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紅旭の虹  作者: 宗篤
第三章 驚天の章
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鼓関の戦い(Ⅰ)

 王師中軍が入場した鹿沢城には、召集を受けた各城砦の兵が陸続と集まりつつあった。

 各城砦の兵は王都に行くこともない。将士たちは、はじめてみる王をどんな人物であろうかと興味半分で見る。有斗はそういった将兵たちからの挨拶に手を振って答えていた。

「陛下に拝謁(はいえつ)いたします」

 城内の広場に馬車を止めた有斗を真っ先に出迎えたのは、両手で円を描くように手を組み、美麗な礼をするアリアボネだった。

 王都で僕の留守中の政務を預かってもらっているはずなんだけど・・・

「あれ? アリアボネもわざわざ来ていたの?」

「はい。お邪魔でしたでしょうか?」

「とんでもない! でも病気があるからあまり遠出をしないほうがいいんじゃないかな、と思ったんだ」

「今は国家の大事です。一私人の健康状態など陛下にはお気になさらないでください」

「でも身体を大事にして欲しい。病気になったりすると・・・その・・・困る」

 それは僕の偽らざる本音。なにせアリアボネがいなくなると僕のやる仕事が大幅に増えるからである。

「もったいない仰せ。このアリアボネ身に余る光栄でございます」

 にこりと優雅に一礼し、アリアボネは有斗に近づくと、袖を掴み引き寄せ、急に小声になり耳打ちする。

「向こうでお話いたしましょう。これからのことについてとか。ここでは大勢のものの耳もありますし」

 僕は(うなず)いて賛意を表す。包囲網への一時的な対応は成功した・・・と思う。だけどカヒや関西の脅威を根本的に取り除いたわけではない。カヒと関西はほぼ無傷なのに対して、関東は少なからず兵糧や武器を消費し、全戦線の被害を数えれば一万以上の将士を失ったことになる。

 よく考えるとこれは、包囲網前よりもヤバイ状態に(おちい)っているってことじゃないのか?

 有斗は自身とともにアリアボネやアエティウスにこれからの大略を考えて欲しかったのである。


 鹿沢城の城守の部屋として使われていた部屋を臨時の王の在所とする。

「王師右軍を壊滅した敵ですが、鼓関に帰還し、それ以降出撃したとの報告はありません」

「何故関西の軍はこの勝利につけこんで鹿沢城を攻めなかったのかな?」

 敵は勝利に勢いづき、味方は敗北で意気消沈している。ここぞとばかりに畳み掛けるのが戦の常道だ。だが敵は何故かそれをしない。アエネアスには敵の意図が分からず首を傾げるばかりだった。

「目的を達したから帰還したということでしょう」

「・・・つまり、王師右軍に勝つということが彼の目的だったってこと? 確かに僕たちにしてみると兵を失ったことは痛いけど、鹿沢城を落とされたわけでも、南部に橋頭堡(きょうとうほ)を築かれたわけでもない。関西は関東を打ち破り領土を得るのが目標だとすると、僕らは領土を失わないのが目標だ。つまり僕らは戦術的には敗北したけれども、戦略的には勝利していることになるよ。バルカとかいう男は戦って勝利することだけが目的の戦闘狂ってことかな?」

 だとするとアリアボネやアエティウスと比べると、たいしたことがない人物かもしれない。

「彼には手持ちの兵がない。鹿沢城は堅城、彼が噂どおりの七経無双だとしても落とせないでしょう。しかしこの包囲網を提唱したのは関西です。盟主である手前、兵を出して戦ったということを世間に示さないと、彼の、いや、関西の沽券(こけん)に関わる。その為に戦ったということです」

 なるほど。それなら彼の行動も理解できる。

「でもまだわからないな」

 有斗はそれでもまだ()に落ちないことがあった。

「なにがだ?」

「関西が主導して僕を包囲したと言うのなら、何故全軍を持って攻め込まないのだろう? 今でこそ僕らは鹿沢城に兵をこうやって集められるけど、一ヶ月前とかに関西から大軍が攻め込んできたら、四方に敵を抱えていた僕たちは鹿沢城を失っていたかもしれないのに」

「関西だって一枚岩ではないのです。バルカ卿を嫌う勢力が関西の朝廷にはいるということですよ」

 アエティウスが納得したと手を叩く。

「そういうことか」

 だが僕はまだ理由(わけ)が分からず混乱するばかりだった。

「へ? 何々?」

「関西の朝廷の反バルカ派にアリアボネが働きかけて、援兵を出させないように工作したという事ですよ」

 そんな僕にアエティウスが補足説明する。

「そうなの?」

「はい。河東のカヒと関西に同時に大兵力で攻められたら我々は防ぐ術がありませんでしたからね。ですからあらゆる角度から働きかけておりました」

 裏でこっそり手を回してくれていたのか。今回アリアボネがいなかったら、きっと完敗していただろうな。

 そうか・・・そうだな。新法派に対して旧法派がいたように、今の宮廷にも南部派と宮廷派がある。

当然関西にもそういった派閥争いはあるに違いない。『敵の敵は味方』とはいうけれども、関西の反バアル派が僕の味方になるはずはない。かれらはあくまで関西の宮廷に使える身なのだから。

