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紅旭の虹  作者: 宗篤
第三章 驚天の章
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集結

 アエティウスが出立した二日後、エテオクロス率いる王師左軍や諸候の軍と共に有斗は王都を離れる。

 いまだ真の目的を関西への遠征だと知らされていない諸侯の軍は、いくら流賊が馬に乗り機動性に優れているとはいえ、この数で虱潰(しらみつぶ)しに殲滅していけば田植えまでには戻ることができそうだなどと、暢気(のんき)物見遊山(ものみゆさん)気分で旅路を満喫していた。

 大軍勢が大河を渡るのは一苦労であったがなんとか無事渡り終わり、河北へと足を踏み入れる。


 よくも悪くも大河と険しい山脈に四方を囲まれ孤立の態を示している河北は、他地域からの影響を受けにくい。

 つまり河北内部の問題さえ片付けさえすれば、他所の諸侯からあまり手出しをされぬ分、安定を取り戻すこともそれほど困難なことではないのである。

 だから流賊を討伐し、リュケネが公正な裁判と厳格な政治を行った結果、昔の河北を知っている人物からすると信じられないほどの安定を取り戻した。

 長年見捨てられ、一旦荒れ果てた農地は土地も貧弱そのもので、まだまだ収穫物も少なく、根付いた民も当然まだまだ貧しい。

 だけれども人々の顔は明るい、行きかう人の顔には笑みさえ浮かんでいる。田畑もきちんと区分けされており、水路も復旧されていた。

 有斗はそれを馬車の上から満足げに見ていた。

 有斗が民にしたことといえば、まず新法改革だ。それは失敗した。むしろ迷惑をかけたといってよい。その後は戦に継ぐ戦、民にしてみればはた迷惑な王であろう。

 難民対策や開墾は有斗が指示したものの、普段の有斗が接するのは朝廷の高官や将校といった一部の官吏だけである。手元に来る書類の数字でしか成果を知らないのが実情だ。

 だが、こうして目に入る姿は民の実情を表しているといって良い。

 四師の乱の逃亡時に見たあの難民たちは皆死んだような濁った目をしていた。

 着ている衣服こそ彼らと同じでぼろを(まと)っていたが、あの目とは違い、皆生き生きした目をしている。よかった。本当に良かった。有斗は初めて王として自分が役に立ったことを実感した。


 河北に最初に来たときに王師が基地を造り、その後王師下軍が駐留したあの廃都市は、改めて慶都と名付けられ、今は河北を治める拠点となっていた。近郊に田畑を割り振られた農民や、王師だけではなく、王師相手の商売をする商人、その家族といった人々が集まり、瞬く間に人口を増やし、いまや河北における一大拠点となっていた。

