表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅旭の虹  作者: 宗篤
第三章 驚天の章
88/417

勝利とは

「なぁんだ」

 有斗は急ぎ王都に召喚したアエティウスから事の次第を聞き、ほっと一安心する。

「それじゃあ、アエティウスは負けたわけじゃないんだ」

「そうそう、兄様は引きわけただけだ。たまにはお前もいいことを言うな」

 アエネアスが僕の言葉にうんうんと頷いた。

 ・・・

 アエネアスの良い悪いの判断基準は話の内容より、アエネアスかアエティウスに益のある言葉かどうかなんだな・・・

「いいえ。アエティウス殿は負けておりますよ」

「アリアボネといえど、言われ無き非難は許さんぞ」

 椅子に座るアリアボネを腕を組んだアエネアスが見下ろすように言った。おどけた表情だから当然本気ではないのだろう。

「まぁ、怖い怖い」

 アリアボネは口を手で覆うと大仰(おおぎょう)に肩をすくめてみせた。

 そして、なぜなら、とアリアボネは説明をはじめる。

「敵将の目的は我々を破ることではなく、あの場合、被害を押さえた上で鼓関(こかん)に撤兵することなのですから。敵が目的を達成した以上、こちらの負けです」

「なら、兄様も負けたとはいえまい。敵を南部からたたき出したのだから」

「確かにアエティウス殿が鹿沢城に留まった目的は関西の軍を関東にいれないことが目的です」

「敵は鼓関に尻尾を巻いて逃げ出したじゃないか? 何が問題だ?」

「だけれどもひとたび関西の兵が南部に入ったというのなら、アエティウス殿に課せられた使命は変わります。しかも敵の退路を塞ぐという有利な形で対陣したのです。その時点で戦略としては敵を鼓関に帰さないことに変わるはず。いや、せめて敵に打撃を与えることに変更されたと考えるのが普通です。焦って兵を動かす必要などどこにもなかった。敵は食料の補給に難をきたします。柵を建て溝を掘り陣を築き陣地防衛をし、逆に敵が焦るのを待ち、迎え撃つべきでした」

「兄様、アリアボネのやつったら、あんなこと言ってますよ!?」

「まったく反論の余地は無いな」

 アリアボネとアエネアスの言葉の応酬にも、どこ吹く風。責められてるっていうのに顔に一切不快を表さない。アエティウスってどんな状況になっても落ち着いてる。余裕があるって言うか・・・すぐにパニくる僕と違う、と有斗は思う。そういう余裕のある大人の態度ってやつが女性にもてるんだろうな・・・

「戦争とは敵を殺すこと。それは一面でしかありません。多く殺したほうが勝つというものではないのです。敵対する双方がそれぞれの目的を持ち戦場で戦う。その結果、戦闘で敵にさんざんに打ち負かされても、目的を達したなら勝ったことになりますし、敵を全滅させても目的を達せ無ければ敗北なのです。今回の目的は敵は鼓関になんとしても帰還すること。我が方の目的は、敵の退路を絶ったこの好機につけこみ、敵を鼓関に入れぬことです。敵が勝利条件を満たし、我が方は勝利条件を達成できなかった。よって我が方は敗北したと認識したわけです」

「そっか・・・」

 そうだよな兵を多く損じても敵将を討ち取れば勝つこともあるし、その逆もある。

 戦争とは人を殺した数の大小を競うゲームではない。目的を達成するために行使される政治行為の延長だ。戦争の勝利とは目的を達成できたかできないかで判断するべきってことか。

「終ってしまったことは横に置いといて、それよりもこれからどうするかを考えましょう」

 賛成だ。そのほうが建設的だ。ゲームと違ってリセットボタンが無い以上、現状を認識して常に対策を打っておくことが必要だろう。

「今回のようにまた関西は南部や畿内に攻め込んでくると思う?」

 有斗の疑問に素早くアリアボネが返答する。

「今回の出兵は関西にとっても予期せぬもの。それに連戦で敵も兵を損じているはず。おそらくは河東からカヒが攻め込んでくるまでは大丈夫かと。とはいえ今回のような不測の事態が起きないとは限りませんが」

「僕らはこれからどうすべきかな」

 有斗が問いかけると、皆は互いの顔を見回した後、一人一人思い思いに答えを出す。

「私はしばらくの間は出兵は控え、武具を整え兵糧を蓄え、来るべき時に備えるべきだと思います」

 アエティウスは国庫が底を突いていることを暗に言い当てていた。一年半経つが未だ河北の安定はならず、流民も減るどころか増えていく一方だという。朝廷が流民に食料と土地を与えると宣言したことは既にアメイジア中に知れ渡っているらしく、河東どころか関東の最果ての地、東北からわざわざ長い旅路を経て畿内まで訪れるものも後を絶たないとか。

「私なら失われた兵を補充し、王師四軍を再建することを提案する」

 アエネアスは連戦で王師四軍に欠員が出てきていることを指摘した。

「わたくしは兵を休めて英気を養い、しばらく腰を落ち着けて政務をなさることをお薦めいたします。陛下が即位されてから玉座に腰を下ろす時間よりも、外征されている時間のほうが長うございます。まずはここらで足元の朝廷から固めるというのはいかがでしょうか?」

