一枚の絵
昨日一日踊り方をアエネアスに教えてもらったんだけど、結局上達はたいしてみられなかった。
一日二日ではやっぱり無理がある。
アエネアスがリードしてくれればギリギリ形にはなるものの、下手なまま。
しかたないのでアエネアスと一度踊った後は壁に寄りかかるようにして料理を食べていた。幸いいろんな人が次々と挨拶に訪れては、それに対応しなければならなかったので、踊ってなくても不自然だとは思われないだろう。
「陛下」
そう声をかけた新内府ルクレティウスの後ろには、着飾った若い美女が控えている。娘さんかな?
僕が美女のほうに目をやると、
「初めてお目にかかります。私ルクレティウスの妻でアフェッラと申します」と洗練された物腰で一礼した。
年の差カップルか! いいな~、と一瞬思ったが、ここでは成長が止まることがあるんだったっけ。実際はルクレティウスと同じくらいかもしれない。
「僕は有斗、よろしく」
「お噂はかねがね・・・召喚の儀で降臨された天与の人と聞いて、かねてよりお会い出来る日を心待ちにしておりました」
「光栄だね・・・内府が自慢するのも分かる。実に美しく気品のあるご婦人だ」
「ま・・・! 王はほんにお世辞のお上手なこと。本気にしそうになりましてよ」
おほほほ、と口を押さえて笑うと、ルクレティウスも笑う。
僕に合わせて接待で笑ってくれる彼らもたいへんだな・・・
などと冷めた目で観察するようになった僕は、王になって少しばかり大人になったというべきか、薄汚れたというべきだろうか。きっとここに来たときの僕なら彼らの態度を表裏なく受け止めていたんだろうけど・・・四師の乱ですっかり疑い深くなった僕は、常に人の裏面ばかりを覗き込もうとしている気がする。
気付くとアエネアスの相手はアエティウスになっていた。
二人ともさすが名家の出、さまになっている。
アエネアスは頬を上気させ恥ずかしげに笑っていた。こういう顔をしているときのアエネアスはかわいい。なんであれを常時キープできないんだろう?
たいしてアエティアスも優雅な笑みでアエネアスを見つめていた。
もともと美男美女だ。一枚の絵から抜け出してきたかのごとく煌いている。まさにお似合いの二人だ。
やっぱりアエネアスとアエティウスって結婚するのかな?
お似合いだし、結婚したらひょっとすれば羽林中郎将の職をやめるんじゃないだろうか?
と、すると僕もアエネアスから解放されるんではないだろうか。全ての人がハッピーになるではないか! 素晴らしい!
そんな取り止めのないことを考えながら、僕はテラスに涼みに出た。
やさしく微笑んだ兄様の美しい顔を、そばで見れるなんて。まるで夢のよう。
私の顔は変じゃなかっただろうか? 髪は? 踊りは?
心臓が破裂しそうだった。
だがあまりにも素敵な時間だったので忘れていた。
「あの馬鹿はどこに行ったんだろう?」
警備の責任者である私が目を離してる隙にいなくなっている。
壁際でおとなしく食事でもしていろと言ったはずなのに、どこにもいない。まがりなにも王だ。祝いの席で主賓らしくどうどうと鎮座していればいいのだ。
「まったくあのボンクラはじっとしていることもできないのか?」
うろうろと探してまわるが会場内にはどこにもいない。食事が積まれているあたりにもいない。
まさかとは思うが踊ってたりはしないだろうな?
私がエスコートしないとろくに踊れないからその可能性は・・・
・・・
ありうる。
女と公然と手が繋げると喜んで踊っているとかあるぞ。あのスケベなら。
まさかとは思うが、いちおう踊りの輪の中にあいつの姿を探した。
・・・いない。まぁ当然か。
だが一点で視線が留まる。
そこではアエティアスがどこぞの貴族の若い夫人だか娘だかと踊っていた。美しく着飾ったその女はたおやかで美しかった。二人は優雅に、美しく踊った。まるで一枚の絵のように。
「・・・」
やはり違うと思った。
私は剣を振るうから肩幅も広いし、腕も筋肉がついている。
化粧でごまかしているけど傷もあちこちにある。
私が踊ってもあんな風には見えてないんだろうな、ということは想像できた。
兄様の横にふさわしいのは私ではない、と思った。
もやもやしたものが浮かんできて、それ以上は見続けることも出来ず、溜息をついてテラスに出る。
テラスの柵に両手をついて中庭を眺める。
だけど、さっきの光景が頭から離れない。頭ではわかっていても、やはりショックだった。認めるのは嫌だった。
兄様は私だけの兄様ではない。
「私・・・意外と嫉妬深いな・・・」
頭を振って忘れようとした。
どうせ叶うことのない幻。そんな幻にすがって生きても悲しいだけ。わかっている。
と中庭の噴水のあたりで動く人影が見えた。
あのゴテゴテした服はあいつのだ。
「あんなところに!」
私は苛立ちもあらわにテラスを駆け下りて噴水に向かった。