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紅旭の虹  作者: 宗篤
第三章 驚天の章
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包囲網を破れ!(Ⅱ)

 河北でリュケネがザラルセンに出兵を命じていたのとほぼ同じ頃、有斗は軍を率いて王都を出発し、南海道をくだり鹿沢城を目指した。

 同行したのは中軍と右軍。アエティウス、プロイティデス、ベルビオ、グルッサら。将校も一級品、心強い。

 アリアボネがいないのは心細いって言えば、心細いけど、まぁ大丈夫だろう。有斗にとっての不安点は最高責任者が自身であること以外はない。

 そうそう、あとアエネアスも何故か附いて来た。

「お前の警備責任者なんだから随行(ずいこう)しないとだめだろ」

 との職業意識の塊のような謙虚なお言葉を頂いたが、本音はアエティウスと一緒にいたいからだろうな、と有斗は思った。

 とはいえ、仕方が無いかなとも思う。

 王都にいるころは有斗の護衛で昼間はなかなかアエティウスに会えないし、たまに王の執務室にアエティウスが来たと思ったら、無意味に女官たちが来ては、アエティウスに色目を使うので大層機嫌がよろしくない。有斗に八つ当たりすることもしばしばだった。

 だが色目を使う女官がいないからか、アエティウスと始終一緒にいられるからか今のアエネアスは機嫌がよい。

 有斗にとっては八つ当たりされないだけでもありがたかった。


「アエティウス。鹿沢城守メテッルスを敗死させた壷関(こかん)の主将・・・バルカだったっけ? どんな人物か知っている?」

「バアル・バルカですね。若くして七経無双と呼ばれる大層な傑物らしいですよ」

「七経無双って?」

「有名な兵書は七つあります。それらを全て(そら)んじえるそうです。しかも高名な学者や将軍と兵法論を戦わせても、関西では誰一人彼に勝つことは出来なかったという噂ですよ。それで人呼んで『七経無双』のバルカ、と」

「どうせハッタリだ。兄様に敵うわけがない」

 と、言ったアエネアスの頭をアエティウスはぽんと撫でる。

「アエネアスはそう言ってくれますが、相手は科挙と武挙で状元(じょうげん)になるという化け物ですよ。油断は禁物ですね。そうそう、それに関西きっての美男子だとか。才能と言い、武帝に連なる高貴な血筋と言い、将来は女王の王配になるのではないかとも言われています」

 関東と関西とで科挙のレベルの違いはあるかもしれないけれども、アリアボネやアエネアスのことを考えると、両方で状元(じょうげん)だなんてとんだチート野郎だな。気をつけないと。

「関西が攻めてくるなら彼が主将になる可能性が高い?」

「十中八九は」

「大軍で攻めてくるかな?」

「さぁ・・・でも王師二軍以下ということは無いでしょう。城攻めには三倍以上の兵力を普通は必要としますからね」

「だとすると・・・鹿沢城守備隊に加えて王師二軍や南部諸侯も駆けつけたなら、攻め込むのを中止したりしてくれないかな?」

「・・・だとよろしいですが・・・」

 アエティウスは語尾を濁す。有斗の甘い考えに否定的なのであろう。

「この策謀の主体は、カヒと関西だ。どちらが盟主なのか分からないけれども、面子(めんつ)ってもんがある。他国の手前、形だけでも出兵しなければ収まらないだろうね」

 アエネアスはアエティウスの説明に、そう付け加えた。


 壷関の主将バアルに王都から届けられた命令書は憤慨(ふんがい)ものだった。

 河北、南部、関西、河東で大規模な包囲網を作り締め上げる。

 それはまぁいい。バアルとしても利害の異なる各勢力に協力を取り付けた左府の手腕に大いに感服した。

 だが盟主として多少の貧乏くじを引かねばならぬので、関東の目を壷関に釘付けにしろと言われたまではよかったが、手持ちの一軍だけでそれをやれと命じられたときには、冷静なバアルでも激高しそうになった。

 しかし姫陛下の名前で命令書が来ている以上、これを無視するわけにはいかない。

 そこで考えた末、少数の兵で敵をおびき寄せ、伏兵で殲滅する、その策で行くしかないと思った。その準備として兵を訓練していると、関東の偽王が大軍を率いて鹿沢城に進軍しているとの確かな一報を得た。関東の朝廷がまず南部と関西の対策を重視したのは明らかだ。

