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紅旭の虹  作者: 宗篤
第三章 驚天の章
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見上げる夜空

 テラスに涼みに出た僕は、ふと何気なく外を見る。

 目の前のには手入れの行き届いた庭園がある。夜だし舞踏会だしで人っ子一人いない。

 中央の巨大噴水の前で立ち尽くす人影が見えた。たまに光が当たり、その姿を僕に見せる。裾へ行くほど広がるシルエット、おそらく女性。髪の毛の色は黒・・・いや、深緑だ。

 あれは確か・・・

 僕はテラスを降りて噴水に向かった。


「どうしてこんなところに? パーティーに行かないの?」

 僕の質問にアリスディアは微笑を浮かべ返答した。

「わたくし、庶民の出ですので、踊りとか縁がなくて・・・アエネアスのように上手くは踊れません。それに、華やかなところは・・・その・・・苦手です」

「そうなんだ。僕もだよ」

「そうなんですか?」

「うん。僕も君の言い方を借りるとするならば庶民の出とか言うやつだからね」

 まぁ、と口を押さえてアリスディアは笑う。

「何をしていたの?」

「月を」

「月?」

 僕は夜空を見上げる。たしかにアリスディアが見上げていた方角には、満天に(きらめ)く星の中、十六夜(いざよい)の月が浮かんでいた。

「月を見ていました」

「月が好きなんだ?」

 彼女はあいまいな笑みを浮かべた。

「わたくし、子供のころは貧しく、娯楽なんてありませんでした」

「じゃあ難しい本とかばかり読んでいたとか?」

 アリスディアの博学ぶりはそういうところで作られたのかと思い、そう訊ねてみた。

「本どころか文字すら見たことはなかったんですよ?」

「へ?だって後宮一の博学じゃないか、アリスディアは」

「わたくしは宮廷に小間使いとして入りました。それからなのです。色々覚えたのは」

「へぇ・・・意外。苦労したんだね・・・」

 言葉では答えず、また笑った。

「夜になると明かりもないので寝るだけです。でもなかなか寝付けないときもあります。不安や恐怖で」

 アリスディアはそう言うとまっすぐ南天の空を指差す。

「でもそんなとき月が───」

「月が?」

「月だけが夜の闇の中、照らしてくれるんです。それだけが夜のわたくしに見えるただひとつのもの。わたくしは将来の希望や夢など何一つなかった。そう、まるで夜の闇の中にいるみたいに。でも夜の闇を照らす月を見ていると、わたくしにもあるんじゃないのかな、と」

「・・・何が?」

「わたくしの人生にも月のように輝く何かが訪れて、未来を明るく照らしてくれるんじゃないかな。そう(はかな)い望みを抱かせてくれたのです。もっともそれがなんだかはわかりませんでしたけど。でもわたくしにとってそれが心の支えだったのです。・・・他人が聞いたら笑っちゃうような話ですよね」

 そう言うとアリスディアは苦笑いを浮かべた。

「見つかった・・・?」

「・・・?」

「月のように輝く何か」

「・・・はい」

「それは何?」

「・・・・・・秘密です」

 アリスディアはいたずらっぽく笑みを浮かべると、片目を(つぶ)り、右手の人差し指を一本だけ立て、ピンク色の小さな唇にそっとあてた。

 月か・・・

 戦乱に打ちのめされたこの国の国民たちは、きっと昔の彼女のように、この世は闇に包まれていると多くのものが感じているに違いない。

 だとすると、僕は与えたい。月のように輝く何かを。

 でもそれは何なんだろう? どうやれば与えられるんだろう?

 そして・・・気になる。

 彼女が見つけたそれはいったい何だったのだろう?


 アエネアスはそれ以上近寄ることが出来なかった。

 そこには彼女の足を止める何かが確かに存在した。それが彼女を拒絶する。

 黙ってただ月を見上げている一組の男女はまるで幻想的な一枚の絵のよう。

「どこにも私の居場所なんてない・・・か」

 なぜか少し胸が苦しかった。

 きっと一番の友達のアリスをあいつに取られちゃった、そのせい。

 きっと、そう・・・・・・・・・それだけなんだ。

 でも・・・とアエネアスは優しい気持ちで笑みを浮かべる。

 この風景はいいな、と思った。

 二人だけの優しい風景、誰一人割り込むことのない光景。永遠がそこにはある。

 そう、悪くない。いつまで見てもきっと飽きることのない絵。

 ・・・たとえ私は絵の外にいるのだとしても。


「戻りましょうか」

 月を眺めて考え込む僕にアリスディアがささやくようにつぶやく。

主賓(しゅひん)の陛下がおられぬのではパーティーも台無しです」

「う・・・うん」

「じゃあ一緒に行こう」

 僕は彼女にそっと手を差し出した。

「まぁ」

 彼女は袖を口に当てて微笑む。

「光栄です陛下」

 本当に華麗だ。物腰の柔らかさといい、貴族の令嬢と言っても誰も疑わないだろう。存在自体が癒しだよなぁ。

 彼女の手を取ってスロープを歩む。

 と、樫の大木の下にアエネアスがニヤニヤしつつ、腕を組んで立っていた。

「面白いものでも見れるかと思ったんだけどなぁ~」

「な、ななななんだよ?それっ?」

「ちゅーとか押し倒すとかさぁ」

「ししししししないよっ!!」

「おやおや~なぜどもるんですか~? ひょっとして見逃したかな~? もう事後とか♪」

「みみみ見逃してななない!」

「ますます怪しいぃ~」

 アエネアスは顔を近づけると、ジト目で見回す。

「・・・・・・っ」

 ぷっとアエネアスが吹き出す。

「うそうそ。冗談冗談~」

 僕の肩を二、三回軽く叩く。

「あんたにそんな度胸がないことぐらい私は知ってるよ」

 アエネアスはくるりと回ってアリスディアのそばに行き、耳打ちする。

「でも気をつけなよ、アリス。コイツ完全にアリスのこと狙ってるぞ」

 だがその声は大きかった。明らかに僕の耳に入るに必要な大きさにしていた。

「まぁ・・・」

「ち違うから!」

「あれ?どうやらお前はアリス程度じゃ眼中に無いって? 自分のことは棚に上げて、理想高いねぇ~」

「そ、そういう意味じゃなくって! 僕じゃ釣り合わないって思ってるよ、高嶺の花ってかんじで!」

「ほっほぅ~謙虚なお言葉ですなぁ♪」

 アエネアスは再び僕をジト目で上から下までなめまわす。

「まぁ」

「光栄です陛下」

 先ほどとまったく同じセリフだったのに、ちょっと声音は違っていた。

 ・・・やっぱり迷惑なんだろうなぁ。後宮の高官、性格がよく、器量だって後宮でもトップクラスだ。こんな娘だもの彼氏の一人もいないとおかしいもんなぁ。

 アリスディアの優しさは誰にでも与えられる優しさであって、僕だけに向けられるものではない。

そこんところ自覚しとかないとなぁ。

 僕は悲しく自分自身にそう言い聞かせた。

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