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紅旭の虹  作者: 宗篤
第三章 驚天の章
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アドメトスの変

 礼帝の御世(みよ)より王都には王師を入れぬが決まり。

 王師左軍を駐屯地に残して、有斗はアリアボネたちと王都に帰還した。

 ひさしぶりの王都だ。各省庁からの議案が溜まっているだろうし、考えなければいけない懸案もあるだろう。

 なるべくならしばらくは内政に専念したい。治安の安定、流民の定住、賊の討伐、水道の新設、荒野の開墾、貧民への食料の配布、やらなければいけなことは山ほどある。兵を出兵すれば支出も増える。国家としてできるそれらのことが、出兵するたびに先送りになってしまうのだから。

 もちろん周辺諸国の動向次第にもよるのだろうけど。


 とりあえず後宮の一角にある自分の部屋に戻ろうと、紫宸殿(ししんでん)に入ると、そこにはアリスディアを筆頭に後宮の女官たちが勢ぞろいして有斗を待ち受けていた。

「無事の凱旋、心からお喜び申し上げます」

 アリスディアはそう言うや(たもと)をふんわりと(ひるがえ)叩頭(こうとう)する。

 その動きはまるで蝶が花弁に止まろうとする姿のように美しかった。

 次いで他の女官たちも一斉に叩頭し唱和する。

「お喜び申し上げます!」

 全員お祭りにでも行くかのように盛装し、美しく化粧していた。

「あ・・・ありがとう」

 おお・・・と有斗は目の前で突然繰り広げられた光景に目を白黒させる。

 まるで自分がハーレムの主かエロゲの主人公にでもなったかのようにさえ錯覚する気持ちだ。

 悪くない・・・いや実に悪くないぞ!

 そうだよ! これだよ! こういうのを求めて僕は王様になったんだよ!


 アリスディアたちが突然こんなイベントを起こしたのには当然理由がある。

 突然召喚されて王に祭り上げられたかと思うと、四師の乱をはじめ打ち続く戦乱に巻き込まれたのだ。有斗は年端も行かない多感な時期の若い少年である。正直、王様業など辟易(へきえき)しているに違いない。

 そんな王のために、後宮の者たちが自分たちにできることはないかと話し合い、せめて華やかに出迎えようと決めたのだ。

 後宮に入る女性は才色兼備であることが重要な条件である。全員が半端無いレベルの美形であった。

 日本ではこんなに沢山の色とりどりの美人に囲まれることなんてなかった。いやそれどころか二人の女の人に挟まれることさえありえなかった。有斗は嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちだった。

 でも悪い気持ちではない。顔を紅潮させながら有斗は立て続けに二回三回と頷いて見せた。

「僕の為に着飾ってくれたんだ・・・ありがとう」

 とそんな有斗のお尻にアエネアスの掌が襲い掛かった。ぱしーん、と小気味よい音が紫宸殿(ししんでん)に響き渡る。

「痛い!」

 涙目で振り返ると、アエネアスが不快そうな顔で有斗を見ていた。

「何、にやけているんだよ。嫌らしい」

「だからって何もお尻を叩くことないじゃないか! 僕は王なんだから権威ってものがあるだろ? 護衛担当のアエネアスがそんなだったら、他の者だって僕を軽く見てしまうじゃないか!」

「そんなご立派なお言葉は、お前が少しでも王らしい言動を見につけてから言ってくれ。大勢の女の人に囲まれてにやつくなど只のスケベ親父にしか見えんぞ。このままでは将来、数え切れぬほどの女を後宮に入れて、国が傾く様子が目に浮かぶようだ。先が思いやられる」

 アエネアスは額に手を当てて、やれやれとでもいうふうに首を横に小さく振った。

 なんという失敬な意見だ! セルノアのことがあるからそんなことは絶対にしたりするものか!

 ・・・したいか、したくないかの二択で言ったら、したいけれどもさ・・・


 叛乱が起きたのは、王が帰還してから二週間後のことだった。

「いよいよ今宵(こよい)、決行する。中書令も連日深夜まで宮廷を退出せぬ。今日もまだ退出した形跡はない。王と共に討つのに好都合だ。どちらかを逃してはやっかいだからな。偽王と奸臣を討ち、我らの手に正しく権を取り戻そうではないか!」

 男達は杯に注がれた酒を飲み干すと、杯を床にたたきつけて割り、覚悟の程を示す。

 やがて右府アドメトスの館の門が開く。そこから一斉に武装した男たちが王宮の門へ向けて走り出した。


 彼らに不安は無い。金吾をはじめとして宮中で働く雑人など手広く、同調者は得られた。

 それに王が標榜(ひょうぼう)する改革とやらを不安に思う官吏は少なくない。改革には官の権限や人数を減らすことも目的の一つだ。だから公卿から微官まで多くの官が王が唱える改革の中に自身の未来を見出すことが出来ないでいた。反乱を起こして、王が不利と見るや味方するものも大いに出るだろうとの目算もあった。