 既に当初の目的を達成した、次の段階に進むべし、と西京に援軍を要請したが、朝議では左府らが言を左右にして軍を増派する許可を与えなかった。明らかな嫌がらせだ。

 そのうえ、一刻も早く関東と交戦して、河北や河東の味方を助けるべし、という前と変わらぬ命令書まで送ってきた。

 鹿沢城守備隊しかいなかった時ならともかく、王師二軍、さらには南部諸候も続々と鹿沢城に集結しつつあるのである。

 気は確かか、と目の前で罵倒してやりたい気分だった。


 とはいえ、命令は命令。姫陛下の名で出されている以上、なんらかの結果をださねばならない。

 さすがに三万以上の兵が駐屯する鹿沢城に正面からぶつかって、勝てるなどとは夢にも思わなかった。

 そこで左府やカヒが丸め込んだ南部諸侯を立たせて、鹿沢城の後背をかき乱すことにした。背後で挙兵されたら枕を高くして眠れないだろう。きっと鎮圧に兵を差し向けるに違いない。そこに付け入る隙ができるのではないだろうか。

 南部と壷関の間を密使が往復する。一ヶ月後には、その中で色よい返事を返すものが出始めた。

 バアルの説得が上手く言った背景には、カヒが大河の東岸に大軍を集結しつつあるという一報が南部に駆け巡ったことがあった。

 どうやらカヒのカトレウスは本気で関東の偽王とことを構えるらしい。

 南部の人間は常勝不敗のカヒの軍の剽悍(ひょうかん)さを、痛いほどその身に味わってきている。カヒの大菱旗を敵陣に見るくらいなら、王師と戦うほうが何倍もマシだとさえ考えていた。

 もちろん打算もある。

 朝廷は近畿に加え、河北、南部を手に入れ、一見意気軒昂(いきけんこう)だが、実情はそうではない。朝廷内は南部派と旧臣派とで鞘当(さやあて)があり、河北を取り込んだことで財政は破綻寸前、南部諸侯も王を立てたのは我らであるとの(おご)りがあり、王に信服しているものは少ない。

 もしアリアボネが各地にある物資を運ばせたり、売買したりして奇術のようなやりくりをしなければ、また朝廷内の権力バランスに配慮しながら、巧みに調整役を果たさなければ、カヒや関西が何もしないでも関東の朝廷は座して滅んでいただろう。

 そんな状況だ。

 関西とカヒが本気を出したとするならば、どう考えても持たない。尋常の感覚の持ち主なら勝利するのは合従(がっしょう)している側だと見る。

 ならば一刻も早く挙兵し、分け前にありつくのが戦国人としての正しい姿である。建前や義理や人情など一文の価値もないのだ。


 鹿沢城にロドピア公から急使がもたらされた。

「フォキス伯、マグニフィサ伯が挙兵したとのこと。その他の南部諸侯にも挙兵の(きざ)しあり」

「どう思う?」

 有斗はアエティウスに訊ねてみる。

「フォキス伯、マグニフィサ伯は所領を減らされ不満があります。我々が四方の敵に囲まれてると知って、これ幸いと領土を取り戻すために挙兵したのでしょう。その他の名前のあがった諸侯はどれも河東に近い。実際にカヒの圧力を感じている諸侯ばかりです。放っておけば次々と挙兵してもおかしくない」

