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勇者の聖剣と消えた花嫁

作者: よっしー

 我、光り輝く剣なり

 一途な思いは何物にも折れぬ

 揺るぎない意志は全てを貫く

 魔王、闇より生まれし時

 聖なる宿り木から目覚め

 選ばれし者の手に参ろう

 それまで暫し、お別れだ…。

 ──「勇者の記録─聖剣の章」より引用。



***



 剣と魔法の世界シルアキィにはかつて、魔王が存在した。凄まじい魔力を用いて行使された天災により、人々は恐怖の底に落とされる。また、動植物に自らの魔力を分ける事により、変体したそれらは──魔物として人々に襲い掛かった。

 人々は絶望し、嘆いた。ただ一人の若者を除いて。若者は未来を信じ、立ち向かおうとした。そんな彼の心に応えるように、天から聖剣が舞い降りる。その剣は魔を打ち砕き、人々の心に未来を与えた。希望を失わぬ光を心に纏った彼の名は、三百年経った今も語り継がれる事となる。

 それは魔王が完全には滅びていなかった為でもある。肉体を滅ぼされ、精神体で生き延びた魔王は自らが奪い取った土地を暗黒に包み込んだ。闇へと化した土地には魔物が住み着き、何者にも手出しが出来ぬ「魔の大陸」となった。

 魔王復活を恐れた人々は再び恐怖の底に落とされた。未来を信じる心を失い絶望した時、魔王は目覚めた。二回も過去に復活し、その度に勇者と聖なる剣は共に打ち倒してきたのである。

 そして、数十年後──三回目の魔王復活により、剣は宿り木より目覚めた。選ばれし者の手におさまり、悪を打ち砕く為に。



***



「てや」


 やるきを微塵にも感じさせない無気力な声が響いた後、凄まじい閃光が荒れた野原を走っていく。声の主が振り下ろした剣──聖剣から放たれた聖なる力により前方にいた魔物の大部分は掃討された。

 残った一部へ向かっていく仲間達を見送りながら、声の主──グスタフ・ホーエンローエは剣に向かって呟く。お疲れ、と。

 彼に応えるように聖剣は一瞬煌めく。剣の反応に満足したのか、グスタフは口の端を軽く上げて「うんうん」と頷く。

 戦闘の場に相応しくないほのぼのムードを醸し出していたが、当然の如く怒号がとんだ。


「勇者!さっさと戦ってこい!」

「僕、体力が無いのでしんどいですよベネディクトさん」


 グスタフを「勇者」と呼んだ青年は眉間にしわを寄せ、舌打ちをする。怒りにより浮き上がった血管が切れないよう、必死にこらえようとして…ベネディクト・フォルトナーは切れた。


「戦わねえから体力もつかない。体力がねえから戦わない。何なんだお前は!」

「世間から見れば勇者になった元実家の寄生虫です」

「知るか!このモヤシ!もっと食べて筋肉つけろ!」


 気合いを入れるべく軽くパンチするつもりが、あっさりと避けられてしまったベネディクトは、直ぐ様体勢をなおす。込み上げる怒りを押さえた為か、ベネディクトは歪んだ笑みを浮かべている。


「やるじゃねえか、モヤシ勇者」

「僕自身の能力ではありません。勇者補正です」


 勇者本人は他意はないのであろうが、感情変化の少ない間延びした喋り方は怒りを煽っているかのようだ。

 四人目の勇者グスタフは元々は実家のパン屋を手伝う平凡な少年だった。ちょっとだけ家の中にいる事が多く、少しだけ他人に関わろうとしない少年だったのだ。

 しかし、突如現れた聖剣を手にしてからグスタフの世界は一変した。あっという間に勇者として祭り上げられ、知らないもの達と一緒に魔王を倒せと強制出国させられた。幸いにも勇者に選ばれた際に補正がかかり、様々な能力が異常な迄に上昇しているから戦いにも挑める。

 それでも、心の覚悟はついていかなかった。魔物を前に力を持て余す勇者に、仲間はいい反応を示さなくグスタフは肩身が狭かった。…ベネディクトだけは一貫して、乱暴だったが。