 南部出身者が多くを占める羽林に同調者を得られなかったことが気懸りだが、彼らの家人を合わせると数は千人を超える。叛乱には充分な数だ。準備は万全である。

 金吾の兵の交代の時間に合わせて、男達は開いた門に体を潜りこませるように侵入する。驚き慌てて門を閉じようとする金吾の首には同僚の刀が刺し貫いた。労することなく攻防の要となるべき門を次々と手中に入れた。

 だが叛乱兵は金吾、武衛、羽林の数よりは少ない。

 だからこそ不意を突き、混乱させることが必要だ。確保した門や宮廷の建物にも次々と火種を投げ入れる。

 燃え広がる火の消火に王側は人手を割かねばならない、火は叛乱側に有利に働き王側の人間に混乱をもたらすだろう、それに本当は少ない彼らの実数を糊塗(こと)してくれるに違いない。

 まずは中書にいるであろうアリアボネから血祭りに挙げようと、北へ北へと進んだ。

 王城に侵入した反乱者は門ごとに微弱な抵抗は受けたものの、抵抗を排除し大内裏にまで達した。

 深夜の夜襲、敵の正体が分からない金吾の兵は目の前のことに対処するのが精一杯であった。中には近づいてきた反乱者を味方と思って招き入れたとたんに殺された金吾もたくさんいた。

 そして反乱の兵が省庁群の建物に辿り着いた時だった。もう少しで中書というところで彼らの前に影が現れ、行く手を遮る。

「よくぞ、ここまできた! 褒めてやる! だがお前たちの企みは既に白日の下に暴かれている! 諦めるんだな!」

 かすかに赤い、武人にしては小柄な影が大声を張り上げ、反乱者たちの足を止めた。

 完全武装したアエネアス率いる羽林の兵六百が待ち構えていたのだ。

 大きな動揺が反乱者たちを襲う。

「かかれ!」

 アエネアスが命じると羽林の兵は一斉に剣を振り上げ、賊を目掛けて襲い掛かった。


 意外なことに反乱者たちはしばらくの間、羽林の兵と互角の戦いをした。明確に王に叛意を示したのだ、敗北は死に繋がる、まさに文字通りの必死であったのだ。

 暗闇の中に燃える火は双方の闘争心を(あお)ったのか、指揮官の声を無視しててんでばらばらに戦う乱戦となった。

 だが反乱者は奇襲が目的だ、ために軽装であった。その武装の差が徐々に反乱側の死者を増やしていく。

 やがてことの顛末(てんまつ)を知った金吾や武衛の兵も応援に駆けつけ、東の空が(しら)んだ頃には、全ての決着がついていた。

 内裏の門の内側に入ることができなかった叛乱側は、王を確保することも、アリアボネを殺害することも出来ずに終に壊滅した。右府アドメトスをはじめ叛乱の主な首謀格の者は自死して果て、兵士たちは闘争心を失い次々と降伏した。


 長い夜が終る。

 異変を聞き、おっとり刀で駆けつけた者も、朝議に出るために登城した者も、昨夜王城内で繰り広げられたであろう惨劇に眉を(ひそ)める。

 四師の乱から再び朝廷から有力者の派閥がまた一つ消えた。これから自分たちはどうすれば政界で生き残れるのだろうか。公卿たちは不安にかられる。あちらこちらで小さな円を描いて集まり、公卿たちは今回の反乱劇についてやら、アドメトスについてやら、様々なことを話し合っていた。

 それにしても、とある公卿は思う。

 結局、二度とも王は怪我一つ負わずやり過ごしている。素晴らしい強運の持ち主と言っていいだろう。

 それに今回は事前に情報を掴んでいたようだ。王は段々と公卿らすら手の届かない人間になりつつあるとさえ思った。

 ・・・

 もしかしたら、本当に天授の人などという大層な代物も、この世には存在するのかもしれない・・・


 年末からちらほらと降り出した雪が、このごろでは庭に降り積もる

 宮廷内に最後まで屹立(きつりつ)していた巨大派閥が消えてなくなったことは、他の朝臣たちにもいい警告となることだろう。

 現に、表立ってアリアボネが進める改革に反対する公卿はいない。徐々にではあるが、有斗が推し進める改革は軌道に乗ってきはじめた。求賢令で集めた新人官吏たちも一通りの仕事はできるようになり、アリアボネは通常業務以外の時間を改革を進めるために使えるようになったのだ。

 そろそろかな、とアリアボネは思い直す。休眠状態にある新法を復活させ、抜け道を塞いでから公布する。

 こういうことは好機だと思えば、間髪をいれずに執行するものだ。

 失敗に終ったアドメトスの末路が公卿たちの脳にこびりついている間にやれば抵抗も少ないはずである。


 そんな中、王城に鹿沢城から急使が入った。

 急を要する用件だとの知らせ。朝議を急遽(きゅうきょ)中止し、使者から渡された書簡を手にして執務室に(こも)る。

そこに書いてある言葉を見て、いや、正確にはそこに書いてある文字をアリスディアに口に出してもらったのを聞いて、有斗はありえない、と一言つぶやくと、背もたれに深く体を預け、大きく息を吐き出した。


 それはアエティウスが関西の兵と戦い、負けたという知らせだった。

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