 まだまだあばら家や仮設建築物が多く雑然としているものの、大通り沿いは二階建ての建築物も見られるほどになっている。

 そんな中を王師下軍府となっている建物へと向かう。

 下軍府ではリュケネを始め旅長や百人隊長が一斉に整列し、有斗を出迎える。リュケネやザラルセンと会うのは本当に久しぶりだ。

「悪いね河北の一切を任せてしまって」

「いえ栄えある大任を受け賜り恐悦至極に存じます」

 リュケネはこの前見たときとはすっかり変わっていた。外見はまだ若いままだが、髪に白いものが混じるようになっていた。

 ・・・安定せぬ河北の司法、行政、治安が全てその双肩にのっているんだものな。白髪にもなる。・・・苦労かけちゃったな。

 ごほん、と横から咳込む音が聞こえる。

 有斗がその方向に目を向けると長大な高さを持つ影が立っていた。そのニメートル超の巨身は見誤ろうはずもない。ザラルセンだ。俺を忘れていやしないか、ということだろう。

「やあ、ザラルセン。リュケネから書簡で報告は受けているよ。この前の流賊鎮圧には大層功を立てたらしいね。カヒの兵も混じっていたとか」

「かなりの強敵でしたが、なぁにこの俺の強弓にかかれば、いかなる敵も粉微塵(こなみじん)さ!」

 空手で大仰(おおぎょう)に天高く弓を射る仕草をしてみせる。

「ザラルセンの強弓はまさに天下無双だね」

 有斗は笑ってそう言うとザラルセンは

「例え敵が幾万いたって、このザラルセンがいるからには、陛下には安心して厠に入っていられるというものだ・・・です」と、自画自賛して胸を叩いた。

 相も変わらず流賊の時のクセが抜け切れないのか、有斗を王として敬おうとはしてるんだけど、失敗してちぐはぐになった言葉しか出てこないのは微笑ましい。

 しかし実際、ザラルセンの強弓があることで有斗たちは格段に優位に敵と戦えるだろう。この世界ではミサイルや銃どころか、火器すらない。威力は格段に落ちるが、その代わりが弓と言って良い。

 ザラルセンみたいに、遠矢を一撃必中する射手は貴重な戦力になる。

 射程外のはずなのに、(うな)りを上げて飛んでくる強弓は敵対するものを畏怖させる。接近戦をする前に相手を臆することができるというのは、戦局を左右する一因になるだろう。

「ありがとうザラルセン。是非とも今回の遠征でも活躍することを祈ってるよ」

「まかせとけ・・・お任せください!」

 ザラルセンの言い間違いに有斗は笑いたいのを我慢して頷く。声は出さなかった、もし一言でも声に出せばその後に続くであろう笑いを止める自信がなかったからだ。

 長々と立ち時間をさせるのも悪いと思ったのかリュケネが一歩前に進み出て手を前へ差し出す。

「とりあえず陛下、ここではなんですし中へどうぞ」

「うん」

 有斗は(うなづ)くと、リュケネの先導で将軍府に入り、将軍の間に案内された。

 他にはエテオクロス、アエティウス、アリアボネも同行した。

「とりあえず廊下に兵を立たせて、一切怪しい連中を近づけないようにしてもらいたい」

 アエティウスからの要請にリュケネは黙って頷くと部下に指示をし扉を閉じる。

 扉が閉まるのをしっかりと目で確認すると、遠征の目的は河北ではなく、関西だと告げる。

「・・・」

「リュケネはこれをどう思う? 忌憚(きたん)なく言って欲しい」

 驚きのあまり放心状態だったリュケネは有斗の声で我を取り戻した。

「確かに・・・! いや・・・ しかし、これは荒唐無稽(こうとうむけい)な作戦に過ぎます。だが、だからこそ敵の思惑をかいくぐり、裏をかくことが出来るやも・・・!」

「じゃあ賛成なんだ?」

「はい。長々と消耗戦をするよりも、敵の心臓を一息で突くという(いさぎよ)さが気に入りました」

「よし。三師の将軍から肯定的な言葉を得られたからには、今後この方針に従って行くことにする。だけどまだ諸侯には秘密にしておいて欲しい。どこからか情報が洩れて、関西に知られると全てが終わりだからね」

 五人は机の上に地図を広げると、問題点を洗い出し、一点一点細かいところまで詰めていく。

 今度の戦は一つ間違えると取り返しのつかないことになるのだから慎重にもなろうというものだった。


 下軍、ザラルセン隊、河北諸侯を加えた軍は北国道を快調に進み、いまや河北の北端、北辺にさしかかろうとしていた。

 途中までの道すがら、二、三の流賊を退治した。といってもこちらはこの大軍だ。決着はあっというまだった。

 我々に出会うとは相手はよくよく運が悪い。


 一方、北に向かうにつれ、諸侯の中で小さなざわめきが起きていた。

 王がものものしく軍隊を集めたわりに、流賊の数は少ないではないか。しかももうすぐ北辺に到達する。西に見える朱龍山脈も山々が低くなっていっている。段々諸侯は不安になってきた。王の真意が分からない。まさかとは思うが、王は諸侯を始末するために兵を集めたのか?・・・という穿った見方をするものも出る。

「・・・という声があります。諸侯たちをこれ以上不安にさらすのはよくありません。そろそろ本当の目的を教えてもいいのではないでしょうか」

 アエティウスの提案に有斗は大きく頷いた。

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