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紅旭の虹  作者: 宗篤
第三章 驚天の章
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鼓関の戦い(Ⅲ)

 バアル待望の援兵が到着したのは、ススキがたわわに花穂を実らせ、白い毛をした種子を秋風が空に舞わせる頃であった。

 著到状(ちゃくとうじょう)に記載された兵士は王師左軍の他、左府縁故の諸候の兵を合わせて二万を超える数である。つまりもともと鼓関(こかん)にいる兵を合わせると都合三万になる大軍である。

 とはいえバアルの気は晴れない。

 まず第一に、全体を指揮する上将軍にバアルを差し置いて王師左軍将軍のグナエウスが任じられたこと。

 関西(かんせい)の王師はここ最近外征したことがない。当然グナエウスにも大きな戦の経験がないのだ。

 でもまぁ、それはしかたがない。三十年にならんとする軍歴を考えればグナエウスが指揮を取るのはおかしなことではない。

 問題なのはグナエウスは左府の一派なのだ。だからグナエウスも一緒に来た軍監も、これからどうするかという作戦立案を放り出して、バアルに本当に敵軍を打ち破ったのか、打ち破ったとしたら何故鹿沢城を攻めなかったのかなどとネチネチと問いただすだけなのだ。確実に左府の意のあるところを汲んで、バアルをひたすら(おとし)めることを目的としているとしか思えない。

 バアルは何度も何度も懇切丁寧に同じ説明を繰り返すものの、彼らは真実を知りたいのではなく、バアルに罪を着せることが目的だ。会話が噛み合うことはない。

 バアルが鹿沢城の兵を完膚なきまでに破ったとそこまでいうならば、とにかく鹿沢城に一当たりしてみようではないか。話はその後だ、とグナエウスはバアルに宣告する。バアルは鹿沢城には援兵が入っている、以前とは違うと主張するが、こちらにも援兵がいる、条件は五分だと取り付く島もない。

 関東は包囲網が壊れて、関西に全力を出せる状態なのだ。何も好き好んでこんな時に戦うことはない。カヒが出兵するなど、関東に異変が起きたときに合わせて兵を出せばいい。

 しかもそれは遠い先のことではないのだ。関東の朝廷は敵がいるから(まと)まっているだけだし、河北の混乱は未だ収まっていない、南部貴族が持つ独立心だって不安材料と言えよう。

 それに今回は兵を退いたカヒだっていつまた再出兵するかもわからない。何かひとつ起きるだけで関東に潜んでいる火種は燃え上がるだろう。

 後は、グナエウスが出した斥候が敵の数を多く見誤って、出兵を取りやめることを祈るだけだ。


「陛下。鼓関に関西の援兵が到着したそうです」

 すぐ横の部屋で熱心に執務をしていたアリアボネが僕の部屋に入るなり、そう告げた。

「規模は?」

「知らせてくれた者の情報によると、糧食を考えると二万から三万。正月を越える辺りまでは兵糧の輸送計画が練られているようです。長期対陣もあるやも・・・」

「なるべくなら短期決戦で決着をつけて僕らも王都にもどりたいところだね。こっちの兵糧は持つのかな?」

 兵士たちも戦だけでなく畿内を行ったり来たりで疲労が溜まっているだろう。それに僕もそろそろ一息つきたいからね。

「今年の収穫が終りましたから大丈夫ですよ。ただ河北はまだまだ収穫量が少ない。支援しなければいけない民も多い。それに治安を考えれば各地にいる流民も土地を与えて根付かせたい。いくらあっても足らないというのが本音です」

「敵を鼓関から引っ張り出して、早めに決着をつけたいな」

 アエティウスは長期戦には否定的なようであった。

「向こうもそう考えているでしょう。城攻めは避けたいはず。こちらにも同等の軍勢がいると知っているはずですから」

「だろうな。とはいえ大軍勢を率いてわざわざここまで来た以上、戦果は挙げたいはず。将軍も、今回出兵を決めた関西の朝廷の実力者も」

「そんなものかな・・・」

「そういうものです。朝廷と言うのは権力争いの巣。どんなに一枚岩に見えても、どんなに権力が集まっているかに見える実力者が一人いても、中には派閥が存在し、内部抗争はあります。出兵したのに戦果を上げれなくては反対派から責任問題を突きつけられることでしょう」

 そうだな・・・今の朝廷にも南部出身閥と、それ以外の高官閥がある。それは僕も気付いている。

 僕がアリアボネ、アエティウス、アリスディアばかりと相談することをそれとなく非難する声が上奏として届く。僕との取次ぎはアリスディアが一手に握っており、身辺警護はアエネアスが務める。南部の、それもダルタロスが僕の周りを固めて、国政を壟断(ろうだん)していると看做(みな)している者がいてもしかたがないかもしれない。