 うっ・・・! ひょっとしてアリスディア、ちょっと怒ってる・・・? 王の裁可がないと進められない事案って溜まってるからなぁ・・・

 ごめんホントごめん、と心の中で百遍謝る。アリスディアには迷惑ばかりかけてしまっている。

「私は当初の予定通り、しばらく関西とは小競り合いを続けながらも、カヒとオーギューガの戦いを高みの見物で眺め、もしどちらかが弱ってきたと感じたら出兵することが良策だと申し上げておきます」

 アリアボネはかつて僕に披露した大計に()って進めることを提案する。

「それぞれに納得できるところのある言葉だ」

 有斗は一つ一つの意見に、大きく頷いたが、誰かの意見に全面的に納得した様子はなかった。

「だけどさ、僕には一つ懸念があるんだ」

「聞きましょう」

「いずれの意見も関西との間の関係をしばらく放置することになるよね? 南部で聞いたアリアボネの計画では次はカヒかオーギューガ。カヒは攻め込んできたこともあるし、明らかに僕らに敵対している。だから現状を考えると次はカヒなんだろうけど、カヒを攻めようとした時に、鼓関からまた今回のように攻め込んで来たら、危険じゃないかな? それとも今回は関西が包囲網を提唱したから攻めてきただけで、しばらくは攻めてこないとかありうるのかな?」

 アエネアスはそんなわけがあるか、と半笑いで有斗に返答する。

「我等がカヒを潰すまで、関西は鼓関でずっと宴会でもして、関東の情勢を一顧だにしないというのは、ちょっと虫のいい考えだな」

 アリアボネもアエネアスの言葉に大きく頷く。

「しかり。どうも鼓関の守将バルカ卿はやたらと好戦的なようですし、攻めてくる可能性は低いとは言いかねます」

「敵将の・・・なんだったっけ? バルカだったっけ? 彼が無能なら放っておいてもいいんだけどさ。メテッルス、グルッサ両将軍を打ち破ったほどの将軍だ。それに王師中軍とアエティウスという関東最強の軍でさえも打ち破れなかった」

 特にアエティウスが勝てなかったことが有斗には重くのしかかる。有斗にしてみればアエティウスはアリアボネと並ぶ軍略の師と言ってよい存在だ。

 その彼が負けるような将軍に、この先どうやって対処すればいいのか、皆目見当がつかない。

「その彼を背後に置いたまま遠征するのは危険が大きすぎる。いつ攻めてくるかもしれないし、それに備えて兵も鹿沢城に篭めねばならない。彼をなんとかできないものだろうか? 例えば・・・ほら・・・あれ、アリアボネがこの前したやつ」

「宮廷工作ですか?」

 僕が出したのはおそろしく曖昧なキーワードだったのだが、アリアボネは少し考えると、その答えを見事当ててみせる。

「そうそうそれそれ! 今回もその宮廷工作でこの現状を打開できないかな?」

「例えばどうしたいのだ、お前は?」

「関西のここのところの戦闘を考えると、全てにバルカとかいう将軍が関わっている。そうならばその将軍を謀略で交代させることが出来たら、西を気にせずカヒと集中して戦えるんじゃないかな?」

 僕の提案にアリアボネは(あご)に手を当てて考え込む。すぐに答えが出ない。どうやら難しいのだろう。

「やってみてもいいですが、難しいでしょうね。そもそもバルカ卿は関西の女王のお気に入りです。しかも関東の軍を幾度も破った救国の将軍です。それを理由なく処罰するのは反対派にとっても難しいこと。せいぜい可能性があるとしたら、勲功をあげたことを理由に鼓関守将から重職に栄転させることですが、今度は反対派がこれを呑みますまい。ご命令とあらばやってはみますが、成功は保障できませんよ?」

 有斗が頭を使って考えたその策だったが、アリアボネはあまり乗り気では無さそうだった。

「そうか・・・」

 でもこのままじゃあしばらくは何もなく過ごせたとしても、やがて関西とカヒ両方から攻め込まれるのは避けられない未来だ。

 関西の一部の軍だけでこれだけ僕らは苦戦を続けているのに、例え王師四軍を再建できたとしても、勝てるのだろうか?

 ・・・正直勝てる未来は想像することさえ出来なかった。

 でもこのまま、座して死に向かうのをそのまま見ているわけには行かない。僕は約束したんだ。僕の為に全てを投げ出したセルノアの為にもこの世界を平和にする、と。セルノアがやってくれたことに相応(ふさわ)しいだけのことをする『天与の人』になってみせる、と。

 目を閉じ、しばし考える。時間だけが過ぎ去った。

 皆、有斗が口を閉じたのを合図に沈黙する。

 やがて有斗は目を開けると、何気なく浮かんだだけの、ただの思いつきを口にしてみた。

「じゃあさ、幸いカヒはオーギューガと対陣中と聞く、つまり東からの侵攻はない。この隙に全力を持って関西を先に攻めるって作戦はどうだろう?」

 有斗が何気なく思いついて言っただけの、その提案がその場にいる全ての者にあっと息をのませることとなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