 有斗は手紙に書かれている名前をじっと凝視した。最近は毛筆の草書も若干読めるようになってきた。完全に読めるわけではないけれども。

「マシニッサも入っているね」

「入っていないと考えるほうがおかしい。当然だ」

 有斗の指摘にアエネアスが返答する。

「大丈夫かな・・・? 気が変わって裏切ったりするんじゃないかな?」

「まずは大丈夫かと。マシニッサはいかに苦労せず利益を(むさぼ)れるかを考える男です。この段階で手出しはしないでしょう」

「警戒しないで大丈夫かな?」

「警戒はしますよ。でももしマシニッサが実際兵を率いて我等に攻めかかるような事態になった時には

我々は既に敗北寸前でしょうね。きっとマシニッサだけを気にしていられるような状態じゃないでしょう」

「ということはまだ勝敗が白黒ついてないうちは大丈夫だってこと?」

「そういうことです」

 有斗はしばし考える。

「マシニッサが中立でいてくれるのなら、南部はダルタロスやロドピア公に任せればいいかな?」

 近畿と南部を繋ぐ要衝の鹿沢城を守ることが今回の出兵の意義だ。ここは当初の予定通り、兵を動かさないほうがいい。そう有斗は判断した。

「いえ、是非とも陛下のご出馬をお願いいたします」

「え・・・? 鹿沢城から兵を出しちゃって大丈夫かな?」

「河北では賊が立ったとの情報を得ています。河東はカヒの兵が集結しつつあるという噂も流れてきています。だけれども幸い壷関に関西の将士が集まっているという話はまだ聞きません。今のうちに大兵力で早急に南部を掃除しておけば、後ろを気にせずに済む分、関西と戦う時、楽になります。それにもちろん鹿沢城には守備兵と王師右軍を残していきますよ」

 そうだな。現状の壷関の兵力では鹿沢城に攻めかかることは考えにくい。もし鹿沢城を攻めるにしろ、まず壷関に兵を集めてからだろうし、直ぐには攻め込んでこないだろう。その間に南部で叛旗を翻した連中を叩いてしまえば、後々自分たちが不利にならないだろう、と有斗は考えた。

「・・・そっか。そうだねアエティウスの言うとおりだ」

 有斗はそれまで寡黙に立っているだけだった、初老の男に命令を下す。

「グルッサ将軍、留守を頼むよ」

「おまかせあれ」

 グルッサは深く叩頭する。


 アエティウスは出兵の準備をしようと鹿沢城の長い回廊を歩いていた。その後姿を追いかけてきた影がある。アエネアスだ。

「兄様、ああは言ったけど、壷関の連中は攻めてこないかな?」

 ちらりと声の主を確認すると、周囲に人がいないか見回した。

「どうかな・・・」

 アエティウスは小さく首を(ひね)った。

「先ほどは攻めないと言ったのに・・・」

 アエネアスは珍しく、アエティウスに非難が混じった目線を向ける。

「それは王や他の将軍の手前ああ言うしかなかったのさ。私としては出てきてくれたほうが大いに有難い」

「どうしてですか?」

「この戦、長びけば長びくだけ我々に不利だ。四面に敵を抱え、いつまでも持ちこたえることなどありえない。だから少しでも敵を減らしておきたい。それに我々が大部隊を率いて南部に行くのは、南部の動乱を早く鎮めたいという理由だけじゃない」

「というと?」

「鹿沢城に大兵力を置いたままでは、攻撃する側の関西は大軍を出さざるを得ない。そうなると関西の軍が壷関に集まるまで攻めては来ないということだ。だが鹿沢城に駐留する兵が南部に向かうと聞いたらどうだろう? これを好機と考えて、今、壷関にいる一軍ででも攻めかかってきてくれるんじゃないかな」

 関西の王師が出てくる前に壷関の一軍を破ることが出来れば、関西の宮廷の風向きも変わるかもしれない。出兵派は影を潜め、和平派が多数を占めるかもしれない。

 よしんばそうでなくとも、敵を削ったというだけで意義あることだ。

「ならば、あのボンクラにそう言ってやればよかったのに・・・」

「陛下、だ」

「そうそう陛下でした。あはははは」

 アエティウスは溜め息をついた

「この城はどこに間者がいるか分からない。なるべく策は話したくない。それに陛下は演技が上手とはいえない。これが敵を引っ張り出す陽動だと知れば始終後背を気にされるだろう。将士どころか間者にも気付かれてしまう。そうなっては壷関のバルカ卿とやらも兵を動かそうとは思わないだろう」

「納得しました」

 だけれどもアエネアスにはもう一つ懸念があった。

「でも・・・攻めこまれて敗北したりしないかな・・・?」

「グルッサ卿がいるんだ。我々が帰ってくるまで持ちこたえてくれるだろう」

 グルッサ卿の右軍、鹿沢城守備隊合わせて二万だ。めったなことでは敗北はしないだろう。

「とりあえず準備にかかろう。久しぶりの南部だダルタロスの皆の顔を見ようじゃないか」

 アエティウスにとってもアエネアスにとっても、規律、先例の宮廷生活は息苦しい。生まれ育ったダルタロスがひどく懐かしく(いと)おしかった。

「はい!」

 だからアエネアスの返答の声は喜色を大いに含ませていた。それが顔にもよく表れている。飛び切りの笑顔で微笑んでいた。

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