うようにラフに着崩され、二、三のアクセサリーが胸や腰で踊り。

 髪は適当に切られ褐色に染められ、反抗を荒らかにしている。

 だが穏やかに閉じられた瞼の他、顔のパーツはどれも実直そうな青年のそれで、それが服装と相まって印象を複雑にしていた。

 妙に老成した雰囲気を持ちながらも、少年であったことをいまだ強くとどめているような、そんな雰囲気。

 大げさに笑ってみれば、人懐っこい笑みになるのかもしれない。

 だが同時に、それは何かを見守るような、そんな笑みだろう。


 一歩だけ夢の世界へと足を踏み入れた彼を、一陣の風が踊り遊んだ。

 世界をどこへともなく走り去っていく風は、桜を散らして巻き上げながら、彼を吹き抜けていく。

 ふいに、彼のワイシャツの襟がのぞいた。

 わずかに日焼けした腕などとは異なった、白い首筋があらわになる。

 黒い、火傷の跡のようなものがあった。

 見ようによっては吠える龍のようにもとれるそれは、禍々しく醜くもあったが、しかし見るものを惹きつけるような不安定さがあった。

 小さく唸りながら眼を開けた青年が、上半身を起こす。

 刻印は隠れ、元の超然とした様子が戻ってきた。

 うーん、唸りながらガリガリと頭をかく。

 

「やっぱ、眠れないよな」


 誰に言うでもなくつぶやかれた言葉は、果てしない空へと吸い込まれて消えた。

 いつの間にか飛行機雲は消え、湧き上がるような入道雲が視界の端へと入ってくる。

 春には珍しいほどの、立派な積乱雲は天へと届く摩天楼のようにその威容を次第に大きくしていく。


「楽しみで、仕方がないもんな」


 口の中で転がす言葉に意味はない。

 こうしているのことに意味はない。

 ただ、何らかのけじめがいると思っただけなのだ。

 それは三年を一緒に過ごした仲間たちと最後の時を楽しむのでは達成できず。

 されどもこうしてひとりでいることで達成できると決まっているわけでもない。


「けじめ、けじめかあ……」


 つけるべきけじめとはなんなのだろう。

 思いつくことはない。

 挨拶はした。

 自分がいなくなったあとの段取りも、すべて確認し終わっている。

 すべては万事うまく行き、世界からひとりの青年が消え、そして代わりにひとりの少女が現れる。

 等価交換、と、そう思ってもいいだろうか。

 彼女に価値を付けることはできないし、しないけど、と心中で苦笑する。


「そろそろ、か……?」


 手首で鈍く光る鋼色の腕時計は、父に出立を告げたあと、餞別にもらったものだ。

 無表情に、やる、とだけ。

 母からは心構えと、優しさを十分に受け取った。

 父もあれで、内心は苦しく思っているのだろう。

 そういう男だと、そうわかるくらいには成長した。

 不器用だな、と思わないでもない。

 母の方が、よほど素直で肝が据わっている。

 だが悔恨はない。

 すべての別れは済ませた。


 ふいに、鈴の音が響いた。

 彼女との、会話の合図だ。


『やっほー、げんきー?』

「ああ、すこぶる元気だ」

『そりゃあ良かったっ! こっちは旅立ちにふさわしい、すんばらすぃー天気だけど、そっちはどう?』

「こっちもこれ以上ないほどの天気だよ。来たらすぐ、桜を見に行くといい。近所に桜の名所があるから、母に連れて行ってもらいな」

『おー、たのしみやなあー!』


 始終ハイテンションなハスキーボイスはそこで一旦トーンを落とした。


『お母様とお父様、やっぱり、怒ってるよね?』

「ん? なんで?」

『だって、大事なひとり息子でしょ? それをよくわからない世界に飛ばして、代わりにどこの馬の骨とも知らない女の子を預かれー、だなんて』

「ま、息子が突然そんなことを言い出しても一応納得してくれるような親なんだ。条件がどんなに厳しかろうが、ちゃんと最後は笑って送り出してくれたよ」

『……やっぱり、申しわけないなあ……』

「なら俺の代わりに、ちゃんと父さんと母さんの娘でいてやってくれ。母はともかく、父はあれでけっこう寂しがり屋なところがあるんだ」

『ふふっ、いいの、そんなこと言っちゃって? こわーいお父様なんでしょ?』

「いいんだよ。どうせ次に会うのは、十二年後なんだから」

『その頃には忘れてるって? あまーい! フォンシよりあまいよ!』

「フォンシってのは、そっちの菓子だったか?」

『そーだよっ! めっちゃくっちゃ美味しいからぜひぜひお試しあれー!』

「りょーかい。楽しみにしとこう」

『うんうん、してなさいしてなさいっ』


 普段の調子を取り戻した少女の声に、知らず微笑みが深くなっていく青年。

 あ、と少女の声が真面目な雰囲気を帯びて、その笑みを硬くするとともに、いよいよか、と体を緊張させる。


『準備ができたみたい。こっちはあたしの部屋にいるけど、そっちは?』

「俺は学校の屋上にいる。もう生徒もだいぶはけたし、あと数分で両親が来るはずだ」

『じゃ、あたしはその場から動かずに』

「俺はとっとと部屋を出て王様とやらに会いに行くと」

『そうそう。王様、結構面倒な人だけど、愛想尽かさないで頑張って。応援してるよっ』

「はいはい、応援ありがとー」

『むう、またそうやって茶化してー。一応ちゃんと応援してるのにぃ』

「一応がつくとこが不安なんだよ」


 ふふ、と笑う声。青年の体から、徐々に緊張が抜けていく。


『じゃ、次に話すのはジンが魔力の扱いを覚えたあとで、ってことで』

「ああ、なるべく早く身につけるようにするよ」

『かーんたんだから大丈夫っ。あたしは一ヶ月で覚えたから! ちょろいちょろい』

「ハルの友達なんだっけ? その教えてくれるって人」

『そーだよっ! とってもいい子だから、優しく丁寧に教えてくれるように頼んどいたからねっ。でも、可愛いからって、手を出したら許さないんだからっ』

「へいへい、わかってますよっと」

『ぬー、不安だなァ』


 お互いに笑い声を交換してから、じゃあ、と少女の声。


『やるよ』

「おう」


 それだけが開始の合図。

 ゆっくりと眼を閉じて、最後の景色を脳裏に焼き付ける。

 これから、数多くの困難が待ち受けているだろう。

 辛いこともあるだろうし、死にたくなるようなこともあるだろう。

 十二年間、もしかしたら帰ってくることができないかもしれない。

 ただ、今、この胸の高鳴り。

 これだけは決して後悔しないだろうと、そう思った。

 そう思いながら。



 武宮(たけみや) (じん)は世界から消えた。



 同時刻。



 ハルフィリア・カールスオールは鏡界から消えた。



 境界で分かたれた鏡合わせの二つの世界は、今日も素知らぬ顔をして回っていく。


 小さく大きな可能性を、その内に留めながら。

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