 南部と朝廷の旧臣との反目は僕にとっても頭の痛い問題だ。

 まぁそれはおいおい解決していくとして、今問題にすべきは敵のその権力争いを利用できるかどうかだ。

 敵の功名心に付け込み戦場に引っ張り出し、関西にダメージを与えることが出来れば、今後僕らは有利になるに違いない。もしかしたら鼓関を陥落させることも出来るかもしれないし、一時的な和平だって可能になるかもしれない。

「だとすれば僕らが兵を鼓関へ向けたと仮定すると、どうなるかな」

 僕は思考を巡らす為に、思いついたことを思いついたまま口から言葉を出す。

「決まってるだろう。鼓関に篭って迎え撃つさ。むしろここは鹿沢城に立て篭もり、敵が焦って攻めてくるのを待つ。それが上策だ」

 馬鹿かおまえは、とアエネアスは愚鈍なものを見る目つきで有斗を見下す。

「だからさ、あえて鼓関に兵を向ける。だけれども弓矢の届く手前で、急に慌しく反転する・・・そうしたら敵はどうするかな」

「追撃・・・するでしょうね。我々は後方から襲われひとたまりもなく敗北する」

「そこを後退しながら戦い防ぐことは出来ないかな。リュケネが僕らに対してやってみせたように」

「それは・・・不可能ではないですけれども難しいことです」

「後備が出撃した敵と戦いつつ後退している間に、本陣と前備が素早く移動し布陣して待ち構え、最後に一斉に三方から襲い掛かったら勝ちは拾えないかな?」

 僕の言葉にみな顔を見合すだけだった。

「・・・・・・」

 ラノベだとこういう戦い方でバシバシ敵軍を破っていったはずなんだが、現実はやっぱり違うものなのかな?

「駄目かな?」

「駄目ではありませんが難事です。戦っては逃げ、戦っては逃げる。敵に意図を悟る暇を与えぬよう終始戦わなければならない。退勢に入っても崩れることなく規律正しく敗走しなければならない。それには兵士たちから絶対の信が寄せられ、襲い掛かる敵軍に怯まず、粘り強く戦うことが出来る、そういった武将が必要です」

「兄様ならできるんじゃないかな?」

 アエネアスがその重要な役目に気楽にアエティウスを推薦する。

「アエネアス、そんな人事だと思って・・・。まぁ・・・やってみる価値はありそうだが」

 めずらしく苦笑いをするアエティウス。まぁ・・・あまりやりたくなさそうだな。

 リュケネを河北から呼び出していればよかったな・・・彼ならこの難事をも苦もなくやってのけるだろう。僕は今更ながらそう思った。


 一週間、互いに相手の動きを息を呑んで待つ。どちらも相手を先に動かしたがった。

 緊張に耐え切れず、まず先に動き出したしたのはグナエウスだった。

「敵を誘い出す為にも、やはりまず鹿沢城に一当たりしてみようではないか」

 いたって気軽な口調で出兵を決めた。膠着(こうちゃく)状態の間、放った偵騎の報告で敵は七千から一万程度でしかないとの報告を受け、敵を軽く見ていたのだ。

 なぜそうなったかというと、アリアボネの策で、(かまど)の数を減らし、軍旗も半分以上伏せて城外から見る分には少なく見えるように工夫したからだ。

 バアルは、右軍に勝利した後、鹿沢城には王率いる王師中軍が入場したことを考えると、少なくとも一万五千を下回ることはないと強く主張したのだが、彼に味方する者は軍議にはおらず、多数意見に押しつぶされる形で押し切られてしまった。

 前備を諸候の兵が、本陣をグナエウスの隊が、後備をバアル率いる鼓関の兵が務めた。

 街道を東へ東へと風と共に軍旗は揺れる。

 きっとこの動きはすでに鹿沢城に伝わっているはず。どこかで間者が眺めているはずだ、

 目にこそ映らないが、バアルにはその姿が(まぶた)の裏にありありと映る。

 敵とて平野での合戦なら分があると思い、城を出てくれないものかな。虫のいい想いだとは思うがそう願わずにはいられない。

 バアルの読みでは敵は一万五千、こちらは三万だから約二倍だ。とはいえ城攻めには普通は五倍から十倍の兵力が必要になる。

 城にこもられてはこちらに勝ち目はない。全軍の指揮権をバアルに渡してくれるなら、話は別だが。鹿沢城を攻略する術はないわけではない。

 だがグナエウスの言から忖度(そんたく)すると、特に策もなく正攻法で攻める様子だった。とにかく望むことは、最小限の失敗でこの鹿沢城攻めを終らせることだ。バアルにはグナエウスはじめ高級将校や諸候、そういった左府の息のかかった連中はやたらと敵対的で、気に障る存在だ。

 会話をするのも嫌になるほどだが、それでも同じ関西の人間だ、敵にやすやすと討たすわけにもいかない。

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