第1章 終わる世界と悪魔
異世界に行きたい。
そんな願望は、あまりにも世界にありふれている。
剣士になって敵を一刀両断したり、
魔法使いになって魔法を唱えたり、
盗賊になって遺跡を探索したり、
僧侶になって傷を癒したり。
あるいは。
勇者になって魔王を倒すたびにでたり、
魔王になって世界を征服したり。
そんなありきたりな――願望。
だから、そんな誰もが望む夢を。
今年16歳になった少年――名をセノンと言う。
が、望んでいたことは、決して異常ではなく。
だから、この物語が始まることも至極当然だったのだ。
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その日セノンは、いつもの様に学校から家に帰り
いつもの様に部屋のベットで一人、想像をふくらませていた。
彼にとっては学校なんてただめんどくさいものでしかなく、
今や誰もいない場所で、ゆっくりと現実逃避することが彼にとっての現実だった。
「ああ、やっぱ魔法剣とかいいよなー」
「いやでも魔法の力に頼らないってのもかっこいいような……」
ああでもないこうでもないと、いつものようになりたい自分を想像する。
彼は特別この世界に絶望しているわけではない。
別に勉強ができないわけではないし、友人関係だって築かれているし、
恋人――はいないけれど、家庭だって不仲でもなく、貧乏というわけでもない。
ただ、この世界は――
「やっぱこんな普通の世界は、「「つまらない」」
「えっ!?」
つまらないと呟く言葉に自分と別の言葉が重なり、動揺するセノン。
そんなセノンの前に『それ』は姿を表した。
「そうだよなあ!そうこなくっちゃ!」
真っ黒な靄のようなものが人の形をなしている。
それはあまりにも、この世界では異常なことだった。
「行きたいよな?異世界。そりゃあ行ってみたいよな?」
未だ呆気にとられ、正常な判断ができていないセノンを無視し、
『それ』は話続ける。
「ならばその願い、叶えよう!」
その言葉に、一瞬だけセノンは意識を取り戻し、
「そして歓迎しよう!デモンワンダーランドへ!」
「えっ、ど」
言葉を紡ごうとしたが途中で彼の意識は、暗転した。
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「う、うぅ……」
うめき声を上げながら意識を徐々に覚醒させていくセノン。
「お、気がついたか」
呼びかけられ、自然とその方向へセノンは顔を向けた。
そこにあったのは、いつもの日常風景ではなく
『それ』と何もない真っ白な世界だった。
建物も壁も天井も、空さえない。
ただただ真っ白な世界。そんな世界に佇む黒い靄の姿は
あまりにも違和感があって。異様だった。
その姿にやはり呆気にとられていると、『それ』は
「あー……やっぱり覚醒したらすぐに異世界、ってほうが良かったか?」
などと理解不能なことを言う。
「いやでもなあ……説明なしってなると契約的に問題ありそうだしなー」
ついていけてないセノンを横にしゃべり続ける『それ』。
「それにあれも決めなきゃならんし……」
などとぶつくさ言っていると、
「なぁ、ちょっと待ってくれ」
セノンがようやく言葉を切り出すことができた。
「ここ何処だ?異世界なのか?っていうかお前誰……っていうか何なんだ?
人間じゃないよな?」
「おー!良いじゃないか、流石日夜ファンタジーを想像しているだけはある、
見事な適応力だ!ゲーム脳っていうんだっけか?まあいいさ、説明してやろうじゃないか!
怯えらたりすると説明するまでがめんどくさくてしょうがないし、実にいい!」
「まずここは異世界じゃない、いや正確に言うなら俺が連れて行く異世界じゃないだな。
もうここもお前がいた元の世界とは違うからな。そう……言うならば中間点だ」
「中間点?」
セノンが問う。
「そう。契約を結ぶための場所さ。俺は契約を結ばないとお前を連れていけないし、
行く気もないからな」
「……契約、って事はあんた悪魔か何かなのか?」
その言葉に『それ』は喜び言う
「ああ、そうだその通り、俺は『悪魔』だ。物分かりが良い奴は
話が本当に早くて助かるなあ」
「って事は対価として魂を要求するのか……?」
少し怯えながらセノンは質問を続ける。
その言葉に『悪魔』は笑った…ようにみえた。
「そうとも!それが俺が欲しいものであり、それを要求するのが
悪魔が悪魔であるという証明だ」
「だ、だったら俺は異世界なんか行きたくない。いや行きたいけれど、
それでも死んででも叶えたいわけじゃない……!」
「ああ、それは誤解だ。俺が魂を回収するのはお前が死んでからさ」
その言葉にセノンは不思議そうな顔をした。
「んー……別にそんな難しいことじゃない。お前がこれから生きる
舞台を、今までの世界から異世界に変えてやる」
――その代わり
「お前が異世界で死んだらその魂を頂く」
そういう悪魔はとても悪魔らしく思えた。
その提案にセノンは、
「契約してくれ」
当然のように乗ることにした。
彼にとって大事なことは、異世界で生活できるかであった。
「おいおい、そんな簡単に決めていいのか?
お前、家族や友達いるんだろ?そいつらとだってお別れだぜ?」
それは確かに彼にとって、辛いことだけれど。それでも。
「ああ、異世界にいけるなら」
それらを考慮してなお、彼は世界に飽きていた。
「おーけーだ、これにて契約成立だ」
悪魔がそう言った瞬間、彼はまた何か起こるのかと身構えたが、
何か変化様子はなかった。
「別に何もねーよ、書類交わさなくていいだけのただの契約さ」
「これでお前の魂は俺のもんだけどな」
「じゃあ今度はお前が契約を守る番だよな?早く異世界に連れてってくれ」
そうセノンが急かすと、
「まあ待てって、後一つだけやらなきゃならんことがある」
悪魔は勿体をつけるよう言った。
「異世界の説明でもしてくれるのか?」
「いーや、それは自分で見て確かめて、楽しんでくるといい」
その方が楽しみは多いだろ?と悪魔は言う。
ただ――
「その異世界で使える能力を何か一つ決めないとな、好きなのを言ってみろ。異世界で特殊能力、王道だろ?」
「……それは何か対価をとられるのか?」
それは正直勘弁願いたいと思いながら問う。
「いや?これは単に俺のためさ」
その言葉に疑問を覚えるセノン。
「お前の……?いやなんにしろ要らない。自分の力だけで
生きてみたいんだ」
そう言うと悪魔はハハハ、と笑い
「いいぞ、セノン。やはりお前は楽しめそうだ。
だが――その願いは叶えてやらない」
そういう悪魔の言葉は、やはり悪魔らしい。
「なっお前」
文句を言いかけたが、再度彼の意識はここでまた途切れた。
「楽しみ苦しみ喜び泣き悲しみ怒り生きるがいい、セノン!
デモンワンダーランドで――――!」