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紅旭の虹  作者: 宗篤
第三章 驚天の章
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帰師

 アリアボネは笑ったまま有斗に近づくと、表情を変えずに急に小声で話し出した。

「少し向こうでお話いたしましょう。あまり大勢の者に聞かれたくない話があります」

「なになに? 愛の告白とかなら、僕はいつどこででも受けてたつぞ」

「もう陛下ったら、お(たわむ)れもほどほどにして下さいね」

 頬を薄くピンク色に染めてアリアボネは有斗に困った顔をしてみせる。

「あはは」

 可愛いなぁ・・・本当に可憐なひとだと有斗は思う。

 段々判ってきたけど、アリスディアやアリアボネは有斗との距離を適度にとって接している。近づき過ぎないように、また遠すぎないように接することを心がけているのだ。有斗はこの世界に親も兄弟も友達もいない。いるのは敵と臣下。そんな有斗があまり寂しい思いをしないようにと思って、こういう冗談にも話を合わしてくれているのだ。

 だからこういうことを言っても本気で有斗の相手をすることはない。セルノアみたいなことにはならない。少しばかり有斗に合わせて、からかうような表現をすることはあるけど、全部仕事モードだ。

 だからこそ有斗もその行為に甘えて、こんなことを言ってみたりするのだけれども。

 ・・・まぁ別の言い方をすれば、完全に有斗のことを異性として見ていないということでもあったが。


 有斗はアリアボネを後ろに従えて、城守の間に向かう。今はそこが仮の行宮(あんぐう)だ。

 扉の前に立つ衛兵に決められた者以外は近づけないように、と厳命する。

「で、話っていうのは何?」

 兵士たちにあまり聞かれたくない用件とは一体何なんだろう。

「アリスディアからの急使です。王都で動きがあったようです」

「アリスディアから? なにか困った事態でも起きたのかな?」

 アリスディアが急を要するほど困ったことといったらなになんだろう? アリスディアが困ることといったら有斗が仕事で大きなミスをしたときくらいのはず。だがさっぱり心当たりが思いつかない。有斗は首を傾げた。

「陛下がいなくなってから、右府アドメトスをはじめ何人かの高官がしきりに会合を開いているとか。カヒが畿内に攻め込んだ時あたりが特に活発でした。河東なまりの怪しげな男と接触したところまで掴んでおります」

 そうか、アリアボネが鹿沢城に行ったので、朝臣の監視は代わりにアリスディアにやってもらっていたんだな・・・

「カヒが去って包囲網が崩壊したのに、まだ反乱を起こそうとしているのかな?」

「崩壊したがゆえに焦ったのかもしれません。大量の武器を買い入れた形跡もあるとのこと」

 アリスディアのことだから裏づけもきっとあるのだろう。関西との戦いもけりをつけたいところだけど、宮廷内のことも放ってはおけない。いつまた寝首をかかれるか分からないからだ

「ですから急ぎ王師を連れて王都に戻りましょう」

「関西はどうするの?」

「敵は先ほどの戦いで相当な被害を受けたはずです。しばらくは軍の再編や何やらで出てくる余裕はありますまい。さらに、念のため一師残していきましょう。それで守れるはずです。それ以上の兵が必要な時には南部諸候に招集をかけて守ればいい。王都の叛徒が今すぐ行動を起こし王都を占拠しても、王師一軍もあれば鎮圧できます」

「直ぐにも挙兵すると思う?」

「いいえ、陛下の不在時におこすことはないと思われます。四師の乱のように陛下が王都にいる時に挙兵するでしょう。数の少ない彼らにしてみると、不在時に挙兵しても羽林や金吾や武衛相手に勝てる可能性が無い、それよりも陛下一人消すだけのほうが安全で効率的です。だからこそ是非とも陛下には王都に戻ってもらいたいのです」

 アリアボネは有斗を餌にして、宮廷深く潜んでいる魍魎どもを釣り上げるつもりだった。

「とすると鹿沢城にはエテオクロスに残ってもらうか」

 それが妥当なところだろう。だが有斗のその意見にアリアボネは首肯しなかった。

「残ってもらうのはアエティウス殿でしょうね」

「ええ!? アエティウスは僕の相談役も兼ねているんだから、側からいなくなると困るよ」

「もし関西から再度侵攻があれば、いざという時、南部の諸侯に命じなければなりません。しかし王師左軍将軍のエテオクロス殿の言葉では南部の諸侯は言うことを聞かないでしょう。それほど南部の中央に対する不信は強い」

「それは王師中軍将軍であるアエティウスだって同じことじゃないの?」

「アエティウス殿は自分たちと同じ南部の出、中央の言うことは聞かぬ南部諸侯も南部四衆のひとつダルタロスの命なら、なんとか我慢してやらないことはない、と思ってくれるはずです」

「そんなものかな・・・」

「南部の人間は面子とか体面を重んじます。そういうものですよ」


 その時ちょうど、怪我の治療をしたアエティウスが後ろにアエネアスを引き連れて部屋に入ってくる。二人は有斗が許可を出すまでもなく王の執務室に入ることができる。毎回毎回許可を出していたら面倒だからという、いかにも有斗らしい理由からだったが。

「アエティウス、そんな訳なんだ頼まれてくれるかい?」

 一瞬、何のことだか分からなかったアエティウスだったが、アリアボネから壷関のお守りをして欲しいとの願いを聞くと、

「喜んで」とお辞儀して云った。

「そうかぁ~しばらく会えないのは残念だが、ちゃんと剣の鍛錬も忘れるんじゃないよ?」

 なんだよ、そのセリフは・・・。だが、どうやらアエネアスはアエティウスと行動を共にするようだ。敵の進入や賊の跋扈(ばっこ)、流民の問題など、ろくでもない知らせばかり聞いた昨今では一番いい知らせかもしれない。

「アエネアス、陛下をよろしく頼むぞ」

「はい」

 アエネアスはアエティウスの言葉に満面の笑顔で応える。後、一瞬の空白。

「え・・・ええ!?」

 どうやら自分はアエティウスと一緒に残れるとばかり思っていたようだ。

「アエネアスは羽林中郎将なんだから、なるべく陛下の側にいてお守りしなくてはいけないだろ?」

 そう正論で(さと)されるとアエネアスとて反論もできない。

「くっ・・・!」と、反論するかわりに有斗を(にら)みつけた。その目は猛禽類(もうきんるい)の目だった。

 おいおい・・・まさかとは思うけれども、アエティウスと一緒にいられるようにするために、僕を殺そうとか企んでいるんじゃないだろうな。

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