 でも利用することは出来る。今回アリアボネがしてくれたように。

 僕は戦国の世を終らせたいと心の底から思う。セルノアの為にもきっとそうしなければいけないはずだ。

 この世界を平和にするということは、今のような各勢力乱立状態のまま相互に和平を結んでも、根本的な解決にならないということは僕にも分かる。それは一時的な停戦状態にはなるだろうけど、現状は各勢力の差がそれほど変わらない。ということは、いつかまた小さな揉め事から争いが起こり、再びこのグダグダとした戦国の世に戻ることだろう。

 すなわち解決策は一つ。東西の朝廷を統一し、どの諸侯よりも大きな権力を持つ、そういった存在を生み出さないといけないのだろう。

 そのためには兵を動かすことを躊躇(ちゅうちょ)してはならないのだろう。

 でも兵を動かすということは敵なり味方なり人が死ぬことだ。平和の為だとか大仰なことを言っておきながら、人の命を(もてあそ)んでいることは疑いない事実だ。

 結果として多大な犠牲を払うし、国庫にも負担をかける。

 それに国庫に負担がかかれば、今現在行っている国土の再開発や、荒民への支援に使えるお金がなくなる。関東の復興が年単位で遅れることになる。

 すなわち飢えて死ぬ流民に手を差し伸べることが出来ないということだ。

 敵とはいえ(だま)したり、利用したり、裏切ったりするのは卑怯だ。僕だってそれは思う。好きか嫌いかで言ったら、大嫌いだ。平気でそんなことをするやつとは絶対に友達にはなれない。だけど兵を動かすよりも、人が死なずにすむのなら、国の民を預かる王としての僕は、今後はそういった謀略を使うことも考えなければいけないんだろうな・・・


 考え込む僕を、アリアボネの声が現実世界に引き戻した。

「で、話を戻しますが、関西の宮廷への工作活動は想像以上に上手く行きました」

「あ・・・ああ、そうだね」

 僕はあわてて思考の迷路から抜け出した。

「これから関西はどうでるかな?」

 僕の疑問にアリアボネは明快な答えを明示する。

「考えられる選択肢はふたつ。この勝利に(おご)った関西が戦力を結集して攻め込んでくる場合と、包囲網が崩壊したことで慎重になって攻め込まない場合」

「どちらのほうが可能性が高くて、どちらのほうが僕らにとって望ましい結果かな」

「関西と戦うことはもはや避けられないと見るべきです。ならば私たちにとって望ましい展開は決まっています。カヒがオーギューガと死闘を繰り広げている今のうちに、攻めてきてもらって、完膚なきまでに叩きのめし、しばらくの間、関東という文字を見るだけでも嫌だと思わせることです。逆に長期戦になると、我らはいつ後背をカヒに攻められるかと(おび)えねばなりません。ただどちらを取る可能性が強いかといえば、残念ながら後者です。私が鼓関の主将なり関西の大臣だとすると、今回の勝利で満足し、カヒが再び関東に兵を向けるまで時機を待ちます」

「こうやって兵を集めたのは無駄だってこと?」

「いいえ。王師右軍が敗北した段階ではバルカ卿が鹿沢城を落とそうと考える余地が多少なりともありました。鹿沢城を失陥すれば我らは窮地(きゅうち)に立たされます。それだけは防がねばならない。それに慌てて兵を集める様が敵に知れれば、王師右軍と鹿沢城守備隊に与えた損害は想像以上に深いと勘違いし、関西が本格的に軍を派兵する可能性が出てきます。無駄ではありませんよ」

「出てきてくれるかな? 関西が関東に優位に立ってるのって鼓関を保持しているって一点だよね? 僕なら敵が直ぐそばに大軍を保持しているあいだは、ヤドカリのように殻に篭っているけどなあ」

「それはおまえだからだ。一介の武人なら矜持(プライド)ってものがある。自分の目の前をウロウロされて、黙って城に篭っているやつは男じゃない」

 男じゃないアエネアスにそう言われたって説得力がなぁ・・・だいいち性別に関係なくないか? だってアエネアスならイノシシのように襲い掛かっていくだろ。

「それはアエネアスだからじゃないかな? 部下の命を預かっている将軍なら気軽に兵を出さないと思うけど」

 そう僕が少し(あお)り気味に反論するとアエネアスはたちまち

「なんだと!」と、激高した。

「まぁまぁ二人とも落ち着いてください」

 アエネアスの突進をアエティウスの右手が防ぐ。

「出てきますよ、たぶん。それに・・・もし出てこないというなら、首に縄をつけてでも引っ張り出すまでです」

 そうアリアボネは僕にいたずらっぽく笑いかけた。

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