 何処か現実的で無かった彼はある時から開き直り、聖剣と共に頑張って戦うようになる。粗削りながらも、戦闘センスがあるグスタフを仲間達は次第に見なおしてきていた…にも関わらず、彼はたまに怠けていた。元々集中力も長くは続かない性質に加え、体力も無いために直ぐに自分のターンを終了するのである。今回もまさにそれであった。


「ベネディクトさんは戦わないんですか」

「馬鹿野郎。治癒術士が前線に出たら支援出来ねえだろうが。いい加減周りの奴らを覚えやがれ」


 薄灰色のローブから手を伸ばし、グスタフを殴ろうとしたベネディクトであったが、またも空振る。苛立たしそうに「チッ」とベネディクトの舌打ちが響いた。

 白金のように美しい金髪をかき乱し、藍色の鋭い瞳を歪ませてからベネディクトは前で戦う仲間たちの説明を始める。


「後方で詠唱している銀髪苦笑い男が魔術士イグナーツ・ヴァラハ、中間で器用に駆け回る赤髪小生意気ガキが術剣士ディルク・ローエンシュタイン、最後尾で防御術を展開している金髪口うるさい女がリーゼロッテ・アイレンベルク、最前線で狂ったように戦う獣耳女がカルラ・ディッテンベルガー。…解ったか?」

「許容範囲超えました。無理です」

「お前の許容量狭すぎだ」

「…あ。笑ってる」

「!」


 急に話が捩れた為にイラついたのか、ベネディクトは顔を背けて前線に向かった。仲間たち全員を説明してくれたベネディクトを「いい人」だとしみじみとグスタフは認識し、見送った。さり気なく体力回復もしてくれているサービスつきである。…実の話、彼は決して面倒見がいい訳ではない。仕方なく、の行動なのだが…。


「うん、いい人だ。さて、僕も頑張るかな」


 語り掛ける相手は彼のまわりには見当たらない。彼自身にしか聞こえないであろう言葉は、空気にとけて消えていった。

 聖剣を構え、グスタフは前線へ走る。


「早く魔王を倒して「週間勇者」の続きも見なくちゃだし。行くよ、聖剣テア」


 ──彼の言葉に応えるように、聖なる光が煌めいた。



***



 戦いの後、勇者一行は次の街へと急ぎ足で向かったものの、中々見えてこなかった。夕暮れを見て、夜は下手に動かない方が良いと全員の意見が一致し、野宿する事となった。

 そうと決まれば食事に早速取り掛かるのは、ベネディクトと勇者グスタフであった。女性二人は家事が出来ないし、ましてやリーゼロッテは周囲に防御魔法を展開している為に参加すら出来ない。消去法で選ばれたのがこの二人である。残る魔術士イグナーツと術剣士ディルクも料理は出来るが、飛び抜けて二人が上手なのだ。どうせなら美味いものが食べたい。そんな気持ちのみ一致しているのため、二人が選ばれたのである。


「料理の巧い勇者サマね…実に女々しいこった」


 魔術士に火を起こして貰った後、スープを煮込んでいたベネディクトはまたもや勇者を鼻で笑った。グスタフは気にした様子もなく、淡々と治癒術士へ言い返す。


「ベネディクトさんも女々しいって事ですか?あ、そうだ。家庭的な男は女性からの好感度が高いらしいですよ、モテモテですね」

「…チッ」


 お玉を振り上げ、今にも殴りかかりそうなベネディクトの様子を見兼ねて、イグナーツが彼を羽交い締める。


「落ち着けベネディクト!勇者を殺したら世界一級犯罪者だぞ!?」

「魔王の手下ではなく、仲間のお玉で殺されるんですか僕」

「君も煽らないように。勇者ホーエンローエ!」


 場の喧騒を呆れたように眺めるリーゼロッテの横では、彼女の従者であるカルラが楽しそうに微笑んでいる。好戦的な獣人であるため、喧嘩を見ると血が騒ぐらしいのだ。ことなかれ主義のイグナーツとは犬猿の仲だったりもするが、それはまた別のお話。

 ああもう!と叫ぶイグナーツは、気付かなかった。彼の幼なじみがお玉を力強く握り締め、一瞬だけ悲哀を見せたことに。そして、勇者だけが彼の──ベネディクトのやるせない思いに気付いてしまった。


「(…愛されているね、テア)」


 グスタフは背中に背負う聖剣へと、心の中で言葉を伝える。すると、微かに声が響いた。グスタフのものではない、温かくも優しい女性の声。


(うん。)


 花が咲いたように密やかで可愛らしい笑い声の主。彼女こそが聖剣テアであり、治癒術士ベネディクトの花嫁、テア・ココシュカであった。



***



 気まずい夕食が終わり、睡眠の時間となった。男性が交代で見張りをすることとなり、今は勇者が見張りをしていた。引き締まらない顔を横目でみて、ベネディクトは唇を噛み締める。思い出すのは人生で最高の日が、最悪な日へと崩れ落ちた瞬間だった。

 その日は雲一つない晴天だったのをベネディクトは今でも覚えている。否、忘れる事など出来ない。やっと!やっと長年想い続けた女と結婚式を挙げる事が出来、妻にする事が出来る日だった。スカートなんて滅多に履かないじゃじゃ馬に振り回され、時に甘やかされ、そして愛されて。公の場で「自分の女」と自慢、否、「自分の妻」となる筈の女が…。ウェディングドレスを着て、ヴァージンロードを歩いてくる筈だった彼女は忽然と消えた。

 そして、花嫁の居た場所に代わりに在ったのは光り輝く聖剣だった。あの時の喪失感を思い出しただけでベネディクトは身震いする。消えた花嫁と現れた尋常ならぬ剣を見た瞬間、彼は悟った。勇者の言い伝えにある聖剣の宿り木が人間であることを。彼の花嫁こそが聖剣となってしまったことを。

 動揺している頭脳を必死で動かして、彼は思った。聖剣は勇者と共に魔王を倒すものだ。彼女は国家権力に奪われ、勇者の手にわたってしまう。そして、強制的に魔王退治へと向かわされてしまうと。自分と離され、他人に囲まれる花嫁の姿を想像…なんてしてたまるものか。慣れないタキシードを脱ぎ捨てたベネディクトは、幼なじみの魔術士を引きずって教会を飛び出した。勇者に同行し、監視且つ速やかなる使命遂行を促すために。

 そんな経緯で旅に加わってからどれだけ日数が経ったであろうか。取り敢えず勇者なんてくそくらえ、とベネディクトは常日頃考えている。勇者が自分の花嫁を背負い、握り、使っているなんて現実を、許す事など到底出来なかった。加えて、勇者の戦闘型はテアそのものだった。許せん。あまりのイラつきに止めた煙草を再開しそうになったが、花嫁が自分の排出した煙に咳き込んだ姿を思い出して踏み留まった。

 テアこそがベネディクトの全てだった。テアがよく怪我をするから治癒術を学び、煙草の煙を苦手としたから禁煙し、隣を歩きたいから歩き方をゆっくりにして、笑顔が見たくて料理を覚えた。今のベネディクトはテアによって形成されているのである。


「ベネディクトさん、交代の時間です」

「ああ」


 悲壮を感じる暇もなく、ベネディクトは交代するべく起き上がった。そして、胡坐をかいた。すると、何故か勇者はベネディクトの前まで移動してきた。心底邪魔そうに睨んでくる仲間を見て「男の嫉妬の醜さ」を勇者は学んだ。それはさておき、グスタフは抱えていた聖剣をベネディクトへ渡す。


「は?おい、何だよ勇者」


 目を見開いて問い掛けてくる仲間へ、勇者は欠伸を噛み殺しながら告げる。


「テアさんが一緒に居たいって」

「…!」


 何時もなら憎まれ口をたたいてにらみつけてくる人なのに、言葉が返ってこない事を不思議に思った勇者がベネディクトを見ると。直ぐ様後悔した。赤面して幸せそうに微笑んでいる姿なんて見てもどうしようもない。勇者とて男。野郎の笑顔に欠片も興味はない。

 ただ、壊れ物を扱うように優しく触れられ、抱えられた聖剣の穏やかな気持ちが伝わって、グスタフは柄にもなく嬉しくなった。


「(ちょっと、頑張ってみるか)」


 「週間勇者」の続きのため、力を貸してくれている女性のため、これからの旅をもっと頑張ろうと思った勇者であった。

お粗末な設定ばかりですみません。

ヒーローは勇者じゃなくてベネディクトさんです。


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